『奇跡』三

 おっさん花による――ラッシュ、ラッシュ、ラッシュ!


「踏ん張りどころだ! 【即応射撃!!】」

「ああ! 【バックショット!】」


 飛び交う魔力銃の弾丸。

 さり気なくタクミの発射した一発が私に飛んできます。

 正確に胸部を捉えた散弾が私の胸部に北斗七星を刻み込みました。

 どうしようもありません、これは死にます。


『死にましたー』


 サタンちゃんの天幕であると認識した瞬間、素早く口を塞ぎます。

 対するサタンちゃんは、頬染め上目遣いでスプーンを差し出してきました。

 抵抗できません、一口パクリ。

 美少女からのアーンで、そのお味も多少は……――ッ!? 

 ――ゴッブッッ!!?

 スプーンで差し出された〝赤黒い物体〟は臭みが三倍増しでした。

 景色が掠れて復帰――と同時に吐瀉物。

 私はマーライオンになりながらも攻撃を仕掛けます。

 正真正銘のやけくそ攻撃。

 ――ある程度の交戦からの致命傷。

 そしてサタンちゃんからの、あーん。

 復帰、致命傷。あーん。

 復帰、致命傷。あーん。

 復帰、致命傷。おっさん、駄々っ子のようにイヤイヤをし――復帰!!


「何で晴れやかな顔してやがる! 【ダンスショット!!】」

「そろそろ――ッ! まずい!! 【パワーショット!】」


 不自然に跳ね回る弾丸。

 それに気を取られている間に、私へと打ち込まれる散弾。

 木で跳ねた弾丸が、背後から私の後頭部を襲います。


『死にましたー』


 死んだ先ではスクミズ姿のサタンちゃん。

 口にスプーンの柄の方を咥えての上目遣い。

 これはもう――食べるしかありません。

 パクッ! ッ――ゴッボッ!!

 今まで食べさせられた中で一番臭く、エグ味がありました。

 冒涜的な〝**〟を食したような気持ちにさせられます。

 景色が掠れ、少しずれた地点に復帰。

 今日一番のマーライオンになった私は、ある事に気が付きました。

 そう、何時の間にか消えていた足元の魔方陣。

 しかも、タクミの獲物が通常の魔力銃になっています。

 更にはそのタクミ自身も、もう既に満身創痍といった状態。


「――ふんっ!」


 不機嫌そうなシルヴィアさんが姿を現しました。

 形勢逆転どころか勝利確定というこの状況。

 ……なのに、空気が何かヘンです。

 シルヴィアさんはスキルを放とうと手を振り上げました。


「待ってください」


 が、念のために停止させます。

 目だけで周囲を探っていると、私の生尻がペチペチと叩かれました。

 振り向いてみると、そこに立っていたのは褐色幼女形体の妖精さん。


「……ごめん、抜かれた」


 ――抜かれた?

 どういう意味なのでしょうか。

 性的な意味であれば私は歓喜に打ち震えるのですが……。


「……離れて撃ってたのに、釣られちゃった」


 不機嫌そうな顔で宙に浮いているシルヴィアさんに視線を向けます。

 褐色幼女形体の妖精さんは、クスクスと笑い声を響かせました。

 それと同時に消える、まだ残っていた複数のおっさん花。

 ――つまり、どういう事なのでしょうか?

