『実は初仕事』三

 シルヴィアさんの危険度を完全に見誤っていました。

 今のシルヴィアさんは放置しておくと隊を全滅させかねません。


「シルヴィアさん、何でも良いので馬車が遠ざかるまでは破砕を使わないで下さい」

「ふむ……」

「じゃないと踏みふみにも制限をつけますよ、契約外ですからね」

「むぅ、まぁいいだろう」


 超危険なシルヴィアさんの「むぅ」は可愛らし過ぎて危険でした。

 その愛らしさを深追いした結果ハグ死に到達しかねません。

 ……とそんな事を考えていると、彼女は姿を消して杖の魔石部分に戻りました。

 シルヴィアさんが消えた事で安心したのか、全員が安堵の息を吐き出しています。


「今のが最高位精霊の力と威圧感か。アレがいれば、残りの行程は楽な仕事になりそうだ」


 鞭を拾い、馬車に向かいながら小声でそう呟いた小太りの男性。

 彼が居なくなるなり聞こえてきた他の皆さんのひそひそ声。

 が、それも数事の呟きの後にピタリと止み、自分の持ち場へと戻って行きました。

 私も先頭の馬車に戻って行く三人の後ろに付いて馬車の荷台へと乗り込みます。


「出発だ!」


 そんな掛け声と共に再び進みだした馬車。

 しかし馬車内の空気は戦闘前のものとは程遠く、お三方は俯いたまま顔を上げません。

 それどころか、むしろ青い顔をしているような気がします。

 馬車が動き始めてから少し時間が経過すると、シルヴィアさんがまた姿を現しました。


「ふんっ、【破砕】」


 かなり後方から聞こえてきた、何かが砕けるような破砕音。

 周囲の木々も何本か折れているかもしれません。

 妖精さんがこの馬車に乗ってから初めて、クスクスと笑い声を上げました。

 同乗者であるお三方の顔色が青を通り越して土気色になっています。


「ん、こいつらどうした?」

「気分が悪いようです。馬車で酔ったのかもしれません」

「酔った? 酒でも……いや、この場合は別の原因か。……なるほど、軟弱な奴等だ」

「シルヴィアさん、車酔いはなる時はなってしまうものですよ」

「ふんっ、私が溶岩を浴びると気分が悪くなってしまうようなものか?」


 ――本当に丈夫ですねシルヴィアさん。

 と心の中で突っ込みを入れながらも、「そのようなものです」と言葉を返しました。


「ふむ……それなら私がハグをしてやろうか? 少しは酔いが収まるかもしれないぞ」


 シルヴィアさんがそう声を掛け瞬間、俯いていたお三方が僅かに顔を上げました。

 真っすぐにシルヴィアさんの顔を見ています。

 お三方は少しだけ元気を取り戻し、少しだけ嬉しそうな表情になりました。

 もしかしたらハグで完全復活するのかもしれません。

 が、少し嫌な予感がしたので、私は最終確認をしてみることにします。


「シルヴィアさんは他人に対して治癒魔法だとかが使えるのですか?」

「いいや、無理だな」

「では、ただハグをするだけと」

「そうだ」

「…………元気にするとかは関係なく、ただハグがしたいんですね?」

「ああ」


 若干血色の良くなってきているお三方。

 美少女にハグをしてもらえると思って嬉しいのでしょう。

 ですがシルヴィアさんとのハグは、あの世への片道特急便。

 ――いけません。

 このまま放置していると凍死体が三つも出来上がってしまうかもしれません。

 お三方がシルヴィアさんを上から下まで、じっくりと見ているのが分かります。

 シルヴィアさんの肌の色は青みがかった美しい白。

 見ているだけでキメの細かさと柔らかさ、それから質感が伝わって来るような……。

 そんな白くて美しいお肌。

 整った顔立ちは美しく、芯の通った鼻筋に艶のある美しい唇。

 宝石のサファイアのような瞳は見る者を引き付ける不思議な魔力を放っています。

 下着が見えないギリギリまでしかない服によって惜しげもなく曝け出された御足。

 彼女は完璧過ぎる女性の理想とも言うべき、見事な曲線美を描いている体系です。

 ――私としては、もう少しむっちりとしていた方が好みなのですが……。


「な、なぁ、ハグはいつしてもらえるんだ?」

「ん? いつでもいいぞ」

「じゃ、じゃあ――」

「ちょっと待った!!」

「な、なんだよ。精霊様ご本人がいいって言ってんだ、少しくらいならいいじゃねぇか」

「独り占めしたい気持ちはわかるけどなぁ? ハグくらいさぁ」

「同乗者のよしみで見逃してくれ、頼む!」


