『記録』三

 しばらく時間が経過して現場が落ち着きを取り戻した頃。

 ようやく扉が開きました。

 マキロンさんは背中にライフルを背負っていて、腰にも拳銃を装備しています。

 ライフルの方は見た目が似ているので魔力銃でしょう。


「待たせたな」

「システムオールグリーン。管理者トノ連絡ハ完全ニ遮断サレテイマス」

「俺達はこれから、ノアの管理者であるα系統改造型の任を解きに行く」

「マキロンさん……?」


 何かを悟りきったような瞳の中に、覚悟と決意の色が濃く見えます。

 ――任を解きにいく?

 一体、なにをするつもりなのでしょうか。


「話していなかったが、俺の寿命はもうそう長くない。技術の発展した未来に全てを託し、コールドスリープに就いていたのだが……ケホッ。もうその可能性は無いだろう。……ああ、お前とυにだけ話したい事がある。中に入れ」


 私は指示されるがまま室内へと入り、適当な椅子に腰掛けました。

 ロッカーは開きっぱなしになっていましたが、中身は空っぽです


「どうやらα改造型は現在……ゲホッ。現在、暴走状態にあるらしい。元々は俺達が鹵獲したαだが、本当に長い事頑張ってくれた。愛着の一つも湧くというものだ」


 話を聞く限り、αというのはシルヴィアさんに近い存在なのでしょう。

 少なくとも外見は完全にヒトのシルヴィアさん。

 愛着どころか、下手をすれば愛情が湧いても仕方が無いでしょう。


「もちろん万能型……いや、パンちゃんにも愛着が湧いている」

「マスター、固体名称ノ変更ヲ要請シマス」

「真面目な話だ。少し黙っていろ、パンちゃん」

「イエス、マイマスター……」


 非常に雰囲気のある登場と台詞だったマキロンさん。

 しかしマキロンさんのネーミングセンスが致命的過ぎて感傷に浸れません。

 許すまじパンちゃん。


「αの個体名称は『ホープ』。長年の演算酷使で心が耐えられなくなったのだろう」

「くくっ、傑作だ。演算特化のαが演算のせいで暴走? それに心だと?」

「ああ、心だ」

「ふんっ。やはりニンゲンは笑えるな」

「何だっていい。俺はαの拘束と制限を解除し、そこで朽ち果てるつもりでいる」


 ――朽ち果てるつもりでいる?

 任を解き解放するだけなのではなかったのでしょうか。


「長年の恨みを晴らす為に、その場で殺されるのだって覚悟の上だ」


 ――ッ。

 マキロンさんは確か、鹵獲という言葉を使っていました。

 もし万が一、ホープさんがその時の事を恨んでいたとすれば……。


「ふんっ。それで用意できた武器が余剰次元魔力ポータルライフルに爆縮ピストルだと? 旧型とはいえ暴走状態のαをあまり舐めるなよ、ニンゲン。その程度の装備で制圧できる程、私達はやわじゃない。しかも破壊ではなく解放作業をするだと? くくっ……くはははは!!」


 ――余剰次元……へっ? 爆縮……えっ?

 もう本当に二人の会話に付いていけません。


「理解している。だからこそ、ここで相談がある」

「ふんっ。言ってみろ」


 完全に二人の世界。

 私は空気にでもなっていましょう。


「もしも万が一、彼女が俺を許したのなら。残った俺の命を好きに使ってくれて構わない。もし言葉通りに世界が大きく衰退しているのなら、俺の技術と知識は現状世界一だと言えるだろう。だから力を貸してくれ」


