『不吉の兆し』三

 無事に処置を終えた私は作戦会議の場でも、チラチラとユリさんを見ていました。

 再度湧きだしてしまわないか心配で肩から太腿までを、チラチラと……。

 事情は話しているので誰も何も言いませんが、隣のナターリアは少し不機嫌そうです。

 それに苦笑いを浮かべたヨウさんが、会議の結論を纏めるべく口を開きました。


「それじゃあ決行日は二日後。敵との戦闘があると想定して各自装備を整えること」

「ん、それでいいんじゃないか? 戦えない子供を連れてくなら脱出路の下見は必須だ」

「俺は一応、この場所の防備に備えたい。経路の確保は任せてもいいか?」

「あいよ」


 ヨウさんの言葉に頷いたユリさん。

 会議では基本的にこの二人が話し合い、間に他の誰かが意見を言うという感じでした。

 ニコラさんとシズハさんは自分の主人に対して肯定的な意見をいう事が多かったです。

 エルティーナさんは子供達の事を考えた意見を言い。

 私はユリさんの肢体をチラチラ見ていました。

 ナターリアは私の腕を掴んで終始ふくれっ面。

 そして一言も話さないササナキさん。


「ユリさん。一緒に脱出という選択で本当に良かったのですか?」

「ここまで来て置いてけぼりは嫌だしなぁ。今は視えてないんだろ? アタイの死」

「……はい」

「まっ、自分の身は自分で守るさ。いざとなったらシズハだっている」

「ユリおねぇちゃん。いざとなったら、シズハを盾にしてね」

「バカ、そんな事をして生き延びたら一生引きずって生きる事になる。死んだ方がマシだ」

「それでもシズハは、おねぇちゃんに生きていて欲しいよ……」

「アタイは、シズハに生きていてほしいね」

「おねぇちゃん……」

「シズハ……」


 ガバッと抱き合う二人。

 一度アレが視えていなければ、ギャグっぽい動作に見えて笑っていたでしょう。

 が、今は全く笑えません。

 いつだって、人の生き死にが関わっていたら笑えないものです。


「では少し買い出しに行ってきます。夕飯までには戻りますね」

「じゃあ、アタイは経路の確認かね」

「俺は待機だ。戦える人間が一人も居ないのはマズいからな」


 私はナターリアと共に市場へと出発しました。

 小屋の外はいつも通りの地獄のような世界。

 遠くから聞こえてくる悲鳴に、ちょっとした路地を覗きこめば見つかる死体。

 幸いにも、私はこの地下奴隷都市に染まってはいません。

 市場で必要なものを買って、その帰る道中。

 ふと……一つの木造の小屋が目に入りました。

 空気に乗って漂ってくる酒気が、酒場であるという事を示してきます。

 扉の傍にある壁に二人がもたれて立っているのが、ほんの少し気になりました。


「勇者様?」

「あれは……酒場ですかね?」

「たぶんそうだと思うのだけれど、ピリピリとした空気を感じるわ。……入りたいの?」

「いえ、偶々目に留まっただけです。が、私の直感が少し気になると」

「一人を除けば、わたし一人でも簡単に殲滅できる程度の人たちしか居ないわね」


 そう言って、トコトコと酒場の方に歩いていってしまったナターリア。

 私はそれに続いて、ゆっくりと移動する事にします。

 酒場の扉付近にまで近づいたナターリアに、二人の男が声を掛けてきました。

 

「止まれ。今日は一般人の入場を断ってる」

「そもそも此処は子供の来る場所じゃない」

「うふふっ。何か見られて困るものでもあるのかしら? それと、本当に子供に見える?」


 殺気の篭った笑みを二人に向けたナターリア。

 二人の男は反射的に飛び退き、ショートソードを構えました。

 へっぴり腰……というワケではないのですが、手が恐怖で震えています。


「クソッ、クソッ、クソッ! ここの連中はこんな化け物ばっかりだ……!!」

「まさか、どこからか情報が洩れたのか!?」

「情報が洩れた、とはどういう事ですか?」


 遅れて辿り着いた私が声を掛けると、二人の男が横目に見てきました。

 ナターリアを視界外に出さないよう、かなり注意しているようです。

 が、私を見た二人は目を見開いて更に距離を取りました。

 いや、これはもう……戦う間合いではありません。

 大声を出して驚かせれば反射的に逃げ出してしまうでしょう。

 なのでここは優しく、丁寧に……。


「私達は通りすがりです。こちらに被害が出ないのであれば見逃しますよ」

「確かてめェはオッサンつったか? アロエに勝った男だったな」

「そうですね。ですが何故、ここでアロエさんの名が?」

「ヤツはオマエに負けて、町に〝設置〟されたんだ」

「――ッ! リア、武器を構えてください」

「はーい」


 二本のククリナイフを構えたナターリア。

 合図をしたら一瞬で肉塊が二つ出来上がるでしょう

 私も杖を構え、いつでもおっさん花を呼び出せるよう心構えをします。

 もしこの酒場内にアロエさんが〝設置〟されていて酷い事をされているのなら……。

 脱出計画を大幅に前倒しする必要がでてきます。


「ま、まてまて! 違う!! オイ、お前はアロエを呼んで来い!!」

「あ、ああ!」


 そう言って酒場の中に入っていった一人の男。

 ナターリアが殺すかどうかの確認の視線を向けてきましたが、首を横に振りました。

 アロエさんがどんな状態になっているのかは判りません。

 が、どちらにしても目の前にいる方が助けるのは容易な筈。

 それ以外の者たちがゾロゾロと出てきたら……先制攻撃すればいいだけです。

 人質作戦なら……まぁナターリアがなんとかしてくれるでしょう。


「それで、何をするつもりなのですか?」

「は、反乱だ」

「反乱……?」

「賞品剣闘士たちが定期的に起こすモノなんだが、いつもは簡単に鎮圧されちまう」


 私が話に興味を持ったからなのか、男が落ち着きを取り戻しはじめました。

 一つ息を吐きだして、男は言葉を続けます。


「今回はその予定をアロエが教えてくれてな。しかも脱出する為の情報もくれた」

「二つの宝珠の入手、ですよね?」

「……? 違う。研究棟にある制御装置を破壊すれば、外への扉が開くって話だ」


 ――ッ!?

 私はその言葉を聞いて目を見開きました。

 脱出するための情報が、ササナキさんの持っていた情報と違います。

 まさか、ササナキさんやユリさん達が裏切って……?

 いえ、ササナキさんやユリさんに情報を提供した者がいます。

 その情報を渡した者の陰謀かもしれません。

 どちらの方法でも脱出が可能という可能性もありますが……どうなのでしようか。


「まぁ何にせよ、俺達は内と外で脱出したい者が暴れて、賞品剣闘士と共に研究棟を襲撃する」


 男がそこまで話したところで酒場の扉から誰かが出て来ました。

 アメジストのような紫紺の瞳と、背中まである薄紫のストレートヘアー。

 そして特徴的な――黒紫色の角。


「あーあ、ぺらぺらぺらぺらと全部話やがって。このアホ!」

「す、すまねぇ。オッサンはともかく、こっちの殺気が酷くてな……」

「まっ、相手がオッサンなら別に構わんさ」


 そう言って小さく笑みを浮かべながら流し目を送ってきたのは――アロエさん。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る