『一番の常識人』一

 入り組んだ細道の先にある魔道具店。

 中に入ってみると、ダヌアさんはノートを前に頭を抱え込んでいるところでした。

 その傍では謎鳥が心配そうな目をしてダヌアさんを見ています。

 それを見てクスクスと笑い声を響かせる妖精さん。


「あっ、いらっしゃいませ! えっと、お金の用意はできた?」

「勿論です。……ところで、何かあったのですか?」

「それ聞いちゃう? 聞きたい?」

「いえ、やっぱり止めておきます」

「聞いてよ! 昨日お客さんが来たあと、帳簿を見直してみたんだけどさ……」


 ――帳簿。

 その言葉が出て来た時点で、嫌な予感がしてきました。


「私の魔道具店ね、ポーションや魔道具の品質だって表通りよりも良いんだよ?」


 表にある物よりも品質が良い。

 それは素直にすごい事です。

 このお店は隠れた名店なのでしょう。


「表じゃ手に入らないような、すっごいアイテムだって取り揃えてるのに! 開店以降ずっと赤字続きなのよ!! なんで!!?」


 なんでと利かれても、お店を経営したことのない私では何も答えられません。


「黒魔導師なのに帳簿はレッドマジックって!!? やかましいわ!!」


 一人でノリ突っ込みをしながら、ぱしぱしとカウンターを叩くダヌアさん。

 相当なストレスが溜まっているのかもしれません。


「マスター……」


 心配そうな声を上げている謎鳥。


「そんな経営状況で、よくお店が潰れませんね」

「うん……お金が減ってきた時はさ、私が冒険者として依頼を受けにいくの」

「なるほど」

「できる事ならさ、このお店一つで生活していきたいんだよ? でもままならないものね」

「お店の位置を表通に変えてみては?」

「位置を?」

「はい、物が良いのであれば期待以上の効果が見込めると思いますよ」

「うーん、まぁ一度はそれも考えたんだけどね、やっぱり嫌」

「何かこだわりが?」

「私ってば黒魔法術師でしょ?」

「それっぽい見た目ですもんね」

「こう、隠れた名店みたいな感じにしたくってさ。それでいて人気店になりたいの!」


 ――隠れた名店で人気店?

 人気店になれば、自然と隠れた店では無くなるのでは……?


「ああでも、あんまり目立ちすぎるのも……――――」


 かなり難しい事をブツブツと呟いているダヌアさん。

 黒魔術師を使う人は変わり者というのが定番ですが、ダヌアさんもそうなのでしょうか。

 私はしばらくの間、黙ってダヌアさんのお話を聞き続けました。


「っと、そうだそうだ、今回はそのフード付きローブと同じものだっけ?」

「はい、代金はこれで」


 金貨袋から金貨を五枚取り出し、ダヌアさんへと手渡しました。


「まいど! それじゃあ、これがそれと同じローブだよ。サイズは大丈夫?」


 ダヌアさんが見ている目の前で元々着ていたフード付きローブを脱ぎます。

 ――肌寒い。

 寒さを緩和するためにダヌアさんに渡されたローブを急いで着用しました。

 着てみると、元々着ていたローブ以上に体にぴったりフィット。

 動きは殆ど阻害されず、何かに守られているような感覚があるこのローブ。

 これが防御効果からくる安心感なのでしょう。


「ピッタリです」

「ん、今までコレ着てたなら大丈夫だと思うけど、防御術式を過信し過ぎないでね」

「わかりました」

「付与無しの鉄鎧よりは丈夫だけど、それを貫く攻撃はどうしようもないからさ」


 手で生地に触ってみた感触は、ただの上質なローブ。

 が、これで鉄鎧以上の防御力があるというのだから驚きです。


「えっと……他にも色々と見ていって大丈夫ですか?」

「もちろん勿論! ゆっくり見て、欲しい物があったら私に言ってね」

「有難うございます」


 店内の商品を隅々まで見てみると、本当に様々な商品が並んでいました。

 私の持っている治癒のポーションや、保温のポーション。

 それから文字が読めないせいで判別できないポーションの数々。

 ヤークトホルンでお世話になった『手法瓶』なんかも並んでいます。


「こっちは……薬草系ですかね」


 棚に並べられている瓶には用途の判らない種や薬草が入っています。

 茸を始めとした自然の植物なんかも確認できました。

 別の場所には武器や防具なんかも並んでいます。


「おやっ」


 武具ゾーンにあった一振りの短剣が目に留まりました。


「これは……綺麗な意匠ですね」


 デザインのベースは地味な茶色。

 それに金糸のような細かな意匠や、下品にならない程度の宝石が嵌められていました。

 ものすごく高そうです。


「その短剣? 見た目重視で色々と盛り込んでみたけど、結局まともに使えるのは刃を赤熱させて切れ味を上げたり、野営のときに火種にする機能くらいかな。やっぱ本職には敵わないって事よね」


