『団体』二

 野盗達に囲まれているこの状況。

 ナターリアが落ち着いているのはまだ理解できます。

 しかし意外なことに、フォス君までもがかなり落ち着いているように見えました。

 ナターリアの場合は逆に薄い笑みを浮かべています。

 子供達の前で内臓花火パーティーを始めてしまうのは教育上よくありません。

 何とかして止めたほうがいいでしょう。


「大丈夫、私が何とかします。シルヴィアさん」

「――ふんっ。前回と違って今回の連中は羽虫だな」


 既に出てくる準備をしていたのか呼んだ瞬間にシルヴィアさんが姿を現しました。


「妖精さんは子供達を守ってください」


 クスクスという笑い声と共に褐色幼女形体になった妖精さん。

 再度響くような笑い声を上げると二体のおっさん花が地面から這い出しました。


「ひっ!」

「こわい……」

「オッサンの、なんだよね……?」

「おぉ、これこそが我等を救いし救世者オッサンの遣い!! なんという凄まじい力!」


 子供達の反応は様々です。

 短く悲鳴を上げたトゥルー君に身を縮こまらせたタックくん。

 疑問顔で私を見てきたレーズンちゃんに子供らしからぬ反応をしたフォス君。


「召喚……いや精霊か? しかも相当高位の……? いや違うな……ッ、両方か!!」

「ば、化け物」

「あ、足が動かねぇ……」


 冷静な洞察をしながらも摺り足で距離を取っているリーダー格の男。

 他の野盗達は完全に動けなくなっています。

 そんな野盗達の姿を見て、私は思い出しました。

 超至近距離で高光度の懐中電灯を向けられた蛙が、全く動かなくなった時の事を……。


 ◇


 ――動かないカエル――。


 それはまだ私がショタっ子だった頃。

 そう……ぷぅぷぅ足音の鳴るサンダルを履いていた頃のお話し。

 ざぁざぁと降り注ぐ雨の下。

 あの日の私は、傘一つを持って家の周りを一人で歩きまわっていました。

 ぷぅぷぅ鳴るサンダルはお気に入りで、家に居る時はいつも履いていたのです。

 そんな時に――ショタっこ時代の私は見つけてしまいまいました。

 ぶつぶつとしたゴム質の皮が、しっとりと濡れている大きな蛙を。

 無知で無邪気で無鉄砲だったショタおっさんは――。

 逃げようともしないその蛙を鷲掴みにして家へと持ち帰ろうとしたのです。

 ですが結果的に、それは大失敗でした。

 手に持った蛙はその時、透明な液体を飛ばしてきたのです。

 少しだけ顔にかかってしまった私は蛙を持っていた手で顔を拭いました。

 が、そんな時。

 ショタおっさんの様子を見に来た母親が蛙を叩き落としたのです。

 そして母親は、そのまま私を病院へと連れて行きました。

 二人でずぶ濡れになりながら向かった白い病院。

 あとで知った事なのですが……。

 あの時のショタおっさんは失明の危機に陥っていたそうです――――。


 ◇


「無防備な蛙が相手でも油断するな、ということですかね」

「なぁに言ってンだァ、こいつ……?」


 野党の一人が突っ込みを入れてきました。

 ハッとなって周囲を見渡せば既に距離を取っている者が大勢います。

 野盗のリーダーである男は――かなり遠くまで逃げていました。

 霧のせいで本当にうっすらとしか見えません。

 もしワニさんが背中に乗せた子豚が……。

 子豚の皮を被った〝ナニカ〟であったとしたら。

 それに気が付かず、ワニさんが襲い掛かってしまったとしたら――。


「全員、動かないでください! シルヴィアさんは逃げようとした者はお願いします!」


 その声を聞いて駆け出した野党のリーダー。

 向かう先は当然、私の居る位置とは逆方向です。

 それと同時に他の数人も逃げようと駆け出しました。


「【氷結牢獄アイシクルプリズン!】」


 出来上がったのは数体の氷柱。

 リーダーがそれで死んだのが大きかったのでしょう。

 残っている野盗は目を見開き呼吸するのもやっとな様子です。


「ふんっ、馬鹿な連中だ。私の射程なら一キロ以上はあるぞ」


 やはりチート使いでしたか、シルヴィアさん。

 私達の一行は野盗全員を縛り上げて金品を回収します。

 六人で分配しても一人頭銀貨六枚にはなるでしょう。


「皆さんにはこれから、この橋を渡って頂きます」

「こ、この橋をかぁ?」

「はい。無事に渡りきることができれば、そのまま逃げても構いませんよ」

「えっ勇者様、この人たち逃がしちゃうの?」

「大丈夫ですよ」


 私はナターリアの瞳を真っ直ぐに見つめ、シルヴィアさんをチラ見しました。

