『奴隷部隊』二

 謁見の間で私の前に出て仁王立ちをしている、強気なラフレイリア様。

 こんな時だと言うのに、ラフレイリア様のお尻のライン気になり過ぎます。

 ――いけません。

 ラフレイリア様は助けに出てきてくれたのです。

 そんな不敬を働いては、不敬不敬と言われてしまうかもしれません。


「ラフレイリア様……!」


 格好良すぎます。

 一度でいいので、こんな登場の仕方をしてみたかったと思わざるを得ません。


「お主はオーゼーンバッハ家の令嬢か」

「はい、受けたものは仇であろうと、同じだけを返すのが私の信念です」


 第一王子にも物怖じしないラフレイリア様。

 その生き方からは、どこかシルヴィアさんのような雰囲気が感じられました。

 一度で良いのでハグをさせて頂きたいところ。


「……では大量殺人鬼アリスと共に、オッサンは国の為に奮って戦いたまえ」

「王子ッ!! それでは甘すぎます!!」

「ここまでされては仕方あるまい。確かに少し甘い処遇ではあるがな」


 言い縋る敵対貴族を手で制した第一王子。

 一度決めた事をあまり曲げない、少し癖のありそうな王子様です。

 が、悪いヒトではないのでしょう。


「私の部隊はどうなるのですか?」

「部隊員は他の部隊に統合される。故にお主は――」


 第一王子の話に割って入るように、大臣が王子の耳元で囁き掛けています。

 今度は一体、何を言っているのでしょうか。


「うむ。そうだな」


 何かに納得するように首を縦に振った第一王子。

 私の処遇についてであるのは間違いないでしょう。


「オッサンよ。お前には、まだ部隊を率いて戦う覚悟はあるか?」

「それで許されるのであれば、なんだってやりますよ」

「そうか。ではオッサンには――奴隷部隊を率いて戦ってもらう!」


 ――奴隷部隊の隊長。

 もしかして死兵的な立ち回りでも強要されるのでしょうか。

 通常の部隊ですら揉め事を起こしてしまったというのに……不安しかありません。


「管理はどうなっているのですか?」

「命令に逆らえば首輪が奴隷を殺す。故にお前の戦い方を邪魔する者は居ないだろう」

「死んでも逆らいたいという者が居た場合は……」

「自分の身は自分で守れ。お前にはそれが可能なのであろう?」


 もしかして犯罪奴隷で構成された部隊なのでしょうか。

 初めて霊峰ヤークトホルンに挑んだ時の事を思いだします。

 ポロロッカさんにリュリュさん、それから……ジッグさん。

 他の犯罪奴隷達の顔も、私は忘れていません。

 一癖や二癖のある部隊になる事だけは、覚悟しておきましょう。


「この戦争に生き残った奴隷がいれば、お前の所有物にしても構わん」

「……わかりました」


 人を物のように見ているのは気にはなります。

 が、上流階級の者であれば普通なのでしょう。

 ここで突っかかっても何一つプラスにはなりません。

 奴隷部隊が控えている場所を大臣から告げられ、謁見の間から追い出されました。



 ◆



 時刻は夕暮れ時。

 力になってくれた二人にお礼を言った後、私は目的地に向かって足を進めました。

 当然、ナターリアも一緒です。

 返却された杖には、シルヴィアさんの魔石をしっかりと嵌めました。

 奴隷たちの戦闘能力が、どのくらいのものなのかは判りません。

 もし部隊員の中に、リュリュさんやポロロッカさんレベルの者がいれば……。

 それは、大きな戦力となってくれるでしょう。

 そんな事を考えながら歩く事しばらく。


「ここですね」


 私達は元宿屋だったという場所に辿り着きました。

 戦闘痕のせいで霞んではいますが、かなり大きな建物です。

 単純に考えれば三十……いえ、すし詰め状態になっていると考えれば百?


「勇者様、私が開けよっか?」


 扉の前で立ち止まっていた私に、そんな事を言ってきたナターリア。

 今感じている不安を察知されてしまったのでしょうか。


「いえ、私が開けるので大丈夫ですよ」

「ん、わかったわ」


 私は意を決して、扉をゆっくりと開きます。


「おぉ来たき……え?」

「いらっしゃ……お?」

「指揮官さんを歓迎……き?」


 その先に待ち構えていた部隊員たちは……全員女性。

 見覚えのある防具を身に纏っている者達です。


「あれ? もしかして貴方って……」


 彼女らは――グラーゼン地下奴隷都市の、賞品剣闘士達です。


「――っ!? どうして、どうしてこんな場所に貴方たちが!?」

「バカめ、それはこっちの台詞だ」


 他の賞品剣闘士達の後ろから出てきた、その女性。

 アメジストのような紫紺の瞳に、薄紫の背中まであるストレートヘアー。

 特徴的なのは――黒紫色の、美しい角です。


「こんな形で早々に再開する事になるとはな、なぁオッサン」

「私もですよ、アロエさん」


 私が新たに隊長となった部隊は――賞品剣闘士たちの部隊でした。

 彼女らであれば実力に間違いはありません。

 ニィっと笑みで笑みを浮かべたアロエさん。


「無事でなによりです」

「ああ、奴隷という首輪つきだがな」


 そう言いながら首の小さな鉄枷をコンコンと叩いたアロエさん。

 よく見てみれば、全員が同じ鉄枷をしています。

 霊峰ヤークトホルンを登る際に犯罪奴隷たちがしていたものと同じ物。

 とどのつまり、これは奴隷の首輪です。

 ――えっ?

