『実は初仕事』二
次の日の早朝。
私はヴェストロさんに泊めてもらった礼を言ってから西門の外へと向かいました。
西門の外で待っていたのは五台の帆馬車と同じ格好をした護衛の方々。
それから商人風の男性が複数人に、西門の方をジッと見ている小太りの男性が一人。
帆馬車には木箱が積まれているのが見えました。
男性の服装は目立たない色ながらも、かなり品質の良い布であるように見えます。
他の商人の方々とは明らかに品質の違う格好。
彼がこの輸送隊の責任者と見て間違いないでしょう。
私はその人に依頼用紙を見せ、冒険者証であるドックタグを見せました。
「護衛依頼を受けてやってきたオッサンです」
「ん、来たか。少し早いが準備もできた事だし、出発しよう」
そう言って商隊の御者たちに手信号を送りはじめた男性。
「冒険者には先頭の馬車に乗ってもらう。私は中心の馬車に乗っているから何かあれば護衛に下がってこい。……が、最優先は敵の排除。守りはこちらの者達でもなんとかなるだろう」
護衛の方々は基本的に同じ格好をしています。
まさか依頼から野良で参加したのは、私一人なのでしょうか。
「分かりました」
「よし、余計な口を挟まないのは良い事だぞ、ネームド。依頼用紙を渡せ」
依頼用紙を男性に渡すと、さっと依頼完了のサインを書かれてしまいました。
「あの……先にサインしてしまって良いのですか? それを持って逃げられたりしたら……」
「ん? まさか逃げるつもりなのか?」
「いえいえ、そんなつもりはありませんとも」
「まぁ、こっち側の依頼でそれをすればどうなるのか知らないわけでもあるまい」
――知りません。
一体どうなると言うのでしょうか。
「そもそも護衛に失敗すれば命は無いのだぞ? お前も、私も」
――命が無い?
と疑問に思いましたが、嫌な予感がしたので適当に相槌をしておく事にします。
話を終えた小太りの男性は中央馬車の荷台へと乗り込んで行きました。
その際に腰から下げている鞭が見えたので、彼の得物は鞭なのでしょう。
あまり俊敏には見えない男性ですが中距離なら戦えるのかもしれません。
「よし、出発だ!」
私が先頭の馬車に乗り込むと隊が出発しました。
一緒の帆馬車に乗っている人物は、私を含めて五人。
御者は商人風の格好をした男性がやっています。
あとは同じ格好をした護衛の三人組。
そうして町の西門を出発してしばらく……。
森の中の街道に入ると木々で周囲の見通しが悪くなってきました。
耳に入ってくるのはガタゴトという車輪の音と、タッカタッカという馬の蹄の音。
後ろから頭を出して周囲を警戒してみても音は頼りになりません。
今乗っている先頭の馬車の中には幾つかの木箱が乗っています。
「これが今回の守るべき対象ですね」
「そうだ」
「まぁ最悪の事態になったら中央の馬車を守ってくれ」
「了解です」
この護衛の方達は雇われの傭兵なのか子飼いの私兵なのか、どちらなのでしょうか。
この三人組の所属次第で私の立ち位置はかなり変わってきます。
傭兵であった場合は傭兵の練度と方針次第でさっさと逃げてしまうかもしれません。
が、それならそれで、私は無数にいる雇われの一人。
彼らが逃げ出したタイミングで一緒になって逃げれば問題はありません。
ですがもし子飼いの私兵であった場合。
私が何か致命的な失敗、もしくは見てはいけないものを見た場合。
その時は全員が敵となって襲い掛かってくるでしょう。
「皆さんは傭兵なのですかね?」
「いや? 今回の輸送を依頼した側の者だ」
「おい、余計な事を話すな! お前も死にたくなければ余計な質問はせず黙ってろ!」
人差し指をこちらに向けてそう言ってきた護衛の男性。
それに対して最初に答えてくれた男性は明るい様子で口を挟みます。
「バカ、こいつは〝春牝馬の酒場〟から依頼を受けてきた助っ人だぞ?」
「馬鹿はお前だ! だいたいな、西の街まで辿り着けばあとはどうとでもなるんだぞ!?」
「むしろ全部話して最後まで付き合ってもらった方が良いと思うけどなぁ」
「追加の戦力が必要になる事はない! 〝肉塊〟、お前は町に着いたらさっさと帰れ!」
「おいおいおい! 情報タラタラ漏らしてンのはお前の方だろ!?」
「なんだとッ!?」
「そんなんじゃ〝
何も聞いていないというのにポロポロと情報が出てきてしまっています。
「お二人とも口がガバガバリンなので、そろそろ黙った方がいいと思いますよ」
「「うるせー!」」
「まぁ私はタダ働きしない主義なので、追加で協力しろという事なら追加報酬を頂きます」
黙って話を聞いていたもう一人の護衛が「くくっ、そりゃそうだ」と笑いました。
「チッ! とにかく! 上が何も言ってこない限り、お前の仕事は町の入り口までの護衛だ!」
「ええ勿論です。ですが万が一依頼された場合は、そうですね……」
――極論、深い場所には踏み込みたくはありません。
参加する意思が無いとは思われないけど、頼みたくはない。
そんな金額を提示する必要があるでしょう。
「踏み込むと危険な匂いがするので、最低限で白金貨五枚は保障してほしいですね」
「そ・ん・な・に! 出せるか!! 主作戦で〝肉塊〟の戦闘能力を使うことは無い!!」
「あっ! また情報漏らしてやがる!」
「すまんな、二人が馬鹿で」
「「なんだと!?」」
そんな漫才を見ていると、『ピィ――――!!』という笛の音が聞こえてきました。
