『パンドラの箱』一
「〝肉塊〟は不気味な笑い声を纏ってるってぇ噂、本当だったんだな……」
護衛依頼自体は失敗しました。
が結果的には、それなりの収入を得る事に成功しています。
人質一人を除いた護衛の皆さんは両手を拘束されたままで解放。
小さな言い争いはありましたが、捕虜たちはアークレリックへと向かって出発しました。
名前も知らないスケさん、カクさん、サンカクさん。
捕虜解放の際に、その三名の拘束が解かれていました。
お三方が無事であった事にホッと一安心です。
ある程度行ったところで皆の拘束を外すのが、あの三人の役目でしょう。
「な、何で俺だけ!!? 俺も解放してくれよ!!」
「馬鹿言え、生き残りで一番偉いんなら責任取って人質になってろ」
「全員解放して逆に襲撃されちゃたまらないからね、特にオッサンには」
「ご安心ください。貴方が解放されるまでは私がご一緒しますよ」
複雑そうな顔で私の顔を見た捕虜さん。
ややあって諦めたように、ガックリと項垂れました。
「戻っても殺されるだけ。……なぁ、あんたらは何処までこの荷物を運ぶんだ?」
「街道沿いに行った先にある町の『アーセア』だな。お前もそこで解放してやる」
「そうか。……そんじゃあ俺は、そこから田舎にでも出て畑でも耕すか」
「ハッ! 反吐が出るクソ野郎だな、テメェはよッ!」
捕虜さんの言葉を聞いて憤り人差し指を向けて、そう罵しったエッダさん。
「こんなクズのせいで作戦が失敗したとあっちゃ死んだピッガブも浮かばれねェなァ!」
「まぁまぁ、その御かげで僕らは生き残れたワケだしさ、多少は大目に見ようよ」
「……チッ!」
捕虜の男性に対して苛立つエッダさんに、それをなだめるタクミ。
若干険悪なムードになりながらも出発の準備は着々と進んでいきます。
捕虜さんは最後尾の馬車に乗せられていました。
馬車は無事であったらしく用意してあった馬が足されます。
多少の修繕はしていましたが五台全ての馬車が出発しました。
「真夜中でも馬車を進めるのですか?」
「ああ、ここは安全じゃない。それに実の所、連中の方が夜は戦えるんだ」
「休憩は明日の昼頃だね。……いや、今日の昼ごろが正しいのかもしけないけどね」
「なるほど」
複数の魔石灯を吊るすことで道を照らす明かりを確保し、進んでいく新たな輸送隊。
私はエッダさんとタクミのペアと共に先頭の馬車へと乗せられています。
「エッダさん、箱の中は見ても?」
ニィと笑い、「開けてみな」と言ってくれたエッダさん。
私は金具で軽く固定されている蓋を外して中を見ました。
中に入っていた物は……牧草?
「まさか……家畜の餌? こんなものの為に人が死んだのですか??」
「その下も見てみな、香草があるはずだ」
牧草を掻き分けた下から出てきたのは、同じ色をした別種類の草。
牧草に隠されるようにして存在していた香草。
「これは……!」
「ああ、その通り。すべて〝ウロギ〟だ」
「ウロギ? 何ですかそれ?」
その言葉にガクッと崩れたエッダさん。
「僕らの世界で言う麻薬みたいなものだよ。使い方は葉巻みたいにして煙を吸うんだって」
「お二人もコレの服用を?」
――麻薬。
時には戦争の原因にすらなり得る危険な物。
こんなものを、お二人も服用しているのでしょうか。
「僕らは使ってないよ。違法ではないんだけど服用してもお金にならないからね」
「そうですか……」
「これは栽培が難しいというのもあって、かなり高価で取引されてるよ」
「それで積荷を強奪しようとしたのですか」
「いや、他にもあるんだけど……うん。忘れてるっぽいし、これ以上は必要ないね」
なんてことは無いという態度でそう答えたタクミ。
ですがその表情には憂いのようなものがあるように見受けられました。
そうこうしていると……朝陽が出てきたのでしょう。
馬車の後ろから僅かに光りが入ってきました。
「私は少し仮眠しようと思うのですが、お二人は?」
「ん? ああ、言い忘れてたな。森を出る手前の場所で一度だけ休憩にするんだよ」
「ほぅ」
「アタシはそこで寝るから寝たけりゃ好きに寝てな。……ああ、タクミも寝とけ」
「エッダが起きてるなら僕も起きてるけど?」
そう言って真っすぐにエッダさんを見つめるタクミ。
女性よりも先には休めない、という事なのでしょうか。
流石は紳士の国出身のタクミ。
……という事は同じ国が出身地の私も紳士という事に?
