終章 『ナナシの勇者』
『再出撃』一
再会を果たし、今まで何があったのかを話し合う事しばらく。
賞品剣闘士だった者達は、酒盛りで出来上がっている者も多くなってきました。
中には私に絡んでくる者も当然、居ます。
「ぷっはぁああああ! 飲んでるかぁああああ???」
「アルダさん、飲み過ぎですって!」
「ちゅーしてやろうか、ちゅ――ッッ!!? わ、わりっ」
ナターリアの背筋が凍て付くような殺気。
それに当てられたアルダさんは一瞬で正気に戻りました。
賞品剣闘士の方々は見目が良い者が多く、誰に絡まれても嫌な気にはなりません。
お酒に酔って唯一の男性である私に絡んでくる者は多いのです。
が、そんな者達もナターリアの殺気に当てられると、一瞬で正気に戻りました。
「完全な自由になれると知ってか、ハメが外れてるな」
同テーブルのアロエさんが、苦笑いを浮かべながら全体を見渡しました。
現在同じテーブルに着いているのは、ナターリアとアロエさんの二人。
「この部隊は何人くらい居るのですか?」
「んー、百人くらいだな」
――百人。
数で言えば元の部隊よりも大幅に少ない訳なのですが……。
私は横目で、ナターリアの方をチラリと見ました。
それだけで考えている事を読まれたのか、ナターリアは口を開きました。
「この人の実力は上の中くらいで、場所と状況次第では、わたしも負けるわ」
「かなり強いですね」
「オッサンには変な負け方したけどな?」
「その件はもう忘れて下さい」
「いいや、絶対に忘れないね」
半笑いで冗談っぽく言ったアロエさん。
こうしていれば普通の少女なのですが……はい。
アロエさんも忌み子と呼ばれる種族なので、見た目と実年齢は違うのでしょう。
この世界には何故、こんなにも見た目詐欺な女性が多いのでしょうか。
……いえ……そうでした。
私はその理由を、アークレリックの地下遺跡で知ってしまっています。
まぁここで深く考えるのは、止めておきましう。
「あとは、この人と同じか少し下の人が何人かいるわ」
「流石はグラーゼン地下奴隷都市を生き抜いてきた者達、精鋭ばかりですね」
「弱くっちゃ生き残れない世界だったからね」
「リアも、ありがとうございました」
「うふふっ! どういたしましてっ!」
単純な戦力で考えれば、この部隊はかなり高いです。
とはいえ、それは状況や相手次第でどうにでもなってしまうのが、戦争。
油断する事がないように気をつけましょう。
「ちなみにですが、今後の指示とかは何か聞いていませんか?」
「もちろん聞いてるぞ」
「……聞きましょう。変なものだったら直談判してきます」
「いや、まぁ普通だ」
そう言ってアロエさんは酒を一口飲み、その内容について話し始めました。
「ここから先は境界山の洞窟を通って魔族領に入る必要が出てくる」
「境界山があるのは聞いていましたが、洞窟なんですね」
「ああ。まぁここは、正規の軍が蹂躙してくれるだろうから、そこそこ安全だ」
「変な脇道に入らなければ、ですよね」
「オッサン。そういうのは、あまり言わない方がいいぞ」
「ジンクス、というヤツですね」
「そうだ」
世界は違えど、そういったジンクスは同じ。
どこの世界にもフラグ的なものはあるのでしょう。
「私達の仕事は、その境界山を越えた後」
「少数で行える事といえば……先行偵察?」
「そっ。本体が奇襲を受けないように偵察するのが私達の仕事らしい」
「……思っていたよりも正道な仕事内容ですね」
「ああ、腐っても表の仕事ってワケだ!」
愉快そうに笑いながら言ったアロエさん。
笑顔は意外にも可愛いタイプのもので、かなり惹かれます。
「あっ、私が隊長だと非戦闘員への暴行を認めませんが……」
「ん? どういうことだ?」
私はこの部隊の隊長に任命された経緯を話しました。
