『不穏』二

 依頼用紙を見て顔を顰めさせたポロロッカさん。


「……やっぱりか。それを酒場の主ジェンベルに渡せば依頼の報酬が受け取れるぞ」

「護衛に失敗したのに?」

「……依頼は完了になってるからな」

「それだと護衛対象に書かせた後、護衛対象を殺害する方がいるのでは」

「……ああ、そういう奴が居ないとは言わない」


 当然だ、というように言ったポロロッカさん。

 現実なので仕方がないのかもしれませんが、かゆい所に手が届かない世界です。


「護衛依頼の成否は討伐依頼と違い、ギルド証で判らないというのもあって依頼主はそういった運にも頼る必要が出てくる。……まぁバレたらギルドの討伐対象に指定されるからな。やる奴は少ない」


 少ないという事は、やはりやっている人物は一定数いるのでしょう。

 初回の依頼で嫌な噂は流したくないのですが……。


「今回の場合は失敗した依頼と仕事を出してきた相手が問題ねぇ」

「というと?」

「暗殺者が出てくる可能性があるわぁ~」

「……オッサン場合かなり悪評が流れてるからな。すぐには襲われないだろう」


 ――悪評?

 襲われない事に関してはウェルカムなのですが悪評はどうして……?


「……来るにしても、まずは情報収集をされて、その後だ」

「御咎め無しという可能性も低くはないけど一応は覚えておいた方がいいわよぉ」


 そこまで言って二人は席を立ちました

 最後に依頼の報酬は受け取っておくように、と言って部屋を出て行きます。

 部屋の中で私は今後をどうすればいいのかをしばらく考えました。

 が、結局良い案は思い浮かばず私も部屋を出る事に。

 酒場に戻った私は無言で、ジェンベルさんに依頼用紙を提示しました。

 依頼用紙をサッと確認し無言で金貨二十枚を渡してきたジェンベルさん。


「何か注文は?」

「では適当な料理とミルクを」

「……あいよ」


 テーブル席で待っているとパスタが運ばれてきました。

 運んできてくれたウエイトレスさんは、スピカちゃん。

 そんな相乗効果もあって大変美味なお味でした。

 ジェンベルさんがレストランを開けば、かなり繁盛すること間違いなしでしょう。

 食事を済ませた私は生活用品や食材等を買うべく市場に向かいます。

 それらを買った後、一度廃教会に荷物を置きに戻りました。

 警戒していたサタンちゃんのボッタクリ店も現れていないので足取りは軽いです。

 今回使い切ってしまった治癒のポーションを補充しなくてはなりません。

 私は、ダヌアさんの魔道具店へと向かうことにしました。


「放してください!!」


 その道中――結局捕まってしまいました、キャッチセールス。

 人通りの一切無い薄暗い路地裏に私の声が響きました。

 現在、私は天幕の出入口から出てきた無数の左手に腕を掴まれています。

 抵抗することしばらく……そっと差し出されてきた一枚の紙。

 紙には〝制服着てます〟とだけ書かれていました。

 何の制服なのか気になって仕方ありません。

 私は抵抗を止め、ずるずると天幕の中へと引きずり込まれていきました。

 ……薄暗く、どことなく落ち着く天幕の中。

 中ではいつもの位置にサタンちゃんが座っていました。

 ……そう、『制服』を着て。


「似合うカ?」

「ばっちり似合いすぎて犯罪臭が漂っていますよ、サタンちゃん。いま何歳ですか?」

「ヒヒッ!」


 笑って誤魔化されました。


「ところで、どうやって用意したんですかね? その小学生の格好」


 白いシャツの上に赤いオーバーオールスカートという格好をしているサタンちゃん。

 その頭には何故か黒銀のミニクラウンが乗っています。

 血のように赤いピカピカのランドセルが妙に目立っていて気になるところ。


「企業秘密ダ」

「残念です」

「それじゃあ、まずは金貨を全部だしナ」

「はい……」


 私は抵抗しても無駄だと判断して金貨を全て差し出します。

 銀貨を多めに確保しているので、いつもよりはお金が残るでしょう。

 が、やりすぎるとそれも没収されてしまうような気がしたので程々に。


「ヒッヒッヒッ、賢明な判断ダ」


 心を読まれているかのようです。


「毟り取られますからね」

「ヒヒッ、それじゃあ今回の商品は……」


 オーバーオールスカートの下に手を突っ込んだサタンちゃん。

 手をごそごそと動かして股の辺りから何かが下りてきました。

 サタンちゃんは、それをテーブルの上へと持ってくると――ふわり、と手を離しました。

 ――まさか――!?