 マキロンさんの言葉に腕を組み、考え込んでいるシルヴィアさん。


「……なるほど。悪くない条件だとは思うが、ご主人様はどうする?」


 何一つ理解する事ができませんでした。

 余剰次元ポポノタンとは、一体の事なのでしょうか。

 じっくりと私が考え込んでいると……。

 マキロンさんはパンちゃんの腹部に、マジック? で大きな文字を書き始めました。

 読めなくとも、何と書かれたかは理解出来ます。

 アレは『パンちゃん』と書いているに違いありません。

 万能型さんが物凄く嫌そうな顔をしているので、止めてあげて下さい。

 今までの話しを整理して考えてみると――。

 最奥で暴走しているホープさんを鎮めたら、マキロンさんが仲間になる。

 その後は何かと知識を貸してくれるという事なのでしょう。

 ここは人情的にも、あまり断りたくは無い場面。


「その依頼、受けましょう」


 キリッと決め顔です。


「υの力を借りられるのはありがたい」

「ふんっ」

「この武装は身内が残してくれた物らしいが、相手がα改造型では分が悪すぎる」

「身内が、ですか……」


 マキロンさんは遺跡内の現状を知っているのでしょうか。

 ――否。今まで眠っていた者が知っているワケがありませんでした。


「ああ。演算処理で無効化されるのが関の山だ」

「ちなみにその相手には、シルヴィアさん並みの戦闘能力があるのですか?」

「ふんっ。相性はあまり良くないが、私の方が強いに決まっている」


 自身満々といった様子でふんぞり返っているシルヴィアさん。

 相変わらず太腿が白くてお美しいです。

 一度でいいので、私の手を挟んで頂きたい。

 ――いえ、凍って無くなるのがオチなので、やっぱりやめておきましょう。


「よし、では早速出発するぞ。υ、付いてこい」

「シルヴィアと呼べ、ニンゲン。私はお前の所有物ではないのだぞ?」

「ああ、了解したシルヴィア。ったく……心、しっかり持っているじゃないか……」

「ちょ、ちょっとお待ちを!」

「ん?」

「マキロンさんは、シルヴィアさんだけを連れて行くつもりなのですか!?」

「そうだ。オッサンの魔力防御衣では、この先幾つ命があっても足りないだろう」

「――っ」

「連れの連中も一人を除けば足手まといになる」

「……では、先程の話は無かった事にして下さい」

「なに?」


 意外そうな顔をしたマキロンさん。

 今の答えは、そんなに変な事だったのでしょうか?


「最低でも私を連れて行くことが条件です。シルヴィアさんが強いのは理解していますが、同じクラスの相手と戦うとなれば、どうなってしまうか判りません。そんな危険な場所に仲間を一人では行かせられません」