その笛の音が響いた直後――馬車が急停止します。
「オッサン、高給分の働きはしてもらうぞ」
馬車から飛び出していくお三方。私もその後に続いで馬車を出ます。
この空気と皆さんの反応から判断するに敵襲なのでしょう。
音を出した中央の馬車に着くと、既に何人かは森の方角に武器を構えていました。
その中には鞭を構えている小太りの男性の姿もあります。
全員の立ち位置を確認した直後――森の中から何かが飛び出してきました。
「ガァアアアアアッ!!」
その影は大きく、見た目は青くて大きな狼。
四本足で立っているその時点で、身長は私の腰くらいまであるように見えました。
二本足で立つことがあれば人よりも高い身長になることでしょう。
「グルルルル……!」
爛々と輝く赤い瞳。
獲物を前にした青い狼は涎を撒き散らしながら――躍りかかっていきました。
「【カースドウィップ!】」
小太りの男がそう声を上げて鞭を振るうと、鞭の先が僅かに光を帯びました。
鞭独特の読み難い動きに、狼は避ける事が出来ずに命中。
鞭で打たれた狼は異常なほどに痛がり、地面でのた打ち回っています。
「ハァッ!」
「くたばれッ!」
他の護衛の方々がそれに剣を突き立ててトドメを刺しました。
「敵はワーグ! まだまだ来るぞ!」
小太りの男性がそう叫んだので森の方を見てみれば、無数の赤い瞳が見えました。
仲間を殺された事で怒っている無数の青い狼。
そんなワーグ達が一斉に森から飛び出してきま――。
「ふんっ、こいつらは罵倒前に殺してもいいやつらか?」
シルヴィアさんが冷気と共に姿を現しました。
――まだ引きずっているのですか、シルヴィアさん。
と思いながらも、私はその言葉を飲み込みます。
私は「どうぞ」とだけ言葉を発することに成功しました。
「そうか」
つい先ほどまで臨戦態勢で緊迫した空気を放っていた皆さんでしたが……。
シルヴィアさんの姿を見て全員が固まっています。
小太りの男性なんかは獲物である鞭を地面に落として尻餅をついていました。
皆さんシルヴィアさんの美しさに見とれているのでしょう。
森から出てきた状態で固まっていたワーグ達は――反転。
からのなりふり構わぬ全力の逃走。
「キャインキャインッ!!!」
「逃げるな――【
瞬く間に出来上がった氷柱。
その中の全てにワーグが収まっています。
まだ森の中に居たワーグさえもが氷の棺に囚われていました。
その理不尽な攻撃から逃れられたワーグは、一匹も居ません。
辺りを一瞬の静寂が支配します。
「もう終わりか、【破――】」
「待ってください!」
「……なんだ?」
掌で何かを握り潰そうとする動作の途中で緊急停止したシルヴィアさん。
なぜ周りに多くの人が居る状態で、【破砕】を使おうとしたのでしょうか。
「今それを使うと多くの死傷者が出ます。馬車だって無事では済まないでしょう」
「ん、それがどうした?」
ぽんこつシルヴィアさん、かなり本気の疑問顔。
――おやおやぁ~?
シルヴィアさんは霊峰ヤークトホルンで私の仲間二人を生け捕りにしていました。
そう、リュリュさんとポロロッカさんは生かして捕らえていたのです。
シルヴィアさんが意味もなく人を傷つけるような行動を取るでしょうか?
そうこう考えていると、シルヴィアさんが再び口を開きました。
「おま……ご主人様は生きか……こほん、大丈夫なのだろう?」
――何故でしょうか。
シルヴィアさんのぽんこつ力が大幅にレベルアップしている気がしてなりません。
変わらぬ理不尽な能力さえ無ければ愛らしさもレベルアップしていた事でしょう。
が、危険なシルヴィアさんの安全装置が緩んでいると考えれば……はい。
それはプラスマイナスで、むしろマイナスです。
「私以外の人が危ないんです!」
「そうか」
「いやいや、シルヴィアさんは他の皆さんの事を何だと思ってるんですか!!?」
「代用品か……?」
この場に居る全員が息をのみ、心と空気が凍り付きました。
ゆっくりと数歩ずつ後ろに下がっている者もいます。
もう、開いた口が塞がりません。
シルヴィアさんの顔を伺い見てみると――なんとなく理解してしまいました。
彼女は今、いつもの凛々しい感じの表情ではなく、普通の……。
――そう、普通の顔をしていたのです。
その表情からは力が抜けていて、満足感のようなものを伺い知ることが出来ます。
冷気遮断オーバーニーソックスの御かげで人肌欲が満たされているのでしょう。
時と場所は弁えてくれているのですが……。
毎日のハグ死とは別カウントで無限踏みふみバーゲン状態になっています。
こちらも嬉しい気持ちになれるので放置していたのですが。
これが、その代償なのでしょうか。
教会では皆で寝ている大部屋以外にも無数の個室が存在しています。
荷物置きとして一応は私の部屋とされている、その中の一部屋。
そこで休んでいるとシルヴィアさんは決まって踏みふみをしてくるのです。
それ以外にも人気のないスラムの路地裏で疲れて休んでいる時なんかも……はい。
常に私の頭頂部は踏みふみされていました。
つまりシルヴィアさんは人肌の温もり欲を満たしていると――。
他の人に注意を払わない、超危険なシルヴィアさんになってしまう??
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