『はないちもんめ』一

 一夜明けて次の日の朝。

 今日も妖精さんと二人で町の中を適当に散策しています。

 お偉い方々は会議で忙しいのでしょう。

 私は下っ端なので、基本的には暇を持て余す状況になっています。

 大人しく宿屋で休んでいるという選択肢もあったのですが、それは諦めました。

 宿屋にいる仲間たちは全員が女性。

 同室はナターリアです。

 ナターリアの場合、言えば静かにしていてくれるのは間違いありません。

 が、気を遣わせてしまうのも嫌なので、なんとなく外に出て来ました。


「や、やめて!」

「へへっ、もう逃げられねぇぞぉ」

「おじょうちゃん、こんなところ一人で歩いてちゃあ仕方ないよなぁ?」


 聞き覚えのある女性の声と、聞き覚えのない男たちの声。

 一声聞いただけでも状況がわかるようなやり取りです。

 声の方角に移動して建物の角から様子を見てみると……。

 そこに居たのは、縄跳びに誘ってくれた純魔族の女の子と冒険者。

 今は縄に縛られていて座らされています。

 比較的人道的な占領が行われているとはいえ、やはりこういう事は起きるもの。

 全く知らない相手であればスルーしたかも……いえ、どのみち無理です。

 何にせよ見てしまったものは仕方がありません。

 私は建物の影からゆっくりと出て、男たちに声を掛けました。


「止めてあげてください、嫌がってるじゃないですか」


 声を掛けた瞬間、全員の視線が私に集中しました。

 冒険者風の男の数は五人。

 場所は袋小路の薄暗い路地。

 もし戦闘になったら……。

 今回は、きちんと神隠しに遭って頂きましょう。

 ――響く、妖精さんの笑い声。

 神隠しにするとしたらおっさん花での捕食。

 私はやり方を知らないので、妖精さんのおっさん花に食べてもらいましょう。


「なんだテメェ! 今からこの女の服を剥いてお楽しみだってところなのによぉ!」

「は? おい待て、服を剥くつもりだったのか? えっ、全部??」

「いや、そりゃあ当然だろお前。これから犯すのに服を着たままとかねぇだろ?」

「全部とか信じらんねェ! 服を着てるのがいいんじゃねぇか!」


 何やら仲間内でモメ始めました。

 不意打ちを仕掛けるべきでしょうか?

 ……いえ、真正面からでも十分勝てる戦力がこちらにはあります。

 少し様子を見ましょう。


「というかさ、なんで七十歳以上じゃないの? こいつガキじゃん」

「「は?」」

「いやーそもそも、なんで男じゃないワケ?」

「「「は?」」」

「十三歳以上のババアはありえネェだろッ! ちなみにお嬢ちゃんは何歳?」

「えっ、三十だけど……」

「ババアじゃねぇかああああああああああああああああ!!」

「「「「は?」」」」


 ――えっ? 三十歳??

 今の返答には驚かされました。

 女の子が嘘を言っている様子はありません。

 見た目は十歳~十二歳にしか見えないのです。

 という事は、純魔族は長寿の種族なのでしょうか。


「ドイツもコイツも変な性癖持ちやがって!」

「あー!? 人の趣味を笑うのかテメェ!」

「女が好きな奴等とはやってけねぇ! というかむしろ、お前らヤらせろ!!」

「なんでこの状況で尻が危険になってンのかわかんねェわ!!」

「クソロリコン共とホモが! 俺は今日でパーティーを抜けるぞ!!」

「黙れババァ専とホモが!! 解散だ解散! 今日限りでパーティーは解散だ!!」

『『『じゃあな、異常性癖者共!!』』』


 男たちは怒りの形相で私の横を通り過ぎて、別々の方向に歩いていきました。

 いえ、ホモの一人は普通性癖の人の後ろについていっています。

 少しすると全員の姿が見えなくなりました。

 取り残されたのは、縛られた女の子と私だけ。


「えっと、立てますか?」

「あっ、はい。助けてくれてありがとうございました」


 言葉を返しながら縄を引きちぎり、おもむろに立ち上がった女の子。


「えっ……」


 そんな、まさか……。

 私は、女の子を助けに入ったつもりで介入したのです。

 それがその実――冒険者たちを助けていた?

