『実は初仕事』一

 家に泊めてくれると言っているヴェストロさん。

 しかしいくら考えても私を家に泊めるメリットが見当たりません。

 行きがけの相手に対して行う親切にしては人が良すぎて逆に怪しんでしまいます。


「理由は二つあるが、一つは今日のストリップを見逃すのはもったいねぇと思ったから」

「もう一つは?」

「今日踊るあの子はスピカちゃんっつってな、本当に良い踊りをすんだよ」

「ぉぉ……」


 ヴェストロさんがこっそり指差した先にいたのは――。

 水色の髪のボンッ、キュッ、ボンッ、むちっ、のパーフェクトボディー美女。

 髪の色からシルヴィアさんも成長したらあんな風に、と一瞬だけ考えてしまいます。

 が、それは無いとすぐに気付いてしまいました。

 シルヴィアさんの話から考えるに彼女の年齢は少なくとも五千歳以上。

 それであの体系だとすれば――背筋に悪寒が走ったので思考を打ち切ります。

 ヴェストロさんが何か言っていたようなのですが聞いていませんでした。


「……――でだな、二つ目だ。俺に何かあった時はガキ共を守ってほしい」

「何かとは……?」

「俺が死んだ時だったり、色々だ。場合によっては廃教会で面倒をみてくれると助かる」

「…………」

「もちろん俺が生きてる間は俺が面倒を見るぜ?」

「……いいでしょう、いざという時は出来る限りお力添えをしますよ」

「ありがてぇ、何時なにが起こるかわからねぇ職業だかんな」

「お互い頑張りましょう」

「ああ、そんじゃあストリップが始まるまでは適当になんか摘まもうぜ」


 しばらく適当に食べているとストリップショーが始まりました。

 酒場内はものすごい盛り上がり具合になっています。

 それは無数の銅貨、銀貨、稀に金貨が飛び交う、凄まじいストリップショー。

 私は一度だけグワムでのストリップショーを見る機会がありました。

 その時チップを投げたのは私だけ。

 すぐ傍で踊ってくれたのを覚えています。

 踊りの質は……申し訳ないのですが、今日のストリップショーの方がかなり上。

 こちらの場合はお立ち台の上限定のポールを使ったダンス。

 扇情的で激しく、なおかつ優雅なダンスです。

 客達の注文も全てこなしていました。

 ――「もっと乳を揺らせー!」という言葉に始まり。

 ――「もっと腰振ってくれー!」だとか。

 ――「こっちに視線をー!」といったものや。

 ――「もう我慢できねぇ、脱いでくれ!!」という注文まで。

 注文全てをこなした上での完璧な踊り。

 私はもうクラクラで、金貨袋の中身は――カラカラです。

 そんな楽しい夜の時間を楽しんだ末ほろ酔い状態になってしまいました。


「オッサン、それはぜってーほろ酔いじゃねぇぞ」

「何をぉ! 私はまだまだ常識人です!! 口だってこんなに回りますよ!」

「ダメだコリャ、思ってた以上に弱かったんだな」


 気持ちのいい夜風に当たりながらヴェストロさんの家へと向かいます。

 そうしてスラムの入り組んだ通路を進むことしばらく。

 壁のような場所に設置されている扉の前でヴェストロさんは足を止めました。


「ここだ」


 中へと入って行くヴェストロさんに続いて中に入ってみると――。


「おかえり、ヴェスお兄ちゃん! ……後ろの人はだれ?」

「ヴェストロ! そいつ誰だ!!」


 小柄な女の子とトゥルー君くらいの男の子が出迎えてくれました。

 十三~十五歳くらいの男の子です。

 中は屋根裏部屋のような部屋になっていて、広くもなく狭くもない一室部屋。

 中には幾つかの家具が置かれています。

 部屋の隅に三つ並んでいるベッドが印象的な部屋でした。

 他の部屋に繋がる扉が無いことから、三人一部屋で生活しているのでしょう。


「こいつはオッサン。廃教会で物好きシスターと一緒に子供を世話してる男だ」

「どうも」

「春牝馬の酒場で会って話の流れで一日泊めてやることになった」

「ぇ……オッサンって、エルティーナさんとこの人?」

「オッサン? 大丈夫なのかよ、噂じゃかなりやばい奴だって話だぞ」


 少しだけ表情が和らいだ女の子と、逆に警戒心を高めた男の子。


「あ、この二人はラックとシンディーな」

「はい、たった今完璧に覚えましたぁ!」

「……そいつが生活してる廃教会には人攫いも手を出さないって話だぜ?」


