第八章 『法の無い町』
『急襲』一
ポロロッカさんの言葉を聞いて教会の中に駆けて行く〝猟犬群〟。
子供達やエルティーナさんを呼ぶ声が中から聞こえてきました。
――が、私は駆け出したくなる衝動を抑え込みます。
こういう時ほど、冷静な行動を取らねばなりません。
「妖精さん、誘拐犯の位置を教えてください」
――響く、妖精さんの笑い声。
褐色幼女形体になった妖精さんは、地面に○を書きました。
「……ここが、いまいる場所」
そこから、ぐいーと一直線に北西方向へと伸ばされた線。
その線は少しずつ移動していて、恐らくは馬車か何かで移動中なのでしょう。
私の体から大きく何かが抜けて行きましたが、死ぬほどではありません。
チラリと妖精さんの方を見てみれば、心配そうな顔をして私を見ています。
「シルヴィアさん、この位置にいる奴等を殲滅して下さい」
「ふんっ。別に構わないが、お前がそういう指示をするのは珍しいな。それじゃあ――」
「待て、ホープが何か言いたいそうだ」
シルヴィアさんの行動に待ったをかけたのはマキロンさん。
迅速な行動を要するというのに、それを止められたせいで妙な苛立ちを覚えます。
が、私は自身の額に爪押し当てながら――なんとか冷静を保ちました。
「何ですか? 変な冗談を言ったら怒りますよ」
頭が……沸き立つように熱い。
八つ当たりだという自覚はあるのですが、強くなる口調を抑えられません。
「タイプζが戦闘を行った形跡を発見しやがりました。局地戦特化のタイプυを単体で向かわせるのは危険……いえ、無謀かと。攫われた者を生かした状態で勝つ確率は――五パーセント未満。なりふり構わず戦って勝つ確率は――五十パーセント前後」
ここに来て、また新しい古代の存在。
世界が動き出しているような妙な違和感を、感じたような気がしました。
「マキロンさん、タイプζとは?」
何にせよまずは情報収集。
ホープさんの言う勝率も、かなり気になります。
「都市強襲型生体兵器、タイプζ系統。人間の負の感情を力へと変換する、かつて最も猛威を振るった系統だ。……まぁ対応した極地であれば、シルヴィアに負けは無いだろう。が、周囲に負の感情を持った生物が多く居れば――負ける」
馬車の向かう先が何処であるのかは判りません。
が、シルヴィアさん以外で追いつくのは難しいでしょう。
「季節的には冬ですが、シルヴィアさんの全力は出せますか?」
「私が百%の力を発揮するのには、もっと寒い極地でないとダメだ」
「その通り。更には少なくとも。攫われた連中は負の感情を持っているはずだ」
皆を助ける為にシルヴィアさんを向かわせれば――高確率で負けて死ぬ。
頭に血がのぼっていたとしても、それだけは絶対にしてはいけない選択です。
どう行動するのが最善なのか……考えろ、考えなくては――。
「ご主人様。一応言っておくが、私はお前が命令するのであれば行っても構わない。たとえ高確率でスクラップにされるのだとしても数パーセントの成功確率があるのなら、やってやる」
顔を上げてシルヴィアさんの方を見てみると……。
いつものように宙に浮いた状態で、私を見下ろしていました。
高確率で死んでしまう命令を選択肢として提示してくれる彼女。
その表情からは一切の悪感情を見て取れません。
――これでは尚の事、シルヴィアさん一人を向かわせるワケにはいきません。
いくら命令したら聞いてくれるからと言っても――。
これで向かわせてしまったら、外道もいいところです。
「シルヴィアさん」
「なんだ?」
「絶対に、一人では行かないでください」
「……ん、了解した」
熱くなりすぎていた頭が冷静になっていくのが判ります。
そう、誘拐されたと言っても殺された訳ではありません。
位置を特定できているのなら最終的に全員を救出する事は困難でない筈。
もしかしたら、かなり酷い目には遭うかもしれません。
が、最悪でも命だけは助けられるのです。
救出が遅れてしまって誰かに奴隷として買われていれば……ええ。
その時は――殺してでも奪い取りましょう。
外道な考え方ではありますが、命には何時だって優先順位があるのです。
たとえ、何人殺す事になったとしても――。
「……オッサン、そろそろ動くぞ」
「情報なら敵がぺらぺらと喋ってくれたわぁ~」
「ポロロッンさんに、リュリュさん……?」
「馬鹿みたいに強い衛兵が来た御かげで、トドメを刺されなかったのよねぇ」
「……ここまで正確な位置が判っているのなら、簡単に追えるな」
「本当ですか!?」
「リュリュ、お前のコネと魅了が入ってる人間でどうにかなるか?」
「当然よぉ。ジェンベルの協力があれば朝陽が出る前にでも出発できると思うわぁ~」
流石は裏社会に精通しているお二人。
リュリュさんのコネは色んな意味で怖いですが、今は緊急事態なのでいいでしょう。
「……数人は安置室だとか物置の中だとかに隠れている筈だ。コレットが捕まっていないという事は、何処かで偽装の魔法を使って隠れているだろう。猟犬群のメンバーはそいつらの面倒を見させるのに置いていく。……で、そっちのよく分からん連中は……信用できるのか?」
そういって遺跡組を見たポロロッカさん。
本当に短い付き合いですが、悪人でない事だけは確かです。
「はい」
「……それじゃあ、そいつらも置いていけ。大人手があれば何かと便利だろう」
そんな事を話していると、数人の衛兵さん達がこの場にやってきました。
その先頭に立っているのは、ダイアナさんです。
「治癒のポーションを持ってきたんだが……すこし遅かったか」
「ダイアナさん!!? ここは東門とは正反対ですよ?」
「防衛戦での活躍が認められてな。療養も含めて長期休暇を貰っている」
「療養でスラムに?」
「ああ。知人を訪ねていたのだが……まぁ、こんな騒ぎになっては休んでもいられん」
「ご無事で何よりです」
「お蔭様でな。それじゃあ、私はこれで行くぞ」
私に背を向けて、この場を去って行くダイアナさん。
ダイアナさんは去り際に一言だけ――。
「ああそれと、助けてくれてありがとう」
そう言って去って行ったダイアナさんは、小さく微笑んでいたようにも見えました。
これはもう、デレ期と言っても過言では無いでしょうか?
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