『急襲』二
場所は変わって、ジェンベルさんの酒場。
キサラさんはマキロンさんに預けてきました。
「――で、俺にその救助の協力をしろと? 俺は嫌だぜ、かなり危険な橋じゃねェか」
「報酬は今回の遺跡調査で入手した物全て。五千年以上前のお酒だってありますよ?」
「酒場のマスターとしては、そいつぁ興味深ぇな」
「はい。その価値が判らないだなんて言いませんよね」
「あぁ、確かに魅力的な報酬だが、危険がデカすぎる」
「……手引きだとかの手助けだけでもいいんだが」
「雪に閉ざされた道を進むのに必要な、ソリだとかの用意も欲しいわねぇ~」
私に続いて言葉を付け加えてくれた、ポロロッカさんとリュリュさん。
ですが、ジェンベルさんは首を縦に振ろうとしません。
「ジェンベルさん」
「なんだよ」
「今の私はけっこうギリギリなんで、そろそろ発狂してしまうかもしれません」
「だから?」
「そうなったら危険なシルヴィアさんと妖精さんが、ここを起点に大暴れを……」
「オッサンがギリギリなのは見て解る。あと一滴でも油を垂らしたら爆発する危険物だ」
「では――」
「とはいえ、俺に脅しは効かねェよ。例え拷問されて殺されてもだ」
ジェンベルさんの表情は真剣そのもの。
今が切羽詰まっている状況でなければ背筋が凍て付いていたかもしれません。
恐らく彼は……脅しでは死んでも動かないでしょう。
「だが、条件次第では手伝ってやる」
「……なんでも言って下さい」
「一つ、オッサンは冬季明けにある反攻作戦の小隊リーダーをやってもらう」
「反攻作戦……?」
「世界中の国が一致団結して魔王軍を滅ぼそうってぇ話になってンだ」
「本来であれば断る案件ですね……」
「まずは前線の砦を取り戻すンだが、以降はかなり広域に部隊を展開するらしい」
「……ふむ」
「オッサンにやってもらうのは魔王軍の補給基地やら村を攻撃する部隊だな」
「それが何故、私に……?」
別働隊のリーダー。
それが私に回ってくる意味がわかりません。
「下請酒場内で業績を伸ばしてる酒場から各数人ずつ、冒険者を纏めて指揮するリーダーを出す事になった。それにャあ指揮能力よりも力が重視されるんだが、この酒場で一番力があるのが〝肉塊〟。つまりお前だ」
――業績。それから力。
確かに、メビウスの新芽を回収する依頼では多額の報酬が入ってきました。
一番大きな理由はそれでしょう。
力に関しては自信がありませんが、協力してもらえるのなら何だってします。
「何処までやれるかは判りませんが、受けましょう」
「よし、それじゃあ二つ目。リュリュ、お前の持ってる手札を公開しろ。意味は解るな?」
「んー……嫌だけど、しょうがないわねぇ~。その方が手間も省けるしぃ」
「三つ目は、死んでもここの情報を漏らすな」
「当然の事ですが、何故?」
「〝廃都グラーゼン〟はゴミの溜まり場ではあるが、その頭がヤバイ」
ジェンベルさんが言っているのは恐らく、マキロンさんが言っていた存在でしょう。
確かに目を付けられたい相手ではありません。
「オッサンが失敗したら町ごと滅ぼされる可能性だってあるしな」
「勿論。こう見えて口は堅い方なんです」
「拷問に耐性は?」
「実は痛みを感じません」
「そういう嘘吐きにャあ――ちょっと失礼!!」
懐からペンチのような物を取り出したジェンベルさん。
次の瞬間、カウンター上の私の爪を正確に挟み――引き抜きました。
「……眉一つ動かさねェたぁ驚いた。オーケー信じるぜ。別室を用意するから、そこで作戦を詰めてくぞ。報酬は遺物の半分と酒、あとは爪を一枚ってところか」
私の剥がされた爪のあった場所からは、少しだけ血が出ていました。
爪を引き抜くのに慣れているのか負傷は最低限です。
――それにしても……爪一枚で報酬の半分が引かれた?
