『浮き上がる狂気』三

 長い廊下を可能な限りの速度で突き進みます

 幾つもの曲がり角を曲がり、扉を破壊しながら突き進み――。

 倉庫のような部屋の中で、地下へと続く階段を発見しました。

 通路にはヒト一人がギリギリ通れる程度の幅しかありません。

 どう頑張ったとしても、おっさん花サードの状態では階段を下れないでしょう。

 どうしたものか……とその場で考えていると、意識が暗転。


『死にましたー』


 懐かしい暗闇の中で、辛うじて正気を取り戻しました。

 私はそこで、妖精さんを選んだのは本当に正しかった、と再認識します。

 サタンちゃんは可愛らしく、かなり好みの褐色美少女であることは間違いありません。

 が、その内面は悪魔そのもの。

 規律やルールに厳格な点も、逆にそれが不安を掻き立てられます。

 敵側が対価を支払い、お願いをした場合でも……。

 それを快諾し、叶えてしまいそうな危うさが、サタンちゃんにはありました。


「ないナ」

「心を読まないでください」 


 その点で妖精さんは性格的にも色々とルーズ。

 大ざっぱな印象ですが、その内面は天使そのもの。

 その眠たげな双眸と落ち着いた口調は、常に心を和ませてくださいます。

 そんな事を考えていると暗闇は晴れ――。

 気が付くと倉庫の入り口に全裸で立っていました。


「私は……ええ、まだ大丈夫ですね。朝食だって思い出せます」


 背後でクツクツと笑い声を上げているサタンちゃん。

 私は倉庫の中へと入り、階段の手前にまでやってきたところで――立ち止りました。

 鼻が曲がりそうなほどの臭気。

 倉庫の中に充満していたのは、鉄錆のような生臭い臭気だったのです。

 全身に絡みつくような、ベタつく血の臭い。

 まるでついさっき血液をバラ撒き散らしました、と言わんばかりの嫌な臭いです。

 私は慎重で、なおかつできる限り早く、階段を下りました。

 階段を下った先にあったのは二つの扉。

 扉は左右の壁に向かうように存在しています。

 血の匂いは階段下の全体に充満しているため、臭いの発生源は特定できません。

 正解は――ハズレは、どっちなのでしょうか。

 とその時……左側の扉の下から何かの液体が流れ出てきました。

 暗くて色は判別できませんが、恐らくは血液でしょう。

 ――これは、一体誰の血なのでしょうか。

 とは言え、左側の扉が臭いの発生源であると特定する事には成功しました。

 血液が流れ出てきている扉。

 本来ならば開けたくは無い扉なのですが、開けないという選択肢はありません。

 妖精さんが居る可能性を考えたら、弱音なんて引っ込んでしまいます。

 私は左の扉へと手を掛け、扉を開けました。

 まず目に飛び込んできたのは――複数の倒れている人影。

 そのいずれもが致死量の血を流していて、それが部屋を赤く染め上げています。

 地面には、何やら文字らしきものが並びたてられている魔方陣。

 魔法時の中央には妖精さんが閉じ込められているシャボン玉のような玉。

 ――間に合った、のでしょうか?


「……動くな」


 低い声と共に、武器が突き付けられました。

 左側からはエストックを、右側からは長剣を。

 武器を突き付けてきたのは、赤く染まった二つの影。

 今現在の私は、両側から武器を突き付けられてしまっています。


「……って、オッサンか」

「全裸じゃなかったら確実に刺してたわぁ~」 

「……だな」


 全身血濡れの人影の正体は――リュリュさんとポロロッカさん。

 二人は武器を収め、私の裸体を見ながら口を開きました。


「この部屋、何だと思う~? 中央に置かれてる黒い妖精も気になるわねぇ」

「……まて……妖精? それにオッサンだと……?」

「あら、まさかぁ……」

「妖精さんが捕まってしまいまして、あの玉の中で笑っているのが妖精さんです」


 お二人は私の後ろに居るサタンちゃんへと目を向け、首を傾げました。


「それじゃあ、後ろのその子は誰なのかしらぁ?」

「サタンちゃんです」

「……サタン、確かそんな名前の大悪魔が居なかったか?」

「居たわねぇ、サタン・アッ・シャイターン、だったかしらぁ」

「ヒヒッ、懐かしい名前を知ってるナ」

「あ、わたし、大悪魔と会話しちゃったわぁ~」

「……ここは任せた」

「逃がすワケないでしょ~?」


 足早に部屋を出て行こうとしたポロロッカさん。

 ですが、リュリュさんがその肩を笑顔で掴んで止めました。

 サタンちゃんの正式名称は、サタン・アッ・シャイターンという名前。

 この世界においては完全な悪魔ネームです。

 ……二人が話している間に妖精さんの玉を拾っておきましょう。

 球を両手で持って、リュリユさんとポロロッカさんの夫婦漫才を眺めて待ちます。


「……おい馬鹿離せ! 今この場に居たら、マズい事を知りそうな気がするんだ……ッ!!」

「知るときは一緒よねぇ?」

「……俺は、い・や・だ!!」

「冗談は置いといてぇ、情報の共有をわたし一人にさせるつもりぃ? 女の子なんだけどぉ」

「……ぐっ……」


 話は纏まりました。

 

