『一番の常識人』二

 詰所を後にして、紙に書かれた酒場へと向かって足を進めることしばらく。

 酒場の場所は当然のように入り組んだ路地の途中にあって、裏に娼館。

 というよりかは表に娼館があり、その裏が酒場になっているという立地。

 娼館の前ではかなり薄着の呼び込み嬢が立っています。

 が、私を見るなり娼館の中へと入って行きました。

 受け入れる準備をしてくれているのかもしれませんが、今は金欠。

 残念ですが寄り道をする余裕はありません。


「オッサン? この酒場に来たって事は、ここで依頼を受けるのぉ?」


 これまた絶世の美女――リュリュさんと。


「……とうとう来たか」


 何か諦めたような顔で深い溜息を吐いたポロロッカさん。


「まぁ、話す人が皆この酒場を勧めるので」

「良いわねぇ、機会があれば一緒に仕事しましょ~」

「……今から採取依頼で森に行くが、オッサンも来るか?」

「わたしは使わないけどぉ、接種すると気持のよくなれる薬草だわぁ」


 明らかにやばい臭いのプンプンする依頼。

 危険の無い媚薬的な薬草の可能性もありますが、初回でヤバイ依頼は嫌です。


「いえ、初依頼は一人で行けるものを適当に受けてみようと思います」

「……そうか。まぁ頑張れ」

「ギルドの下請酒場で依頼を受けるのは初めてですからね、気合いは十分です」

「残念、それじゃあ行ってくるわねぇ~」

「お気をつけて」


 リュリュさんとポロロッカさんを見送った後、ゆっくりと酒場の扉を開けました。

 キィ、と小さな音を立てて開いた酒場の扉。

 内装は殆ど普通の酒場なのですが、中央にはポールダンス用のお立ち台。

 客層がかなり荒くれた感じの人達ばかりなのが気になります。

 私を瞬く間に簀巻きにしてしまいそうな荒くれ達がこちらを見て――。

 ガタリ、と酒場内の何人かが音を立てました。

 そして何故か明後日の方向へと顔を向け、私と目を合わせようとしません。

 荒くれ達には鴨がネギと鍋を持って入ってきた、と思われている事でしょう。

 が、声をかけてくる者はおろか、目を合わせてガンを飛ばしてくる者も居ないです。

 見た目とは違い、思っていた以上に治安がいい酒場なのかもしれません。


「おやっ」


 店内を見渡してみると見覚えのある人影が二つ。

 一人は酒場の右奥の方で荒くれ三人と同じテーブルに座っている女盗賊。

 いつぞやのオーク集落の際に助け出した――ミリィさん。

 小さく笑みを浮かべて、手を振ってくれています。

 勿論それに応じて手を振り返しました。

 もう一人はミリィさんの席からテーブルを二つ挟んだ席に座っている男性。

 腕の太い屈強そうな男――ヴェストロさん。

 ヴェストロさんは先日路地裏で荷物を持ってくれた男性です。

 人の良さそうな笑みを浮かべて、小さく頭を下げてくれました。

 私もそれに習って同じように返します。


「おい、従業員が来るって言ってたのを聞いたが、お前が〝肉塊〟で間違いないな?」


 声を掛けてきたのはカウンターでグラスを磨いているバーテン風の男性。

 鼻下のちょび髭がこれ以上ない程に似合っていました。

 が、何故だか不機嫌そうな顔をしています。


「何故かそう呼ばれているみたいですね。フサフサボーイと呼んでくれても構いませんよ」


 頭頂部に酒場内の視線が集中たような気がしました。

 現在はフードを被っていないので便座カバーヘッドは丸出しです。

 視線を戻したバーテン風の男は「そうか」と淡白な反応を示しました。


「で、何の用だ? 酒か? 女か?」

「仕事をください」

「……やっぱりか」


 仕事が欲しいと言った瞬間、店内に微妙な空気が流れました。

 この場に居る全員に動向を監視されているような気がします。


「クソッ、何で俺の店にはまともな奴がこねぇんだ……」

「では私が常識人第一号ですね」

「クソッタレ! こいつは本物だ!! で、まずは何だ! 仕事か! 飯か! 酒かッ!!」

「では、ミルクと仕事をお願いします」

「……はぁ、こっちに来な」


 言われた通りにカウンター席に腰を下ろします。

 すると右後方の席。

 丁度ヴェストロさんの座っている場所から椅子の倒れる音が聞こえてきました。

 それに続くように上がる怒声。


「ジェンベル! てめェ俺が酒以外を頼んだら『酒場なんだから酒を頼みやがれ!』とか言いやがったくせに、オッサンはいいのかよ!!」


 怒鳴り声を上げたのは予想通りヴェストロさん。


「うるせェ! だったらテメェが言いやがれ!! なんならデコで酒を飲む方法を今ここで教えてやってもいいんだぞ!? アァ!!?」


 バーテン風の男――ジェンペルさんが怒鳴り返しながら取り出したものは……。

 前世では見覚えがあっても、この世界では初めて見た武器。

 全体が鉄と木で作られていて、筒状の長いアイアンサイトと引き金がありました。

 ――ライフル!?