「まさか、もう一枚爪を渡せば無料に……?」
「お前には俺が爪コレクターにでも見えンのか?」
「ですよね」
「って、冗談を言い合ってる時間ははねェな。ジャック! カウンターは任せたぞ!」
「……あいよ」
盗賊風の男が何処からともなく現れ、カウンターに立ちました。
始めて見る人物です。一体今まで何処に隠れていたのでしょうか。
疑問を感じながらも、私達はジェンベルさんに連れられて娼館側へと移動しました。
◆
ジェンベルさんに連れられてやってきたのは娼館の一室。
その部屋の床板が外されると、その下に隠されていたのは石の階段でした。
魔石灯を持ったジェンベルさんが先頭を行き、その後ろに続きます。
そうやって歩くことしばらく。
三方向に扉が取り付けられている、正方形の部屋に出ました。
「……正面の扉は、かなり濃い血の臭いがするな」
「襲撃者の一人を拘束して拷問した」
「情報は吐いたのかしらぁ?」
「ああ、爪を一枚も剥がさねェうちからマーライオンみたいにゲロりやがった」
「……そういうヤツは大した情報を持ってなかっただろ?」
「話すのは一枚でもゲロるけどぉ、話さない人は何枚剥がしても変わらないのよねぇ~」
「拷問トークは止めにして早く本題に入って下さい。シルヴィアさんを呼びますよ?」
「……おいジェンベル、どの部屋に入れば俺たちは助かるんだ?」
「こんな場所で死ぬのだけは、ごめんだわぁ~」
地下室に響く、妖精さんの笑い声。
青い顔をして顔を引くつかせたジェンベルさんが部屋に誘導してきます
「ぜ、全員、右の部屋に入れ」
右の部屋に入ってみると、一つのテーブルに四つの椅子。
それぞれが手近な椅子に腰かけました。
薄暗くて密談をするためだけの、このお部屋。
早速と言わんばかりにジェンベルさんが口を開きます。
「情報によると誘拐された連中は〝グラーゼン〟の地下奴隷都市に送られているらしい」
「地下奴隷都市?」
「劣悪な環境みたいだが、そこでは誘拐された連中が普通に生活しているってェ話だ」
「どうすればそこに?」
劣悪な環境。というのは予想通り。
か、そこでの生活を強いられているとなると……様々な苦難が待っているでしょう。
暴力沙汰に巻き込まれていて死んでいる可能性が出てきました。
「時間を掛けずに潜入する方法は幾つか存在するが、大きく分けると二つある。グラーゼンで何かやらかしてぶち込まれるパターンと、奴隷として搬入されるパターン。前者はその場で始末される可能性が高い上に後者よりも時間が掛かる」
生命の保証がない現状、時間の掛かる方法は避けたいところです。
「……実行に移すとしたら後者か」
ポロロッカさんも同意見なのか、そのように呟きました。
「ああ、その通りと言やァそうなんだが……男奴隷として搬入されるにはな、グラーゼンの関係者から大きな借金をしてヤバイ仕事を幾つかこなした上で、組織の顧客リストに載って犯罪奴隷になる必要がある。下手な潜入は大抵が殺されて終わりだそうだ」
男の性別では時間が掛かる……。
リュリュさんにお願いするにしても危険が大きすぎます。
「ですが、それでは時間が……」
借金をした上で仕事をしている暇なんて――ありません。
「わァってる。今は一人、グラーゼンに奴隷を卸してる奴隷商人を無傷で確保してンだ」
「おぉ!」
「まぁ三日も時間が貰えれば完全に潜入させてやれるんだが……急ぐんだろ?」
「はい。方法は問いません、なるだけ早く行けるようお願いします」
「あらぁ~。つまり、わたしはそいつを魅了すればいいって訳ねぇ?」
「そうだ。最長でどのくらいの期間の魅了を維持出来る?」
「死ぬまで可能よぉ~」
「……は?」
「だ・か・ら・わたしが解かなければ、一生涯魅了状態に出来るのよぉ~」
「し、信じらんねェ……方法は?」
リュリュさんはジェンベルさんに問われた事を正直に答えていきました。
魅了状態からの催眠術を掛ける方法で永続的に魅了状態にできる。
その手法を詳細に説明したところ……。
「確かにその方法なら長期間の魅了が可能になりそうだ」
「でしょぉ~?」
「まぁ一生涯ってェのは、リュリュ特有だな」
「難しいわよぉ。だから教えたっていうのもあるんだけどぉ~」
「ああ。魅了の使える奴に魔力催眠術を訓練させても恐らくは無理だ」
