『夜襲』三

「す、すげぇ」


 おっさん花の戦闘を見ていた誰かの呟き声。

 その声を尻目に、最初に薙ぎ払った二人を探します。

 おっさん花の視界で周囲を見渡すと簡単に発見できました。


「よくも仲間を――ッ! ゴッ……」

「ありえねぇ! ありえねぇ、ありえねぇ!! ――ブッ……」


 頭から胴体をゼリーでも貫くように容易く貫通した触手。

 遠くのおっさん花も森の中で大人版鬼ごっこの真っ最中です。

 さて……近くのおっさん花は、やることが無くなってしまいました。


「私の周囲に敵は?」

「狙撃してきた奴を除けば居なさそうだ!」

「中央の援護に行くか!?」

「待て、誰か来るぞ!!」


 森の中に響き渡る誰かと誰かの悲鳴と怒声。

 そんな中だというのに、やけにはっきりと女性の声が聞こえてきました。


「流石はネームド、とでも褒めておこうか」

「――っ」


 女性の襲撃者。

 現実に襲撃者の全員が悪人の男性だなんて都合の良い事あるワケありません。

 が、厳しいです。

 私は女性が相手でも、本当に相手を殺せるのでしょうか……?


「テメェを中央の馬車に行かせるワケにゃいかないんでね、足止めさせてもらうよ」

「はぁ、結局こうなるのか。数で押し切れる簡単な仕事だって話だったんだけどなぁ」

「確かにそう聞いたな」

「エッダ、その話はどこへすッ飛んでいったんだい?」

「知るか。大方カワイ子ちゃんでも見つけてナンパにでも行ったんだろうよ」


 おっさん花の赤い視界で声の主の方を見てみます。

 そこに立っていたのは、かなり動きやすそうな格好をしている二人組。

 女性の方は腕、腹、足とかなり露出が激しい格好をしていました。

 一応は一撃で致命傷となりうる場所はしっかりと守っているようです。


「襲撃指示を出した野盗の頭ですね? 今すぐ引くのなら見逃しますよ」

「野盗の頭ァ? 何寝ぼけたこと……ははぁ、さては何も知らないで依頼を受けたな?」

「……?」

「お前からは甘ちゃんの残り香みたいなのを感じやがる、タクミみたいにな」


 ――甘ちゃんの残り香?

 甘い香りでもしているのでしょうか。


「大方、依頼報酬の高さに釣られて受けた口だろ」

「否定はしません」

「そうかそうか、じゃあ聞け。話を聞いたら寝返りたくなるかもしれないからな」


 時間稼ぎの可能性もありますが、ここはエッダさんの時間稼ぎに乗るとしましょう。

 近場のおっさん花の動きを停止させ、遠くのおっさん花もその場で待機させます。


「聞いては駄目だ!」

「オッサン! 早くソイツを殺せ!!」

「裏切るつもりなのか!!?」

「うるせェッ! 雑魚は黙ってろ!!」


 エッダさんの怒声に黙らせられたお三方。

 お三方の片手は大盾から外れていて、その手は腰の剣に手を伸ばしています。

 それをおっさん花の赤い視界で捉える事が出来ました。


「よしよし、いい子ちゃんだ。そっちの目的は〝無限肉屋エターナルプッチャー〟を街の中で放ち、混乱を起こした隙に何かしでかすというもの。合ってるな?」


 エッダさんの問い掛けに黙っているお三方。

 否定等をしないという事は事実なのでしょう。


「その、えたーなるなんちゃら、というのは何ですか?」

「簡単に言えば無差別殺人鬼。境遇には同情しないこともないが、殺し過ぎたな」

「……殺人鬼」

「そいつが町の中で放たれれば戦闘能力の無い一般人は相当な数が殺されるだろうよ」


 まさか、この輸送隊の目的は殺人鬼の護送……?

 今回の依頼が超高額であった理由は、そこにあったということですか。


「どうだ、寝返りたくなったか?」

「いえ、まだそちらの目的を聞いていません」

「アタシ等か? アタシらの目的はは積荷の全てと〝無限肉屋エターナルプッチャー〟を依頼主に引き渡す事」

「悪用しない、とは限らないワケですね」

「必ず悪用する奴等よりはマシだろ?」

「そうですか……」

「で、どうする?」


 一度おどけて見せたエッダさん。

 隣に立っている男性は武器を……魔力銃を構えました。


「そうですね。……私はいつも、期待には応える男でした」



 ◇



 ――――あの時も――――。



 あれはスポーツマンであった少年おっさん時代。

 あの時の私は声援の中を、ただひたすらに走り続けていました。

 出てきた汗が塩となり、アスファルトが陽炎を作り出す真夏の太陽の下。

 皆の期待に応えるべく、必死に走っていたのです。

 ――男子中学陸上長距離の部。

 私は入学した一年生の頃から、部内で一番足が速くて、持久力もありました。

 ――がんばれ! ――まだ行けるぞ!

 ――追いつけ! ――○○君頑張って!!

 ――気合い入れて走れ○○!!