 思えば昨日引っ張られた時も、ものすごい力でした。

 あの腕力があれば、冒険者達を自力で退けられていたのでは?


「私は何もしていませんよ、本当に」

「本当に助かったんですよ? あと少し遅ければ、彼らは神隠しでしたから」

「あぁやっぱり……」


 助けに入る必要はありませんでした。

 むしろ余計な介入だったのかもしれません。


「でもそれだと、バレたら貴方みたいな強いヒトに殺されてしまうから」


 ……確かに。

 途中の経緯を何一つ知らずに魔族の子が冒険者を惨殺している場面に出くわしたら。

 確実に殺していました。

 しかしそれ以上に気になるのは……。

 私のことを強いと言い切った、その部分。

 私は弱いです。

 腕力も低ければ、魔力だって体内に存在していません。

 誰かの力を借りなければ誰にでも負けるくらいに弱いでしょう。

 つまりこの子は、どこかで私が戦っている場面を見ていたということ。


「なんだか昨日と口調が違いますね?」

「今のわたしは、お嫌いですか?」

「うっ……!」


 うるうる瞳で上目遣いうるっと攻撃。

 嫌い、なワケがありません。


「こういうの、好きなんですよね?」


 そう言ってニヤッと笑った女の子。

 ――いけません。

 昨日一日遊んだだけで、色々と見抜かれてしまっています。


「わたしはレーヴェ。何処にでもいる普通の純魔族です」

「レーヴェちゃんは……本当に三十歳なんですか?」

「本当は三十三歳だけど……って、女の子に年齢を尋ねるのは失礼です」

「ごめんなさい」


 レーヴェちゃんの年齢、少し上がりました。


「見た目と違って大人だったり?」

「いーえ、ちゃんと子供です。長生きするヒトは千年生きる種族なので」


 子供っぽいワザとらしい仕草。

 本当に子どもなのでしょうか?

 この戦争が終結したら少し調べてみましょう。


「…………」

「…………」


 ……少しの沈黙。

 考え事をしていて会話が途切れてしまいました。

 女の子も無事な訳ですし、そろそろ立ち去った方がいいのかもしれません。


「それでは、私はこれで」

「あっ、待って!」


 立ち去ろうとすると不意に掴まれた手。

 手に伝わってくる感触は確かに子供のものでした。

 ぷにぷにした温かい手です。


「まだ何か?」

「このあと、お暇です?」

「ええっ? まぁ……暇ですが」

「それなら、今日も遊んでいきませんか? ぼーけんしゃさん」


 ……困りました。

 確かに昨日一日は存分に楽しませてもらっています。

 が、結構なお金が掛かる遊びになりました。

 レーヴェさんはきっと、お金が欲しくて誘っているのでしょう。

 なのに私には、断るという選択肢が――ありません。


「いいですよ」

「今日はキチンと、わたしで遊ばせてあげますよ。ぼーけんしゃさん」


 ――呼んだ?

 マイサァアアアアン!

 久しぶりのご登場マイサン。

 最近はシリアス続きで登場の機会がありませんでした。

 え? わたしで遊ばせてあげますよ??

 そんなまさか!?

 いえ、今回の言葉は勘違いのしようがありません。

 とどのつまり、ソウイウ、遊びをして頂けるのでしょうか。

 ――いけません。

 これは間違いなく、本格的な浮気行為。

 お金だけ支払って立ち去りましょう。


「お、おおおおっ! お金っ! お金なら払いますのでっっ!!」

「あっ、お金なら大丈夫です。今日はお礼だと思って楽しんでください」


 レーヴェちゃんはそう言って、私の手を引いて歩きだしました。

 やっぱり――すごい力です。


「わたし、冒険者さんのこと気にいっちゃいました」

「ま、まずいですって!」

「何が? ……冒険者さん。今日はわたしのこと、いっぱい欲しがってくださいね?」


 何故だかわかりませんが……。

 ものすごく、本当にものすごく、背筋に冷たいものが走っています。


 ――機体主翼に着氷確認!!

