第五章 『紅くて臭い吊り橋』
『不穏』一
アークレリックの町に到着した直後。
私はナターリアを廃教会に預けて、ある場所を目指して移動しています。
その目的地とは――冒険者の酒場である〝春牝馬の酒場〟。
聖女と言っても差支えの無いエルティーナさん。
彼女は突然連れてきたナターリアに対しても嫌な顔一つしませんでした。
手足の動かないナターリアをエルティーナさんに預ける際に聞いた治療方法。
その最も現実的な治療案は、なんと――義手。
「ファンタジーなのに世知辛いですね……」
その逆に最も非現実的な手段は〝メビウスの新芽〟で作られたポーション。
「しかしアレは……」
霊峰ヤークトホルンの頂にあった〝メビウスの新芽〟は回収してしまいました。
シルヴィアさんの発言から考えるに他にも生えている可能性は限りなくゼロでしょう。
「となると最善手は一つですね」
エルティーナさんが提示してくれた最終案。
義手にせずに済む可能性が高くて最も可能性がありそうな最後の案。
それは――A級治癒のポーション以上のポーションの入手。
が、A級以上のポーションは迷宮や遺跡からしか入手できないと聞きました。
更に、そのポーションには天文学的な金額が付けられているそうです。
最悪、領主様に貸しを作ってお願いすれば、なんとかならないでしょうか?
私は〝春牝馬の酒場〟の扉を開いて中へと入ります。
「おかえりぃ~、結果はどうだったぁ?」
「……あまり良い顔には見えないな」
真っ先に出迎えてくれたのは、リュリュさんとポロロッカさん。
「ええ、率直に言って依頼は失敗しました。護衛の方々も一部は守りきれず――」
「ストップ! それ以上はここで話さない方がイイわよぉ~」
「ジェンベル、娼館の個室を借りてもいいか?」
私の言葉を遮ったリュリュさんと、銀貨二枚を懐から取り出したポロロッカさん。
銀貨は酒場のマスターであるジェンペルさんに投げ渡されました。
「……好きにしな」
銀貨二枚を指の間に挟んでキャッチしたジェンベルさん。
ジェンベルさんはワイングラスを丁寧に拭く作業へと戻り。
少し間を空けてから顎でカウンター横の扉を指し示しました。
リュリュさんとポロロッカさんに続き、私もその扉を通って娼館の一室へ向かいます。
「さ、お先に入っていいわよぉ」
「失礼します」
部屋内装は意外にも落ち着いた内容になっていました。
ジェンベルさんの趣味なのでしょうか。
中央には巨大なベッド、その横にテーブル、あとは椅子が二つ。
収納と思われるクローゼットも設置されていますが今回は関係ないでしょう。
「ふぅん、結構良い部屋ねぇ」
そう言いながらリュリュさんはテーブルの上に置かれていた魔石灯を点けました。
部屋全体に妖しいピンク色の光が広がります。
「……おい、なんでそれを点けた?」
「え? 三人で一緒にするんでしょぉ?」
「…………」
黙って自前の魔石灯を点けたポロロッカさん。
テーブル上の魔石灯は消されてしまいました。
リュリュさんはベッドに腰を掛け、私とポロロッカさんは椅子に座ります。
「それじゃあ早速だけどぉ、襲撃者側の依頼は成功したのぉ?」
「――!?」
「……オッサンの精霊に抱き殺されそうになったって逃げ帰ってきた奴が居る」
抱き殺されそうになって逃げ帰った人物。
――ええ、確かにいました。
結果的には唯一の生き残りになってしまった襲撃者側の生き残りが。
「……そいつの話を情報屋が掴んでいてだな、それをリュリュが聞き出した」
「ちなみにぃ、オッサンに依頼を出した連中の護衛は一割も帰って来てないわねぇ」
「他の町に行った、という事ですか?」
「殆どはそうだと思うけどぉ、それ以外は……処分されたと見て間違いないわねぇ」
「……まさか、オッサンと〝痛恨〟の奴が居て護衛に失敗するとはな」
「本来なら成功していたんですけどね」
「……まぁ〝痛恨〟の後釜がカスだったのが勝因だったそうだな」
呆れ果てたような顔で腕を組んだ、ポロロッカさん。
「で、実際どうなのぉ? 襲撃者側は積荷を送り届ける事に成功したのかしらぁ?」
「率直に言うと私以外は全滅しました。あと……最後の二人は私が殺しました」
その言葉を聞いて表情を険しくさせた二人。
「積荷を横取りしたのかしらぁ? 流すルートとか確保してないわよねぇ?」
「売れる物は持ち帰っていませんよ」
「まぁ、オッサンはそんな裏切りをするタイプじゃないわよねぇ」
「……大方、護衛の中に仲良くなった奴が居て、そいつが殺された復讐に……か?」
「いえ、完全に私の裏切りによる全滅です」
「「…………」」
完全に黙ってしまったお二人。
続きを話せという事なのでしょう。
「お二人が把握している積荷は何ですか?」
「『ウロギ』ねぇ」
「……俺は使ったこと無いが幸福作用があるらしいな」
「それ以外の積荷として女の子が、ナターリアが黒い箱に詰められていました」
「……女の子だと?」
「黒い箱? 黒い箱ねぇ、それって箱の表面に無力化の魔術が刻み込まれてなかったぁ?」
「――ッ!」
呆れたような顔になっていたポロロッカさんでしたが――。
リュリュさんの言葉を聞いた途端、表情が驚いたようなものへと変化しました。
「はい、襲撃者の一人が箱をこじ開けて、その中に居たナターリアを解放しました」
「信じられないバカねぇ~」
「……無知は罪だと言うが、その対価を命で支払う事になるとはな」
お二人はあの箱に施されていたものが何なのか知っているのでしょうか?
