『再出撃』二

 部屋の中には魔石灯が一つだけ設置されていました。

 必要最低限な明かりが存在しています。

 強過ぎず、暗過ぎず、眠るのにも起きているのにも丁度いい、そんな明かり。


「私と同じ部屋になっても気にしないヤツが、あと二人同室だ」

「……人数が多いので仕方が無いとはいえ、私と同室でいいのですか?」

「別に気にしないが? なんなら、私と同じベッドで寝てもいいぞ」


 ――殺気ッッッ!!?

 私は咄嗟にナターリアを抱きしめ、その動きを止めさせました。

 強めの殺気でしたが少し抱きしめていると、するすると毒気が抜けていきます。


「い、いえ、私は床で寝ます。その為に床の毛布を用意したのですよね」

「まぁ他のヤツが指揮官として来ていたら、そうするつもりだったな」


 ――女の子怖い。

 いえこの場合は、アロエさんが男だったとしても状況は変わらなかったでしょう。


「酒でベロンベロンになってるアルダとリオンは、床じゃ寝かせられない」

「……そうですね」

「つまり残るベッドは、一つだけだな?」

「は、はい」

「私とそっちの子は、同じベッドじゃ寝られないだろう?」


 私とナターリアを交互に見たアロエさん。

 確かにその通りです。

 魔力吸収体質のアロエさんとナターリアとでは、同じベッドで寝られません。


「…………」

「ああ、困らせるつもりは無かったんだ」

「あ、いえっ!」

「私が床で眠って、お前たちがベッドを使えばいい」

「それは嫌ですね」


 後から来た身である私が、女の子からベッドを取るなんてできません。

 それは絶対にしたくない行動の、ベスト十六に入る行動です。


「勇者様と一緒でいいのなら、わたしは床で寝たいわ」

「……床でいいのですか?」

「ええ、わたしにとっては勇者様の居る場所が一番寝心地の良い場所なのだもの」

「ありがとうございます」

「えっ? お礼を言うのは、わたしの方だと思うのだけれど」


 会話を黙って聞いていたアロエさんは肩を竦め、ベッドに腰を下ろしました。

 私達を見ながら苦笑いを浮かべています。


「羨ましい関係だ。私にもそんな相手がいればな」

「アロエさんならスグに見つかりますよ、そんなにも美人なんですからね」

「ククッ、そう思ってくれるのはお前だけだよ」

「いえ、今来ている異世界人達。彼等も私と同じ美醜感性を持っている筈です」

「本当か!? ではそいつらも魔力吸収体質に耐性が!?」

「それはタブン……無い人の方が多いです」

「おい、ダメじゃないか」


 顔を顰めさせた、アロエさん。

 色白の肌が魔石灯に照らされ、オレンジ色に染まっています。


「それでも好きになる人は多いと思います」

「魔力を吸われるのにか?」

「氷の最高位精霊とだってハグをした人が居るくらいですからね」

「……は? 本当なのか??」

「ええ、嘘を吐く理由がありません」

「……そんな物好きだらけの世界なら、私もこんなに強くならずに済んだのにな」


 手を天井に向かってかざし、自嘲気味にそんな事を言ったアロエさん。

 ――アロエは強い女性です。

 それは闘技場で戦ったからこそ理解できる強さ。

 彼女が立っている高見を目指して死ぬ気で訓練をしている者だって居るでしょう。

 しかし彼女の場合、強くならねばならない理由があった。

 もし普通に産まれて……普通に生活していたのなら。

 彼女の場合、普通の町娘として生活していた可能性もあったかもしれません。


「アロエさ――」

「ぶっはぁああああああ!!」

「……ちょっと、少しは自分で歩いてよ」


 バタン、と扉が開いて入ってきた酒飲み二人。


「アルダさんと、リオンさん……?」

「んんんんんっ? オッサンもこの部屋なのかぁぁああああ???」

「は、はい」


 アルダさんは、こちらが動揺する隙も無い程に酔っぱらっています。

 お二人も同室なのでしょう。

 ベッドの一つにアルダさんを運んだリオンさんは、その隣に寝転がりました。

 少し窮屈そうではありますが、眠れない程ではなさそうです。


「結構な人口密度ですね」

「いや、ここはかなりマシな方だぞ」

「本当ですか?」

「ここの他の部屋はすし詰め状態で、十部屋に各十人近くだ」


 他の部屋はそんな人口密度なのに、この部屋だけ三人と隊長だけの予定だった?

