『記録』二
部屋を出てから左側の通路を進む事しばらく。
突き当りの扉には例の魔導アンドロイドが横たわっていました。
全身にヒビが入っている魔導アンドロイド。
右腕に握られている剣は、柄から少しの所で無くなっています。
白い胴体部分に、ピンクの腕や足。
拳や足の先も白色です。
そのままでは扉を開けないので動かそうと近づいたその時――。
「……停止ヲ、シテ下サイ」
「――ッ」
魔導アンドロイドが声を上げました。
機械的な瞳に光が宿り、扉を背にして座っているまま剣を構えています。
よく見てみれば足の関節が大破していました。
「敵対勢力タイプυ系統ヲ確認。プラス、アンノウン。臨戦態勢へト移行シマス。――管理者へノ報告……失敗。警報ノ発令……失敗。救援ノ要請……失敗」
剣の柄部分からはビームのような剣身が伸び、ヴヴヴヴという音を放っています。
あの剣は折れていたのではなく、ああいった仕様だったのでしょう。
「ふんっ。高周波エネルギーソードか。そんなものが私に効くとでも?」
「…………」
「道を開けろスクラップ。……いや、ある意味では私もスクラップか」
一瞬だけ寂しそうな目をしたシルヴィアさん。
――シルヴィアさんは、スクラップなんかじゃありません。
とすぐさま言えたら良かったのですが、驚いていて口が動きませんでした。
「言い方を変えよう。道を開けろ、万能型魔導アンドロイド」
「排除成功確率0.000000001%。推定、傍ラニυ系統ノ管理者ヲ発見。交渉ヲ求ム」
「私の事ですか? シルヴィアさん、少し下がって下さい」
「……ふんっ」
不承不承といった感じですが素直に下がってくれたシルヴィアさん。
さり気なく皆をカバーできる位置に陣取っているナターリアは、すごく良い子です。
「私達の目的は金目の物を回収する事。部屋の中を漁らせてください」
取り繕って綺麗事を言う意味などありません。
正直に話した上で納得して頂くか諦めるか……いえ。
破壊は嫌なので、その二択です。
「現在部屋内ノ休眠ポットガ使用中デス」
「休眠ポット……?」
「第八階級ノ権利者ガ、コールドスリープ状態ニナッテイマス。安全ヲ保障シテ下サイ」
「まさか……生存者がいるのですか……?」
「イエス。ワタシハグランドマスターヨリ使命ヲ受ケ、ソノ警護ニアタッテイマス」
「保障しましょう。私達はその者を傷つけません」
「生体情報ヲ確認。推定、嘘ハ無シ。ドウゾ、オ通リクダサイ」
万能型魔導アンドロイドは臨戦態勢を解き、這って壁際にまで移動しました。
その際に見える太腿の付け根は――いけません。
鋼鉄の体にまで興奮してしまえば人間おしまいです。
今だけは堪えて下さい、マイサーン!
アンドロイドが見守る中、扉の黒い部分にカードキーを押し当てました。
ゆっくりと扉が開き中の様子が確認できます。
ここの部屋は、近未来の医務室か何かでしょうか?
見た事も無いような機器が複数存在していて、中央には三つの巨大なポット。
その三つの中にはそれぞれ人が入っています。
……が、稼働しているのは中央の一つだけ。
他二つの中に入っている者は、とても生きているようには思えません。
二人の遺体は苦痛に歪んだ顔で自身の首を押さえて、目を見開いています。
「エネルギー供給不足ヲ確認」
ずるずると下半身を引きずりながらやって来たのは、万能型魔導アンドロイド。
唯一稼働しているポットに近付きます。
「此レ以上ノ休眠ハ不可能ト断定。覚醒操作ヲ開始……失敗。別アプローチカラノ覚醒操作ヲ開始……失敗。バグノ発生ト、自身ノ異常ヲ確認。修正ヲ開始……失敗」
ポットの端末に腕から伸ばしたケーブルを繋いで何事かを言っている万能型さん。
しかし、その全ては失敗している様子です。
「ちぃ、邪魔だぞポンコツ! 退け、私がやってやる」
巨大ポットの端末部分に手をかざしたシルヴィアさん。
「【システムハッキング】……成功。覚醒させるぞ」
巨大ポットから上がる、バチバチバチバチッという音。
足にバックパックを下げていなければ、どれだけカッコ良かった事でしょうか。
ブシュウ、という音を立てて巨大ポットの蓋が開きます。
「ふんっ。一応、私は離れておこうか」
私の少し後ろにまで下がってきたシルヴィアさん。
巨大ポットから腕が伸びて、水色の病院衣を着ている男性が体を起こしました。
男性はポットの横に置いてあったカゴからメガネを取り出し、装着。
深緑色の髪をした男はひと通り周囲を見渡し……。
最後に、ボロボロになっている万能型アンドロイドを見ました。
「今は何年だ……? ……コホッ」
なんと――先程の映像にあった男性。
「施設全体ノプリザベーションニヨリ、不明。五千年以上ハ経過シテイルト思ワレマス」
「そうか。俺の治療法が見つかった訳ではない、というわけか……ケホッ」
「ハイ」
「お前の状態を見るに、パルデラレリック公国の襲撃に?」
「イエ、召喚施設ノ暴走、及ビ、ソコカラ現レタ者ニ破壊サレマシタ」
「なら中枢管理者に繋げ」
「不可、接続ガ拒絶サレテイマス」
「ちっ。それで、これは一体どういう状況だ?」
そう言って私一行を見渡した男性。
特にシルヴィアさんと私を見て顔を顰めさせています。
「υ系統と管理チップの埋め込まれていない人間が一緒に居るとはな」
――管理チップ?
