『臓器色の花』三

 地下牢に隠されていた荷物を返してもらい、普段の格好に戻ることができました。

 現在はポロロッカさんと共に地下室へと向っている最中。


「結局、誰も助けられませんでしたね……」

「……ああ」


 子供達を探しているはずのエルティーナさん。

 それに対し『見つけましたが、子供達は皆死んでいました』と報告するかと思うと……。

 エルティーナさんの悲しむ顔が頭の中に思い浮かび、廊下を進む足が重くなります。

 そんな事を考えながら歩いていると、倉庫の前にまで辿り着きました。


「早かったわねぇ」


 階段の入り口付近に立っていたのはリュリュさん。

 リュリュさんの隣で壁により掛かるように横たわっている三つの影。


「バラバラだった子供達は繋ぎ合わせておいたわよぉ~」

「……どうなった?」

「見てもらった方が早いわぁ~」


 子供達の体には薄い布が被せられていました。

 見えている場所だけでも二人は縫い痕だらけです。

 ですがトゥルー君には、見えている範囲での縫い合わせた痕が見当たりません。

 本当に眠っているだけのようにも見えます。

 艶やかな栗毛色の髪を持つトゥルー君。

 その胸は今も呼吸に合わせて上下していて、今にも生き返りそうな……。

 ――おやっ?


「あの、トゥルー君が……!」

「他の二人は解剖された時のショックで死んでいたみたいなのよねぇ」


 解剖された時のショックで死んだ?

 という事はつまり――生きたまま解剖された?


「意識のある状態でバラバラに解剖されたみたいねぇ~」

「……白々しい、お前が言うな」

「まさか、あの状態で生きていたのですか……?」

「ええ、繋ぎ合わせて生き返るかは賭けみたいなものだったけどぉ」


 ――生きている。

 トゥルー君だけなのでしょうが――生きています。


「まぁ失敗して失うものがある訳でもないし? 挑戦したわよぉ~」

「ありがとうございます……!」

「……でも救えたのは一人だけ、ちなみにトゥルー君の傷跡はポーションで消したわぁ~」


 そう言って治癒のポーションを小さく揺らして見せるリュリュさん。


「あの状態から、よくここまで完璧に……」

「……オッサン、こいつは切ったりくっ付けたりのエキスバートだ」


 現代医学も真っ青な技術力を披露して下さったリュリュさん。

 廃教会に帰ることを考えても、ほんの少しだけ心が軽くなりました。


「一人だけでも、助かって良かったです……」


 ほっとして胸をなでおろしていると、リュリュさんに肩を叩かれました。


「ある意味トゥルー君はトゥルー君であって、チルちゃんでもペッコちゃんでもあるのよぉ?」


 ……?

 トゥルー君はトゥルー君であって、他の二人でもある??

 どういう事なのでしょうか?


「ポロロッカさん、どういう意味ですか?」

「……俺に聞くな、本人に聞け」

「リュリュさん?」

「みんなかなりバラバラにされてたわよねぇ」

「はい」

「あの状態で内臓が全て無事だなんて、そんな都合のいい事あるワケ無いわよねぇ?」

「確かにそうですね」

「トゥルー君もそう。……だからぁ、足りない分を二人の臓器と交換したわぁ~」


 二人の臓器と交換?

 臓器移植、という事なのでしょうか?