何にせよ続きを話しましょう。
「解放した者達はナターリアを犯そうと考えていたらしく、その間に入った私は彼女に最初に殺されて……生き返った時には二人以外が死んでいました」
もしあの時、私が最初に殺されていなかったとしたら……。
私はナターリアの敵になっていたかもしれません。
「その子ってぇ、手の付けられない魔族とかだったのかしらぁ」
「……ラミアの亜種、もしくはヴァンパイアというところか?」
「集団拘束術式〝パンドラ〟を知らなかったのねぇ。……で、解放しちゃったのぉ?」
「いえ、していません。というか、ナターリアは人間ですよ」
人間だという言葉に小さく首を傾げたお二人。
もしかしたら人間は個として、あまり強い種族ではないのかもしれません。
「そう言えば誰かがナターリアのことを、〝
「あちゃ~最悪だわぁ。というかその子の名前って、アリスだったわよねぇ?」
「本名がナターリア。私にはリアと呼んでほしいと言っていました」
ナターリアの存在を知っている様子のお二人。
もしかして彼女は有名人なのでしょうか。
「……だいたいの事情が見えてきたな。生き残りの二人が〝
顎に手を当てて自分の考えを述べているポロロッカさん。
最後の部分が少し違うだけで内容は殆ど正解です。
「追い詰められた状況で殺したはずの相手に更に助けられたら……ねぇ? ちなみに何処で解放したのぉ?」
真顔で詰め寄ってくるリュリュさん。
不思議な凄みがあります。
「彼女は、今この町にいます」
「……よし! 俺はこの町を出る。今すぐになッ!」
逃げ出そうとしたポロロッカさんの手をリュリュさんがガッシリと掴みました。
リュリュさんはそのままの勢いで、ポロロッカさんをベッドに押し倒します。
私のマイサンがイキリ立ってまいりました。
「放せ、町はもう終わりだ! 世界の危険人物博覧会でも始めるつもりか!? あァ!?」
「落ち着きなさいよぉ、ポロロッカ」
「……っ! これが落ち着いていられるか……!」
「今騒ぎが起きてないなら今は落ち着いたってことだわぁ。そうよねぇ、オッサン?」
「え、ええ……私は空気になりますので続きをどうぞ」
「あらぁ、それじゃあお言葉に甘えてぇ~」
私はテーブル上にあるピンクの魔石灯を点けて部屋のムードを高めます。
「馬鹿、離れろッ! アアッ!? 胸板にリュリュの胸が! 耳に息を吹きかけるな――っっ!」
……。
…………。
………………。
しばらく揉みあった末。
残念なことにポロロッカさんの理性と根性が、リュリュさんに勝ってしまいました。
荒い息をしているポロロッカさんが乱暴に自分の席へと腰を落とします。
「ハァ、ハァ……。本当に、大丈夫なんだな……?」
「はい、暴れる暴れない以前に両手両足が動かせませんので」
「……そうか。となると今は廃教会に預けてる、というところか」
「ええ」
「それはマズイわねぇ。もう、お風呂には入れたのかしらぁ……?」
難しい顔で腕を組んだリュリュさんが、そんなことを問い掛けてきました。
「昨日は疲れもあったので入浴は今日の夜になると思います」
「そう。じゃあ、あのシスターには任せず貴方が自分で洗ってあげた方がいいわよぉ」
「……?」
「あのシスターだと心が耐えられないかもしれないわぁ」
真剣な表情でそんなことを言ってきたリュリュさん。
「ですが、リアは女の子ですよ……?」
「ナターリアだっけぇ? その子は今更、裸を見られる程度ことなんて気にしないわぁ」
「ですが……」
「そういう環境に置かれていたはずよぉ」
「…………」
――そういう環境?
年頃の女の子が裸を見られても気にならなくなるような環境??
そんなの……。
「まあ知らないわよねぇ。……で、オッサンの知る限り、ナターリアの肌に傷は?」
「両手両足以外の傷は私のポーションで治療しました……」
「服の下は見たのかしらぁ?」
「見ていません」
「……そう。まぁ、それが正解よねぇ」
そう言って溜め息を吐いたリュリュさん。
一体どういう意味なのでしょうか。
「ナターリアがアリスとして働かされていた最初の頃は、ほぼ全裸に近い格好をさせられていたらしいわよぉ。ただその働かされていた場所に問題があってぇ、次第に服の面積が増やされていったと聞くわぁ。……そう、体に刻み込まれた拷問の痕を隠す為にねぇ」
――拷問?
あんな幼げな少女に……拷問??
「まさか、そんなことが……? そんな事がこの世界では許されているのですか??」
「……オッサン、これはそんなに珍しい話じゃない」
「拷問される少女が珍しくないと?」
「ああ、殆どの場合はそのまま死んで〝
「で、オッサンは彼女の素肌をどのくらい見たのかしらぁ?」
「顔と…………顔だけですね……」
「そう、それじゃあ覚悟しておいた方がいいわねぇ。それ以外の場所を見るときは、ね」
「…………はい」
あの小さな体に、いったいどれだけの罪が背負わされているのでしょうか。
あの小さな体に、いったいどれだけの苦しみが押しつけられてきたのでしょうか。
「さて、それじゃぁ本題に入るわよぉ」
「……はい…………えっ?」
「だからぁ、積荷の話は終了で本題があるのよぉ~」
「……ああ、オッサンは今回の依頼に失敗したワケだな?」
「はい」
「……今回依頼主として立ち会ったのが〝痛恨〟の奴だとすると……依頼書を見せてみろ」
私は依頼用紙をテーブルの上に置きます。
そこにはバッチリと――依頼完了のサインが書かれていました。
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