『はないちもんめ』二

 女の子たちと思いっきり遊んだ日の夜。

 明かりはガラス窓から入ってくる月明かりのみ。

 外からは謎の虫の鳴き声が聞こえてきてます。

 そして――。

 私は一人、ベッドの上で考え事をしていました。


「……この戦争が終わったら、ですか」


 まずはナターリアに対して正式な告白をしましょう。

 随分と待たせてしまっています。

 可能な限り健全なお付き合いをして……。

 まぁナターリアが幸せになってくれるのであれば、子供はどちらでも構いません。


「…………」


 子供の頃から青年時代まで好きだった――冒険。

 洞窟に山。

 氷の洞窟にも入りましたが、腹這いで進んでばかりだったせいでかなり濡れました。

 この世界でならもしかしたら、海の中だって探検できるかもしれません。


「……海、ですか。この世界にもあるのでしょうかね」

「あるよ」

「――!?」


 不意に隣のベッドから聞こえてきた声。

 静かな声だったので一瞬妖精さんなのではないかと思いましたが――違います。

 現に妖精さんは空中に浮いた状態で睡眠中。

 つまり声を掛けてこられるのは、一人しかいません。


「リア、起きていたのですね」

「……うん、勇者様の声がきこえて」


 どうやら起こしてしまったようです。

 うん、と答えてはくれましたが、完全に私の独り言で起こしてしまった形です。

 しかしナターリアが〝うん〟と答えてくれたので、謝るに謝れません。

 申し訳ない気持ちでいっぱいです。


「落ち着いたらね、二人で一緒にいこ?」

「二人で、ですか?」

「うん、二人っきり。廃教会の子たちは長く離れられないと思うし」

「シルヴィアさんと妖精さんとは、私から離れられませんよ」

「いいよ、勇者様といっぱいお話しできるなら」


 布の擦れる音。

 ナターリアが立ち上がったのが、気配でわかりました。


「はいっていい?」

「いいですよ」

「……んっ」


 私がベッドの端にまで移動すると、ナターリアが毛布の中に入ってきました。

 少し狭いですが、寝苦しいという事にはなっていません。

 むしろ落ち着きます。


「そしたらいっぱい冒険して、お仕事もして、ダンジョンだって攻略して……」


 ――ダンジョン。

 それも存在を知らなかった情報です。

 地下遺跡では恐ろしい光景と真実を見せ付けられました。

 この世界のダンジョンがよくある冒険モノと同じである事を願いましょう。


「それでお金にいっぱい余裕が出来たら……わたし、子供もほしいな」

「子供ですか?」

「うん。気がはやくってごめんなさい」

「いえ、大丈夫ですよ」


 シルヴィアさんは確か、彼女は子供を授かる事が可能だと言っていました。

 正直に言って見た目が子供であるナターリアに子供というのは……。

 体の心配をせざるを得ません。


「絶対に叶わない体になった時は諦めていたのに、できるカモって思ったら欲しくなっちゃう、ワガママな子なの。……わたしが勇者様を諦められなかったのも、タブンそれが理由。ホントのほんとーに、叶ってくれて嬉しいわ」


 普通に育っていれば普通だった未来。

 ナターリアの整った容姿であれば、間違いなく引く手数多だったでしょう。


「全然ワガママなんかじゃありませんよ」

「うふふっ、ありがと」


 もう今の彼女に直接聞いたりはしませんが……。

 こんなおっさんで本当に良かったのか、と思わざるをえません。


「……貴方だからいいんだよ」

「えっ? あれ、口に出てました?」

「ううん。でも、そんな顔してたから」

「そう、ですか……」


 とうとう表情だけで考えている事が読み取られるようになってしまうは……。

 隠し事は一生できる気がしません。

 今の部屋は月明かりだけの暗がり。

 伸ばした手がなんとか見える程度の明るさです。

 ナターリアは本当に夜目が利くのでしょう。


「ちゃんと勝とうね、勇者様」

「ええ、勿論です」


 ……すごくフラグっぽいやり取りをたくさんしてしまいました。

 私はジンクスというものを余り信じないタイプではあるのです。

 か、ここまで色んな部分で旗を立てすぎていると、流石に気になるというもの。

 強襲作戦の時はなんとか誤魔化しました。

 しかし今のやりとりは、完全にアウトなのではないでしょうか?

 念の為に、どこかで帳尻を合わせておいた方がいいかもしれません。

 ……。

 ………。

 ――であれば、早朝にリアの下着を被れば、ドン引かれて帳消しに……。


「勇者様」

「はい」

「脱ぎたてを被りたい?」

「声に出ていたのですよね?」

「ううん、そんな顔してただけ」


 ――どんな顔ですか。

 本当の本当に、一生涯嘘が通じるような気がしません。

 シルヴィアさんやホープさんばりの観察能力です。


「今から脱ごっか?」

「脱がなくて、いいです」


 そんなやり取りをしていたらいつの間にか寝ていて。

 目が覚めたら朝になっていました。



 ◆



 一夜が明けて、その日の昼頃。

 私は部屋で素振りをしているナターリアをジッと眺めていました。

 ククリナイフの軌道は全く見えず、振り抜いた姿が見えているのみです。


「外じゃなくて大丈夫ですか?」

「んっ。得物が短いし部屋も広いから、物を壊すような失敗はしないわ」

「物は壊れても大丈夫です。ただ、体のどこかをぶつけてしまわないか心配で……」

「うふふ! それこそ要らぬ心配ね。勇者様の前でそんな恥ずかしい姿みせられないものっ!」


 そう言って何度かククリナイフを振り抜いたナターリア。

 素早過ぎて全てを見る事はできていませんが、滑らかな体運びです。

 刃の動きを見る事が出来る実力者であれば、絶賛する事間違いなし。

 体の動きだけでも上質な演武を見ているような気持ちにさせられます。

 皆について行けるだけの体があれば、是非とも教えを乞いたかったところ。


「リアの体の動きは綺麗……いえ、美しいですね。本当に」

「へっ?」


 スゥッと壁切り裂いたナターリアの得物。

 動きが思いっきり狂いました。

 ええ、間違いなく私のせいです。


「あっ、あああ! どうしよっ!?」

「この宿舎、店側の者は誰も居ないので大丈夫ですよ」


 食事を自前で用意するか炊き出しに向かわなければならないのがネックですが。

 今回は無人で助かりました。


「う、うぅ。恥ずかしい……」


 ナターリアの貴重な、羞恥によって恥ずかしがっている表情。

 裸を見られても割と平気そうな顔をしているナターリア。

 確かに見た目以上に生きているので、それは仕方が無いのかもしれません。

 しかし、なんというか……これはエッチです。

 そんな事を考えていたその時――ノックの音。


「オッサンー、客だぞー」


 アロエさんの声。

 私はベッドから立ち上がり、部屋の扉を開けて彼女を出迎えました。


「お客ですか?」

「あの時のドレイクンと純魔族。あとは……人間の貴族が一人だ」


 ――あの時のドレイクンという事は、レバンノンさんとそのお付の者でしょう。

 魔王軍側の者を言うよりも嫌そうな顔をして〝人間の貴族が一人〟と言いました。

 やっぱり、アロエさんも貴族は嫌いなのかもしれません。


「分かりました。その顔ぶれという事は、戦争関係の話で間違いないですね」

「タブンな」

「では一人で出るので、皆さんはそのまま待機。詳細は後で話します」

「了解だ。外に出てるヤツらもできるだけ集めておこう」

「ありがとうございます」


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