『醗酵食人』二

 依頼を達成した帰り道。

 何事も起こらない、のんびりとした行程が続いていました。


「ん?」


 が、街道上で道を塞ぐように横転している馬車を発見してしまいました。

 見えてはいるのですが距離的には、まだ割と先。

 その手前では、いかにもな態度で唸っている男女の一組の姿を確認できました。


「すっっごく怪しいわ」

「ええ、私もそう思います」


 目を細めて警戒を露わにするナターリア。

 アレで本当に困っているのだとすれば逆に驚きです。


「野盗か?」

「その可能性は大いにありますね」


 トゥルー君も既に臨戦態勢。


「全員、身を低くしていてください。森から弓矢などで狙っていないとも限りません」

「んー、それは無さそう? 人の気配はあの馬車からする四人だけね」

「そんな事まで判るのですか?」

「うん、あとは馬車の中に何か大きな気配があるわ」

「大きな気配? 家畜か何かでしょうか」


 この世界の事はまだよく分かっていません。

 ですが鳥や豚であれば馬車で運んでいる可能性もあるでしょう。


「ちがう、そんな可愛いいものじゃないと思う。ただその大きな気配の主は出血してるみたいで、かなり濃い血の臭いがしているわ」


 ナターリアも両手にククリナイフを構えて既に臨戦態勢。


「あっ本当だ! 不思議な血の臭い」

「うーん、初めて嗅ぐ臭いだなぁ……」

「獣人はいいなぁ……」


 血の臭いを感じ取ったトゥルー君とタック君。

 それを聞いたレーズンちゃんも嗅覚を羨ましそうにしながらの交戦の構え。

 横転している馬車のすぐ近くまで来てみると……怪しさ倍満。

 私の鼻でも臭いが分かる程に濃い血の臭いがしています。

 速度を下げて近づくと……馬車の傍に居た女性が声を掛けてきました。


「あぁ良かった。馬車が倒れて困っていたのです。どうか手伝っては頂けませんか?」


 女性の身なりはかなり良いです。

 が、肩口や胸元など妙に露出の多い格好をしているのが逆に気になるところ。

 私一人だったら罠の可能性が高いと理解していても瞬時に釣られていた事でしょう。


「酷い血の臭いですね」

「食肉用の豚が大怪ケガを負いまして、どうしたらいいものかと困り果てていました」

「そうですか……」

「手伝って頂ければ、それなりのお礼はさせていただきますよ?」


 そう言って前かがみになり胸の谷間を強調させてきた女性。

 ――ッ!?

 悲しきかな。

 私の視線は夢の詰まった双丘に生じた夢の谷間に釘付けです。

 ですが、それも仕方のない事なのではないでしょうか。

 妙齢の顔立ちが整っている巨乳の女性がそのような事をしてきたとして。

 ええ、抗える男性が何人居るでしょうか?

 もし居たとすれば、その男性はホモかゲイ、もしくはロリコンでしょう。

 例えそれが間違っているのだとしても半数以上の男性はそうなってしまう筈です。

 ――それが常識。その逆が非常識。

 そう、つまり私が彼女の谷間をガン見していたとしても――。

 それは自然かつ常識的な行動であって決して不誠実なものではないのです。

 しかも誘惑してきているのは相手方で、それを無視するのは無礼千万嘘八兆。

 私の視界は――暗闇に閉ざされました。


「あのっ誰ですか? 私の目を塞いでいるのは」

「むぅ! 勇者様のえっち!」

「お、おおお、大きい方がいいのか!? おれだって数年もすればだな!」


 トゥルー君は男の子なので何年経っても無理でしょう。

 大きくなるのはスモールマイサンの方です。

 発言から察するに目を塞いでいるのは、ナターリアとトゥルー君でしょう。

 二人とも似たり寄ったりな慎ましいお胸です。

 ただし、ナターリアの方は膨らみかけ。

 ちなみに、トゥルー君の場合は膨らむことはありません。


「見えないので手をどけてくれませんか?」

「やーだー!」

「お、おおお、おれだってだな! 数年も……数年もしたら女の子にクラスチェンジを!」

「この世界ではクラスチェンジとやらで異性になれるのですか?」

「無理だけど、ダンジョンのトラップならそういうものもあるって聞いた!」


 ――!?