「いやお前……はぁ。アタシは護衛者としての観点から見て休めって言ってんだ。休憩地点でアタシとタクミが一緒になって眠りこけてたら、いざって時の戦闘に不安が残るだろ? それともアタシが先に寝とこうか?」
呆れたような目をしてタクミを見ているエッダさん。
――いざと言う時の戦闘。
もしや、私が突然暴れ出さないかを警戒されているのでしょうか。
「あ、いや、それじゃあお言葉に甘えて寝させてもらうよ」
「あいよ」
「実を言うと奇跡……というか限界突破のスキルが、かなり体にきてたんだ」
タクミは気を遣ったのか、チラリと私を見た後に奇跡という言葉に言い淀み。
スキルという言い方に言い直しました。
目を合わせないように明後日の方向を見ながら横になろうとするタクミ。
それを見て、エッダさんがニヤリと笑いました。
「馬車は揺れるからな、柔らかい枕が欲しいだろ?」
「ん。確かにその通りだけど、荷物の枕で我慢するよ」
「別に我慢することは無い、アタシの膝を使えばいい」
そう言ってパンパンと自身の膝を叩いたエッダさん。
胡座をかいているので膝枕をするにしては珍しい姿勢です。
「……!? エッダ!? どうしたのさ、頭でも打ったのかい!!?」
「おい、早く横にならないと殺すぞ」
「はい!」
満面の笑みを浮かべて魔力銃を構えたエッダさん。
その言葉に素早く反応したタクミは、エッダさんの膝枕に頭を下ろしました。
「あれ、もっと筋肉質かと思ってたんだけど、なんだかすごく柔らかくて……」
「ほうほう、寝言を言うのにはちぃと早かったなタクミ?」
「あっ……」
「お前に必要なのは子守唄と拳骨どっちだ? 今スグ教えてもらおうか」
「え……じゃあ子――」
「そうかそうか! あれはそう、アタシがぺーぺーだった頃にドジをやっちまって……」
「待った! それ痛い話に繋がったりしないよね?」
「ほぉ、察しが良いな」
「夢に見そうだからやめて! ただでさえオッサンのせいで悪夢を見そうなのに!」
なぜ私のせいで悪夢を見るのでしょうか?
便座カバー頭が傍に居るのが、そんなに嫌なのでしょうか??
タクミの代わりに是非とも膝枕をしてほしいところ。
「うん、黙って眠るから何かあったら起こして」
「もち」
そんないちゃいちゃしたやり取りのあと、タクミはゆっくりと目を閉じました。
「グーギーギーギーギー、ネタマシサデヒトガコロセタラー」
「オッサン、あなたのそれ、本当に人は殺せないんだよね……?」
「グーギーギーギーギー」
「駄目だ、寝よう」
そう言ってタクミは私から顔を背け、エッダさんのお腹側を向いて眠りました。
「……うっ……」
何か言いたげにタクミを見下ろしているエッダさん。
――グーギーギーギーギー。
……ガタゴトと一定の速度で移動を続ける馬車。
余程疲れていたのか、タクミは早々に寝息を立て始めました。
「オッサン、あんたは羨ましいなら自分の精霊にでも頼んだらどうだ?」
「ハッ! その手がありました!」
「アタシなんかとは比べものにならないくらい美女で羨ましいよ」
「いえ、エッダさんもかなりの美人だと思いますよ?」
「アンタに言われても嬉しかねーな」
「ならタクミに言われたら?」
「……さぁな」
「パートナーに対してその気があるのなら、想いは早めに告げた方がいいですよ」
「……ほっとけ」
そっぽを向いたエッダさんを尻目に、私は杖の魔石部分の軽く撫でました。
顔を近づけて小声でシルヴィアさんを呼びだします。
もちろん妖精さんにお願いするという手も考えました。
が、移動している馬車の中で死んでしまうと、どうなるのかが分かりません。
隊を止めるような事態になったら厄介です。
――響く、妖精さんの笑い声。
「……ふんっ。この私を枕にしたいとは、いい度胸だな?」
そう言いながら姿を現したのはシルヴィアさん。
その声は小声で、寝ている人に気の遣えるできたシルヴィアさんです。
「まぁ嫌だというのなら別に……」
「待て、嫌だとは言ってない。こう座ればいいのか?」
ちらりとエッダさんの方を見て、何一つ隠そうとせずに胡坐をかいたシルヴィアさん。
白い下着が丸見えです。
通常であれば胡坐でも問題はありません。
が、シルヴィアさんの場合は色々と問題が出てきます。
問題は大きく分けて二つ。
一つは今シルヴィアさんの触れている場所に氷が広がり始めている点。
その凍て付いている部分が徐々に進行しているのが、とても危険です。
普段は冷気を逃がさぬよう不思議な力で抑えているらしいシルヴィアさん。
が、それも地肌が触れてしまえば話は別だという事でしょう。
植物でさえも凍てかせて命を奪ってしまう超冷気が――効果を発揮します。
「いえ、正座でいきましょう。誤ってソックスの無い場所に触れると私が死にます」
そうです、シルヴィアさんの膝枕で寝返りを打ってしまった場合。
運が悪いと、オーバーニーソックスの無い場所に触れてしまう危険性があります。
その時はそれに気づく間もなく、私は逝ってしまうことでしょう。
「ふんっ、贅沢なご主人様だ。……これでいいのか?」
「はい……――ッ!?」
美しく理想的と言ってもいい程に完成された姿勢の正座をするシルヴィアさん。
しかし、そんなことは些末な問題です。
今、問題とされている点は一つ。
正座によって生みだされた脹脛と太腿のお肉が押し付け合わさって生じた膨らみ。
それこそが正に――ぷにっと感。
男ならば誰しも一度は、ぷにっとしてみたいと思ってしまう抗い難い甘い誘惑。
美少女であるシルヴィアさんのそれは――宇宙であると言っても過言ではありません。
世界の理だと言ってもいいでしょう。
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