『奇跡』二

 戦闘中だというのに、何故だか涙が止まりません。


「ただ大切な人と一緒に歩きたい。そんな小さな奇跡さえも叶わないというのなら、そんな小さな奇跡だって……私には起こらないというのなら……! そんな奇跡は世界に――存在してはならないのですッ!」


 誰にも起きない奇跡なら、それは世界の理であり、決めっている定め。

 起こって当然だから起きた出来事。

 だからこそ私は――全世界の奇跡を、否定します。


「貴方の前世の生活がどんなものだったのかは知らない。――でもね、同郷のオッサン。僕は最後まで――諦めないッッ!! 【限界突破!】」


 ぶわりと湧き上がる嫌な感覚。

 せめて視界くらいは完璧にと、私も動きます。


「貴方は確実に死にますよ。何故なら貴方には、死の遣いが憑いている」


 ――赤い一つ目鬼。

 今タクミの全身には、そんな一つ目鬼が憑いて視えています。

 アレが憑いていて死ななかった者は、誰一人としていませんでした。


「抗う事の出来ない――絶対の死をもたらす鬼!! ……漂う闇より生まれし星々よ! 集え、照らせ! 絶望に染まったこの世界の真実を!! 生まれろ! 残酷な月の輝きよ!!」


 漂っていた光源たちが一ヶ所に集い、暗闇を月明かりのように辺りを照らしました。

 ハッキリと見えるようになった遺体の数々。

 暗視のポーションを服用している状態が、どのようになっているのかは知りません。

 が、視覚による不利は一切無くなったと言ってもいいでしょう。


「【具現化せよ! 具現兵装!!】」


 無から作り出されたのは――巨大な黒い銃。

 銃には詳しくありませんが、対物ライフル系の銃でしょう。

 銃口がトンカチの頭みたいになっているのが特徴的な銃です。

 知っている事といえば威力と衝撃が強く、少なくとも腰だめで撃っていい――。

 否、腰だめで構えられる銃ではないはずの銃器です。

 しかしそれをタクミは、軽々と腰だめ構えていました。

 OH! ファンタジー!


「【装填】……【ショット!!】」


 ――ドッゴ――ン!!

 咄嗟におっさん花を間に割り込ませました。

 ――が、宙を舞う私の上半身。

 下を見てみると、バラバラに吹き飛んだ私の下半身がありました。

 盾にしたおっさん花には大きな穴が開いています。


『死にましたー』


 サタンちゃんの天幕の中。

から景色が掠れ、死んだ場所から少しずれた地点に復帰。


「ま、死なないよね」


 真剣な表情で銃を構え、全裸の私を一直線に見てくるタクミ。

 その表情に油断はありません。


「それでも貴方のチートに対抗できるのが分かっただけ、まぁ良しって事にするよ」

「効いていませんよ。私にも、おっさん花にも」

「強がり……じゃなさそうだね」

「ええ」

「まあやってやるさ。貴方が完全に息絶える――その時までッ! 【装填!】」


 二体のおっさん花を襲い掛からせます。


「【即応射撃!】」


 エッダさんの正確な射撃によって弾かれる触手。

 そして何処からともなく聞こえてきた――「【スナイピング!】」という声。

 ――ターン!

 私の頭部が撃ち抜かれました。


『死にましたー』


 また来たのか、と言わんばかりにジト目を向けてくるサタンちゃん。

 からの少しずれた地点に復帰。


「【ショット!!】」


 対物ライフルによってバラバラに吹き飛ぶ私の肉体。

 何故、もう少し離れた場所で生き返ってくれないのでしょうか。


『死にましたー』


 珈琲らしきものを飲んでいるサタンちゃん。からの少し離れた地点への復帰。

 当然だと言わんばかりに、エッダさんとタクミのペアと目が合いました。


「奴が溶けてる最中と黒い滴になって出てくる時、一瞬だけ召喚物の動きが止まる」

「だね」

「その一瞬の隙を突いて召喚物を処理するぞ!」

「あい解った、【装填】」


 いけません、このままでは防戦一方です。

 私は咄嗟におっさん花を操って攻撃を――。


「【バックショット!】」


 エッダさんの魔力銃から放たれた弾丸。

 咄嗟の判断でおっさん花を割り込ませるのですが――残念! 風穴が開いていました!