 ナターリアはそれだけで気が付いてくれたのか、小さく頷いて一歩下がります。


「シルヴィアさんはここで待っていて下さい。賊が引き返して来ないとも限りません」

「ん、構わんぞ」

「では私たちは――崖の細道を通って向こう側を目指しましょう」


 野盗たちには申し訳ないのですが結局のところ。

 私は――彼等を逃がすつもりがありません。

 シリアルキラー美少女の射程は一キロだと言っていました。

 つまり多少逃げられたとしても……はい。


「橋が落ちたら反対側に敵は居ます。運が良ければ不意打ちができるでしょう」

「居なければどうするのかしら? 賊を逃がしただけになると思うのだけれど」


 ナターリアの瞳は完全に気が付いています。

 これは他の子供達に配慮しての演技なのでしょう。


「その時はそうですね。野盗からちょっとした収入があった、と考えて帰りましょう」


 嫌々ながらも賊たちが吊り橋を進んで行きます。

 ギシギシと音を立てる吊り橋に対して、ゆっくり進む十数人。

 その数が同時に渡るというのは重量オーバーが懸念されるところです。

 が、後門のシルヴィアさんが怖すぎるのでしょう。

 賊たちは我先にと危険な釣り橋を進んでいっています。

 おっさん花は取り敢えず消してしまってもいいでしょう。


「では、私たちは向こうから渡りましょうか」


 少し離れた位置にある崖側には一人がなんとか通行できる幅の通路がありました。

 最低限の荷物を持った私を先頭にして、その細道を進んでいきます。


「深い谷ですね……」


 谷底の方を覗き見てみると、かなりの深さがあるのか底の方は霧で見えません。

 焦って谷底に落ちてしまっては意味が無いので慎重に足を進めます。

 そうやって進むことしばらく。

 半分くらいに到達した頃に、それは聞こえてきました。


 ――男達の悲鳴――。


 谷底の方から聞こえてきた、何かが崩れて弾けるような音。

 吊り橋が落とされたのでしょう。

 つまりターゲットは現在、吊り橋の反対側に陣取っているという事。

 急げば不意を突けるかもしれません。

 少しペースだけを上げて進み……反対側まであと少しというところ。


「止まってください」


 道の反対側から誰かがやってきました。

 そり物は顔を不気味な白い仮面で隠していて赤いフード付きローブを纏っています。

 頭はフードで隠れているので見えません。

 見るからに怪しい相手に私は身構えます。

 しかし逆に、その相手は陽気な雰囲気で声を掛けてきました。


「おやおや、向こう側から人が来るとは珍しい」


 男の声。


「…………」

「私はアークレリックの町へ向かう途中なのですが――――!!」


 穏やかな口調からの全力ダッシュ。

 元々そんなになかった距離は、あっさり詰められてしまい――。


「【ハァッ!】【ハァ――ッ!】【ハァ――――ッッ!】」


 男は、ハッスル! ハッスル!

 という表現が相応しい動作を谷側に向かって行いました。

 それによって放たれたのは半透明な光の波動。

 後ろに下がる事の出来ない私は、それをもろに受けてしまいます。

 その衝撃で私の体は谷側へと向かって――ふわっ……と浮いてしまいました。

 壁から谷側に向けて重力が働いているかのように三段階で襲ってきた重力の波動。

 私は成すすべもなく谷側へと〝ふわぁ〟してしまします。

 そんな私の手を捕まえたのは――小さな手。


「やだぁ!!」


 ――リア……!

 大切な物を掴もうとするような表情で伸ばされた、ナターリアの小さな手。

 その手によって私の汚手が、バッチリと掴まれました――が。


「【ハァッ!】【ハァ――ッ!】【ハァ――――ッッ!】きもちぃぃぃぃィィィイ!!」


 追加で三回のハッスル。

 ――吊り橋の悪魔。

 この場所以外で使われたのなら、なんらダメージとはなりえない技。

 これも魔術なのでしょうか。

 そんな不思議な技を使ってくる男。

 この場所で使えば最大の効果を発揮すると理解しての行動なのでしょう。

 赤い仮面で表情は見えませんでしたが、その黒い笑みが見えたような気がしました。

 谷底へと落ちていく私と、ナターリア。

 そしてナターリアを支えようとした――タック君。

 それに続いてフォス君、トゥルー君、レーズンちゃん。

 結局が全員が谷底に落ちていく結果になってしまいました。


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