 今のトゥルー君は男の娘。

 ですが万が一そのトラップで、トゥルー君が女の子になったとしたら。

 ――それは一体、何と呼べば良いのでしょうか?

 今まで通り男の娘? それとも、オノコの娘?

 はたまた体の性別的に女性であるのならば女の子?

 これは永遠の課題と言っても過言ではありません。


「ふんっ。逃げるのなら急いだ方がいいぞ」


 シルヴィアさんの声に私の視界は解放されました。

 辺りを見渡してみると既に二つの氷柱が……。

 と思いきや馬車の後ろにも二つ見えているので四つです。


「ぁぁあぁぁぁああ……」


 驚きの表情で氷柱になっている妙齢の女性に思わず声が出てしまいました。

 ゲスな考えなのかもしれませんが勿体なさすぎます。

 世界から美女が一人減ったと考えると胸が痛んでたまりません


「おい、そいつら体の中に爆弾を仕込んでるぞ?」


 バンッという音と共に氷柱の中の肉体がぐしゃぐしゃになりました。

 それは四つ同時です。


「本当に丈夫ですね、シルヴィアさんの氷は……」

「ふんっ。当然だな」


 そんなやり取りをしていると――ズシン! ズシン!

 と木々をなぎ倒しながら進んでいる足音が近づいてきました。


「ちぃ、もう遅いか――ッ!」


 そう言うなり一定の高度にまで浮かび上がっていったシルヴィアさん。

 それは私と雪山で対峙した時と同じ高さです。

 と――倒れている馬車から何かが出てきました。

 キィキィと弱々しく泣き声を上げる生き物の正体は――小さな赤いドラゴン?

 全身に槍が突き刺さっている赤いドラゴン。

 馬車の中にでも固定されていたのか体中に穴が開います。

 そこからは、ドクドクと血が流れ出し続けていました。


「ハ、ハッチリン!?」

「酷い……」

「となると、この音の主は間違いなく……」


 赤いドラゴンの子供――ハッチリンを見て目を見開いたトゥルー君。

 それを見て悲しそうな顔をしたレーズンちゃん。

 ナターリアは額に冷や汗を浮かべながら音の方を警戒しています。

 ――ドゴォンッ!

 という音と共に林を突き破って登場したのは全身を真っ赤な鱗に覆われたドラゴン。


「――――ッ!! ――――――――――――ッッッ!!! ――――――――!!」


 紅いドラゴンの咆哮。

 怒り、悲しみ、我が子への愛。

 そんな感情の入り混じった咆哮に全員の体が痺れて動けなくなりました。

 咆哮の直後に一行を一瞥し、ドラゴンはハッチリンを鼻で揺らします。

 生きている事を確認し何事かを呟いた紅いドラゴン。

 すると、ハッチリンの怪我はみるみるうちに塞がりました。

 親ドラゴンはハッチリンを森の中へと逃がして私達の一行へと向き直ります。

 私の体は――まだ動きません。


「くそっ、よりによってこの種が来るか! 相性は最悪だが、季節は私に味方をしている――ッ! 【強撃準備!】」


 シルヴィアさんは上空で手を上に向けて手首をくるくると振り回しています。

 無数の巨大な氷の槍が空中にて生成され、それがどんどん大きくなっていました。

 その間にも怒り狂っている赤いドラゴン。

 殺意の篭った視線を私達一行へ向け、トゥルー君で目が止まりました。

 振り上げられた巨大な足。

 それを見てトゥルー君に覆い被さる、ナターリア。

 私は――私は――――。



 ◇



 白い壁、白い天井、白い床。

 青年姿の私は、誰かの手を握って泣いていました。

 誰かが言います。


「**君は勇者なんでしょう? だったら、泣かないでよ」と。


 誰かが言います。


「私だけは知ってるよ。**君が誰かのために頑張ってるってこと」


 誰かが……。


「そんな私の****が、私は大好きだよ。っ――コボッ! ゴホッ!」


 誰かが咳き込み、白い部屋に赤が広がりました。

 何人もの人が駆け込んできて誰かを運んで行ってしまいます。

 そんな時、私は何も出来ず……。

 私には、血に塗れた彼女の手を握っていることしかできませんでした。

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