『急襲』三
目が覚めると、ズタ袋に穴が開けられたような奴隷服を着せられていました。
奴隷の首輪が嵌められた状態で、どこかの一室の椅子に座らされています。
傍では褐色幼女形体の妖精さんが立っていて、杖を飲み込んでいるところでした。
「妖精さん、その杖は美味しいのですか?」
「……まずい……」
私の発した声は、案の定と言うべきか――美少女声。
声だけで美少女であるという事が判ります。
「随分と可愛くなったわねぇ~」
「……おい今、妖精さんが自身の身長以上の物を飲み込んだぞ……!」
「俺は何も見てない、俺は何も見てない、俺は何も見てない……! クソッ!」
何やら頭を抱えてブツブツと呟いているジェンベルさん。
「――ハッ、こんな場所で何してやがるクシェナ。仕事はどうした?」
「落ち着いて下さいジェンベルさん。おちんちん……今の私は、クシェナと言うのですね」
「ああクソッ! オッサンか!! それからコイツは予備だ!」
ジェンベルさんが正気に戻ったようでなによりです。
そんな彼が差し出して来たのは、最後のTSポーション。
これにもクシェイナさんの唾液が入っているのでしょうか。
妖精さんは予備のTSポーションを受け取り、瓶ごと飲み込みました。
「……卑猥な言葉を言ってみたかったんだな」
「見た目が可愛い女の子だとぉ、色々と緩和されるわねぇ~」
「……そうか?」
部屋の隅に置かれている鏡で自身を見てみると、そこにいたのは――。
肩口で整えられた金髪が美しい、碧眼の美少女。
手足は細めで、それでいて程よい肉が付いています。
どちらかと言えば、ナターリア寄りの体系でしょうか。
しかし胸に関しては、ナターリアや妖精さんよりもありました。
「これが、私……? うふっ、妖精さんよりも胸がありますわねっ!」
「……五万年もしたら、追いつくよ……」
「奴隷商に魅了の処置は済ませた! さっさとこの危険物を出荷するぞ!」
ジェンベルさんが数人の男を呼び寄せて様々な指示を飛ばしています。
その最中にポロロッカさんがやってきて、顔を近づけて事情の説明を始めました。
「……いいかオッサン。お前を運ぶ奴隷商は他の奴隷商に混じってお前を運搬する。オッサンの他にもかなりの数の奴隷が同乗させられると思うが、変な気は起こさずに大人しくしていろ。今のお前は――『クシェイナ』という名前のただの奴隷だ」
声音は真剣そのもの。
その雰囲気に少しだけ緊張してきました。
「優先順位を見誤るな……という事ですね」
「そうだ。あとは〝猟犬群〟から、ナターリアが助っ人として乗せられている」
「何故……?」
「あいつは元々あちら側の住民だ。何かと助けになってくれるだろう」
……あちら側。
最も深く、光の届かない闇の中。
彼女をそんな暗い場所に、送ってしまってもいいのでしょうか?
トラウマが再燃しない事を願うばかりです。
「難しいかもしれないが、向こうでは真っ先にナターリアと合流しろ」
「……分かりました」
「それがエルティーナを助け出す近道になる筈だ」
「ちなみに、ナターリアにも奴隷の首輪が……?」
「ああ、ナターリアの方には細工がしてあるが、オッサンの方には何もされていない」
……まぁ最低限の配慮でしょう。
ナターリアとは一刻も早く合流して共に行動しなくてはなりません。
場合によっては優先順位の一番目にくる可能性が出てきます。
「つまり行動を起こす時は……死んで外せ」
「了解です」
ここでゴネても事態は好転しないので、あとは立ち回りで頑張ってみましょう。
「……よし。俺たちも後からグラーゼンに向かう。もしかしたら誰かが表の奴隷市に誰かが出されているかもしれないからな。可能な限り表の都市でも動いてみるつもりではあるが、あまり期待はしないでくれ。……健闘を祈るぞ、オッサン」
そう言って手を差し出してきたポロロッカさん。
私はその手を数秒見たあと、ガッシリと握り返しました。
「ポロロッカさんも、無理はなさらず」
「よぉおおおし! クシェイナを乗せろぉおおおお!!」
ジェンベルさんの掛け声と共に入ってきた屈強な男性二人。
そんな二人が、か弱い私を両脇から持ち上げました。
その光景を眺めている妖精さんが、クスクスと笑い声を響かせます。
……両脇の男性から目に見えて力が抜けたのが判りました。
「ちゃんとしてください」
外には数台の馬車が停車しています。
護衛と思わしき方々が乗っている馬車が二台と――。
奴隷運搬用の馬車だと思われる馬車が三台。
表に停車されていたソリ馬車? は地面から僅かに浮いていました。
それを引く生物も四つ目のトナカイといった風体です。
商品である奴隷が乗せられる馬車は木を鉄で縁取って補強したカゴ馬車。
後ろには重厚そうな南京錠が取り付けられています。
私がその馬車に近づくと南京錠が外され、扉が開かれました。
私を捕まえている屈強な男性二人が丁寧に馬車へと乗せてくれます。
丁寧に扱われるとバレる危険があるので、もっと乱暴にして欲しかったところ。
「これは予想以上に……」
馬車の中には他にも十人程の女性が乗せられていました。
大量の毛布でよく見えない人を除けば――。
いずれもが私と同じ服装をして俯いています。
パッと見では同じ馬車にナターリアは乗っていません。
この馬車に乗せられているのは全員人間の女性です。
適当な女の子の近くに腰を下ろしてみると……良い香りが漂ってきました。
横目で見回してみたところ、全員が小奇麗な状態である事が判ります。
この馬車に乗せられているのは価値がある女性という事なのでしょうか。
……と、そんな事を考えていたら扉が閉められて馬車が動き出しました。
僅かに浮いているからなのか音は煩くありません。
震動もあまり無いので、お尻にも優しい馬車移動です。
――妖精さんのクスクスという笑い声が、馬車の中に響きました。
馬車の中に居る全員が、ビクリと反応したのが判ります。
これは……誤魔化さなくてはなりません。
私、歌うであります!!