アロエさんは、その話を黙って聞いてくれています。
周りで騒いでいた何人かも耳を傾けてくれていました。
「へぇっ! 認められる部隊があるってのに驚きだ!」
「アロエさん……」
「その部分は安心していい。私らは元々虐げられてた側だ。そんな事はしないさ」
アロエさんは「それに――」と言葉を続け。
「ここの居る全員が、お前の恐ろしい部分と優しい部分を、ちゃんと知ってる」
「……アロエさん」
「だからここには、オッサンの方針に文句を言うヤツは誰も居ないさ」
ウンウンと頷く、聞き耳を立てていた者達。
既にドンチャン騒ぎが始まっている、元宿屋の中。
なのに何故か、アロエさんの声はハッキリと聞こえてきました。
「それに、お前が隊長になったのは、私らにとっては幸運だった」
「幸運?」
仲間殺しの罪を着せられてやってきた隊長に対して抱く感情にしては、甘々です。
プッチンなプリンの、カラメルソース並みに甘いのではないでしょうか。
「だってそうだろう? 私らの事を使い捨ての奴隷にしか思わないヤツが隊長になったらと思うと、もう生きた心地がしない。……その点お前らなら安心だ。寝首を掻く必要も無ければ、寝首を掻こうとしても絶対に失敗するんだから。まず実行するヤツが出ない」
……確かに成功はしません。
例え成功したとしても必ず失敗します。
グラーゼン地下奴隷都市の闘技場で私は、何度も死にました。
それを知っている者だけで構成されている、この部隊。
奴隷部隊と聞いて心配していましたが、そんなに悪くないのではないでしょうか。
それに言ってはなんですが、この部隊は私以外が精鋭ばかりです。
数倍の敵戦力が居たとしても粉砕してくれる事でしょう。
「それに私らは、お前の奴隷なんだ。命令無視も基本的には出ないと思ってもいい」
「しかし、この中からも何人かは、必ず死傷者が出ます」
「それは当然だ。生き物は死ぬ時は死ぬ。だから覚悟なんてものは必要ない」
そう言って手元のジョッキを飲み干したアロエさん。
「ふぅー、私も少し酔いが回ってきたな」
「部屋まで肩を貸しましょうか?」
「歩けないほどじゃない。それにまだ、お前を部屋まで案内しなきゃだからな」
「あぁ……そう言えば私も、ここに寝泊まりするのですね」
「そうだ」
自分以外が全員女性という、この環境。
普通に考えればかなり幸運な環境なのですが、精神的には少し疲れるかもしれません。
まぁプラスかマイナスかで考えれば圧倒的にプラスであるのは事実。
「さっ、付いてきてくれ」
私は立ち上がったアロエさんの後に続いて、お酒の席を立ちました。
酒盛りを続けている女性たちの間を通り抜け、ある一室の扉の前に辿り着きます。
「ここだ。人数が多いせいで相部屋になるが、それは許容してほしい」
「リアと相部屋に、という事ですか?」
「ん、まぁそうだな」
「……やったっ」
アロエさんの言葉に小さくガッツポーズをしたナターリア。
すこすこすこ。
「少し散らかっているが、まぁ短い時間の我慢だ」
そう言って木の扉を開いたアロエさん。
部屋の中には一般的な宿屋よりも少し広いくらいの空間がありました。
両壁付近にベッドが一つずつ設置されていて、地面には数枚の毛布が敷かれています。
散らかっているというよりか……。
必要でこうなっているのでは、という印象を受けました。
「まっ、入ってくれ」
「……はい」
アロエさんに続いて部屋の中に入ると、なんというか、女の子っぽい香りがしました。
期間としては短い筈なので、誰かが香料でも使ったのでしょう。
なんというか……私は、ちゃんと眠る事ができるのでしょうか。
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