 ですが普通はそんな事をしても……拒絶反応とかは、大丈夫なのでしょうか。


「だからぁ、トゥルー君はチルちゃんでもあって、ペッコちゃんでもあるのよぉ~」


 ……完全に理解しました。

 リュリュさんの三人で一人宣言は普通に怖いです。

 超ネオアームストロングサイクロンジェットアームストロングサイコパス理論。

 それが炸裂しています。是非とも止めて頂きたいところ。

 ですが私には、どうしても気になる事が一つあります。

 仕方が無いので超サイコパス理論はスルーしておきましょう。


「しかし、他人の体の一部を移植して機能させられるものなのですか……?」

「……こいつが即処刑では無く、奴隷にされたのには理由がある」


 質問に答えてくれたのはリュリユさんでなく、ポロロッカさん。


「……リュリュには、『移植した臓器を問題なく機能させる』という能力がある」

「でしたらポロロッカさんの腕なんかは……」

「アレはグチャグチャに噛まれて飲み込まれたから、無理だったわぁ~」

「では今回のような敵から腕を移植するというのは?」

「無理。他人の腕を使おうにも、問題無く機能させられるのは内臓限定よぉ」


 ――内臓限定。

 微妙に不便なスキルですが、今回はそれのおかげで助かりました。


「……こいつに捕まっていた衛兵が見た最も恐ろしい現場がな……一人の人間に心臓を五つ取り付け、どの心臓を潰せば死ぬでしょうかゲーム、だったらしい……」


 響く、妖精さんの笑い声。

 流石の私もコレには恐怖を感じてしまいます。

 確かに善行として使うのならかなり有効そうな能力なのでしょう。

 が、全くの逆方向に使われた場合の恐ろしさに、鳥肌が止まりません。


「まぁ……帰りましょうか、トゥルー君は私が運びます」


 持ち上げてみると、子供とは言え十歳を超えているトゥルー君。

 最近はちゃんと食べていたからなのか、思っていたよりも重いです。

 とてもではありませんが教会まで運べるような気がしません。

 これは完全な――腕力不足。

 そして何より、こんな時だというのに……。

 全裸に薄布一枚のトゥルー君を見たマイサンが、立ち上がろうとしているのです。

 その整った顔も相まって、かなり危険な状況に立たされてしまいました。

 ボサボサであった栗毛色の髪も現在はストレート。

 愛らしさが倍増しています。

 確かに男の子であるのは間違いありません。

 しかしそれでも、確かな肌の感触と温かい肌の温もりは……ッ。

 リュリュさんがペッコちゃんを。

 ポロロッカさんがチルちゃんを軽々と抱えたのを見て……。

 私はトゥルー君を、ポロロッカさんにお願いする事にしました。


「ポロロッカさん、トゥルー君もお願いして良いですか? 私が明かりを持つので……」

「……良いだろう」


 持ち上げるので精一杯なのを見て小さく頷いてくれたポロロッカさん。

 ポロロッカさんは文句の一つも言う事無く、トゥルー君を受け取ってくれました。

 領主様の屋敷を出てみると……外は当然のように夜。

 手に持っている明かりと、町の所々に設置されている街灯。

 それから建物の中から漏れ出している生活の明かり。

 全ての光源が妙に目立っているような気がしました。

 町の中を歩き……スラムの方へと向かって歩き続けることしばらく。

 スラムの側に近付くにつれて減っていく街灯。

 建物内から漏れ出ている明かりなども、かなり減っていました。

 しかし時々、手に明かりを持ったスラムの住民とすれ違います。

 ゴロツキ風の男などは私達の一行を見た途端に明かりを消し――。

 必ずと言った良いほど逆方向へと走り去っていきました。

 恐らくはリュリュさんとポロロッカさんの悪名のせいでしょう。

 そうして辿り着いたのは、明かりの殆ど無い入り組んだ路地の先。

 エルティーナさん運営の廃教会に辿り着きました。

 夜に外から見る教会はやはり廃教会のようで、スラムの空気に合致しています。

 これが荘厳な雰囲気の教会であったのなら、このような雰囲気にはならないでしょう。


「オッサンですか?」


 ――なんと言って帰れば。

 と思っていた矢先、背後から声を掛けられました。

 振り向いてみるとそこに立っていたのは――エルティーナさん、

