『奇跡』一

 お互いの隙をカバーするように立ち回っている、エッダさんとタクミの二人組。

 こんな状況だというのに私は、タクミという名前が気になってなりません。

 タクミなどという独特な名前を付けるのが、日本以外にあるでしょうか。

 つまり相手の一人は――同郷の者だという事になってしまいます。


「【即応射撃!】」

「……【装填】」


 タンタンターン! とエッダさんの魔力銃が三連射しました。

 タクミは何やら銃口を光らせています。

 エッダさんの射撃によって触手が弾かれ、一瞬の隙が生まれてしまいました。


「【パワーショット!】」


 タクミの銃口が向けられていた先は――私の頭部。

 が、それは大盾が弾きました。

 的確に動いたお三方の御かげで弾は上方向へと逸らされ、私は無傷です。

 ――ターン!

 近くのおっさん花の視界に、私の頭部が弾け飛んだのが映りました。

 ……えっ?

 一瞬の暗転。


『死にましたー』


 そこは暗闇ではなく、サタンちゃんの天幕の中。

 サタンちゃんに手を振ってみると手を振り返してくれました。

 景色が掠れ、それが晴れるとお三方の後ろに。


「うおっ! 頭が弾けて溶けたから、死んだかと思ったぜ」

「すまん、魔力銃の衝撃でカバーできなかった……」

「というか、なんで生きてんだ? しかも全裸で」


 そそくさとおっさんトライアングルを再形成したお三方。

 ……おっさん方ではありません、お三方です。

 恐らくは二人以外の魔力銃を持っている者が狙撃してきたのでしょう。

 それにしても――寒い。

 今は冬手前の森の中。寒い、寒過ぎます。

 一刻も早く服を着なければ寒さでマイサンが縮みあがってしまう事でしょう。

 おっさん花の操作権が戻ってきたので、視界の共有化を再開します。

 おっさん花をエッダさんとタクミの二人から離し、私の側へと下がらせました。


「確かに頭が吹っ飛んだように見えたんだが……こいつぁ、どんなトリックだ?」

「他は何も持ってないのに杖だけはある。ってことは、あの杖に仕掛けがあるのかな」

「可能性は高い。もう一つ気になるのは奴が溶けた直後、召喚物の動きが良くなった」

「というと……?」

「基本的に召喚物ってのは、召喚者との魔力的な繋がりが切れると消えるんだ」

「普通に残ってたけど?」

「コイツ等は術者が消えると、残って暴走するタイプである可能性が高い」

「えぇ……」


 私が死んでいる間に敵のお二人が負傷していました。

 が、ウエストポーチから取り出された治癒のポーションで回復されてしまいます。

 やはり妖精さんの方が、おっさん花の操作が上手いのかもしれません。

 褐色幼女形体の妖精さんは現在、馬車の中で待機中。

 馬車の後ろから頭だけを出して私を見ています。


「さて、相談事は終わりましたか?」

「待ってくれてたってのかい? ついでに回復の時間もくれて、ありがとさん」

「レディーにハンデを差し上げるのは紳士として当然の務めですからね」

「全裸で言われると説得力が違うなァ! 紳士の国出身のタクミから何か一言ねぇのかよ!」

「……うん、変態紳士ってやつだね……」


 好きで全裸になっているワケではないのですが、否定できる材料がありません。


「まァ何だっていい。てめェが全裸の赤ん坊だろうと、アタシらはてめェにおしゃぶりを突っ込んで眠らせてやるだけだ。ついでにミルクも付けてやろう。おねむの時間だぜ、ヴェイヴィィィィイイイイイ!!」


 発射される魔力銃の弾丸。それを的確に弾いた三人の盾。

 口調だけでも強者感を出して注意を引き付けましょう。


「それでは、そろそろ本気を出すとしましょうか。スケさん、カクさん、サンカクさん」

「「「俺達の事か!?」」」


 驚いたような顔をしたお三方の盾と盾がぶつかり合い、ガチャリと鳴らしました。


「さて、この状況。時間稼ぎが有利に働くのは――果たしてどちらだと思います?」

「タクミ、こっちは何人やられた?」

「不明。ただ僕の直感から言わせてもらうと、二十人前後は戦闘不能だと思う」

「チッ、持ってきたブツもこの召喚物には効かねぇだろうな」

「魔石の無駄だね」

「ただまぁ、温存する意味も無いか。――エギット! 隙を見て使え! ここ以外にな!!」

「僕も温存しないで使ってもいいかい? 一日一回限りの、奇跡を」

「ああ、援護は任せろ」


 何とも言い難い、嫌な流れになってきました。

 例えるのならば主人公がピンチになってしまい……。

 温存していた強力な技を繰り出して難敵を打ち倒すような、そんな流れ。

 この流れでは、私が悪役という事になってしまいます。

 ――ならば――。


「スケさん、カクさん、サンカクさん。盾を捨てて他の人の援護に行ってください」

「だが……」

「向こうも本気で来るぞ?」

「解ってるのか? あんたの死亡が、こっち全体の負けに繋がるってことを」

「安心してください。あのお二人に教えて差し上げますよ」


 ――奇跡。

 それも一日一回も使える奇跡?

 そんなバカな話、あっていいワケがありません。


「奇跡というものは決して起こらないからこそ、奇跡と言われているのだという事をッ!」


 ――最後まで、悪役を突き通してやりましょう。

 顔を見合わせ、頷きながら散っていくお三方。

 私は合計で七人の首を引っこ抜いた遠くのおっさん花を引き戻します

 そして視界の共有化を切りました。

 実眼のみでも宙に漂っている光源の御かげで戦闘に支障はありません。

 近くのおっさん花の視界共有も切りました。


「奇跡は起きるよ、僕が起こしてみせる」

「奇跡なんて起きませんよ、私が起こさせませんから」


 私も昔は、奇跡というものを信じていました。



 ◇



 ――――奇跡――――。


 ――大丈夫、必ず成功する。信じていれば、きっと奇跡は起こるんだ。


 白い床、白い壁、白い天井。

 社会人になった青年時代の私が……。

 ベッドの上で横になっている女の子に、そう告げました。


 ――怖いよ……**君。

 ――大丈夫! なんなら勇者志願者の俺が奇跡を起こすさ!

 ――昔から変わらないね、**君の勇者ずき。


 ベッドの上でそっと微笑む女の子。


 ――でも、**君が言うなら……信じてみようかな、奇跡。


 閉じる白い扉。

 点る赤い光。

 赤い光が消えたと同時に出てきた、白衣の男。

 白衣の男から出てきた言葉は――。




 ――謝罪の言葉――。


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