『殿の町』三

 魔族の町を人族軍が制圧した、その次の日。

 予想外にも町は、人道的に占領されていました。

 ポロロッカさん情報では、リュポフさん、クッコロ騎士さん。

 それからアークレリック軍を率いているラフレイリア様が頑張ったとの事。

 ドレイクンのレバンノンさんが協力的だったのも、かなり大きいかもしれません。

 次の再侵攻が開始されるまで三日間。

 占領した町での、しばしの休息期間です。

 現在の私はというと――。


「ねぇ冒険者さん。わたしと、あそんでいかない?」


 一人で町を歩いている最中に、少女から声を掛けられました。

 肌の色と角が生えている事から考えるに純魔族の子供。

 壁外では敵味方の遺体が燃やされていて、処理されています。

 そんな状況で、こんな状況。

 色んな意味で少女の誘いに乗れるわけがありません。


「いえ、私は……」

「銀貨五枚で、好きなだけ遊んであげる」


 似たような事が、この世界に来てすぐにもあったような気がします。

 あの花売りの少女は今、一体どうしているのでしょうか。


「お金とか、ほしいんだけど……」

「――っ」


 立ち去ろうとした私に近づいてきて、手を取ってきた少女。

 確かにこの町は人道的な占領が行われました。

 ですがそれは、勝者と敗者で明確な差別化がされている上での話。

 食料も多少は配給されているようですが、それは満腹には程遠いもの。

 親が居なければ、満足な食事を確保出来ないのも自然の摂理。

 それに、もしかしたら。

 私がこの少女の両親を殺している可能性もあるかもしれません。

 今回声を掛けられたのが偶々、私だったというだけ。

 ここで金銭を出さずに通り過ぎれば、また別の誰かに自分を売るでしょう。

 こんな――。

 私はこんな光景が、見たかったわけではないのです。

 ただアークレリックでお世話になった人と、仲間を死なせたくなかっただけ。


「わかりました。銀貨五枚ですね」


 私は金貨袋から金貨を一枚取り出して、少女に手渡しました。

 これでほんの少しでも、この子が楽になる事を祈って……。


「少し多めに出してしまいましたが、お釣りはいりませんよ」

「わぁ……!」


 金貨の輝きに目を奪われたのか、少女が瞳を輝かせました。

 見ようによっては無駄使いなのかもしれません。

 しかしまぁ、これだって悪い方向に向かう事は――。


「あと遊びもいりませ……って、ちょ!?」

「きてっ!」


 私は少女に手を引かれて、薄暗い路地を進みました。

 ……すごい力です。

 とてもではありませんが、私の〝筋力〟では抵抗できません。

 まるで手を万力に挟まれた状態で車に引っ張られているかのような……。

 ――えっ、殺される?

 そんな状況を思い浮かべながら薄暗い路地へと引っ張り込まれた私。

 少し広めの分岐道に出ました。

 そこに居たのは、四人の純魔族の少女。

 少女らは長い縄を持っていて、準備は万端といった表情です。

 その光景を見た私は――覚悟を決めました。


「ぼーけんしゃさん! おっはいんなさいっ!」


 二人が縄を回していて、他の二人が跳んでいます。

 これは……こ、これはッッ!!


