『夜襲』一

 お三方から見えるように領主様から頂いた勲章を高く掲げます。


「見てください、つい先日賜ったこの勲章を!」

「そ、それは……!」

「そうです、これこそが私が常識人である事の証明です!!」

「おおっ!」

「へっ、俺達はすげぇ男と乗合になっちまったな!」

「……ん? 先日?」


 まず二人は勲章の威光でねじ伏せられたような気がしました。

 が、最後の一人は何かを思い出すように目頭を押さえています。


「先日っていやぁ、魔族を殺す為に領主屋敷の雇われを殆ど殺したっていう……」

「ああ! そういやそんなこと情報屋が言ってたな!」

「生存者は私兵が数人と領主と領主娘だったか? で、それがどうした?」

「いやな、そんな大事件をやらかした男が勲章を貰ったって聞いて耳を疑ったが……」

「まさか……!」

「オッサンがそうなのか!!?」


 三人が揃って目を見開いてこちらを見ています。

 勲章のせいで悪い流れになってしまいました。

 私は移動している馬車の後ろから手を突き出し、勲章を森の方へと投げ捨てます。


「そぉい! ……はて、何の話ですか?」

「「「…………」」」


 お三方は完全に黙り込んでしまいました。

 そんなところで再び聞こえてきた――『ピィ――――!!』という笛の音。

 その笛の音が聞こえてきた直後に馬車が停止しました。


「あと少しで誤魔化すのに成功するところだったというのに……くっ!」

「いやいや、それはない」

「あんたの誤魔化し方じゃ一生かかっても無理だな」

「うんうん」


 ……まぁ仕方がありません。

 私達は馬車から飛び降り、敵に対処するべく笛の音を発した場所に向かいます。


「――ふんっ。先に攻撃しておくぞ?」

「お願いします」


 シルヴィアさんが姿を現して森の中へと突っ込んでいくと、僅かな喧騒の後……静寂。

 瞬く間に敵は殲滅されてしまいました。

 私は敵の姿すら見ていません。



 その後も二度の襲撃を切り抜けながらの馬車移動を続けることしばらく。

 元から薄暗かったこの森なのですが、陽が落ちてきて更に暗くなってきました。

 先頭の馬車の御者さんが『ビッ、ビッ、ビィ――――!!』と笛を鳴らします。

 それが停止の合図なのか、馬車は道の端に寄せるようにして停止。

 顔を出して後ろの馬車を確認してみると他の馬車も同じように停止しています。


「今日はここで野営だ」


 馬車の御者台から飛び降りながらそう述べた御者さん。


「適当な木でも集めてきましょうか?」

「ああ、そうしてくれ」

「わかりました」


 それぞれの馬車の横では薪が燃やされ、馬車の御者台に魔石灯が設置されました。

 私と護衛の三人と御者さん。五人で焚火を囲んで食事を摂ります。

 私が黙って固パンや干し肉を食べていると、一口水を飲んだ御者さんが口を開きました。


「助っ人さんよ、この道を通るのは初めてか?」

「ええ、これから向かう町にすら行った事がありません」

「そうかい、じゃあ襲撃の多さに驚いただろ?」

「まぁ、そうですね……」


 襲撃者の正体は一度しか見ていないので実はあまり実感がありません。


「この森は少し特殊でな、盗賊が出ない代わりに魔物がやたらと出てくるんだ」

「それでこの数の護衛というわけですか」

「まぁ腕利きでないと倒せない奴も稀に出てくるがな」

「成る程、それで依頼の条件が腕利きの冒険者だったのですね」

「ああ」


 どことなく含みのある同意の声。

 パチッ、パチッ、と爆ぜる焚火に照らされ、御者さんの顔に影ができています。

 護衛のお三方よりも御者さんの方が立場は上なのでしょう。

 彼が話している最中は三人とも黙っていました。

 私は焚火の傍に積まれていた薪を手に取り、焚火に薪を足します。


「ちなみにですが、護衛の皆さんの実力は?」

「中の上だ。オーガ、トロール、バックルベアー辺りまでなら集団で狩れる」

「まぁ有名どころですね」

「だがレイス、ヴァンパイア、ライカンスロープだと敗色濃厚。それ以上は全滅だ」

「それってかなり優秀ですよね? 普通の森なら簡単に突破できると思うのですが……」

「だが、この森は普通じゃない」

「というと?」

「森の何処かにダンジョンが生成されてるのか、混沌系のやつが一定数出てきやがる」

「では参考までに聞いても?」

「出てくる魔物をか?」

「はい」


 私がそう答えると、御者さんは出てくる魔物を思い出してくれているのでしょう。

 腕を組んでじっくりと考え込んでくれています。

 ややあって、御者さんはゆっくりと口を開きました。


「混沌アメーバに呪詛ヒドラ、特別運が悪いとアンデットドラゴンも出てくるな」

「ドラゴン!!?」

「ま、街道を外れなければめったに出ないさ」


 混沌アメーバというのは想像も出来ませんが、ヒドラとドラゴンくらいは知っています。

 どこの世界でもドラゴン系統の魔物は強大ということでしょう。

 そんな大物がこの森で出る?