 ――まさかのダヌアさん自作商品。


「……十分凄いと思いますが……」

「そう? まぁ見た目だけは良いと私も思ってるわ」


 ダヌアさんの短剣に対する評価はかなり低いご様子。

 が、この意匠は本当に美しくて良い物です。

 着火の魔道具が故障してしまった際の代用品にもなるとなれば悪くもありません。

 芸術的な付加価値もあり、文句無しの一品であることは間違いないでしょう。


「これは幾らですか?」

「えっと、使った素材が素材だけに、能力のわりに値段は高いよ?」

「構いません」

「んー値段はまぁ、金貨十枚くらいかな」

「金貨七枚でなら即決で買うのですが……」

「ははぁ、いいねいいねこういうの。お店やってるって感じが良い! 金貨九枚!」


 ――もう少し行けるでしょうか?

 と思いながら、探り探り金額を提示していきます。

 数度それを繰り返した後、ダヌアさんがこれ以上無理という金額を提示してきました。


「ん、金貨八枚と銀貨二枚! これ以上はまけられないよ!」

「ではそれで買わせてください」

「あいよー!」


 なんやかんやで所持金がガクッと減ってしまいました。

 とはいえ、中々良い買い物が出来たと思っています。

 教会に帰る道中その短剣の意匠を見ていると――ハッ、と気が付いてしまいました。


「魔石型じゃ、無い……?」


 魔石型ではない。

 それはつまり、魔力を注ぎ込まなければ効果が発動しない代物であるという事。

 つまり魔力の無い私にして見れば、この短剣は……意匠の凝った普通の短剣。

 完全にやってしまいました。

 スラムの裏路地に響く、妖精さんのクスクスという笑い声。



 ◆



 付与効果を使えない短剣を買ってしまってから早数日が経過。

 しかし私は今、軽くなってしまった金貨袋を満たす解決策を思いついたのです。


「で、ここに来た訳か」

「はい」

「はい、じゃなくて帰れ。この詰所はお前の仕事斡旋所じゃないんだぞ?」


 椅子に座ったまま思いきり不機嫌そうな顔をしているダイアナさん。

 ダイアナさんは机の上で手を組み、それに顎を乗せました。

 かなりストレスが溜まっているご様子です。

 ――女の子の日でしょうか?


「では不肖私、野盗となって商隊から金品を――」

「不肖過ぎるわ!!」


 ダイアナさんからの鋭い突っ込み。

 本当にやるつもりはなかったので冗談です。


「お前が野盗になって商人から金品を巻き上げているイメージは湧かないが……お前が撃退されるイメージも湧かないな!? オッサン、次からは冒険者ギルドの下請酒場で依頼を受けるのではなかったのか!?」


 確かに依頼を受ける酒場は決めています。

 が、それでもダイアナさんから依頼が貰えるのであれば、それが一番でしょう。


「……そうでしたね」

「は? 何が『……そうでしたね』だ何が!! 忘れてたのか?? おい!」


 青筋を浮かべて怒っているダイアナさん。

 やはり女の子の日なのでしょう。


「それとも私をからかいに詰所まで押しかけてきたのか? 私刑にかけるぞ、コラ!」

「いえ、実はダイアナさんに会いたくてですね……」

「私は会いたくなかった! オーイ!! 誰でもいいからこいつの相手を代わってくれ!!」


 ダイアナさんがそう叫ぶと部屋に居た衛兵さん達が部屋から出て行きました。

 部屋の外からもドタバタと皆さんが離れていく音が聞こえてきています。

 額の青筋をぴくぴくさせ、大きなため息を吐いたダイアナさん。


「で、仕事する酒場は決めてあるのか? 一番遠い場所になら紹介状を書いてやるぞ」

「一応当てはあるので、そこに行ってみようかと思っています」


 酒場の場所までの簡単な案内図が書かれた紙を机の上に置きます。

 ゆっくりと手を伸ばしてそれを見たダイアナさん。

 ダイアナさんは「なるほどな」と言った後、案内の紙を返してくれました。


「お前には丁度いい場所かもしれん」

「というと……?」

「危険な依頼だとか臭い依頼が優先して集まる酒場だが、報酬の高い依頼が多い」

「危険、ですか……」

「すぐ裏には酒場のマスターが経営してる娼館だってあるぞ」

「おお!」

「危険な人間が集まりやすいが……ああ、オッサンなら大丈夫だ」

「信じてくださっているのですね」

「……信じてる信じてる、信じてるからさっさと行け」

「わかりました! また来ますね」

「…………もう来なくていいぞ」


 部屋を出て行く瞬間……にボソリと聞こえてきた呟き声。

 いえ、今のは幻聴、きっと気のせいでしょう。



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