『臓器色の花』一
妖精さんの言葉を聞いて視野が少し広がってみると――簡単に見つかりました。
トゥルー君の背後に二つ、トゥルー君に重なるように存在していた二つの円柱。
そこに入れられていたのは――チルちゃん、ペッコちゃん。
手作り竹とんぼモドキで無邪気な笑顔を浮かべていた二人が……。
今は虚ろな目をして、円柱水槽に浮かんでいます。
彼女らが再び笑顔を浮かべる事は……もう、二度と無いのでしょう。
「…………」
リュリュさんに身内を殺された人の話を聞いても、あまり心には響きませんでした。
ですが身内を他者に害されるというのは……ここまで――ッ。
この胸の内に燻るドス黒い感情は、一体何なのでしょうか。
その濁った感情から改心したリュリュさんに悪感情が湧き上がる事はありません。
ですが――。
私は黙って地下室を出て、階段上にまで移動しました。
「妖精さん」
「……なに」
「力を貸して下さい」
「……いっぱい?」
「できる限り多く、よろしくお願いします」
「……わかった。……貯金ぶん、いっぱい出すよ……」
階段上に居たポロロッカさんには目も向けず、屋敷の廊下にまで移動します。
「地下であんな事をした人を……私と、妖精さんを捕まえた人をッ! ――殺して下さい!」
――響く、妖精さんの笑い声。
地面から一体のおっさん花がズルリッと這い出し、廊下を駆け抜けていきました。
それが何体も……何体も、何体も……。
十体を超えた辺りでそれが止まったので、私も移動を開始します。
……おっさん花が駆けて行った方へと向かって、ゆっくりと……。
悲しみを踏みしめるように、足を踏み出しました。
屋敷全体から聞こえてくる――喧騒や悲鳴。
「これは、仇討ちになるのでしょうか?」
「……しらない」
一歩ずつ確実に、長い廊下を進んでいきます。
確実に対象へと向かって近づいている事を、確信しながら……。
◇
オッサンが去って行った階段上。
ポロロッカとリュリュは、去って行くオッサンを見送っていた。
「……行ったか。それじゃあ俺達は領主娘の護衛だな」
「わたしはやる事があるからぁ、ココに残るわねぇ~」
そんなリュリュの発言に、ポロロッカは思わずといった様子で顔を顰める。
「……あまり変な事はするな」
「あの子達をこのままにしておくのは可哀想だわぁ」
「……余計な事をするとオッサンに殺されるぞ?」
「これでも子供は結構好きでぇ、手を出した事が無いのよぉ?」
「……何をするつもりだ」
「少し善行を積むだけだよぉ~」
リュリュの言葉に更に顔を顰めさせたポロロッカ。
「……まさか、やるのか?」
「やるわよぉ~」
「……信じられん、あの状態で生きていたのか……」
「一人助かるかどうかくらいの確率だけどぉ、やらないよりはマシよねぇ~」
そうか、と相槌を打ち、ポロロッカは言葉を続けた。
「……五人までなら人型で対処出来る、がそれ以上は領主の娘を怯えさせる事になるぞ」
「あのオッサンを見て五人以上が地下牢に向かうと思うのぉ?」
「……無いか。……まぁ、こっちは任せた」
「そうさせてもらうわぁ~」
そう言葉を残し地下室へと戻って行ったリュリュ。
ポロロッカはそれを見送った後、オッサンが監禁されていた地下牢へと足を向けた。
◇
おっさん花が縦横無尽に這いずり回っている領主屋敷内。
屋敷内のそこらかしこから聞こえて来る、悲鳴や怒声。
「妖精さん、操作顕現のあるのを下さい」
響く、妖精さんの笑い声
新たに召還された二体のおっさん花。
一度おっさん花そのものになった御蔭で、新たな使い方を理解しました。
それは――操作権のあるおっさん花から生えているおっさんの〝視覚共有〟。
それを実践しながら、私はおっさん花二体を操ります。
妖精さん操るおっさん花は先行。
私に操作権のあるおっさん花は、側で随伴。
複数の視界を共有しているせいで、複眼的な視覚情報が脳に伝達されてきます。
「虫になった気分ですね」
頭の中に僅かな違和を感じました。
恐らくはシャットアウトされている痛みからくる頭痛なのでしょう。
赤く染まっているおっさん花の視界は暗視で、確かに便利ではあります。
が、色を緑にしてほしかった、と思わずにはいられません。
「ん?」
目の前に居たおっさん花が二手に別れました。
「対象は一人なのに、なぜ二手に?」
「……領主の一体目、食べたよ」
「一体目? それだとまるで、他にも複数体居るかのように聞こえるのですが」
「……合計四体、おっきいのが一体と、普通のが三体いるね……」
「それは、本当に人間なのですか?」
「……最後はヒトの形じゃなかったよ」
妖精さんの言っている言葉の意味が、イマイチ理解出来ません。
最後は人の形じゃなかった?
バラバラにした結果、最後は人の原型を留めていなかった、というのなら理解できます。
が、きっとそれは違うのでしょう。
「私はどっちに行けば?」
「……こっち」
トテトテと歩き出した褐色幼女形体の妖精さん。
その動きに誘われるよう、私は歩を進めます。
妖精さんの歩く後ろを付いて歩いていると……。
屋敷内の喧騒はいつの間にか殆ど消えていて、かなり静かになってきていました。
殆どの人達は再びご就寝になられたのでしょう。
「……ん、三体目。ついでに夫人? になってた同種も食べたよ。……あと一体だね」
姿すら見る事なく仇が消えていっています。
私が操っているおっさん花は屋敷内を徘徊するのみで、一切戦っていません。
徘徊老人になるには流石にまだ早すぎるでしょう。
仇の顔くらい見なくては、エルティーナさんに合わせる顔がありません。
「妖精さん、もう少しゆっくりでもいいですよ」
「…………やだ」
妖精さんが操っている花が居る方向へと、私の操っている花も向かわせる事にしました。
勿論、全速力で。
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