『暴動』一
アロエさんは見張りの男を少し下がらせると、私の方へと歩み寄ってきました。
「アロエさん、無事ですか!?」
「見ての通り無事だ。この前ぶりだな、オッサン」
「てっきり、エロエロな目に遭っているのかと思っていましたよ」
「私にそんな価値は無いさ。それより――あの時は、よくも酷い目に遭わせてくれたな?」
「ご、ごめんなさい」
「……まぁ気にするな。その御かげで今回の計画が持ち上がった訳だしな」
「決行日は何時ですか?」
「それを言うだけの情報提供が無ければ、私も流石に言えないな」
それは、ある意味当然の返答であると言えるでしょう。
計画を聞かれて決行日まで知られてしまっては、作戦の隠匿性が皆無になります。
そもそもアロエさんにしてみれば、私が裏切らないという保証がありません。
こちらの脱出計画はあまり言いたくは無かったのですが……仕方が無いでしょう。
現在の不確定要素が多すぎます。
死を遣わす鬼が視えたというのもあって慎重にならざるを得ません。
「私がササナキさんに勝ったのは知っていまよね」
「……というと、お前たちも研究棟に襲撃を仕掛けるのか?」
「いえ、ササナキさんが持っていた脱出情報は、アロエさんのものとは別のモノでした」
「――!? そんな馬鹿な! この地下奴隷都市から脱出する方法が他にもあるのか!!?」
「信憑性は皆無ですが……ありますね」
「ど、どんな脱出経路なんだ?」
「では決行日を」
「……二日後だ」
驚いた事に、アロエさんの反乱計画の実行日は私達一行が脱出する日と同じです。
これはかなり好都合だと言えるでしょう。
「私が聞いた脱出方法は、二つの試練を乗り越えて二つの宝珠を入手しての脱出です」
「二つの試練?」
「娼館のポンププパンツに変態力で勝ち、採掘場で現場監督に勝つというものでした」
「でしたって事は……アイツ等に勝ったのか!!? すごいな……」
「ちなみに私達の脱出決行予定日も二日後です」
「それは……運がいいな。両方が罠だったとしても注意は分散するはずだ」
「はい、もちろん一緒に片方へ集中するという手もアリですが……」
「止めた方がいい。グラーゼンの頭であるアントビィが出たらどのみち失敗だ」
「そんなに強いのですか?」
「ああ、アレは桁違いとしか言いようがない」
首を横に振ってそう答えたアロエさん。
アントビィ……地下奴隷都市の頭にして、シルヴィアさんと同等の存在。
環境が味方をしているとなれば、その実力はシルヴィアさんよりも上でしょう。
少なくとも霊峰でのシルヴィアさんレベルの力があるのは確実。
エルティーナさんや子供達を安全に脱出させるのなら……交戦しないのが一番です。
「了解しました。ではお互いに頑張りましょう」
「ああ、どちらかに神の御目こぼしがある事を祈ろう」
「……幸運を」
そんなやり取りをしたあと、私はナターリアと共にアロエさんたちと別れました。
――祈り、ですか。
それは、私が遥か昔にする事を止めてしまった行為です。
たった一回だって、その祈りが届いた事はありませんでした。
だから私は祈りません。ただ……今やれる最善を尽くすだけ。
「聞いて下さい」
「ん、なぁに?」
「万が一こちら側にアントビィという〝精霊〟が現れた場合は……」
兵器とは言いません。
シルヴィアさんや他の皆は、絶対に兵器などではなく人なのですから。
これから言う言葉は、きっと人間として最低の発言になるのでしょう。
それでも私は――言います。
「ヨウさんの傍、もしくは背後に隠れて下がっていてください」
今のところは死が視えていなかったヨウさん。
彼と一緒に行動していれば確実ではありませんが――比較的安全でしょう。
「勇者様と一緒に戦いたいわ……」
「ダメです。作戦行動中は常に、ヨウさんの近くに居て下さい」
「どうして……?」
「敵がシルヴィアさんと同等、もしくは同等以上の力を持っていたとしたら――」
きっと……。
今考えている事を全て言ってしまえば、私は本当に嫌われてしまうでしょう。
それでも……。
例え嫌われてしまうのだとしても……彼女には、生きていて欲しい。
「全員、足手まといにしかなりません」
「…………」
「彼の傍ならきっと安全です。逆に、ユリさんにはあまり近づかないで下さい」
――ユリさんは、タクミのように死ぬかもしれないから。
だから、その周囲は危険かもしれないという最低最悪の発想。
結局のところ私は……何も変われません。
守りたい人だけを本人の意志に反してでも守るという下劣な考え方。
「どうして……」
私の目を真っ直ぐに見つめてくるナターリアの瞳。
やがて彼女の顔は悲しそうな表情へと変化し、その頬に涙が伝いました。
「エルティーナさんと子供達にも、それとなく言っておいてくれるとありがたいです」
その場で立ちつくしているナターリアに背を向け、私は足を進めました。
何度目かの……胸が張り裂けそうになるこの感覚。
やっぱり私では、勇者様にはなれません。
私は、おっさん以外の何かになることはできないのです。
貰い物の力を持って戦いに強くなっていても、本質は何一つ変われません。
「勇者様!!」
――突然背後から抱き着いてきたナターリア。
「わたし! 何があっても勇者様のこと好きだからっ!!」
「……リア……?」
「勇者様が全力で守ろうとしてくれてる気持ち、いっぱい伝わってきたわっ!」
振り向いて彼女の顔を見てみると――。
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっている、ナターリアの綺麗な顔。
「勇者様の言うことは全部実行するわっ! でも嫌いになったりも絶対にしないっ!!」
「…………」
「だから――泣かないでっ!」
「いえ、私は泣いてなんか……?」
自分の頬に手を当ててみると、そこは確かに濡れていました。
――何故?
嫌われるのが怖かったから?
いえ、ですがそれは覚悟の上であり、私が勝手に指示したこと。
泣いていては――……いけないのですッ!
思考の海に沈みかけていた私を現実に引き戻したのは、唇に触れた柔らかい感触。
それはしっとりと湿っていて、それでいて柔らかく、ほんのりしょっぱいモノ。
幸せを体現したかのような感触です。
「ん…………」
――リア。
「……ぷはっ! ……えへへ、ごめんなさい。結局、唇も奪っちゃったわ」
「どうして……」
「勇者様はわたしを何度も支えてくれて、いっぱい助けてくれたわ……んっ……」
涙で濡れているナターリアの顔を、ローブの裾で拭い取りました。
「もうっ! 大人の話をしているのに、また子ども扱いしてっ!」
「すみません……」
「別にいいけどっ!」
そう言ってワザとらしい態度でそっぽを向いたナターリア。
「だから勇者様。今度はね、わたしに勇者様を支えさせて?」
「……最高の口説き文句ですね」
「うふふっ。我ながらよくできたと思っているわ」
「今のリアは、どこからどう見ても大人のレディーですよ」
「そう? すっっっごく嬉しいわ! あっ、エルティーナたちの説得は任せて!」
「信頼しています。私を落としたみたいな、素敵な説得を期待していますよ」
私はナターリアの手を引いて拠点の木造小屋を目指しました。
痛くなくなった胸の内側。
むしろ逆に温かくなった、その心。
心というものが本当に存在しているのなら――。
今の私は、ナターリアに支えられていると言っても過言ではありません。
いえ……この世界で出会った全ての人に支えられて、私は今、ここにいます。
私に何が出来るのかは判りません。が、精一杯やってやりましょう。
少なくとも何もやらないよりかは、誰かを助けられる筈だから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます