『不吉の兆し』二
「おえりなさい」
「ただいまです」
小屋に辿り着くと、エルティーナさんが扉を開けてくれました。
中ではヨウさんが治癒のポーションを飲んでいる最中です。
その傍らでは、ニコラさんが心配そうな表情を浮かべていました。
ヨウさんは飲んでいた一本を地面に置くと、口を開きます。
「宝珠は?」
「かなり辛い戦いでしたが、無事に入手することが出来ました」
「そうか。こっちはニコラが居なかったら死んでたな」
そう言って鎧をコツコツと叩いたヨウさん。
その鎧はかなりベコベコに歪んでいて、起こった戦いの激しさを物語っています。
「そんなに厳しい試練だったのですか?」
「ああ。採掘場の現場監督が相手だったんだが、単純に固くて腕力が凄まじかった」
「なるほど……」
ヨウさんとニコラさんの側は普通の試練だったようです。
では何故、私の側だけあんな奇抜な試練だったのでしょうか。
「ちなみに、変態の試練ってやつはどんなのだったんだ? 正直見当も付かん」
「えっと、それはですね……」
――言えません。
文字通り変態度の高さで戦う試練だったなんて、口が裂けても言えません。
「勇者様が、すっっっごくっ! 格好良かったわっ! わたし一人だったら死んでいたわね!」
「へぇ、まぁオッサンが強いのは知ってるからな。どんな相手だった?」
「色黒でキワドイ水着を着たマッチョマンだったわっ!」
「うへぇ、俺はこっちを選んで正解だったな」
意外な事に、ヨウさんからの私に対する信頼が何故か厚いです。
少しだけ尊敬するような視線を向けてきているのは気のせいではないでしょう。
これは、もしかしたら試練の内容を誤魔化しきれる流れなのかもしれません。
ならば、私も微力ながら助力致しましょう。
「相手の生理的嫌悪を催させる踊りは、破壊力が凄まじかったですね」
「気持ち悪かったわ! 対して勇者様の、ミロヨ・コノ・ビーナスの格好いいこと!」
「んんん? なんだその、なんたらビーナスって?」
――まずい。
「シェルライトを足元に置いて、パンツ一枚で乳首をチラチラしていたわね! 芸術だわっ!」
「……芸術に……ミロのヴィーナ――」
「――ストップだよヨウ君! それをそのまま口に出すのはマズイって!!」
「あ、ああ、すまん」
ヨウさんの私を見る視線が、変態を見るものに変化しましした。
どうして、どうしてこんな事になってしまったのでしょうか。
彼はベースになっている芸術を知っているので理解が速かったのでしょう。
響く、妖精さんの笑い声。
「最後に勇者様が出した、ちんち――モゴモゴ……勇者様?」
「リア? 悪意が無いのはわかりますが、そこで止まってください」
ギリギリのところでナターリアの口を塞ぐことに成功しました。
例の死技の詳細を話されるのだけは危険です。
今はよく分からないという様子で首を傾げているエルティーナさん。
しかしそんな彼女も詳細を聞かされれば、冷めた視線に変わってしまうのは必至。
「試練の内容は大体理解した。まぁなんと言うか……お疲れさま」
「そう言って頂けると嬉しいです……」
全てを理解したという様子で憐憫の眼差しを向けてきたヨウさん。
多くの意味で常識人であるヨウさんは、この中で私に次ぐ常識人です。
そうこうしていると部屋の奥から、ユリさんとシズハさんが姿を現しました。
――!?
「おっ、もう帰ってきたのか。こっちは異常無しだったぞ」
「ユリおねぇちゃんはエルティーナさんを口説いてたけど、綺麗に受け流されてた」
「シッ! それは内緒にしといてって言ったじゃん!!」
「内緒にしといて後からバレたら、かなり怖い事になると思うけど?」
「うっ、それは……」
シズハさんの言葉にたじろいでいるユリさん。
ですが私には、それ以上に――絶対に見過ごせないモノが〝視えて〟います。
何故コイツは、何時も視たくない時に限って現れるのでしょうか。
「……ユリさん」
「ん?」
「右肩、重くないですか?」
「いや? 特になんともないぞ」
そう言って右肩をぐるぐると動かしたユリさん。
やはりユリさんの手は……〝赤い一つ目鬼〟をすり抜けました。
いったい何時から、この鬼はユリさんに取り憑いていたのでしょうか。
少なくとも出発前には居ませんでした。でも、それが今は居る。
出発前と今の状況的な違いは、脱出するためのキーアイテムを持っているか否か。
嫌な予感がした私は、慌ててヨウさんの方を見てみます。
「ヨウさんには……視えていないですね……」
「ん? 俺がどうしたって?」
「ヨウさん。何も聞き返さず、その場でゆっくり一回転してください」
「……了解した」
真面目な雰囲気を感じ取ってくれたのか、ゆっくりと立ち上がって一回転したヨウさん。
全身くまなく見ますが、鬼は見当たりません。彼は大丈夫なのでしょう。
適当な壁際に座った私は、頭を抱えて考え込みます。
――何故、ユリさんにだけ鬼が取り憑いているのでしょうか。
幾つかある可能性の中で思い浮かぶのは、逃走先に罠があるというもの。
ユリさんのギャンブル仲間から聞いたと言う情報には、少しだけズレがありました。
彼女は、ササナキさんが逃走の情報を持っていると言う話をしたのです。
が、実際のところは、五回目賞品剣闘士の全員がその情報を持っていました。
「ユリさん。ササナキさんの情報をくれた人物は、信用できる人物ですか?」
「んや、信用は全く無いね。三回もアタイを犯そうとした男だよ」
「その度に、二人でボコボコにしたよね」
つまり情報の信頼度はゼロ。
何人がその情報を掴んでいたのかも不明です。
ササナキさん狙いが多かったのは、その情報を持っていた者が多かったのでしょう。
単純にハイエルフという種族と見目が麗しいというのもあるのでしょうが――。
「なんだよ、アタイのことをチラチラ見て。まさか……惚れたのか?」
「真面目に考えているので、つまらない冗談はやめて下さい」
「い、一発なぐりてぇ……!!」
「ユリおねぇちゃん、我慢して、我慢」
ユリさんは、ここに置いていけば助けることが出来るのでしょうか?
