『一番の常識人』三
私は提示された依頼の中から最初の一枚を選んで手に取りました。
「この護衛依頼を受けます」
「あいよ。わかってると思うが、かなり危険な依頼だ。上手く立ち回れ」
「……? 勿論」
ファンタジーな世界での護衛依頼である以上、危険が無い訳がありません。
戦闘が無いに越した事はありませんが、多少の戦闘は覚悟の上です。
「ちなみに全て断られた場合だが、次の日に別の依頼を出すことになってる」
「全部の依頼の中から自分で選びたいですね」
「この制度は冒険者ギルドからの義務だ。未達成で放置される依頼を減らす為だとよ」
「なるほど……」
そんなやり取りをしていると、様子を伺っていた冒険者の数人が立ち上がりました。
その全員が懐から取り出した依頼用紙をカウンターに叩きつけています。
「俺の直感がな、これはヤバイって言ってやがる。期間も被ってるしな」
「念には念を入れてオレも降りるぜ」
「万が一だとしても、〝肉塊〟の相手はやってられん」
「ちぇー、ボロい仕事だと思ったんだけどなー」
数人がカウンターに依頼用紙を置いて元の席へと帰って行きました。
その中の一人はミリィさんと同じテーブルの冒険者です。
――いったい何が?
カウンターに置かれた依頼用紙を見てみるも――読めません。
「ふんっ、全て同じ内容だな。指定の対象に襲撃を仕掛けてくれ、と書いてある」
「――ッ、まさか!」
「確証はねぇぞ? だが、そういった臭い依頼も渡すのがウチだ!」
仲間内での戦闘も覚悟の上、という事なのでしょうか。
ではそういった場合、顔見知りが敵として出てきた時は……。
「万が一ぶつかった時は力で解決すりゃいい。そうすりゃどっちかは金が貰える」
「なるほど、ここはそういう場所なのですね」
「意外と物わかりがいいな」
「適応力は……高い方だと思います」
「お前さんはともかく、最高位精霊に睨まれるのは生きた心地がしねぇな」
「ふんっ」
最後に一つ鼻を鳴らし、シルヴィアさんは魔石の形体に戻りました。
魔石形体になる際は杖の穴に触れて変化するのですが、どういう生態なのでしょうか。
シルヴィアさんは現在、今持っている杖の穴部分に収まっています。
「出発は明後日の明朝、西門外の商隊に依頼用紙を見せれば依頼スタートだ」
商隊の護衛。
他に誰が居るのかは判りませんが、シルヴィアさんが居れば大丈夫でしょう。
「わかってると思うが念のために言うぞ? 依頼完了の印を貰い忘れるな」
「気を付けます」
「よし、それじゃあ改めて――〝春牝馬の酒場〟にようこそ。こいつぁは歓迎祝いだ」
そう言ってミルクの御代わりを入れてくれたジェンベルさん。
「長い付き合いになるか短い付き合いになるかは判らねぇが、よろしくな」
「よろしくお願いします」
依頼用紙を受け取った私はミルクを飲み干し、席を移動しました。
ヴェストロさんと話をするべく、その向かいの席に腰を下ろします。
ミリィさんともお話がしたかったのですが――。
ヴェストロさんが一人で座っているのに対し、ミリィさんにはお仲間が居ます。
依頼をキャンセルした直後なので、念のために遠慮しておくことにしました。
「よっ、先日ぶりだな」
「先日はどうも」
「ゴミ溜めみたいな場所だろ? 良い所なんて夜に開かれるストリップショーくらいだ」
「おぉ! それは期待大ですね」
こちらの反応を見て、ニィと口元を歪めたヴェストロさん。
愛嬌のあるいやらしい顔です。
「しかもだ、そのねーちゃんを見てムラッときちまったらショーの後で娼館に行けばヤれるっつぅ仕組みになってやがる。上手い宣伝だとは思うが、俺ら屑はそれに釣られちまう。まぁ悪い事だとは思わねぇけどな」
娼館に直結している冒険者の酒場。
荒くれの多い冒険者達であれば利用客も多いでしょう。
――なるほど。
この店ならではの営業方法です。
「うーん、今はお金が無いので夜のストリップだけで我慢になりそうですね」
「生殺しになりそうだな」
「……はい」
「一応言っとくが、ショーで見覚えのある嬢が給仕をしてても手は出すなよ?」
「ボったくられるのですか?」
「いや、さっきからこっちを睨んできてやがるジェンベルの奴が撃ってくる」