「人類はどうなった? ……ゴホッ」
「どうなったも何も、ここは街の下にある遺跡ですよ」
「なに……?」
「環境を見るに昔の方が発展していたようですが、私たちからすれば貴方は古代人」
「……つまり?」
「人々は皆、地上で生活しています」
「それは僥倖。ではブルーエッグはどうなった?」
「……?」
「なに? υ系統が居るのに、その情報は持っていないのか??」
落胆した様子を見せる男性。
それを見たシルヴィアさんが近づいてきて口を開きます。
「ふんっ。私が答えてやろうニンゲン。ブルーエッグは突如として現れた化け物に破壊された。空を埋め尽くすほど居た同胞も殆どが殺されたと言ってもいいだろう。ニンゲンも殆ど殺し尽くされたようなのだが……地上にはこの男以外の、〝この場にいる者の種〟が繁栄している。私のような者は五千年以上前からの生き残りだ」
シルヴィアさんの言葉をポカンとした表情で聞いていた男性。
目を見開いて、口も少しだけ開いています。
が、やがて言葉を理解したのか、怒り混じりの表情で口を開きました。
「ああくそっ、その言い回しで大体の察しは付いたぞ! いいだろう、合わせてやる!!」
「ふんっ」
「つまり文明はかなり後退し、世界は平和になった。……ゲホッゴホッ!」
「その通りだ」
何やら難しい事を話しているお二人。
長いお話に付いていけない私には、馬の耳に念仏状態です。
「万能型、お前にも苦労を掛けたな。最期の修理をしてやる。そこでスリープモードになれ」
「イエス、マイマスター」
言われるがまま、実験台のような場所の上に寝転がった万能型ちゃん。
敵対する可能性が低いと判明したせいか、三倍可愛く見えてきました。
男性はポットから出るとロッカーの位置にまで移動します。
着ていた衣類の内ポケットからカードキー取り出し、ロッカーを開けました。
中に入っていた白衣等の着替え、それから魔力銃? らしきもの。
雰囲気はインテリイケメン科学者のそれです。
「俺の名前はマキロン。こいつの修理をしてやりたいから少し外で待っていてくれ」
「わかりました。私はオッサンと言います、何かあれば呼んでください」
私は笑ってしまいそうになるのを我慢しながら退室します。
知ってはいましたが、何故、名前がマキロンなのでしょうか。
科学者っぽいイメージから一気に医者のイメージに変化してしまいました。
なんせ――マキロン、なのですから。
部屋の外に出ると胸の辺りを押さえながら、トゥルー君が口を開きました。
「おれ、びっくりしちゃった。まさか遺跡の中で眠ってる人が居たなんて」
「ボクもボクも! でも古代人って言ってもさ、外見はボクたちと変わらないよね」
「タック。古代人って言っても……人は人でしょ?」
「うふふ。彼、勇者様と似た雰囲気の人ね!」
「そうか? おれはオッサンの方が……か、カッコイイと思うけどな!」
チラチラと上目遣いで見てくるトゥルー君。
いけません、ああ、たまりません。
駄目です。マイサンを呼び起こしては駄目なのです。
トゥルー君は男の子で、私も男の子。
素数を数えておちんち……落ち着きましょう。
――2.3.5.7.11.13.17.19.23.29………………。
「それは当然よ! わたし、勇者様の独特な匂いも好きだわ!」
「お、おれもっ!」
「あー、ボクも思った。落ち着く匂いしてるよね」
811.821.823.827……ちん……ちんちんちんちんちんちんちんちんちん――ッッ!!
まさか、臭うのでしょうか。
やはり加齢臭が滲み出てしまっていたのでしょうかッ!?
「そんな匂い、する……?」
「!?」
レーズンちゃんが近づいてきて数度、鼻をヒクヒクとさせてきました。
今だけは……今だけでいいのです。
加齢臭では無く、華麗臭を発していて頂きたい。
首を傾げながら離れていくレーズンちゃん。
「ほとんど無臭だけど……?」
ほっと一安心です。
直前に命を落としていたのが功を奏したのやもしれません。
「えー、そうかなー?」
「トゥルー君!?」
トゥルー君が棒読みでそう言いながら抱き着いてきたかと思えば――深呼吸。
くっ! 落ち着いて下さい、我が息子よ!
彼は男の娘であり、生物学上は男性なのです!!
「うふふふふっ」
「リ、リアまで!」
反対側から抱き付いてきたのはナターリア。
深呼吸をするという事は無いですが、むぎゅむぎゅと顔を押し付けてきます。
これはもう、これはもう本当に、仕方が無いんじゃあ……ないでしょうか?
反応してしまっても許されるのでは、ないでしょうか……?
――呼んだ?
息子が、息子が立ッ――――。
「お、おいっ、私もハグをしていいか?」
縮み上がるボーイ(低音)。
いきり立とうという考えは完全に抜け落ちてしまったようです。
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