 三人は理解していないのでしょう。

 私が今この瞬間にも、お三方の命の恩人になっているということを。

 この非難の視線の雨嵐。これは正に、踊り狂う非難の暴風です。


「三人とも忘れていませんか? シルヴィアさんが氷の精霊であることを」

「なにかまずいのか?」

「ハグなんてされようものなら、十秒と持たずに凍死してしまいますよ」

「「「…………」」」


 凍死という言葉を聞いて完全に固まってしまったお三方。

 シルヴィアさんの危険さが僅かにでも伝わってくれたのでしょう。


「彼女は魂すら凍て付くと言われている霊峰ヤークトホルンの頂に居ました」

「霊峰ヤークトホルンって、あの?」

「はい。そこでの激闘の末、仲間になってくれたのが彼女です」

「よく無事に帰ってこられたな……」

「山では多くの人が氷の彫刻になっていましたよ」


 思い出される氷柱の森。

 その一本一本の中に人が入っていると知ったその時の感情は、今でも忘れられません。


「ちなみ私は、シルヴィアさんにハグをされて死ななかった者を一人として知りません」

「「「――ッッ」」」


 まだハグをされていないというのに彫刻のように固まっているお三方。


「それでもまだ、ハグをして欲しいですか?」

「…………! い、いやぁ~。いと恐れ多きし、おきなのすけ!!」

「よいてーこしょって、天丼でなすって!」

「あなかしここでもうかえりてぇ! もうココで降ろしてくれェ!!」


 意味の無い意味不明な言葉が三人の口から出てきました。

 それに対して手をワキワキさせながらにじり寄るシルヴィアさん。

 そしてクスクスと笑う、妖精さん。


「「「ピィ」」」


 反射的に馬車の一番奥まで逃げていく三人。


「いやいやいや! 精霊様にハグして頂くだなんて恐れ多過ぎて、そんなことできません!!」

「ふんっ。なに、気にする必要はない」

「俺達小心者だから俺達が気にしちゃうんですって! あー恐れ多い恐れ多い!」

「なに、きちんと敬意さえ持ってさえいれば大抵の事はハグで許してやる」

「「「恐れ多い恐れ多い! 怖い怖い!!」」」


 ええ確かに〝恐れ〟は多いでしょう。

 仲間である私ですらシルヴィアさんは恐れ多いのです。

 そっと近づくシルヴィアさん。

 もう手を伸ばせば触れられてしまいそうな距離です。


「いくぞ?」

「やめろメロメロ止めてくれ!」

「合わせてめろめろ――」

「「「――止めてくれぇ!!」」」


 その後私の必死の説得もあって、ハグはなんとか取り止めになりました。

 不満そうな顔をしながら手をひっこめて魔石形体に戻ってくれたシルヴィアさん。

 命の危機が過ぎ去って一安心したお三方の顔色は悪く。

 この短時間で一気に老けたようにも見えました。

 ――これはもう、便座カバーヘッドになるのも時間の問題でしょう。

 妖精さんがタイミング良く、クスクスと笑い声を響かせました。


「あんたと同じ馬車に乗ってると命が幾つあっても足りんよ……」

「〝春牝馬の酒場〟か。実力はあるが危険な奴が集まりやすい、という噂は本当だな」

「命令とは全然関係の無い部分で帰りたい!!」

「一応言っておくとですね、あの酒場で一番の常識人は私ですよ」

「嘘だろ?」

「他の人だと〝告死蝶〟のリュリュさんだとか、〝教会狩り〟のポロロッカさんですかね?」


 リュリュさんとポロロッカさんの名前を聞いた三人は露骨に顔を顰めさせました。


「おえっ、両方とも関わりたくねぇな」

「この男が一番まとも? ……うーん……」

「確かに最高位精霊を使役しているという点を除けば、まともな部類か?」


 腕組みをして首を傾げ、酷く考え込んでいるお三方。

 どうやら今回も私が常識人であるという方向に傾いているようです。


「まてまて、最高位精霊様の発言からするに、制御は完璧じゃないんじゃないか?」

「となると危険度は奴等の一つ下か」

「自発的に殺しに掛かってこないだけマシ、か……」


 あと一押しというところで三人が深い溜め息を吐き出しました。

 それならば後一押し、この私が押して進ぜましょう。

 私はバックパックから勲章を取り出し、立ち上がって天井近くまで掲げました。

 今ここで、その力を使わせて頂きましょう!

 この――勲章の力を!!



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