いえ、そもそも今日明日で死ぬとは限りません。
第一、安全のために置いていくと言って信じてもらえるのでしょうか?
理由として死の遣いが視えていると言ったら、何と思われるか分かりません。
「オッサン。すごい冷や汗ですが、大丈夫ですか……?」
そっと近づいてきて私の汗を拭って下さったエルティーナさん。
子供達も心配そうな目で見てきています。
「私は大丈夫です。大丈夫じゃないのは……ユリさんです」
「ハハァ、頭が大丈夫じゃないとかそんなオチじゃないだろうな?」
「…………」
「お、おい、そんな真面目な顔するなよ! こっちが困るだろ!」
赤い一つ目鬼は肩から首の間を移動していて……右頬に手を当てています。
パッと思い浮かんでくる死因は、何らかの強い攻撃で抉り取られるというもの。
毒をその周辺に受けて……という可能性もあります。
「ユリさん」
「なんだ?」
「ユリさんは、私をどのくらい信用できますか?」
ユリさんと私の関係は出会いの段階から考えるに最低のスタート。
それ以降も信用されるようなイベントはありませんでした。
タクミの時のように鬼を取り除くにしても、攻撃と誤解されるかもしれません。
そもそも、タクミの鬼も再発して死んでしまったので気休め程度の処置です。
「そうだね。背中を預けるのには心許無いけど、単純な仲間としてみれば心強い……か?」
「十分です」
ちゃんとした仲間として見てくれているのなら言ってみる価値はあるでしょう。
危うい部分は多いですが、できれば生きていてほしい。
少しでも信憑性が上がるように真面目な顔で話を切り出します。
「私には他人の死が視える事があります。そして死の原因となる部位も判ります」
「……まさか、それがアタイに?」
「はい。最初の時には視えていなかったのに、この脱出条件が整った今になって……」
「その能力の信憑性は、どのくらいある?」
「すぐ死ぬ事もあれば一月近く生きた事もありますが、今のところ百パーセント」
「カーっ、ついて無いなぁアタイも」
深い息を吐いたユリさん。
真偽を疑っているワケでは無いようですが、実感が無いのでしょうか。
あまり堪えている様子はありませんでした。
「この呪いのような能力は前の世界からずっとありました。それでも百パーセント」
「って事は、アタイは死ぬのか?」
「はい。最初は視えていなかったので、脱出する事で起こる死なのかもしれません」
「ふむ……つまり、アタイはこの場所に残った方が良いと」
「ユリおねぇちゃんが生きててくれる方が、シズハは嬉しいよ……」
顎に手を当てて考え込んだユリさんと、それを心配げに見ているシズハさん。
ニコラさんの話や状況から考えるに、ライゼリックのパートナーは危うい。
主人……推定プレイヤーに対する依存度が凄まじいのです。
そんな状態で主人を失ったら、ニコラさんが言ったように正気を失ってしまうでしょう。
「一応はおっさん花――私の召喚物の攻撃で取り除くことが可能です」
「おっ、確定で死ぬワケじゃあないのか」
「一度目の時は再発生したので気休め程度の処置になりますが……それでも、やりますか?」
「ああ。どう動くにせよ、やらない手はないだろうね」
ユリさんがそう言った途端、赤い一つ目鬼が移動を開始しました。
移動範囲は右半身の膝から上。行動範囲が広がっています。
――どうして今、このタイミングで悪化したのでしょうか。
「……処置をするので一度外に出て下さい。召喚物を出すにも此処では狭いので」
「あいよ。シズハは連れてってもいいな?」
「勿論」
ユリさんと共に外に出た私は、妖精さんにおっさん花を出してもらいました。
真正面から対峙すると体を強張らせたユリさんでしたが、逃げ出したりはしません。
その程度には信用してくれているという事でしょう。
私はおっさん花の触手を伸ばして――赤い一つ目鬼を攻撃します。
悲鳴も上げずに掻き消えた一つ目鬼。
それは塵のように霧散しました。
「……成功です。おつかれさま」
「お、おお、心なしか体が軽くなったような気がするな!」
「ユリおねぇちゃん、それはタブン気のせいじゃない? いっつも空気に流されて……」
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