深くため息を吐いたジェンベルさん。
恐らくは、リュリュさんの魅了ネットワークを知っていて……。
彼はそれを入手しようとしたのでしょう。
「ちなみに、そっちの二人は魅了済みか?」
「二人にはしてないわぁ~。まぁ、ポロロッカは別の意味で魅了済みだけどぉ?」
ポロロッカさんに流し目を送るリュリュさん。
ポロロッカさん、素早く目を逸らしました。
「オッサンはそうねぇ。魅了を仕掛けたら、お付の最高位精霊に殺されるわぁ」
「……っ」
「悪い事は言わないからジェンベル、オッサンには魅了を仕掛けない事ねぇ」
「精霊に魅了は効くのか?」
「ふんっ。お前たち程度の魅了が私に効くワケが無いだろう」
姿を現したシルヴィアさん。
あまり広くない部屋の温度が数度下がったような気がしました。
「うっ……」
息を呑んで席から立ち上がり、壁際にまで移動したジェンベルさん。
「……ジェンベル、オッサンと行動する時は恐怖耐性の付与が必須だぞ」
「余計な質問をしたわねぇ~」
「シルヴィアさん、申し訳ないのですが魔石形体に……」
「――ふんっ」
不機嫌そうな顔をしながら姿を消したシルヴィアさん。
これは少し、あとが怖いかもしれません。
「お、おし。魅了に関してはだいたい解った」
「よかったわねぇ」
「次は潜入するメンバーだが、男が少ないに越した事はねェ。原則一人だ」
「……俺とリュリュはダメだな。教会前でグラーゼンの頭と交戦してる」
「攫うしか能の無い三下にも見られてるわぁ~」
「となると、オッサンかぁ……」
なにやら渋い顔をして私の顔を見てくるジェンベルさん。
私の何が不満だと言うのでしょうか。
「顔がなぁ……ちょっと……」
――かなしいみ。
「借金をするような顔には見えないのよねぇ~」
「……せめてもう少し悪人面か、胡散臭いくらいの善人顔だったらな」
私の顔が酷い言われようです。
私の顔をディスって、そんなに楽しいのでしょうか。
妖精さんが、クスクスと笑っておられます。
「――あっ!」
「ん? どうした肉塊」
「妖精さんの笑い声で閃いたのですが、TSポーションがありました」
「……ああ、その手があったな」
「TSポーションって言うとぉ、ポロロッカの話してたあれぇ?」
「ええ、恐らくはそれです。ジェンベルさん、少し待ってて下さい」
私は荷物から、えげつない色合いをしているポーションを取り出しました。
それを全員が見えるように、テーブルの上へと置きます。
私以外の三人が椅子を大きく引きました。
「これで女体化できます。何も入れなければ妖精さんが少し成長したような姿ですね」
「こりゃヤバそうだ。ちなみに、何かした場合は……?」
「誰かの一部を入れれば、そのヒトの姿になれると聞きました」
「よし、この際突っ込みは無しだ! 正気じゃいられなくなりそうだからな!!」
勢いよく立ち上がってそう言ったジェンベルさん。
ジェンベルさんがやる気になってくれて私も嬉しいです。
「うちの店で一番のフェイクロリの小指を用意してやる。命までは必要ねェよな……?」
「……? い、いやいやいや! 血液だとか唾液でも十分ですから!」
「そうなのか?」
「どんな事情のある子なのかは知りませんが、酷い事はしないで下さい!!」
「意外と普通そうなポーションだな。オーケイ、少し待ってろ」
そう言って席を立ったジェンベルさんは扉から出ていき……。
五分くらいしてから戻ってきました。
その手には小さな試験管のようなポーション瓶が握られています。
が、ポーションビンの中に入っていたのは――透明な液。
ジェンベルさんの性格から考えるに、少なくともおしっこでは無いでしょう。
「まずは唾液を用意してみた」
……ごくり。
これは……飲んでも許されるのでしょうか。
私は瓶を受け取り、少しだけポーションの中へと投入します。
ゆっくりとそれを混ぜると……一瞬だけ黒く光ったような気がしました。
これで準備は完了です。
「では――飲みます!」
TSポーションを一息に飲み干すと――ドクン、と全身が脈打ったような気がしました。
相変わらずの死んだ沼のような味に意識が遠のき――。
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