 ――メーデー! メーデーメーデー!!

 ――またメーデーなのか!!?

 ――寒冷前線だ! 氷点下突破!!

 ――クソッ! 徐氷作業をサボったな!!?

 ――デアイサーは機能していなかったのか!?

 ――アンチアイス、オフ! アンチアイス、オフ!!

 ――もう駄目だ! スラムダンク着陸を試みる!!

 ――成功させる気ないな!!?

 ――『『『うわぁあああああああああああ――――ッッ!!』』』


「ハッ!?」

「勇者様っ!!」


 正気を取り戻し前方を見てみれば、そこに立っていたのはナターリア。

 ――ッッ!! ――ッッッ!!!


「あなた誰?」

「あ、貴方こそっ!」

「わたし? わたしは彼に助けて貰ったから、お礼に楽しませてあげようと思って」

「わ、わたしも勇者様には助けて貰ったんだから!」

「勇者様って、このヒトの名前?」

「ち、ちがうけどっ! 違うけれども、わたしの勇者様なのっ!!」

「ふーん」


 冷静なレーヴェさんと、慌てているナターリア。

 私も心の中では慌てています。

 まるで浮気現場に乗り込まれて問い詰められているような。

 そんな気持ちです。


「わたしだって勇者様と……ぁ、あんまり、あそんだコトないのにっ!」

「じゃあ一緒にあそびます?」

「えっ! いいの!?」

「いいですよー、このヒトのお仲間っぽいですし」


 ――エッ?

 まさかの三人で!?

 ……。

 ………。

 …………。


 ◆


『『『勝って嬉しい、はないちもんめ!』』』

『『『負けてくやしい、はないちもんめ!』』』


 向かい合って踊っているのは、男女含む十人の子供達。

 その中に一人、私という異物が混入しています。

 ――知っていました。

 チラリと横を見てみれば、白髪褐色幼女形体の妖精さん。

 いつの間にか妖精さんも混ざっています。

 心無しか、妖精さんも楽しんでいるようにも見えました。


『『『となりのおばさんちょっと来ておくれ!』』』

『『『人間がいるから行かれない!』』』


 歌詞は地域によって違うようですが。

 私もショタっこ時代は、この遊びをよくやりました。


『『『お釜をかぶってちょっと来ておくれ!』』』

『『『釜が底ぬけ行かれない!』』』


 この遊びの闇は、人気のある子ばかりが優先して取られるところ。

 大抵は可愛い女の子かイケメンが指名され続けます。


『『『布団をかぶってちょっと来ておくれ!』』』

『『『布団が破れて行かれない!』』』


 勝ち負けが連続しないと同じ子ばかりがトレードされ続ける、この遊び。

 最後の一人になった側で残された者の孤独感は、闇堕ちしてしまいたくなる程のもの。

 ですが今日は――。


『『『勇者様がほしい!』』』

『『『勇者様はあげない!』』』


 はい、もう違います。

 取り合いの対象は私ただ一人。

 相談しようがありません。

 謎のおっさん取りゲーム。

 良い所は最後の一人が生まれないところ。

 悪いところは……取り合いの対象がおっさんであるというところ。

 しかし私としましては――嬉しいみ。

 お互いに順番で一人が前に出て――。


「「じゃんけんポン!!」


 ナターリア、グー。

 レーヴェちゃん、パー。


「よーし、わたしの勝ちー!」

「ああぁぁああああぁっ! 勇者様ぁああああああああ!!」

「大丈夫ですよ、次に勝ってくれれば、そちらに行きますので」

「すっ、すぐに取り戻すんだから……!!」

「そう簡単にはあげないよー」


 結局私は、お昼過ぎまでたっぷり遊びました。

 戦いで荒んだ心が安らぐような、そんな遊びの一時。

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