『パンドラの箱』二

 私はそっと右手を伸ばしかけ……左手でそれを止めました。

 脳内会議の勃発です。


 ――何をするつもりか、右手大臣!!

 ――放せ左手大臣! 私はこのぷにっと感に触れて包まれるための右手なのだ!

 ――しかし! 美少女の好意に対して穢れた欲望を発散するのは間違っていますぞ!

 ――煩い! どうせこやつも人肌欲を満たしたいだけの変態だ!!

 ――……確かに。


 左手大臣が右手大臣から手を放しました。


「どうした、早く寝たらどうだ?」


 不思議そうな顔をして首を傾げるという犯罪級の動作をするシルヴィアさん。

 シルヴィアさん、それは犯罪です。

 シルヴィアさんは間違いなく犯罪者です。


「い、いま横になります」


 私は、ぷにっと感を堪能することなく横になる為の姿勢を取りました。


 ――ひよったか右手大臣!!

 ――黙れ左手大臣! お前にこのぷにっと感を救えるか!!

 ――何ィ!!?

 ――この一寸の疑いもない美しい瞳を見て行動に移すだけの根性が、お前にあるのか!?

 ――ぐっ……ではまたの機会に、このぷにっと感を。

 ――ああ、勿論だとも同志左手大臣。


 私はシルヴィアさんの膝枕へと頭を下ろしました。

 ふにっと頭を受け入れて下さる、シルヴィアさんの膝枕。

 柔らかくてひんやりとしていて優しいオーバーニーソックスの上品な肌触り。

 本当に完成されているシルヴィアさんの太腿。

 正しく極上の枕と言っても過言ではないシルヴィアさんの膝枕。

 しかし、それは今の季節以外でのみ言えること。

 今は冬近くの秋くらいの気候です。

 なので、この膝枕は美少女の柔らか太腿であるという点でプラスマイナスして……。

 ええ、やっぱり少しプラスです。


「どうだ、嬉しいか?」

「嬉しいです」


 しかしこれでタクミと同格になることができました。

 世界を呪わなくてもよくなりそうです。

 突然黒い光と共に褐色幼女形体になった妖精さん。

 私を指差して口を開きました。


「……一人でオナニー、かわいそう、ちんぽこかわいそう……」

「妖精さん、なんで今それを言ったのですか?」

「……何となく……」

「そうですか」


 妖精さんは言いたいことは言ったとばかりに小さな妖精さんの姿に戻りました。

 横目で笑いを堪えているエッダさんを見た後、私も夢の世界へと旅立ちます。



 ◇



 ……。

 …………。

 ………………。

 むにゃむにゃ……。


 ――**ちゃん、歯はしっかりと磨いて綺麗にしなきゃだめよ。

 ――わかったー。


 そんな事を言いながら適当に歯を磨くショタおっさん。

 幸せな夢です。

 もっと……もっとこの幸せな夢を見ていたい。


 ――まったく、ちゃんと磨いてあげるから横になりなさい。

 ――えー、ちゃんと磨いてるってー。

 ――いいから横になりなさい。

 ――はーい。


 渋々と誰かの膝枕に頭を下ろして静かに歯を磨かれるショタおっさん。

 シャコシャコと丁寧に磨かれていく子供の歯。

 一体ショタっ子時代の私は、いつまで歯を磨いてもらっていたのでしょうか。

 本当に遠くて霧がかっているようにしか思い出せない記憶。

 これは……現実なのでしょうか?

 現実であれば、たまらなく幸せな現実です


 ――――――っ……――――ッッ!!

 嫌だ、終わらないで……!!

 まだ、まだ今の夢を…………!!!

 この夢は――嫌だッッ!!!


 突然場面が切り替わり、白い壁、白い床、白い天井。

 ――白いベッド。

 そこに横たわって白い布を被せられている女性。

 泣きじゃくる誰か。

 ――嫌だ、もう見たくない。

 誰か助けてよ……。

 神様……奇跡、起こしてよ……。

 白い部屋で泣きじゃくり祈り続けたショタっ子時代の私。

 その祈りが神様に届く事は――ありませんでした。




 なんで。

 なんでどうして。




 ――僕には奇跡が起きなかったんだ?


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