 明かりの代わりにトゲメイスを握りしめています。

 今まで子供達を探していたのか、顔が若干やつれているようにも見えました。


「エルティーナさん、子供達は見つけたのですが……申し訳ありません……」


 謝罪の意を込めて頭を下げると、エルティーナさんは無言で全員を見回しました。

 リュリュさんが抱っこしているペッコちゃんの顔を覗き込んだエルティーナさん。

 トゲメイスを地面に置いき、頭を優しく、一度だけ撫でました。

 チルちゃんとトゥルー君を抱えているポロロッカさんの方にも歩いて行って……。

 二人の状態を確認し、エルティーナさんはペッコちゃんを受け取りました。

 そうして私へと向き直ったエルティーナさん。


「最近はこういった事が無かったので、本当に油断していました」


 抱えているペッコちゃんを見ているエルティーナさん。

 今にも泣いてしまいそうな表情なのですが……涙は出ていません。

 彼女は、本当に強いヒトです。


「ダメですね、子供達が大人になるまで、ちゃんとしていないといけないのに……」

「そんな事はありません! エルティーナさんは――ッ」


 私の言葉を遮るよう、エルティーナさんは小さく悲しい微笑みを浮かべました。



「ですからオッサン、これは貴方が謝る事ではなく、私のミス」


 誰よりも自分に厳しいエルティーナさん。

 ――エルティーナさんのせいでもありません。

 そう言ってあげたいのですが……そんな言葉が欲しいワケではないでしょう。

 そういった言葉は発言する側の自己満足。

 それを私は――体験して知っています。


「スラムという場所では、子供が攫われて居なくなる事も珍しくありません」


 黙ってエルティーナさんの話に耳を傾けます。


「それを私は知っていたハズなのに……ごめんなさい……」


 それは誰に対しての謝罪だったのでしょうか。

 エルティーナさんの目尻から、一滴の涙が零れ落ちました。

 何かを振り払う様に小さく首を横に振ったエルティーナさん。


「今日もありがとうございました。トゥルーもゆっくりと休ませてあげたいですし、皆さんもお疲れでしょう。教会の地下には使われていない安置室があります。子供達はそこに運んでください」


 無理をしているのが一目でわかる悲しい微笑み。

 エルティーナさんはそのまま教会の方へと歩を進めました。

 彼女は一体、どれだけの苦難を乗り越えてきたのでしょうか。

 そしてこれから、一体どれだけの苦難に立ち向かわなくてはならないのでしょうか。

 私は明かりの確保と、扉を開ける事に徹しました。

 そうしていると、エルティーナさんが呟くように口を開きます。


「明日の朝一番……火葬したあと、教会裏の墓地で弔ってあげましょう」


 協会の裏手にある畑の奥には墓地があります。

 そこで弔うという事でしょう。


「では私は……抱えきれないくらいの花束を用意します」

「ありがとうございます。オッサンには何時も頼ってしまっていますね」

「ぜんぶ私が好きでやっている事です、何も気にしないでください」


 ◆


 その日の夜……リュリュさんとポロロッカさんが帰った後。

 いつもの場所で眠っていた私でしたが、夜に目が覚めてしまいました。

 僅かに押し寄せる尿意に、魔石灯を持ってトイレに立ちます。


「……あれ、トゥルー君はどこに……」


 普段はお腹の上で寝ていたトゥルー君でしたが、今夜は別の場所で眠っていました。

 微妙に寂しさを感じつつも、すんなりとトイレに立つ事に成功します。

 ……。

 …………。

 ………………。

 帰ってきて部屋の中を見渡すと、エルティーナさんの姿が無い事に気が付きました。

 この時間、このタイミングでエルティーナさんが行く場所と言えば――安置室。

 行けば邪魔になってしまうかもしれません。

 そう思い眠ろうとしたのですが……妙に目が冴えてしまって眠れません。

 ……私は様子だけでもと思い、安置室に向かうことにしました。


「うっ……ううっ……!」


 安置室の扉の向こうから聞こえてきた啜り泣くような声。

 それは間違えようも無いほどに……エルティーナさんのものでした。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る