 仲間だと思っているのは、こちら側だけかもしれません。

 シルヴィアさんからすれば、私はタダのハグ相手なのかもしれません。

 ですが、それでも。一人では行かせたくないのです。


「行けばお前は、確実に死ぬのだぞ……?」

「存じています。では、どれだけの命があれば同行してもよくなるのでしょうか?」

「……? いや、まぁいい。その装備でどこまで行けるかは心配だが、勝手にしろ」

「ありがとうございます。では他のメンバーとも相談してきますね」


 部屋の扉を開けると――〝猟犬群〟の全員が聞き耳を立てていました。

 扉の前で一塊になっていたらしく扉を開けた瞬間に崩れ落ちます。

 まぁ気になるのも仕方がないでしょう。


「聞こえていましたか?」

「んーん、なんにも聞こえなかった……」

「すごい防音性能しているのね、この扉」


 私は部屋の中に皆を入れて、この先どうするかを問いかけました。

 勿論この先がかなり危険であるという事を伝えた上で、返答を待ちます。


「んー。最後まで一緒に行きたいんだけど、おれたちじゃ足手まといになりそうだよね」

「ボクも力だけなら自信があるんだけど。厳しそうだなぁ」

「それじゃあ余裕をもって行けるところまで同行して、物がいっぱいなったら帰る?」

「ん、それが一番良いかもしれないわねっ!」

「あっ、ナターリアちゃんだけなら実力的にも問題ないんだよね?」

「そう聞きましたね」

「そっか。じゃあナターリアちゃん。オッサンについて行ってあげて」

「えっ、私だけいいのかしら?」

「うん。それでほんの少しでもオッサンが楽になるのなら、おれは我慢する」

「うふふふ。トゥルーは将来、良い男になるわね!」


 トゥルー君はもう既に、かなりいい男の娘です。

 恐らく普通の男の子として振舞えば、かなりのイケメンモテ男になるでしょう。


「話は纏まったようだな。準備が整ったらたら出発だ」

「わかりました」

「俺は少し、このフロアを見て回ってくる」


 そう言って、パンちゃん一体を連れて歩いていったマキロンさん。

 その二人を見送ってから、次の場所へと通路の前で待機します。

 マキロンさんは二十分程すると帰ってきましたが、どうも顔色が良くありません。

 転がっている遺体の中に知り合いでも居たのでしょうか……。


「すまない、待たせたな」

「大丈夫ですか?」

「ああ、想像の数倍はマシな状態だ」


 マシな状態だと言ったマキロンさんの顔は青ざめています。


「なんせ、生物兵器共が乗り込んできた訳じゃないんだからな……ケホッ……」


 何でもないという風に言ったマキロンさん。

 ですがその顔は、目覚めた時よりも数段やつれているように見えました。

 彼の寿命が一分一秒でも長く続く事を望みます。


「マスター……」

「大丈夫だ、運が良ければ一月は死なない」


 マキロンさんはそう言いながら通路へと足を踏み入れました。

 少し進んだ先の扉にマキロンさんがカードキーを押し当てて開くと――。

 そこには更なる通路。

 完全な一本道です。

 三十メートル程進んだ先には、また扉がありました。

 ここには血痕が一つも付いていなくて綺麗な一本道になっています。

 ――ですが、もう本当に嫌な予感がしてたまりません。


「パンちゃん、ここは通れるのか?」

「グランドマスターハ、ココヲ通ッテ奥ニ行ッタ筈デス」

「その時のαの状態は?」

「オールグリーンデシタ」

「今は?」

「暴走シテイマス」

「トラップに干渉するにはどうすればいい?」

「中カラ起動後ニ解除。モシクハ向コウノ部屋ニアル、コンソールカラ干渉シテ下サイ」

「…………」


 完全に黙ってしまったマキロンさん。やはり危険があるのでしょうか。

 となれば、死んでも生き返る私が先行するべきでしょう。

 私はフード付きローブを脱ぎ、荷物を地面に置いてから前へと踏み出します。


「あっ、おいッ!」


 マキロンさんの静止を呼び掛ける声を振り切って通路へと侵入したその時。

 ――ガシャン、と入り口が閉まりました。

 B級ホラー映画であれば、この先の展開は――。


『侵入者を検知。侵入者を検知。所属不明のニンゲンと推定タイプυ系統、排除モードへと移行します。大人しく死にやがれ下さい』


 案の定と言うべきか、どこからともなく機械音声が聞こえてきました。

 それにしても――タイプυ系統……?


「……ふんっ」


 恐る恐る背後を見てみると、そこに浮いていたのはシルヴィアさん。

 私が心配で中に入ってきて下さったのでしょうか。


『魔導圧縮電磁パルス砲スタンバイ。対衝撃フィールド、展開完了』


 前方の扉周りから現れたのは無数の銃口。

 なにやらバチバチと、プラズマを蓄電しているご様子。


「むっ、この攻撃なら対抗演算に集中出来るな」

「シルヴィアさん?」

「ご主人様。罠を解除するまでの間は自力で避けろ【魔力浸透ハッキング】」

「へっ?」


 シルヴィアさんの方から、カシャカシャカシャと機械的な音が聞こえてきました。

 それとほぼ同時――。


『スリー、トゥー、ワン――ビュッビュッ! ビュー!』


 妙な擬音と共に放たれたのは青い光の固まり。

 面となって押し寄せてくるそれに逃げ場などありません。

 ――まぁ、当然でしょう。

 侵入者を殺すための装置に逃げ道があるハズがないのです。

 私は白い光に飲み込まれ――全身をプラズマに焼かれました。

 地面でガクガクと震えていますが、まだ生きています。

 マイ杖が遠くに落ちているのが見えました。

 手を伸ばし近づこうと考えたのですが、体がいう事を聞きません。

 歯がガチガチと煩く鳴り響き、自身の歯が砕けているのが分かりました。

 意思とは関係なくバタバタ動く手足は別の生き物のようで、起き上がれません。


「あががががががが――あヴぁヴぁヴぁヴぁ……じゃべごじゃばばバババババ――」


 何も話すつもりはないというのに口が勝手に動き、奇妙な言葉を発し続けます。

 全身が熱くなっていて、痺れていました。

 私は無様にも涎を撒き散らしながら、地面で踊り狂います。

 もしかしたら……漏らしているやもしれません。


『出力不足を確認。節電モードを解除。タイプυ系統は無傷であると確認。攻撃タイプを余剰次元ポータルガンに変更し、再度攻撃を試みます。排除成功確率0.000025%。分子レベルに分解されて運悪く死にやがれ下さい、おにぃーちゃん♪』


 ――α改造型、固体名称『ホープ』。

 一体どんな性格をしているのでしょうか。

 涎を撒き散らしながら顔を上げてみれば……。

 何やら、赤黒い光が蓄積されていっているのが見えました。

 アレは――やばいヤツです。


『スリィー、トゥー、ワン――ドッピュー!』


 いやらしい擬音と共に発射されたのは赤黒い面になって迫りくる光。

 嫌です。あんな汚い擬音で発射された攻撃で、死にたくはありません。


「――ジゅウげゲゲ――ごヴァばばばバババババ――」


 必死に足掻くのですが、地面に手を着いた瞬間にその手が躍り出すのです。

 シルヴィアさんは私に、どうやって避けろと言うのでしょうか……?

 私は抵抗空しく赤黒い光に飲み込まれました。

 崩れていく世界。私は分子レベルに分解され――。


『死にましたー』


 暗闇が晴れると、シルヴィアさんの背後に立っていました。

 何故、外じゃないのでしょうか。

 現在か私が立っている場所はデッドゾーン。

 今ならシルヴィアさんとだって喜んでハグをします。

 ――だから助けて下さい、シルヴィアさん……!!



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