 シルヴィアさんはどのくらいの敵にまで対処できるのでしょうか。


「まぁ街道沿いで出てくるのはワーグ、コボルト、ゴブリン、運が悪くてもオーガだ」

「……ん? では組織の護衛だけで十分なのでは? 何故わざわざ外から腕利きを??」

「そりゃ――」


 ――――ターンッ! ターンッ! ターンッ!

 どこかで聞いたような何かが爆ぜる音。

 と同時に、目の前で話していた御者さんの頭を閃光が駆け抜けました。

 次の瞬間――頭が弾け飛びました。


「狙撃!?」


 三人の内の一人が御者さんの首に掛けていた笛を奪い取り、吹きます。


『『『ビィ――――!!』』』


 隊の全体から鳴り響いた笛の音。

 直後――隊全体をカバーするような魔方陣が大きく広がりました。


「こちらの防御術式ですか!?」

「違う、敵が仕掛けた何かだ!!」

「どこだ!?」

「一時退避!」


 そう言って馬車の中へと飛び込んでいく三人。

 しかし私は雇われの護衛。

 ここで臆病な行動を取る訳にはいきません。

 馬車の中ではなく馬車の影に陣取ります。

 ――ターンッ! ターンッ! ターンッ!

 再び発砲音が鳴り響くと――パリン、という音と共に撃ち抜かれた魔石灯。

 魔石灯はその輝きを失い、こちらの視界が大幅に制限されました。

 ……シルヴィアさん、まだ出てこられないのでしょうか。


「シルヴィアさん!?」


 ……反応がありません。

 そのまま銃声から死角になるように馬車の影に隠れていると――。

 森の中から『『『【ウォーターショット!!】』』』という声が複数聞こえてきました。

 魔術師が複数人は居るのが確定です。

 正確に焚火の炎を捉えて消し去った水の水球

 ――ターンッ! ターンッ! ターンッ!

 残った魔石灯も全て撃ち抜かれ、辺りは完全な暗闇になってしまいました。


「おい、あんたも早く中に入れ!」


 その声で反射的に馬車の中へと転がり込みます。

 馬車の中には極限まで光量の絞られた魔石灯が一つだけ置かれていました。


『聞けエッ!! アタシ等は暗視のポーションを服用している! 積荷を全て置いて逃げるというのなら見逃してやる!! 諦めろ! てめェ等が雇った〝肉塊〟は、この精霊封じの陣によって無力化されてるぞ!!』