 風穴を通過して私の胸部を捉えた光の弾丸。

 私は後方へと大きくフッ飛ばされ――。


『死にましたー』


 優雅に珈琲らしきものを飲んでいるサタンちゃん。

 一口どうだ? と言わんばかにカップを差し出してきました。

 それに手を伸ばしたところで――現実に復帰。


「【ショット!!】」


 復帰して早々に見たもの。

 穴開きおっさん花の上半身にある……。

 おっさん花のおっさんの顔部分が吹き飛んでいるところ。

 地面に溶けて消えた、おっさん花。


「【装填】」

「まずは一体! 【バックショット!】」


 今度は穴の開いていないおっさん花を間に割り込ませました。

 仰け反るおっさん花。

 続いて遠くからの――「【スナイピング!】」

 ――ターン!

 そして撃ち抜かれる、私の薄い装甲しかない頭部。


『死にましたー』


 眼前にはコーヒーカップを差し出してきているサタンちゃん。

 私はそれを受け取り、一口飲みます。

 その瞬間に口の中に広がった……臭みのある鉄錆のお味。

 腐った内臓をミキサーにかけて搾りました、と言わんばかりのドロリとした沼の水。

 舌触りは筆舌し難いもので――――ゴッフッ!!

 私はカップを手放し、少し離れた地点への復帰。


「口から血を流してやがる。あの不気味な回避方法、相当無理してるらしいな」

「ほら、不死なんて存在しないって言っただろ?」

「うっせ!」


 ――ゴッ! 私、吐きます。

 吐かせていただきます。


「オボッ! オォロロロロロロロロロロロロロロロロロ――ッッ!!」

「……悪いけどこの力、制限もあるからね。待てないよ、【装填】」

「【即応射撃!】」


 おっさん花を間に割り込ませてガード。

 遠距離からの攻撃も同様に弾きます。

 ――が、その後の追撃がどうしようもありません。


「【ショット!!】」


 穴開きおっさん花。

 比喩では無く、弾ける私の肉体。


『死にましたー』


 地面に落ちているコーヒーカップを拾い上いあげ、睨んでくるサタンちゃん。

 サタンちゃんにとってのこれは、もしかすると……。

 以前に妖精さんが分けてくれようしていた、海鼠のようなものなのかもしれません。

 何故サタンちゃんは頬を膨らませながら、にじり寄ってきているのでしょうか。

 何故その手には、拾ったコーヒーカップが握られているのでしょうか。

 景色が掠れ、元居た地点から少し離れた場所に復帰しました。


「【ショット!】」


 私が復帰したと同時に、おっさん花が倒されてしまいました。

 地面に溶けて消えたおっさん花。


「さぁて二体目だ、他の四体は手元に引き戻さなくていいのかい?」

「……? はて、私はこれで打ち止めだなんて――言った覚えはありませんが?」

「なに?」

「――妖精さん! 力を貸して下さい!!」


 森の中に響く、妖精さんの不気味で、美しい笑い声。

 ――ズルリッ、と二体のおっさん花が地面から這い出しました。


「――なッ!?」

「おいおい、そいつぁちょっと汚いんじゃあないのかね。〝肉塊〟さんよ」

「美人さんからの〝汚い〟は、褒め言葉ですよ」


 お二人には、にちゃっとした笑みを向けて差し上げました。

 おっさん花を操り、攻撃を再開します。


「ボーっとするな! 【即応射撃!】」

「くっ……! 何にしてもやるしかない――ッ! 【装填!】」


 迎撃される殆どの触手。それでも一発!