「……よし、まずは互いの情報を共有するぞ」


 私は地下牢でナイスミドルと話した事を最初に話しました。

 次に領主の娘であるラフレイリア様の事。

 そして、サタンちゃんに力を貸して頂いた話もします。

 が、おっさん花サードの話を少しだけした時点で話を止められました。


「……! 後半は要らないなっ! 頼むからそこで止まってくれ!」

「分かりました」

「それじゃあ次はこっちの番ねぇ」


 リュリュさんのお話は驚きのオンパレード。

 驚きのカーニバルと言っても過言ではではないでしょう。

 私を見つけた場所から少し進んだ部屋に隠し通路があったらしく。

 倉庫までの直通路がある事を二人は知っていたそうです。

 その情報は催眠術の残っていた私兵から聞き出したとのこと。

 リュリュさんたちはその隠し通路を利用し、ここまで来たのだと言いました。

 そして下った先で右の部屋を見た後に、左の部屋を確かめてみたところで……接敵。

 お二人はそのまま戦闘に突入し、現在に至る、と。


「それで私よりも早く妖精さんの場所に居たのですね」

「……ああ、部屋に居た半数の男にリュリュの催眠術が残っていた。幸運だったな」

「その方達だけでも生かしておけばよかったのでは?」


 が、その言葉に苦笑いを浮かべたリュリュさん。


「右の部屋を見る前なら生かしといてあげてもよかったんだけどぉ……流石にアレを見た後じゃあ、生かしておくっていう選択肢は無かったわねぇ」


 他者の命を死の側に傾けるようなもの。

 それは一体……。


「右の部屋には何が?」

「……自分の目で確かめてみろ」

「ヒヒッ、それじゃあ、アタシはここまでだナ」

「有難うございました。最後に、妖精さんの拘束を解いていって下さい」

「ヒッヒッヒッ。その願いを叶えると今の命を使い切ってしまうが、大丈夫カ?」

「お願いします」


 血濡れの地下室に響く、サタンちゃんの笑い声。

 少しすると、妖精さんを閉じ込めていた玉が弾けて消えました。

 妖精さんの笑い声とサタンちゃんの笑い声を同時に聞いていると……。

 サタンちゃんは黒い光に包まれ、消えてしまいました。

 恐らくは暗闇の世界に帰ったのでしょう。


「……そう言えば、オッサンが捕まった理由の一つは悪魔の使役だったか……?」

「私兵たちは適当な罪状だって言ってたわねぇ~」

「……帰りたくなってきたな」

「オッサンの話を聞いた限りぃ、領主を殺さないと帰れないわよぉ?」

「……まぁあんなものを見せられた後だ、どちらにせよ殺るしか無い、か」

「オッサンはどっちが良い? 領主の娘を守るのと、領主を殺しに行くのぉ」


 ラフレイリアさんを守る役目?

 確かにリュリュさんの言う通り、ラフレイリア様は現在地下牢で一人です。

 道中無視してきた私兵がそこに辿り着けば、くっころ展開が始まってしまうのは必至。

 しかもラフレイリア様は今のところ、私の無実を証明する事の出来る唯一の人物。

 誰かが守りに向かうというのは必要な戦力でしょう。

 是非ともラフレイリア様の守護を任せて頂き、友好を深めたいところです。

 が、即座にそう答えれば下心があると思われてしまいかねません。

 即答すると二人からの好感度にも影響があるでしょう。

 ここは取り敢えず、返答を保留にしておくのが良いでしょう。

 そして隣の部屋を確認してから、ラフレイリア様の護衛を選ばせて頂くのです。


「少し考えたいので、返答は右の部屋を確認してからでも?」

「いいわよぉ~」

「……俺は階段の上で待ってるぞ」


 左の部屋を出て正面に出てきた扉を開けてみるとそこあったのは――。

 マッドな研究者愛用、円柱水槽が無数に立ち並ぶ部屋。

 円柱水槽はその全てが使用中でした。

 数艘の中には顔の半分が剥がされ、体をバラバラにされている状態の人々。


「え……これは……?」

「凄いわよねぇ、これをこの町の領主がやってたのよぉ?」


 ――領主が、これを?


「目的があるのかもだけどぉ、こんな事をしておいてわたしを捕まえるなんて酷いわぁ~」

「一体、何人の人が犠牲に……」

「少なくとも五十体以上はあるわねぇ~」

「…………」


 円柱状の水槽が立ち並ぶ部屋の中を、ゆっくり歩いて回っていると――ッ。

 ある一か所で、見過ごせないものを見つけてしまいました。


「ここに居る人達ってみんな、スラムの住民みたいなのよねぇ。居なくなったって町に影響の無い人達かもしれないけどぉ……〝子供〟までバラすのは酷過ぎるわよねぇ」


 目の前にある水槽に入っていたのは、獣耳の少年。

 どんな光も届かない虚ろな瞳をしていて、その下には他の水槽と同様に開かれた体。

 腕、足、それから特徴的な尻尾は完全に切り離された状態で浮かんでいます。


「そんな……」


 その顔は……見覚えのある人物のものでした。


「トゥルー君……? なんで……こんな……??」


 初めてスラムの廃教会で一泊させていただいた日。

 私のお腹の上で眠っていた男の子。

 思い出される――教会の庭を元気に走り回っていた彼の姿。

 それはきっと、もう二度と見る事の叶わない光景なのでしょう。

 胸の内から、言葉にしようのない何かが湧き上がってきます。

 裾を引かれたので見てみると――妖精さんは、褐色幼女形体になっていました。


「……三人とも、ここで浮かんでる」

「――ッ!」


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