 ……わかりません。

 触れると魔力を吸われるという理由だけで、そこまで遠ざけられる理由が分かりません。

 人格にだって問題はなく、むしろ良い方でしょう。

 そんなアロエさんが寂しい思いをしているのは、あんまりです。


「もう寝るぞ」


 アロエさんは魔石灯の光量を限界まで下げて、ベッドに寝転がりました。

 私も地面に毛布を数枚敷いて、その上に寝転がって毛布を被ります。

 広さは十分にあるのに、そっと同じ毛布の中に入ってきたナターリア。

 ――温かいです。

 目を閉じて、じっとしている事しばらく。

 唐突にアロエさんが、口を開きました。


「まだ起きてるか?」

「はい、寝不足になりそうなくらい起きています」

「なら……私も一緒に、床で寝てもいいか?」


 きっとアロエさんは、誰かと一緒に寝るという事をした事が無いのでしょう。

 寝不足になるのは確実ですが――断る理由にはなりません。


「では、私の右側にどうぞ。……リアもいいですね?」

「んっ」


 拒否しないという事は認めてくれたという事でいいのでしょう。

 そんな様子を見たアロエさんはベッドから下りて、毛布の中に入ってきました。

 ――温かい。

 色白ではあっても、これは間違いなく人の肌です。


「皆さん、おやすみなさい」

「おやすみなさい、勇者様」

「おやすみ」


 返事が返って来たのは、ナターリアとアロエさん。


「おやすみぃぃぃいいいいいいいいんんみんみんみん!!」

「アルダ煩い」


 蝉のような就寝挨拶をしてきたアルダさんと、突っ込みを入れたリオンさん。

 あぁなんだか、変な緊張が取れた御蔭で眠れそうです。




 ◆






 三日後の早朝。

 私と新たな部隊員達は境界山を目指して出発しました。

 荷馬車と馬を用意してくれたのは、リュポフさんとラフレイリア様

 必要な物資を乗せた荷馬車は無駄に豪勢な作りをしています。

 横に倒せば攻撃を防ぐ壁にだってなるでしょう。

 が、馬の方は普通。

 どこにでも居る感じの普通の馬。

 状況を考えれば立派な馬なのだとは思いますが、荷馬車と釣り合っていません。

 頑張らなくても良かったので、荷馬車の方のグレードを下げて欲しかったです。


「すっっごく、ふわふわしている御者席ねっ!」

「ええ、これならお尻がゴワゴワにならずに済みそうです」


 馬に不釣り合いな荷馬車ですが、御者席は気に入りました。

 座席がふわふわしていて座っているのがすごく楽なのです。

 現在御者席に座っているのは、ナターリアと私。

 他の者達は馬車の前と後ろを歩いています。

 前に三十、後ろに七十。

 隊の先頭を歩いているのは、アルダさんとリオンさん。

 そして馬車のすぐ前を歩いているのが――アロエさん。


「ルートはこの街道を直進。本隊が切り開いた道に沿って境界山を通過するぞ」

「本体は何処に居るのでしょうか?」

「さっき来た伝令によると、もう既に魔族領に進行しているそうだ」

「完全な出遅れ組じゃないですか……」


 この世界の人族側は短期決戦でいくつもりなのでしょう。

 私達のような細かな戦力を待たずに開始している侵攻作戦。

 数は力とも言いますが……大丈夫なのでしょうか?


「魔族領は殆どが森で、突発的な戦闘でそこそこの損害を出してるらしい」

「ダメじゃないですか」

「ああ、私らが到着した時には戦争が終わっていた、なんて事にはならないだろうな」

「……私たちは仕事をしないといけない身ですからね、その点は安心しました」

「なぁオッサン」

「はい?」

「馬車が通れない場所になったら、私がお前を運んでやってもいいぞ」


 ……普通にイヤです。

 恥ずかしさが凄まじい事になるのは確実でしょう。

 本当にいざとなったら、おっさん花で自身を運ぶというのも考えねばなりません。


「そろそろ代わろっか? 勇者様は荷台で休んでいてもいいわ」

「あ、ありがとうございます」


 まるでお姫様のような、この扱い。

 しかし私は腕がかなり疲れていたので、ナターリアの申し出を受け入れました。

 この部隊にいる男性は私ただ一人だというのに……恥ずかしいみ。

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