「はんかちダ!」

「…………」


 私はテーブルの上に置かれた布切れに手を伸ばして、それを広げてみます。

 手に広がる若干の温もりと柔らかで上質な質感。

 そして手に持っただけで漂う上品なラベンダーの香り。

 正真正銘――ハンカチでした。


「どうしてぇえええぇぇええぇええええええ――――――ええ――――――ッッ!!」

「ヒヒッ! 不満カ?」

「大いに不満です! ハンカチならせめてポケットから取り出してください!!」

「ヒヒッ!!」

「なぜ期待させるような取り出し方をしたのですか!? 私の心を弄んで楽しいんですか!?」

「楽しいナ」

「……では、おぱんつ下さい」

「なにが〝では〟ダ。……それが今回の商品で良いのカ?」

「ええ、もち――」

「お前さんに親しい者の下着を売ってやるゾ」

「…………」


 私は言葉を止めて褐色幼女形体で立っている妖精さんをチラ見しました。

 視線を元の位置に戻します。


「誰の、ですか?」

「親しい者、ダ」


 にやにやと笑みを浮かべているサタンちゃん。

 この様子では教えてくれることは無いでしょう。

 ――親しい者――。

 第一候補は妖精さん。まぁ下着を着けているのかどうかも怪しいのですが――。

 レオタードの下を見たことが無いので判断が難しいところ。

 第二候補はエルティーナさん、もしくは廃教会の誰か。

 万が一エルティーナさんの下着であった場合。

 私のプレゼントしたドロワーズが出てくる可能性が高いでしょう。

 第三候補は……隊長、もしくは副隊長。

 これが一番、可能性が高いかもしれません。

 でなければ、サタンちゃんが言い渋っている理由が思い浮かびません。

 もうパンツの下に開いている二つの穴を呪いたくはないので止めて頂きたいところ。

 ……無いとは思いますが……第四候補はシルヴィアさん。

 貰えたら地味に嬉しい、シリアルキラー美少女のおぱんつ。

 サタンちゃんのものである可能性は……流石に無いでしょう。

 大穴は最近出会ったナターリア。

 どんな下着を穿いているのか見当が付きません。

 もひとつオマケに領主様の娘であるラフレイリア様のロイヤルおパンツ。

 大人っぽい黒であることを願います。

 ――……ナターリア?

 と、そこで引っ掛かりを覚え――。

 首を捻って重大なお願いを思い出しました。


「で、どうするんダ?」

「あの、一つ聞いてもいいですか?」

「聞くだけならタダだナ」

「では一つ、ナターリアの負傷を治療できる商品はありませんか?」

「ふむ……結論から言うと――ある」

「おお! ではそれを!!」

「ヒヒッ、足りないナ! 足りな過ぎル! 今回持ってきた金貨の百倍あっても足りないナ!!」


 そう言ってテーブルの上に置いてあったハンカチをポケットに突っ込んだサタンちゃん。

 笑みを強めながら言葉を続けます。


「ああいった中途半端な負傷を治療するのには無くなった手足を生やすのと同等の力が必要になル。そこの生まれたてを含めて、アタシらは壊す方は得意でも治す方は苦手ダ」


 顎で妖精さんを差した後、小さな手を胸の前で組んだサタンちゃん。


「まぁアタシなら無理ではないガ」

「おお……」

「お前さんが、アタシを選んでパートナーにするのなら命一つで叶えてやル」

「それは無理ですね」

「ヒヒッ、即答カァ。優先順位は完璧らしいナ。……となると、そうだナ……」


 例えどんな条件でどんな状況であったとしても。

 妖精さんを殺してしまうような選択はしたくありません。


「お前さんの命を四回貰う。これでどうだ? この条件で一人の負傷を治す商品ダ」

「四回の命で一人の負傷を、ですか……」

「ああ、それも即効性じゃない数日かかるタイプのもの、ダ」

「……お願いします」

「ん、まいどあり」

「買い物ついでに一つ質問をしても?」

「いいゾ」

「対価に命を差し出しているのは理解できるのですが、私にデメリットは無いのですか?」

「……ヒヒッ、知らぬが仏だったカ? いい言葉ダ」

「かなり不安になる返しですね……」

「お前さん自身にデメリットは無い、とだけ答えておく。それじゃあ貰うゾ?」

「……はい」


 サタンちゃんの言葉はかなり含みのある言い方なので気になって仕方がありません。

 それでもデメリットが無くて直ちに影響がないのであれば、それでいいのでしょう。

 例え準備ができ次第、可及的速やかな対応が必要になるとしても……。

 ええ、きっと大丈夫なはずです。

 偉い人たちもテレビでそう言っていました。


「ヒヒッ、ご馳走様ダ」

「……? 暗転もしていなければ服も脱げていないのですが?」

「そういう場所ダ」

「なるほど」


 ――まったく解りません。


「それじゃあ、これがサタンちゃん印の治癒ポーションだナ」


 赤いランドセルをテーブルの上に置いたサタンちゃん。

 その中から出てきた物は見慣れたポーションの瓶に見慣れない色の液体。

 中の液体は赤黒いようで黒紫のような……。

 振り回したワケでも無いのに、その中ではナニカが蠢いているように見えました。

 誰がどう見ても危険な薬であるように見えます。

 サタンちゃん印と言っていたのですがラベルのようなものは憑いていません。

 サタンちゃん印のポーションは全くの無地。

 それが逆に、ラベルの無い缶詰のような不安感を煽ってきます。

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