 何故悪評が広がっているのかは判りません。

 しかしそれが安全に繋がっているのなら、そう悪い噂でもないのかもしれません


「最近は子供を攫われたシスターがスラムの住民脅してる姿も見なくなったし」

「トゲメイスを握り締めてるシスターか、あれはこえェからなぁ~」


 思えば子供達を攫われた時、彼女はトゲメイスを持っていました。

 やはり人攫いに遭ったのはあれが初めてでは無かったのでしょう。

 ほろ酔い気分も冷めてしまいました。


「まぁオッサンは意外と大丈夫だ。噂ほど危険な男でもなければ、話も通じる」

「ふぅ~ん?」

「おまけに根は子供好きでお人よしって感じだな」

「ま、ヴェストロが言うなら信じるよ。でもベッドはいっぱいだからソファーで寝ろよな」


 腕組みをして値踏みするような視線で見てくるラック君。

 シンディーちゃんの方は何かを話したそうにチラチラと見てきています。


「あの清楚を体現したような方であるエルティーナさんが怖い、ですか?」

「ありゃ鬼神だぜ、き・し・ん!」

「いまいち想像できませんね」


 思わず安置室で泣いていたエルティーナさんの姿が頭に思い浮かんできました。

 オッサンが子供達を救えなかったのに対しても怒ったりしなかった彼女。

 心の底から自分のせいだと思って悲しみ、泣いていた優しいエルティーナさん。

 そんな彼女がスラムの住民を脅すだなんて出来るわけがありません。


「まー確かに、最近は少しお淑やかになったか?」

「いやでもさ、ほんのちょっと前に一回暴走してたじゃん!」

「そういやそうだった」


 そんな事を言い合って苦笑いを浮かべているヴェストロさんとラック君。

 これはもう――語るしかありません。


「仕方がありませんね! いかにエルティーナさんが清楚であるのかを、この私が語って差し上げましょう! 外では子供達を守るためにそんな一面もあるかもしれませんが――……」


 私は時間を掛けて丁寧に、教会内のエルティーナさんについて語りました。

 ヴェストロさん、ラック君、私で話しに花を咲かせていると……。

 シンディーちゃんがご飯にしようと言ってきたので食事をしながらの第二回戦。

 そうこう話している間に、ラック君とはかなり打ち解けてきたような気がします。

 笑顔も見せてくれるようになりました。

 そうして食事を終え、食器を片づけている最中。


「ねぉオッサンさん」


 声を掛けてきたのはシンディ―ちゃん。

 そろそろ来るのではと思っていたので心の準備はパッチリです。


「フォス君ってしってる?」

「フォス君ですか、当然知っていますよ。……何というか、大人びてる子ですよね」

「そう! あの物静かで落ち着いた感じ! 他の子には無いものが――…………」


 やってしまいました。

 シンディーちゃんは完全に恋する乙女モード。

 永遠とフォス君の良いところを聞かされ続けています。

 しばらく相槌を打ちながら聞いていると――ループしました。

 助けを求めるべき部屋を見渡しましたが、他の二人は目を合わせてくれません。

 二人はそそくさとベッドに寝転び、狸寝入りを始めてしました。


 ……。

 …………。

 ………………。


 ――ループが三度目に突入しました。

 このままでは精神が持ちません。

 私は相槌ではなく、ちょっとした提案をしてみることにします。


「そうですね。何なら今度、暇な時にでも教会に遊びに来ませんか?」

「えっ?」

「フォス君は他の子供達とも遊んでいます。一緒に遊べば心の距離も近なりますよ」

「ほんと!? じゃあ約束ね!!」

「ええ。でも私は明日からは護衛依頼で数日居ないので、帰ってきたら紹介します」

「わっ、どうしよ! 何着ていこうかな! オッサン! 怪我なく帰ってきてね!!」

「ええ、勿論です」


 何とかプランAだけで会話を打ち切るのに成功しました。

 プランB……? Bは思考を放棄して聞きに徹する事です。

 安全祈願がフォス君ありきな気がするのは気になるところですが……。

 まぁ今日は疲れたのでいいでしょう。

 私はこの日も無事に、ソファーで眠りに就くことができました。

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