『臓器色の花』二

「……少し手強い、かも?」


 妖精さん操るおっさん花は、既に最後の領主と交戦しているご様子。

 視覚の共有にも慣れてきたおっさん花二体が、荒れている場所に辿り着きました。

 辿り着いて早々――前方から一体のおっさん花が吹き飛んできます。

 飛んできたおっさん花を触手で受け止め、衝撃を和らげることに成功。

 奥から出てきたのは、全身穴だらけの体液を垂れ流している巨大な山羊頭。

 共有化した視界は色赤いので、相手の肌の色や血の色はわかりません。

 が、相当おっさん花の触手に刺されたのでしょう。

 穴からはかなりの血液が流れ出ています。

 青筋を浮かべておっさん花へと怒鳴っている山羊頭。

 ですが視覚以外の共有は出来ていないので、何も聞こえません。


「……『この数、何処から湧き出てきやがった、この化け物どもガァ!』……だって」

「有難うございます」


 ――どちらが化け物ですか。

 と思いながら、慎重におっさん花を動かしていきます。

 それにしても、まるで私の心の中が読めているかのようなタイミングの良さ。

 もし心を読むことが出来るのなら、普段から言葉攻めをして頂きたい。


「……ちゃんと戦って」

「はい」


 そうこうしている間にも、おっさん花の増援が三体到着しました。

 敵の背後からも、一体が這い出してきています。

 計六体のおっさん花で繰り広げられる、ぐちゃぐちゃの戦闘。

 再び山羊頭の領主が口をパクパクとさせ、何かを言っています。


「……『悪魔は閉じ込め、送還中のはず! そもそもアレが逃げ出したとしても、命の対価が支払えないでこんな数になる訳がッ!』……だって」


 ――パクパク――。

 そう、あの日もこんなパクパクな日でした。



 ◇



 それはショタっ子時代の三月の中旬頃。

 お小遣いである二千円を握り絞め、ショタおっさんはお祭りではしゃいでいました。

 何もかもが輝いて見えていた子供時代のお祭り行事。

 道行く大人達の大きさにドギマギしながらの、お祭り散策。

 ピンポン玉掬いに、リンゴ飴。

 最後に――金魚掬い。

 パクパクと動くお口に魅了されたショタおっさんは、何度も金魚達を掬いました。

 両手いっぱいに金魚の入った水袋を持って、家へと帰宅します。

 最初はその数に驚いていた母親でしたが……。

 母親は、掬ってきた半分を熱帯魚の泳ぐ温水の水槽に入れてくれました。

 そして残った半分の金魚は倉庫から引っ張り出してきた水瓶の中へ。

 パクパク……パクパク……。

 次の日の早朝、ショタおっさんが外の水瓶の中を覗いてみると――

 金魚の数が、片手で数えられるくらいにまで減っていました。

 パクパク……パクパク……。

 恐らくは関係ないのですが。

 その頃の我が家には、野良から飼い猫になった、頭の良い白猫が一匹いました。

 彼女はその整った顔と細い手足で、怖がるショタおっさんに近づいてくるのです。

 横開きの扉や窓を平然と開けて、家の中に侵入してくる賢い白猫。

 ――いえ、きっと彼女は犯人ではありません。

 わんわんと泣いたショタおっさんに、弱ったような顔をした母親。

 そうして母親は、生き残った金魚達を、熱帯魚が泳ぐ水槽の中へと投入しました。


 パクパク……パクパク……。

 パクパク……パクパク……。



 ◇



「……おわったよ」

「――ハッ!」


 妖精さんの声で、現実へと引き戻されました。

 慌てておっさん花に意識を集中させ見てみると……。

 そこには、既に倒れて動かなくなっている山羊頭。

 妖精さんがクスクスい越えを響かせ、その直後に地面に溶けて消えたおっさん花。

 おっさん花は地面へと溶けて地面の染みになりました。

 かなり臭そうです。

 結局何もできずに帰って行った、操作権のあるおっさん花。

 ――申し訳ありません。

 と心の中で謝罪していると、何故か頭に思い浮かんできた、ナイスミドルの顔。

 なぜ今、地下牢に閉じ込められている彼の顔が思い浮かんできたのでしょうか

 それと同時に、何か大切な事を忘れているような――そんな違和感に襲われています。

 不思議に思いつつも私は、ラフレイリア様の居る地下牢へと足を向けました。

 今は些事に構っている余裕はありません。

 しかし、この違和感は本当に些事なのでしょうか……?