 周囲を見渡してみると、護衛の殆どが抵抗もせずに拘束されていっています。

 少し離れた場所では、何事かを喚きながら立たされている御者風の男性。


「もう嫌だ! 降伏だ降伏!! これで命だけは助けてくれるんだな!?」


 状況が理解できません。

 視線をエッダさんとタクミの二人に向けてみると――。

 その側には、ミニガンを持った色黒の巨漢が立っていました。


「隙を突いて何とかだったな。ったく、ピッガブの奴ゾンビみてぇにしぶとい男だったぜ」

「ハッ! こっちはヴァンパイア以上にタフな化け物を相手にしてたんだぞ?」

「オイオイ、そいつぁ流石に盛り過ぎじゃあねぇか……?」

「チッ。もう二度と相手にしたくないね!!」

「いやまぁ、確かに召喚物は化け物だったけどよ」

「あん? 見てなかったってェのかよ!」

「俺は中央の馬車に集中してたからな」

「はぁあぁぁぁぁ……まあ、召喚者も化け物だったってぇことだよ」

「へぇ……」

「タクミの限界突破を使っても仕留められなかったワケだしな」

「そりゃヤベェな。ま、俺は取り分の回収に行ってくるぜ」


 そう言いながら馬車の荷台にミニガンを置いて去って行った色黒の巨漢。


「クソッ、結局大赤字だ」

「まぁまぁ、命あっての物種ってことでさ」

「てかよ……四十人近く死んだか?」

「そんなに…………ん?」


 こちらの視線に気が付いたタクミが、エッダさんの肩を借りて近寄ってきます。


「状況が理解出来ないって顔をしてるね。あれ? 何時の間にそんな可愛い子が二人も?」

「タクミ、お前は馬鹿なのか? いいや、馬鹿だ」

「ひどい!?」

「少なくとも片方は情報にあった氷の最高位精霊だ。もう一体は、別の使役精霊か?」

「げっ、つまり色々とギリギリだったって事か」

「ああ、もう少し向こうのクズが根性のある奴だったら、全滅してたのはこっちだ」


 話の内容からして、こちらの負けだということは理解出来ました。

 ……が、依頼書にサインをしてくれた人物が降伏する訳がありません。

 あの方は私と同じで、死ぬまで諦めないタイプの人です。

 私には――そう感じられました。

 依頼書にサインをしてくれた際の発言から考えても……そう。

 この隊のナンバーワンは鞭使いの小太りの男性で間違い無いはず。

 だと言うのに敗北宣言がされているという事は、つまり――。


「私の依頼主さんは、どうなりました……?」

「ピッガブのことか」


 顎で中央の馬車を指し示すエッダさん。

 フード付きローブだけ回収して着たあと、小走りで移動します。

 余程激戦だったのか、どこを見てもどちらかの死体が転がっていました。

 中央の馬車にもたれ掛かっている小太りの男は――ピッガブさん。


「ぁ……」


 一目で理解してしまいました。

 全身穴だらけで血を流しているピッガブさん。

 撃たれてからも、かなり激しく抵抗したのでしょう。

 馬車の周りはピッガブさんの血が飛び散っています。


「今回出張ってきた奴のナンバーワン、〝痛恨〟のピッガブ。外部にある組織員の中では最も戦闘能力が高く、地位としてもかなり上の男だ」


 隣にまでやってきたのはエッダさん。


「あっちで喚き散らしている方は……?」

「知らん。だかまぁ、生き残ってるやつの中では一番目に偉いんだろうよ」

「依頼は、失敗ですか……」

「ま、こういう日もあるって諦めな」

「つまり、ここから先は自由。ピッガブさんの弔い合戦を始めても――いい訳ですね?」

「はぁ……お前以外の全員が死んでもいいのならな」

「――っ」

「四体の化け物を守り重視で動かしてたろ? その御かげでそっちの死傷者は十人以下だ」

「……いいでしょう。ただし拘束はされません」

「うーん、それは少し怖いなぁ」

「他の方を生かして返す保障が無いですからね」

「まぁいい、こっちとしては積荷が回収できればオーケーだ」

「ありがとうございます」

「まっ、そっちの連中が組織に戻って無事に済むかどうかは知らんけどな」


 私は上を見上げ、地面に座り込みました。

 腰を下ろしたすぐ隣には誰かの血だまりが。


「……ふぅ……依頼は失敗。私が居た意味は、ありませんでしたね」

「馬鹿言え、テメェが居なけりャあな、この場で皆殺しにしてやるところだぜ?」


 顔を上げてエッダさんを見てみると、心底不機嫌だ、という顔をしていました。


「もう二度と、アンタが敵に居る依頼は受けないからな?」

「そうですか……」


 こちらを指差して言ってきたエッダさんの表情は本気であるように思えました。

 今もなお空で輝き続けている光の玉に、私は手を伸ばします。

 当然、座っている体勢では手を伸ばしても届きません。

 しばらくすると、その光は徐々に弱くなり……消えてしまいました。

 周囲に残されているのは数個の魔石灯のみ。

 空の光源が消えたことによって、襲撃者側から新たに松明の明かりが生み出されました。

 暗視のポーションにも効果時間の制限があったのでしょう。


「私はどうしましょうかねぇ。今は金欠でお金が必要なのですが……あっ」

「おいこのクソハゲ、なにを閃きやがった……?」

「ここで解散したあと野盗になって、この隊を襲うというのはどうですか?」

「…………おーい! 全員集まれ!!」


 エッダさんの一声で作業していた全員がやってきました。

 先頭の馬車にもたれて座っていたタクミも、ゆっくりと近づいてきています。


「生きて帰りたきゃあ全員今スグ、金貨を一枚出せ」

『『『は?』』』

「〝肉塊〟と戦いたくなけりゃ! 金貨を出せッつってンだよッ!」

「おいおい、そいつぁ何の冗談だ? 今ここで殺せば――」

「ふんっ。【氷結棘アイススパイク】」


 不機嫌なシルヴィアさんが下から上へと手を振り上げながら放った、その言葉。

 この場に居る全員のすぐ隣には氷の棘……というよりかは槍が生えていました。

 何故か捕虜になっている皆さんの隣にも氷の槍が生えています。


「オーケー、冷静に、まずは冷静に話し合おうか。俺は一枚出すぜ」

「俺も出す! 俺だけでも見逃してくれるってんなら二枚出したっていい!!」

「奴らの所持品は全て回収したしな! 結果的にはプラスだぜ!」

「これで安全な道中が約束されるなら……うん」

「精霊様お美しい……」

「ああ、実に踏まれたいな」


 シルヴィアさんの威圧の御かげもあって二十枚ちょっとの金貨が集まりました。

 そんなところで血の臭いに釣られたのか、森の中から何かが飛び出してきます。

 血の臭いに釣られた数匹の青い狼――ワーグ。


「ふんっ!」


 高速移動したシルヴィアさんの美少女キックがワーグに炸裂。

 ――パーン! と音を立てて青い狼が弾け飛びました。

 返り血で全身血濡れになったシルヴィアさん。

 相当なストレスが溜まっているのでしょう。

 逃げ出したワーグも全て、汚い花火として打ち上げられました。


「はーい、では踏まれたいと言った人。前に出てきてくださーい」

「ぃってなぃ……」

「いやだから、前に出て下さい」

「だからぁ、ぃってなぃってぇ……」

「前にどうぞ」

「ぃってなぃってぇ、ぃってるだろぉ……」


 そっと差し出された追加の金貨一枚。


「言っていませんでした。申し訳ありません」

「うわっ、酷い恐喝を見たよ」


 そんなことを言いながら呆れ顔で溜息を吐いたタクミ。

 森の中に響く――妖精さんの笑い声。




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