「きゃっ!」

「あー、ツノが引っ掛かったー」

「もう一回いくよー」

「よーっし!」

「さっ、わたし達と遊びましょう!」


 ニッコリ。

 私は夕暮れ時まで――楽しく遊びました。



 ◆



 少女たちに夕食も奢ってあげた後、宿舎に帰ってきました。

 用意された宿舎はボロではありますが、広さだけは十分です。

 宿舎から出た時は暗い気持ちでいっぱいでした。

 が、今は女の子たちの御かげで少しだけ楽になっています。

 まるで楽園の天使たちと戯れてきた後のような、この気持ち。

 しかし私は、遊んできたのがバレるワケにはいきません。

 なので出た時と同じような暗い顔を作って宿舎の扉を開けました。


「ただいま戻りました」

「あぁおかえり、メシは食べるか?」

「食べてきたので大丈夫ですよ、アロエさん」


 出迎えてくれたのはアロエさん。

 お酒を片手にほろ酔いな雰囲気です。

 というのも部隊が居たのが最後方だったというのもあって、部隊死傷者数ゼロ。

 それでいて一定以上の活躍あり。

 部隊長である私とアロエさん、それからナターリアは、敵司令部の破壊。

 もう既に、かなりの活躍が認められています。

 死傷者も無しの大戦果。

 お酒も支給されているので、皆が陽気になるのも仕方が無いでしょう。


「そうか。だがよかった、出て行った時よりも顔が晴れやかになったな」

「晴れやかになってます?」

「全然違うぞ。外で何か、良い事でもあったのか?」

「べ、べべべ、別に何もないですよ!」


 普通に問い掛けてきたアロエさんに対し、思わず早口になってしまいます。

 いけません。アロエさんが訝し気に顔に変化しました。


「そ、それより、リアはどうしたのですか? 一番に出迎えてくれると思っていたのですが」

「ああそれなら――」

「勇者様ッ!」

「リア、そんなところ……にッ!?」


 声のした方を見てみれば、濡れバスタオル一枚のナターリア。

 その布も前を隠せる程度の面積しかなく、肌の殆どが透けて見えています。


「お帰りなさいっ、勇者様っ!」

「ストップ! ストップストップ!!」

「少し湯浴みをしていたからお迎えできなかったのだけれど……あれっ?」


 疑問顔で私の前で立ち止ったナターリア。

 この際ローブが濡れても構いません。

 その隙を突いて私はローブを脱いで、ナターリアに被せました。

 同時に、ベシャリと地面に落ちたバスタオル。


「んっ……うふふっ、ありがとっ!」

「いえ、そんな事よりもリア。淑女ならもう少し恥じらいをですね……」

「もうっ! 勇者様以外の男のヒトの前じゃ、こんなコトしないわっ!」


 ぷりぷりと頬を膨らませながら怒るナターリア。

 が、ふと何かに気が付いたように……。

 ローブの襟首を広げて、数度鼻をヒクつかせました。

 ――見えそうです。


「勇者様の匂いに混じって、女の子の臭いがするわ……」


 ――ビクゥッ。


「き、気のせいじゃあないですか?」

「ううん、間違いないわ。五人? たぶんそうね」


 ――人数まで。

 シルヴィアさんも出てきていないというのに、冷え込む宿舎の中。

 アロエさん含む全員が、私達から距離を取っています。


「勇者様、ちょっと屈んでもらってもいーい?」

「は、はひっ」

「んー…………」


 可愛らしく整った顔を私の胸元に近づけて、じっくりと嗅いできたナターリア。

 クサく、ないでしょうか……?

 緊張するこの気持ちを余所に、私の胸。

 丁度心臓の上辺りを一度撫でて、耳を当ててきたナターリア。


「すっっごくドキドキしてる」

「そ、それはそうですよ。可愛い女の子にこんな事されたら、誰だって……」

「ううん。最近の勇者様は女の子に慣れてきてるみたいだから、こうはならないと思うの」


 鋭い指摘。

 確かに私は女の子に弱いです。

 が、この世界に来てからというもの、美女美少女美幼女と多く接してきました。

 その甲斐あってか多少の事であれば動じなくなってきています。

 ナターリアが動けなかった時には、お風呂に入れてあげていました。

 絶世の美女であるシルヴィアさんには、毎日死ぬ程のハグをされています。

 地下奴隷都市では、女性だらけの混浴にも入りました。

 ナターリアの言う通り、確かに女性耐性は少しだけ上がっています。

 ――では、何故。

 なぜ私の心臓は、今こんなにもドクドグと脈打っているのでしょうか。


「勇者様、浮気するのが早すぎると思うのだけれど……」


 私の心臓から耳を離して、今度は手を置いてきたナターリア。

 ナターリアは唇を私の耳元に近づけて――。


「……ウソの音、きこえちゃったっ」


 ボソボソボソっとした囁き声。

 全身をゾクゾクした感覚が走り抜けました。

 ――ちがいます。

 私は、浮気なんてしていません。

 ただほんのちょっと、お金の無い純魔族の子にお金をあげて、縄跳びをしてきただけ。

 それにまだ、きちんとした告白だってしていないのです。

 だから、この戦争が終わるその時までは……。


「アロエー。アイツ、むちゃくちゃ往生際が悪いな?」

「シッ! 今いいトコなんだから黙っとけ」

「アルダは空気が読めてない。たぶんオッサンは、口に出てるのにも気が付いてない」


 ――!!?

 私は慌てて口を塞ぎました。


「ううん、浮気はしてもいいのよ? 勇者様のコトずっと守ってくれてる妖精の子と最高位精霊様だっているし。他の女の子たちだって……勇者様を支えてくれているのだと思うから」


 風呂上りだからなのか、妖艶な雰囲気に変化したナターリア。

 この淫靡とも言える雰囲気は、この少女体系から放たれているとは思えません。


「わかってる。可哀想な女の子をいつもみたいに助けてあげていたのよね?」

「い、何時だって自分の為。じ、自己満足です」

「そんな勇者様が好き。そんな勇者様に救われた子は、きっと貴方を好きになるわ」


 本当に、本当にそうなのでしょうか?

 ナターリアは例外中の例外。

 普通ならこんな私に助けられても、トキメキの一つも発生しません。

 なんせ私はイケメンでもなければ、そう若くもないのです。

 今の状況は、ナターリアが相手を見た目で判断しないタイプだから。

 その上で、ナターリアの置かれていた環境が――。


「ねぇ」

「は、はいっ!」

「わたしが勇者様を好きになったんじゃあないの」

「……?」

「勇者様がね、わたしを好きにさせたのよ?」


 ――好きです。

 なんというか……。

 責任を取らないとイケナイ気持ちにさせられる口説き文句でした。

 今この瞬間が、すごく幸せです。


「勇者様」

「はひぃ!」

「わたしともね。たーっっくさん、遊びましょう?」







 この後めちゃくちゃ――普通に遊びました。

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