『再出撃』三
リスレイを出発してから二日後。
女性だけの隊だと言うのに、何事もなく境界山の洞窟の入り口に到着しました。
洞窟に入る為の準備をしながら私は、部隊員たちを見渡してみます。
改めて見回してみると装備も酷い物で、地下奴隷都市の時のままでした。
武器は、まぁいいでしょう。
あそこの武器はしっかり切れます。
ですが、その防具がいけません。
腕のプロテクターと足鎧はまだしも。
問題なのは、それ以外。
胸部の前面と背面は鉄製ですが、横の紐を切れば落ちてしまう仕様です。
腹部は布が出ていて、普段着と変わりません。
腰鎧に至っては前面が開いています。
申し訳程度に両側面の腰を守る鉄板が取り付けられているのですが……。
ベースになっているのは、緑色の短めなスカートのみ。
太腿の他にも肘から肩までは、素肌が出ているのです。
「アロエさん」
「ん? ランタンが無いか??」
「いえ、魔石灯がありま……あっ…………」
――ありません。
ダイアナさんから頂いた指輪とダヌアさんから頂いたペンダント。
これは装着していたので持っています。
しかし身に着けていた物以外の全てを、あの建物に置いてきてしまいました。
お金は半分以上が廃教会の私室に置いてあるので、そう問題にはなりません。
が、思い入れの深い道具を殆ど置いてきてしまったのは――失敗でした。
「……持っていません」
「そうか、私は暗視が利くからこれを持っておけ」
「はい」
受け取った油ランタンを一旦御者台の上に置き、アロエさんに向き直りました。
「今更なのですが、普通の装備は支給されなかったのですか?」
「無いな。私達に支給する装備があれば、普通のヤツに無料配布してるはずだ」
「……そうですか」
「オッサン、そう暗い顔をするな」
「ですが……!」
「ここに居る仲間の殆どは速さを生かす戦闘スタイルだ。この装備も悪くない」
そう言って腰鎧の鉄板をコツコツと叩いたアロエさん。
予想していたよりも軽そうな音が響きました。
もしかして――鉄じゃない?
「防御面積は少ないが、鉄より固くて軽いんだ。動きの邪魔にならなくていいんだぞ?」
「ソレって、何の素材で作られているのですか……?」
「知らん。だが防具を理解したヤツは、数倍は強くなれた」
――鉄よりも固くて軽い鉱物? ダメです、判りません。
この防具が全身を守っていなかったのは、強くなりすぎてしまうから?
「ちょっと近くで見てみてもいいですか?」
「いいぞ」
最も攻撃を受け流したであろう手のプロテクターに目を近づけて見てみます。
なんと……傷が一つもありません。
「コレは新品なのですか?」
「いいや? 最初に支給された物をそのままずっと使ってるぞ」
「……やばいですね」
「ああ、コレがバレてたら普通の防具と交換して貰えたかもな」
ニィッっと笑みを浮かべて手を下ろしたアロエさん。
アロエさんが言っているのは皮肉でしょう。
交換して貰えた、ではなく、奪われていた筈です。
文明の最先端であった過去を生きたアントビイの――地下奴隷都市。
そこに採掘区画があったのは知っています。
恐らくそこで取れた鉱物を利用し、特別な方法で作ったのでしょう。
「シルヴィアさん」
「――ふんっ。お前の予想通り、それは〝ハイガスベル〟だ」
「そうでしたか、やっぱりミスリルだったのですね」
「おい、一文字も合ってないぞ」
――全然予想通りではありませんでした。
全く知らないファンタジーな名前の物質です。
「……まぁいい。それは、あのシェルターに使われていた物質の次に固いものだ」
「本当ですか?」
鶏が大爆発しても傷一つ付かなかった、あの遺跡の床や壁。
シルヴィアさんがその次に固い物質だと言ったという事は――。
今のこの世界では……最も固い防具?