 森の中のどこからとも判らない位置から聞こえきた女性の声。

 その言葉を聞いたお三方が慌てた様子で声を掛けてきました。


「本当なのか!?」

「ええ、ここまできてシルヴィアさんが出て来ないということは、事実なのでしょう」

「くそっ、どうすれば……!!」

「相手は野盗ですか?」

「どう考えても違う、装備が充実しすぎだ」


 とそこまで言われたところで、妖精さんが褐色幼女形体になられました。


「…………六十八」

「敵の数ですか?」


 その問いに小さく頷いてくれた妖精さん。

 こちらの陣営は多く見積もっても二十人弱。

 三倍以上も頭数に差があります。


「その子は闇の精霊か?」

「違います」

「何だっていい、戦えるのか!?」

「おそらく私が〝肉塊〟と呼ばれている力の由来なので――戦えます」

「よし、それじゃあこれから作戦を話すぞ。相手が言ってる言葉は無視しろ」


 ……。

 …………。

 ………………。



 ◇



「チッ、連中反応がないな」


 エッダは悪態を吐きながらも冷静に魔力回復のポーションを飲み干した。

 現在の視界は良好。

 暗視ポーションの効果によってこの暗闇も昼間の様に見通すことが出来ている。

 敵輸送隊をジっと見て再度魔力銃を構えたエッダ。

 輸送隊の護衛は馬車の中に飛び込んでいってから動きがない。

 エッダの後ろに居た男は置いてある拡声器の魔道具を停止させ、エッダに声を掛けた。


「エッダ、呼び掛けなんて無駄だ。さっさと殲滅して積荷を奪ってしまわないか? 奴等は極悪人じゃないか」


 エッダは背後で姿勢を低くしている二人を一瞥。

 片方はつい最近命を救われた、細身で色白の男――タクミ。

 今回の襲撃に参加しているメンバーの中ではエッダの次に魔力銃を扱える人物だ。


「敵の雇った男は情報不足のネームドだぞ? 戦闘が避けられるに越した事は無いだろ」

「くくっ、お前も甘ちゃんになったもんだ。俺もタクミの判断が賢い選択だと思うぜ」


 と、エッダの昔からの相棒である巨漢の色黒男はタクミの意見に賛成した。


「チッ、その通りだエギット。タクミ! お前のせいでアタシは甘ちゃんになったぞ!」

「えぇ!? いやいや、流石にそれは理不尽すぎるって」

「――で、秘密兵器ちゃんは最初っから使うのか?」

「アレを使ったら今回は大赤字だ! ってか最高位精霊が出てきた時の切り札だろ!!」

「そうカッカすんな、言ってみただけだぜ?」


 巨漢の色黒男――エギットはおどけるようにそう言って言葉を続けた。


「んじゃぁ俺は待機だな」

「ああ、奴さえ封じ込めれば敵は〝痛恨〟のピッガブだけだ」

「え、ピッガブは利き手を撃ち抜いたし戦力外なんじゃないのかい?」

「いや、奴なら左手一つでもこっちの屑をダース単位で相手にできるだろうな」

「なッ……それじゃあピッガブの相手はエッダと僕がする感じ?」

「いや? こちとらこれ以降の統制なんか取れちゃいないんだ、早い者勝ちだ」


 笑みを浮かべて中央の馬車を見つめるエッダ。

 タクミそれを見て呆れたような溜め息を吐き出した。


「シッ、敵さんが動いたぞ。先頭の馬車だ」


 先頭の馬車から降りて来たのは四人の男達。

 その内の一人はネームドである〝肉塊〟だ。

 三人は巨大な盾を持っていて、中央の一人を守るように盾を構えている。


「守られてるのは〝肉塊〟だね、事前情報では魔術を使うって話は聞いてないけど――」

「シッ! 少し黙れ、嫌な予感がしやがる」


 エッダがタクミを黙らせたその直後、正気を削られる様な笑い声が森に響いた。

 森全体を包み込むような、粘っこい不気味な笑い声だ。 

 到底この世に存在してもいいとは思えない笑い声。


『さぁいきますよ! 妖精さんは隊全体の守りを優先してお願いします! そして――私に力を貸してください!!』


 大声でそのように言葉を発した〝肉塊〟。

 男がそれに続いて杖を地面に突き立てると、地面には赤黒い不気味な魔方陣が広がった。

 流石に何かすると分かっていて放置するほどエッダも甘くはない。


「総員、攻撃開始!!」


 動き出すメンバー達。それと同時に放たれる魔術の連続。

 エッダ、タクミ、それから別パーティーの一人が魔力銃を撃つ。

 ――ターンッ! ターンッ! ターンッ!

 同時に〝肉塊〟を狙うのは、多種多様な魔術や弓矢による一斉攻撃。

 真っ先に対象へと到達した魔力銃の弾は的確に動いた大盾によって弾かれた。

 そして弾に続いて対象に到達した魔術と矢の攻撃だが――。

 地面から這い出した〝ナニカ〟によって全て弾かれた。


「何だ、ありゃぁ……?」


 地面から這い出してきた〝ナニカ〟は全体的に赤黒く、敢えて例えるのならば、そう。

 ――肉塊の花。

 花の中央部分からは赤黒い男の上半身が裸で生えている。

 それが赤黒い魔方陣から次々と這い出してきた。

 この場に居る全員が理解した。

アレが、世のモノではない不気味な存在であると。


「エッダ! 精霊は呼び出せないんじゃなかったのか!?」

「うるせぇ! くそ……タクミ、ありゃ精霊なんて可愛いモンじゃない」

「じゃあなんだよ!!」

「知るかよ!! チッ、ありゃ奴の二つ名の由来はこっちだぞ」

「えぇ!? 精霊の方がオマケだったってこと!!?」

「あぁくそっ……やばいな、激戦の予感がしやがる」

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