 という所で遠距離からの――「【スナイピング!】」が入って邪魔をされました。


「【ショット!】」


 今度はおっさん花で防ぎません。

 横っ飛びでの回避――からの弾け飛ぶ肉体。

 私の動きを見たタクミが狙いを正確に修正したのでしょう。

 錐揉み状に飛んで木に叩きつけられた――私の〝胸から上〟。


『死にましたー』


 待っていましたと言わんばかりのサタンちゃん。

 ニタァと狂喜の笑みを浮かべて、コーヒーカップを私の口に捻じ込んできました。

 ……ッ!

 全身が金縛りにあったかのように動きません。何故!!?

 ――あぁあぁぁあああああぁぁあああぁあああああ! ヤメテめろめろサタンめろ!!

 無理矢理捻じ込まれた液体が口の中いっぱいに広がり――ゴッフッ!!

 私は現実復帰と同時に、吐きます。

 私、吐くーるであります!!


「オヴェ! オォロロロロロロロロロロロロロロロロロ――ッッ!!」


 このままでは精神がジリ貧です。

 防御を捨てて攻撃こそ最大の防御スタイルを取るしかありません。

 おっさん花二体を操って全力で攻撃を仕掛けます。

 その内の一本の触手が、タクミに命中……?

 ――否。

 正確にはタクミの体を這いまわっていた一つ目鬼の頭部を、刺し貫きました。

 瞬く間に霧散して消えた一つ目鬼。


「なッ!!?」


 思わず目を剥いて驚いてしまいました。

 父親に憑いていたアイツ剥がそうとした時は、触れることすら出来なかったというのに。

 だというのに――なぜ今更……?

 もしや、おっさん花が?

 それとも、妖精さんが……?

 何にせよ……前世にこそ欲しかった力です。


「ちっ! ピンチになってヤケクソか!? 【即応射撃!】」

「でも効果的だ! 【具現化せよ! 具現兵装!!】」


 霧散して消えたタクミの持っていた対物ライフル。

 その代りにドングリのような形状の銃が出てきました。

 ずんぐりむっくりで強そうに見えないのですが、あれは本当に銃なのでしょうか。


「【バックショット!】」


 ――ズガンッ! ズガンッ! ズガンッ! ズガンッ! ズガンッ! 

 音と弾痕からしてショットガンでしょう。

 連射によって大きく後退したおっさん花。

 触手へのダメージは大きそうですが、対物ライフル程の威力はありません。

 おっさん花は、まだまだ戦えます。


「【スナイピング!】――なッ!? クソッ! 一体来やがった!!」


 ――ターン!

 そんな声と同時に撃ち抜かれた私の頭部。


『死にましたー』


 両手一杯に赤いゼリー状のものを持って満面の笑みを浮かべているサタンちゃん。

 私は逃げ――グチャグチャグチャ! ……ゴッフゥゥッッ!!

 景色が戻り、復帰したと同時に吐きだします。


「オッ……エェエェェエエエエエエエエエエエ――ッ!!」


 私が具の無いもんじゃ焼き製造機になっているのと同時に、中央馬車の方面から――。

 トッ! トッ! トッ! トッ! ……ダラララララララッ!!

 マシンガンのような音が聞こえてまいりました。 

 ――いったい何が。

 と思いながら音の方へと視線を向けようとすると――。


「狙撃手がやられた! タクミ、手を休めるなよ!! 【パワーショット!】」

「分かってる! 【パワーショット!】」


 正確に撃ち抜かれた私の心臓。

 その直後に追い撃ちと言わんばかりの、ショットガンによる連続攻撃。

 過剰攻撃も甚だしいです。


『死にましたー』


 ニパッと笑みを浮かべているサタンちゃん。

 手に持っているのは、どう見ても固形物です。

 ……いけません。ああ、やめてください!!

 口の中に〝赤黒い固形物〟が捻じ込まれました。

 グチュグチュグチュッ……ゴッブゥッ!

 少しずれた地点に復帰し、そしてモンジャ焼き。

 ――もう、余計なことを考えている余裕はありません。

 正真正銘のヤケクソ攻撃。

 口から赤黒い何かを垂らしながらおっさん花を操り、攻撃を再開します。

 回避だとか防御なんてものをしている考える余裕なんてありません。

 次は一体、何を口の中に捻じ込まれるのでしょうか。



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