普通に作れる物質でないのは間違いありません。
という事は、アントビィが自ら手を加えて作った鉄なのでしょうか。
「まぁ欠点もあるぞ」
「で、ですよね!」
「千年もすれば劣化して塵になる」
「…………」
「おい?」
「お、教えてくれて、ありがとうございました」
「ふんっ。まぁ気にするな」
そう言って魔石の姿に戻ったシルヴィアさん。
シルヴィアさんの言う欠点は、現時点で欠点になる事ではありませんでした。
確かに使いこなすだけの技量が必要なのは事実なのでしょう。
が、ここに今いる剣闘士の多くは、あの地獄を生き抜いた猛者ばかり。
私は洞窟にの入り口に向き直り、ナターリアの乗っている馬車を見ました。
「この洞窟、横幅は余裕ですが馬車は難しいですね。馬だけでも連れて行きますか」
「んん??」
「それとも時間を掛けて荷馬車を押してでも……」
「いやお前なぁ……その荷馬車は、魔道具だぞ?」
「えっ……?」
馬車の方を見てみるとナターリアは一つ頷き、御者台の手すりに手を乗せました。
その瞬間から少しずつ浮かび上がった荷馬車。
車輪と地面との距離は拳三つ分。
コレなら凹凸の激しい洞窟の中でも――普通に通せます。
「全員、準備できましたー!!」
そんな声が上がると休んでいた数人も立ち上がりました。
アロエさんと目が合います。
「よし、それじゃあ出発!! ……でいいな?」
「は、はい」
◆
ランタンの明かりの届かない場所を完全な闇が支配している洞窟内。
ナターリアには荷馬車への魔力供給にプラスして、ランタンを持ってもらっています。
視界の悪い洞窟内での操舵は難しいですが……。
先導してくれているアロエさんの御かげで事故をする事なく進む事が出来ています。
荷馬車の少し前を歩いているのは、アロエさん、アルダさん、リオンさん。
洞窟に侵入してから結構な時間が経ちました。
普段であれば埃と石の臭いしかしないであろう洞窟内も――。
今は血生臭い臭気に満ちています。
「リア、大丈夫ですか?」
「んっ……まだ平気」
「本当は?」
「うぅぅぅぅっ、少しだけ疲れたわっ!」
見るからに疲れの色が顔に出ているナターリア。
こういうのに鈍い私でも、ここまでくれば流石に気づきます。
「アロエさん!」
「ん? 暗闇が怖いなら抱きしめてやろうか? ついでにホットミルクも作ってやるぞ」
「――ッ」
――抱きしめて下さいッ!
反射的にそう言ってしまいそうになったのを、私は何とか堪えました。
今の衝動を抑えきれた理由は二つ。
「ゅ、勇者様っ! 怖かったら、わたしにも抱き着いて良いからねっ!?」
「は、はい、ありがとうございます」
「ククッ、私のは少しだけ冗談だ」
慌てるナターリアと、愉快そうに笑ったアロエさん。
――少しだけ冗談という事は……殆ど本気?
……。
………。
…………。
第二波も何とか堪え切りました。
堪え切る事が出来たのはナターリアの事があるのと、所々にある分岐と脇道。
大声を出してはまだ潜んでいるかもしれない魔物などに襲われるかもしれません。
まぁ後者の方は……ナターリアが声を上げてしまったので無意味でしょうが。
「――ふんっ。【
突然姿を現したシルヴィアさんが脇道の一つに手を向けで、そう言いました。
数秒間だけ先の様子を窺っていたシルヴィアさんでしたが……。
一つ頷くと……魔石の姿に戻りました。
脇道の先では、きっと何かが氷漬けになったのでしょう。
何にせよ危険は去りました。
「アロエさん、こう見えて暗いのは得意なので平気です」
「ああ、だろうと思った。……休憩だろう? 全体――止まれ!!」
思いっきり声を張り上げてそう言ったアロエさん。
今の様子を見て大声を出しても大丈夫だと思ったのでしょう。
無事全体に聞こえていたのか、部隊の行軍はすぐに停止しました。
それにしても今の言い方は……――いち、にっ!
「リア、休憩ですよ」
「はーいっ」
ナターリアが返事をすると、荷馬車はゆっくりと地面に下りていきました。
本当に魔道具とは不思議なものです。
私の新たな部隊は、洞窟内に入ってから一度目の休憩を取る事になりました。
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