 この世界にも銃があったとは驚きました。

 が、よく考えてみれば、私以外にも異世界人がこの世界に来ています。

 であれば銃があっても不思議ではないのかもしれません。

 それによく見てみれば所々が違います。

 銃には詳しくありませんが、随所に違和感を覚える見た目をしているライフル銃。

 何より引き金に掛けられた手が僅かに青白く光っているのが非常に気になるところ。

 コップに入っているミルクは――美味しいです。


「あっ、このヤロっ! 弾込めやがったな!?」

「撃たれたくなけりゃだーってろッ!! ここは俺の店だ!!」

「……チッ!」


 どかり、と大きな音立てて席に着いたヴェストロさん。


「あの、それは?」

「あ?」

「いやいや、銃口を向けないでください!」

「銃口って……魔力銃を知ってんのか」

「はい、何でも良いので銃を下ろしてください」

「少し珍しいものなんだけどな。……いや、このまま撃ってみるのも手か?」

「止めてください、私はともかく……」

「――ふんっ。こいつは罵倒前に殺してもいいやつか?」


 危険な仲間第二号、シルヴィアさんが出てきてしまいました。

 酒場内の温度が一気に下がったような気がします。

 シルヴィアさんは片手を振り上げ、スキルを放つ気満々のご様子。

 腋がすごくエチエチです。


「じょ、冗談だって氷の最高位精霊様! どうか怒りを御沈めください!」


 銃をゆっくりと地面に置いて両手を上げたジェンベルさん。


「こう言っているが、どうする?」

「えっと……」

「一応お前はご主人様だからな。契約を守る限りは可能な範囲で守ってやる」

「殺さなくて大丈夫です。あ、罵倒もしなくていいですよ」

「わかった」


 そう言葉を残して姿を消したシルヴィアさん。

 妖精さんがクスクスと笑っています。

 それと同じくして酒場内でひそひそと内緒話が目立つようになってきました。


「……ふぅ、噂通りってぇワケか。で、ソロか? パーティーか?」

「パーティーの利点は?」


 パーティーを組んでいる事による利点が何かあるのなら、組む必要が出てきます。

 妖精さんとシルヴィアさんにお願いしてメンバーになってもらいましょう。


「パーティー名を付ける事が出来る、それから報酬を人数割にして受け取れる」

「だけですか?」

「安全性は……組む相手次第だからな、利点は最初の二点だけだ」

「ではソロでお願いします」

「あいよ、冒険者証を出しな」


 言われた通りに冒険者証であるドックタグを手渡します。

 受け取ったジェンベルさんはカウンターの下で何やらごそごそとし……。

 思い切り顔を顰めさせました。


「討伐履歴については何も言わねぇが、余り問題は起こすなよ?」

「勿論です、大船に乗ったつもりでいて下さい」

「その大船は何でできてんだ?」

「黄金と鉄の塊という事で一つ」

「……今のお前に紹介できる依頼は、この三つだ」


 そう言ってジェンベルさんがカウンターの上に置いたのは三枚の羊皮紙。

 当然この世界の文字が読めない私には何が書いてあるのか解りません。

 なので、ここは素直に――。


「読めません」

「あぁ、あんたは読めない側か。まず一枚目だが、これは――」

「ふんっ、私が読み上げてやろうか?」


 またもや唐突に姿を現したシルヴィアさん。

 シルヴィアさんは完全にドジッ娘ポジだと思っていました。

 が、どうやら無学キャラではないようです。

 五千年以上も雪山にいて、一体いつ文字を学んだのでしょうか。

 流石に五千年以上も前からずっとこの文字だったという事はないでしょう。


「お願いします」

「良いだろう。まず一枚目だが……護衛依頼だな。拘束期間は一泊二日」

「悪くないですね」


 護衛依頼で一泊二日。

 定番の依頼内容という事もあって、そんなに悪い依頼とは思えません。

 一つ問題があるとすれば、ジッグさんのお話で護衛依頼への不信感が強いこと。


「ここから西にある町アセーアまでの道中を守ってほしい、と書いてあるな。この依頼には定員が決まっていて、ある程度の実力がある人間一人に頼みたいそうだ」


 ――実力者一人という制限付きでの募集?

 すこしだけきな臭い内容になってきました。


「報酬は?」

「金貨三十枚」


 一泊二日で金貨三十枚。

 ダイアナさんが言っていた通り、かなりの高額依頼です。

 道中に余程危険な場所を通るのでしょうか。


「二枚目だが……怪しすぎるな。詳細は不明で文字も人の字じゃない」

「怪しさ満点ですね……」

「内容は指定の対象に襲撃を仕掛けてくれ、というものだ。一泊二日で報酬は金貨九枚」

「報酬しか書いてない依頼なんて誰が受けるんですか? パスで」

「そうか。じゃあ三枚目だが、これは……」

「何ですか?」

「〝三日間寝ているだけの簡単なお仕事〟だそうだ。報酬は白金貨十枚」


 怪しさ百万馬力の依頼です。

 治験か何かでしょうか? ……いえ、私は騙されません。

 三枚目からは一番やばい依頼の臭いがぷんぷんしています。

 三日間寝ているついでに永眠しかねません。

 五千兆円頂いたとしても受けたくないお仕事です。

 そもそも三日間寝ているだけの依頼が安全なワケがありません。

 メビウスの新芽を持ち帰った依頼よりも高額だというのは、それ以上に危険だから。

 つまり提示された依頼の中で私の受けられる依頼は、一つだけ。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る