「行きましょう」

「…………」


 小さく頷いた妖精さんに手を差し出してみます。

 すると妖精さんは、差し出した手を軽く握ってくれました。

 妖精さんの小さくて柔らかい手。

 血が通っていないのではと思える程に――冷たい手。


「私が熱で寝込んだ際は、よろしくお願いします」

「……いいよ。……まぁ、助けてくれたからね」


 ――ッ!?

 大切な事を忘れているような気がして思い出そうとしていたのですが――ダメ。

 妖精さんのデレによって吹き飛んでいってしまいました。

 まぁ重要なことであれば時間が経てば思い出すでしょう。


「えっと……はい!」


 しかし厳密に言えば、私は妖精さんの元へと辿り着いただけ。

 助けてくれたのはリュリュさんとポロロッカさんのような気もします。

 が、黙っていた方が良いかと思い、私は黙っている事にしました。

 物音一つしない領主屋敷の廊下を移動し、地下牢へと向かう途中――。

 鎧を脱ぎ、割れた窓に向かって祈りを捧げている私兵の背後を通過。

 それを見てクスクスと笑い声を上げた妖精さん。

 声を聞いた直後男性は、より一層の力を込めて祈りを捧げ始めました。

 彼はきっと敬虔な敬虔信徒になる事でしょう。

 ……声は掛けず、そっとしておく事にします。

 地下牢まで来てみると――私兵六人がこちらに背を向けて立っていました。

 心なしか震えているようにも見えますが、おそらく気のせいでしょう。

 ――響く、妖精さんの笑い声。

 その私兵の方々と向き合うように立っているのは――ナイスミドル。

 その背後にはラフレイリア様と、ボロロッカさん。


「……オッサンか、その様子だと偽領主は倒したようだな」

「偽領主、ですか?」

「……あぁ、こいつがジェラルド・オーゼンバッハ辺境伯。この町の本当の領主だ」

「となると……私が殺害した山羊頭は?」

「……魔族だな。本物の領主は認識阻害と発言制限の呪いを掛けられていたらしい」


 ――魔族。

 魔族といえばポロロッカさんもワーウルフの魔族でした。

 ですがそんな魔族が、なぜ領主に?


「偽物は領主から奪った存在感を自身に張り付けていたらしい」

「そんな事ができるのですか?」

「ああ、周囲から自身を領主だと思わせるという、かなり特殊な魔術だな」

「なるほど?」

「……まぁ、普通は使えない」


 難しい事は解らないので、取り敢えず相槌を打っておくことにしましょう。

 妖精さんがクスクスと笑っています。

 その声に合わせて大きく震える、直立不動の私兵たち。

 それで、この人たちは一体なんなのでしょうか。


「……はぁ……簡単に言えばここに居る男が領主で、オッサンが倒したのが偽物だ」

「なるほど!」


 そんなやり取りをしていると、ナイスミドル――領主様が口を開きました。


「此度は本当に助かった、後日に褒美として金銭と、恩賞として勲章を授けたいと思う」


 ――お金?

 今回の事件では廃教会の子供たちが三人も殺されています。

 それをこのタイミングで――お金の話?