 自分勝手な声援が飛び交う中、ただひたすらに風をきって走り続けていました。

 走っている最中の視界は狭く、進む先の道しか見えていません。

 耳に入ってくるものは自身の息遣いと風の音のみ。

 実際走っている人間からすれば有象無象の声援も身内の声援も――。

 全くと言っていい程に耳へと入ってこなかったのです。

 胸に抱えて励みになるものは、走り出す前に掛けられた仲間達の言葉のみ。

 走っている最中は結局のところ、孤独な自分自身との戦いでした。

 ――お前には期待してるぞ!

 ――○○君。えっと、頑張ってね!

 走りを教えてくれた先生の言葉。

 そして可愛い仲間の女の子からの、有象無象とは違う応援の言葉。

 そして何より襷をレーン上で渡してくる仲間の「後は任せた……!」という強い言葉。

 少年時代の私はその期待に応え続け……。

 一度たりとも、大会でタイムを落とした事がありませんでした。

 逆にそのタイムは常に上げり続け――。

 気が付けば県の代表として、駅伝に出る程になっていたのです。

 しかし私はその時初めて――大会で自己ベスト以下の記録を、叩きだしました。



 ◇



「おい、長考すンなら、あっちの四体を止めてからにしろ」


 ハッとなって辺りを見渡してみると状況は変わらず。

 ただし、死傷者の数だけは増えていました。


「まぁあれです。期待に応えたい相手が居ないと、ベストは出せないという話ですね」

「えぇ、なんだこのおっさん……」

「よしわかった、撃ってもいいな? いいんだよな??」


 呆れ顔の男に、青筋を浮かべて私に狙いを定めたエッダさん。


「私はですね。相手が裏切るか敵になった場合を除けば、裏切りません。それが金銭という名の利害関係であり、その上で多少なりとも楽しく話した相手であれば尚の事」


 話を聞いている二人の表情が、かなーり険しくなってきました。


「ええ、例えそれが凶悪犯を運ぶという悪事であったとしても――」

「撃て!!」


 ――ターン! ――ターン!

 放たれた光の弾丸は、腰の剣から手を離したお三方が防いでくれました。

 他の方への援護がてら、ハッタリをかまして注目を集めるとしましょう。


「幾千燦々たる悠久の星々よ」


 星明かりどころか月の光さえも届かない森の中に、ゆっくりと浮かび上がった無数の光。

 妖精さんにしたお願いが、まだ生きていたのでしょう。

 ただこれは演出だけの何の効果も無い光の点。

 しかし少年時代にこのような事ができていれば、ヒーローになれたに違いありません。


「我こそが星々を総べる凶星なり。……我こそが、星々を食らう最悪なり」

「くそっ! 何だってンだこれは!!? タクミ! 光には触れるなよ!」

「わかってる!」


 何の効果も無い光の点を恐れ、お二人が避けています。

 こうなって、ようやく肉眼で二人の姿を捉える事ができました。


「――!?」


 二人の姿とは別に、っ……見たくないものが視えてしまいました。


「どうして、どうしてオマエが……どうして今になって……!」

「どうしたオッサン!!?」

「顔見知りだったのか!?」


 それは視えなくなったと思っていた――〝赤い一つ目鬼〟。

 男の全身を自由に這い回っている鬼の姿は、私の記憶にある通りの一つ目鬼。

 全身の皮を剥がされたような外見をしている、恐ろしい、赤いアイツ。

 あの鬼は死因となる位置に張り付いているものです。

 ですが全身を這い回っている姿は――初めて見ました。

 なぜ、今まで死んだ人たちには、アイツが憑いて居なかったのでしょうか。

 ――なぜ、この場にいる彼だけに鬼が憑いているのでしょうか??


「クソッ、戦えるのかよ!!」

「ええ、ちゃんと戦えますよ」


 その声で戦闘中だという事を思い出し、ハッとなりました。

 停止させていた遠くのおっさん花と近くのおっさん花を動かして、攻撃を再開します。


「回れ、周れ、我の周りを。……踊れ、煌めけ、我に食われぬように……!」


 静止していた無数の光の点が私を中心にして、まるで衛星のように動き始めました。

 光の点だった光源は輝きを増し、今では光源として頼りにできる程になっています。


「侵食せよ! 寄生種!!」


 これまで温存していた寄生種を、おっさん花が適当な相手へと植えつけました。

 光の点で動揺していたのか、遠くで寄生種を植え付ける事に成功。

 妖精さん操るおっさん花も寄生種を使用したらしく、芽吹く――触手の花。

 耳に届いたのは、遠くから上がった悲鳴。


「注意しろ、攻撃を受けた奴が操られたぞ! 触手を生やした奴は敵だ!!」

「クソッ! 操られた奴に二人もやられた!!」


 そこらかしこから混乱しているような声が聞こえてきます。

 その一方で近くにいるおっさん花の情けないこと。

 エッダさんと魔力銃を持っている男――タクミの華麗な連携ときたら、ええ。

 触手は正確に撃ち落とされ、お二人の銃で見事に触手が捌かれています。

 鬼が視えるにせよ視えないにせよ。

 ここで死んで頂くのに――変わりはありません。


「さあ、皆さん踊りなさい! 私よりも――ダンスは上手!!」


 適当にイキってみましたが、誰一人としてこちらを見ていせん。

 近くのおっさん花の攻撃が当たらないのは私の腕が悪いせいなのでしょうか。


「寄生のスキルか!? くそっ、情報が無い!」

「何にしても、あの触手の攻撃は食らえないね!」


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