「ドナドナドーナドーナー、わたしをの~せ~て~♪ ドナドナドーナドーナ~、荷馬車がゆ~れ~る~♪」
馬車内の空気が数段階重くなったような気がしましたが、きっと気のせいでしょう。
ものすごく力強い視線を感じますが、あえてそちらを見ないようにします。
◆
馬車が進む事しばらく。
唐突に馬車が停止し――ビィィイイイイイイイ――!! という笛の音が響きました。
この音は……私には聞き覚えのある音です。
つまりこり停車の理由は、休憩などでは無く――敵襲。
「正義の名の元にぃいいいい! 天誅天誅天誅ぅぅぅぅぅううううう!!」
「タケル様、それでは奇襲の意味がありません」
小さな格子窓から外を覗いてみると、外は雪の積もる森の中。
四方八方に冒険者らしき襲撃者の影があります。
その内の二人はなんとも独特な……。
戦闘服とは思えないメイド服を着ている、ライトグリーンの髪の女性が二人。
その傍らに立っているのは黒髪の男性と茶髪の男性。
もう何というか……早くも計画が失敗する予感がしてきました。
「ヘイタケル、ヘイタケル! 対人ランキング一位と二位の実力、見せてやろうぜ!」
「ライゼリックの対人戦と比べれば楽勝ですね、タケシ様」
「タケシと俺が居ればぁあああああああああ! 俺達に負けは無いぞぉおおおおおおおお!!」
――ライゼリック。
ヨウさんとニコラさんのやっていたという、VRゲームの名前です。
その対人ランキングの一位と二位。
……早くもこの作戦は失敗ですね。
護衛の馬車から飛び出して来た方々と襲撃者の交戦が始まりました。
が、鎧袖一触で蹴散らされてしまっています。
襲撃者と互角以上に戦えているのはただ一人。
全身を黒い鎧に覆われている黒騎士だけです。
黒騎士は巧みに乱戦の中へと入り込み――。
鮮やかな手際で鞘付きのバスターソードを振り回しています。
まさかこの状況で、襲撃者から死傷者を出さないつもりなのでしょうか。
なんにしても、このままでは押し切られてしまうのは時間の問題です。
あまり手は出したくなかったのですが……この際、仕方がありません。
「妖精さん!」
馬車の中に妖精さんの笑い声が響きます。
次の瞬間、黒い光に包まれながら褐色幼女形体の妖精さんが舞い降りました。
「……よんだ?」
「シルヴィアさんの杖を出して下さい!」
えずき、上を向きながらオエッと吐き出されたのは、サタンちゃんの杖。
若干涎の付着している杖の魔石部分から、シルヴィアさんが姿を現しました。
「ふんっ。仕方が無いとはいえ、あまり気持ちのいい場所ではなかったな」
「シルヴィアさん、襲撃者から奴隷商を守ってください」
「殺しても良いのか?」
「できれば無しの方向で。負けても最悪、談合に持ち込みます」
「いいだろう――フッ!」
馬車の後ろ部分にある扉を蹴破って外へと飛んで行ったシルヴィアさん。
蹴破った扉は襲撃者に命中して当たった相手を吹き飛ばしていました。
あれは……ちゃんと生きているのでしょうか。
「なんだぁああああああああああ! 超絶美少女が飛び出して来たぞぉおおおおおおお!!」
「ヘイタケル、ヘイタケル! 美少女が空を飛んでるぜ! し、白いパンツが眩しいぜい!!」
「「お二人共お下がりください。お二人ではアレに瞬殺されますよ」」
メイド服を着た女性二人が男性二人を背中に庇っています。
……とここで、私の肩が誰かに叩かれました。
「えーと。なんで女の子になってるのかは判らないけど、キミってもしかしてオッサン?」
「……えっ?」
私に声を掛けてきたのは、白髪セミロングの少女。
紅い瞳が夜闇の中で光っているような気がしました。
私はこの少女に見覚えがあります。
この少女の名前は――ニコラさん。
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