「もしよければ、住居を教えて頂きたい」


 目を伏せ、小さく頭を下げてきたジェラルド様。

 ――大丈夫です。

 とは口が裂けても言えない現状に、ついつい身分を忘れて渋い顔をしてしまいました。

 現在の領主様に対する信頼度は限りなくゼロに近い、ゼロ。

 とはいえ、いつ何が起こるか分からないのがこの世界。

 私は――今日から二週間後に来ます、と返事を返しました。


「……俺と同じ回答だな、魔族に町を支配された領主に所在地は教えない方がいい」


 そのように言って領主様を睨むポロロッカさん。

 それに対し、私兵の方々が怒りを露わにして声を張り上げました。


「貴様ァ! 領主様に対してその口の訊き方! 不敬罪で処刑されても文句は言えないぞッ!!」

 

 それに続いてポロロッカさんを罵る他の私兵たち。

 偽物領主の魔族に従っていた彼らは……都合が良すぎるとは思わないのでしょうか。


「……こいつら、殺しても良いか?」


 ポロロッカさんがそう尋ねた先は、ラフレイリア様。

 フンと鼻を鳴らしたラフレイリア様。

 ラフレイリア様はゴミを見るような目で私兵の方々を見下し、口を開きました。


「さっきまでの喧騒で殆どが死んだんでしょ? ここで六人殺すくらい構わないわ」

「……当然だな」


 当然と言えば当然。

 そもそもラフレイリア様はその私兵に襲われている訳で――信用はゼロ。

 むしろ憎悪を感じていてもおかしくありません。


「貴方と貴方!」

「は、はい!」

「なんでしょうか!」

「先日までは性奴隷を見る目で私を見ていたハズなのだけれど、もういいのかしら?」

「……フッ――!」


 薄暗い地下牢で放たれた一閃。

 ポロロッカさんは長剣を振り抜いた姿勢で固まっています。

 それを見ていると、私兵二人の首が地面の上を転がりました。


「……偽領主が加えたクズはこれだけか?」

「え、ええ……た、タブンもう大丈夫よ」


 残った四人がポロロッカさんから距離を取ろうと動きました。

 自然と、私と私兵の方々とで目が合います。


「あわ、あわわわわわ!」

「助けて助けて助けて助けてッ!」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」

「――――っ」


 失礼極まりない事に、一人の私兵は意識を失いました。

 三人はジリリリ鳴るタイプの目覚まし時計のように大きく震えています。

 それを見て難しい顔をしながら三人の兵士の前に移動した領主様。

 領主様は私から私兵を隠すように移動したあと、口を開きました。


「私兵の残りは何人だ?」

「ハッ! 私達四名を除けば、廊下で神に祈りを捧げ続けていた者が一人だけです!」


 私兵の言葉を聞いたポロロッカさんが白い目を向けてきました。


「……オッサン、随分とやったな?」

「い、いえ、やったのは私の召喚物です……」


 私はポロロッカさんと目を合わせないようにして、そう答えました。

 引き攣った笑みを浮かべているラフレイリア様。

 そして、呆れたような目で見てくるポロロッカさんに、大きく溜め息を吐いた領主様。


「確か官吏にも三体の魔族が混じっていたと思ったが、倒したか?」


 倒した覚えは無いので否定の言葉を口にしようとしたところで――。

 それよりも先に、私兵の一人が領主様の質問に答えました。


「生体反応を見る魔道具によれば、官吏は一人残らず今夜死んでいます」

「なっ――!? ……いや、漏れがなくて良かったと喜ぶべきか……」


 私は部屋の隅に蜘蛛の巣を張っている蜘蛛ちゃんを見つめます。

 ポロロッカさんは白い視線をこちらに向けないで頂きたい。

 今さっき私兵を二人減らしたのはポロロッカさんです。


「これから急ぎ、多方面に頭を下げて周らなくてはならないな……」


 妖精さんがクスクスと笑っています。

 敵対していたとはいえ、おっさん花は短い期間に相当な数を殺害したのでしょう。


「……オッサン、随分とやったな?」

「それはさっきも聞きましたよ、ポロロッカさん」

「……まぁ、帰るか」

「分かりました、ところでリュリュさんは?」

「……例の地下室だ」

「そう、ですか。子供達も弔ってあげなくてはいけませんし……向かいましょう」

「……ああ」



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