 なぜ、どうしてアロエさん達が??

 彼女らは奴隷狩りに捕まっただけの被害者だったのでは??


「どうして皆さん、奴隷のままなのですか?」

「一度奴隷になったら、そう簡単には戻れないって事さ」

「…………」


 地下奴隷都市の最終制圧をしたのは、リュポフさん率いる騎士団。

 もしかして彼らが無理矢理?

 ――いえ、その可能性はあまり考えたくありません。

 真実は更に上の者たちの都合でしょう。

 それが真実であると信じたいところです。


「まっ、元から奴隷だった奴も多くてな。一緒くたに纏められたってワケだ」

「……酷い話しですね」

「いや、今回の戦争では活躍に応じた報酬も出る。一応は正規兵扱いだ」

「しかし奴隷では……」

「ああ、勝利しても隊長の所有物になるらしいな?」

「…………」

「本当は色仕掛けで何とかするつもりだったが、その必要はなくなった」

「という事は?」

「オッサン。お前の采配次第だが、戦争が終わったら私達は自由だ」


 霊峰ヤークトホルンの時と同じパターン。

 違う部分があるとすれば、数と経緯だけ。


「色仕掛けとか、してくれてもいいんですよ?」


 私の言葉に深い笑みを深めたアロエさん。


「その調子だ!」


 両手を広げて私に熱いハグをしてくれた、アロエロエロさん。

 嬉しい嬉しい嬉しいッッ!!

 これはもう、色仕掛けに負けない理由はありませんッッ!!


「皆さん聞いて下さい! この戦争が終わったら、ここに居る全員は――自由です!!」

『『『ワァアアアアアアアアアアアアア――――ッッ!!』』』


 強い歓声が上がり、安酒が皆の喉を潤しました。


「――っ!?」


 悪寒ッッ!!?

 悪寒の発生源を見てみれば、そこに居たのはナターリア。

 アロエロエロさんを見る目は半分くらい座っています。


「あ、アロエさん、もう色仕掛けは十分ですからっ!」

「ん? まぁ気にするな。私の色白の肌とこのツノ、お前は好きなんだろう?」


 そんな事を言いながらツノをコリコリと押し付けてきた、アロエロエロさん。

 いけません。

 そんな、ナターリアを刺激するようなッッ!!

 ……嬉しい感触と、アロエさんの体温が全身に広がってきました。


「ねぇ、勇者様から離れてくれると嬉しいのだけれど?」

「ん? もしかして、オッサンの恋人か?」

「違うけど……」

「そうか。それじゃあもう少しだけ、オッサンを譲ってくれ」

「…………」

「私は忌み子でな、私の事を受け入れてくれる人肌が恋しいんだ」

「理解は出来るのだけれど……ぅぅぅ、理解したくないわっ!」


 ナターリアの様子を見たアロエさんは、もう一度だけ強めにハグ。

 その後はパッと離れて敵対する意志は無い、というように両手を上げました。


「……私の事も覚えているか?」


 そう言って一歩前に出てきたのは、青髪の長いポニーテールの女性。

 ……忘れられる筈がありません。

 グラーゼン地下奴隷都市、地下闘技場にて、第二回戦の相手だった人物です。

 更には目の前で失禁した上に大きい方もしてしまった――。


「リオンさん、でしたっけ?」

「正解。でもあの時の事は正直、忘れてくれると嬉しいわ」

「分かりました」


 ――忘れられる筈がありません。

 あの時は全く興奮できませんでしたが、平時である今は別です。

 あぁ、あの時の事を今思いだすと――。


「勇者様ぁ~?」

「は、はい?」

「もう少し放置していたら勇者様はきっと、また独り言を呟いていたわ」


 ……よく見ています。

 もしかしたら頭の中で考えている事も、すべて見通されるかもしれません。

 万が一、彼女と付き合うような関係になったら尻に敷かれてしまうでしょう。

 まぁ――悪くはありませんが。

 男とは何時だって、可愛いお尻になら敷かれたいと思っています。


「それじゃ、アタイの事も覚えてるんだろうな?」


 そう言って前に出てきたのは、白髪褐色の大柄な女性。

 気の強そうな表情と、たわわな胸を支える引き締まった体。

 筋肉質な太腿に、程よい腹筋。


「おぉ! アルダさんもご無事だったのですね!」

「お陰様でな。……アントビィは、お前達が倒したんだって?」

「私が、と言うよりは、仲間達と私が、という感じです」

「まぁどっちでもいいさ、その御かげでアタイらは助かったんだからね」


 軽くハグをして離れたアルダさん。

 奴隷とうい立場に落ち着いていたのには、確かに不満はあります。

 が、見知った顔が無事だったという事だけは、幸運な事でした。

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