「その辺りは節度を守って、ということですね」
「その通り……っと、噂をしたらなんとやら、見てみな」
ヴェストロさんが視線を向けた先はジェンベルさんが立っているカウンターの横。
そこにある扉が開いたかと思えば、美人給仕がバニー服でのご登場です。
丸い尻尾を揺らしながら歩くその姿は妙に洗練された男を誘惑する歩行術。
ついつい目で追ってしまうほどに魅力的でした。
「あれは……本物の耳と尻尾ですか?」
「いや、かなりリアルだがアレは作り物だ。あのねーちゃんは高かったから覚えてる」
カウンターに立っているジェンベルさんと数事話したバニーさん。
しかしテーブルから上がった注文の声を聞くと、すぐに給仕の仕事へと移行しました。
「オッサンは酒とか飲まないのか? おーい、黒ビールを一杯くれ!」
「飲めないわけでは無いのですが、味があまり好きではなくてですね」
「へぇ、そりゃもったいねぇ」
ヴェストロさんは給仕がテーブルに置いた黒ビールを一口飲み、話しを続けました。
「ここの酒はうまいぞ、一杯だけ頼んでみたらどうだ」
「本当ですか?」
「ああ、それくらいの手持ちはあるんだろ? なんなら奢ってやってもいい」
「では一杯だけ……あ、お金は自分で払います」
あまり気ノリはしないのです、ここまで言われては断る事ができません。
肉料理と一緒に黒ビールを注文しました。
「はいどうぞー」
肉料理は豚生姜焼きにサラダがトッピングされたもの。
本来であれば白い白米が欲しいところです。
が、運ばれてきた肉料理と一緒に、黒ビールを口に流し込みました。
「……おいしい、ですね」
「だろ!」
「まぁミルクには敵いませんが」
ガクッと崩れ落ちたヴェストロさん。
酒の味が良いのは間違いありません。
そのスジの人が飲めばきっと違いが分かるのでしょう。
しかし味だけに正直な私にとっては、そう特別なものには感じられません。
「で、この前の依頼はヤバくってなぁ…………――」
そうやってしばらく雑談をしていると……外がかなり暗くなってきました。
酒場の中では酒盛りをしている人が増えてきています。
給仕の人数も増え、もうしばらくしたらストリップショーが始まるでしょう。
「最初に言ってたミルクに敵わないってのはあれだな? 好みは人それぞれってやつだな」
「ですね」
「……ところでオッサン」
「どうしました? 突然そんな真剣な顔をして」
先程までの冗談っぽい明るい顔から唐突に真剣な顔つきに変化したヴェストロさん。
これは明らかに、話の流れがシリアスへと向かう流れです。
逆にこの表情で下ネタを振ってきたら驚くことしかできません。
「オッサンは本当に人を殺した事があるのか? いや、噂では聞いてるんだけどな」
「…………」
「実際に話してみるとこう、冒険者独特の凄みってのを感じられねぇんだよ」
「私は両手両足の指では足りない程に人を殺しています」
「ほぅ……」
「他者の力を借りているせいなのか、あまり人を殺したという感覚がありませんが」
「なるほどなぁ、さっきの精霊みたいなのが戦闘面を担ってるわけか」
「そうですね。……それになんというか、妙な違和感が罪悪感を薄れさせています」
「はーん。ま、いいんじゃねぇか? 敵だって油断してくれるかもしれねぇしな」
その言葉には、苦笑いを浮かべながら――「ですかね?」と返すので精一杯でした。
私は席を立ちながらヴェストロさんに向き直ります。
「さて、私はそろそろ帰りますね」
「んあ? ストリップは見てかねぇのか?」
「少し戻れないかもと言って廃教会を出てきたので、戻るなら早めにと思いまして」
「……ああ、それなら俺ん家に来るか?」
「いいのですか??」
「狭いうえに同居人が二人もいるから、それでもよかったら、だけどな」
「こちらとしては有難いのですが……こうして話すのも二回目ですよね?」
立ったまま話すのはと思い、私は椅子に座り直しました。
ヴェストロさんと話してみた感じで判断すると悪人という感じはありません。
ですが人を見る目の無い私では、ほんの少しだけ彼を疑ってしまいます。
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