『醗酵食人』一
結局、全員で谷底を探索する事になってしまいました。
フォス君の出してくれた光源を頼りに出口を探します。
「あ、アレじゃないか?」
全員で固まって調査をする事しばらく。
トゥルー君が木の梯子を見つけました。
梯子にはかなりの劣化が見られ、あまり丈夫そうには見えません。
強度が心配なのかトゥルー君も梯子の強度を確認しています。
押してみたり引いてみたり、軽くぶら下がってみたり。
「強度はあるように思えるなぁ。すんっすんっ……うん、腐ってる臭いもあまりしない」
「んー、下部分を見た限りだとそうね」
トゥルー君は嫌そうな顔をしながらも、この梯子は登れそうだと言いました。
一緒に梯子の強度確認をしていたナターリアも同意見のようです。
「最初に上がって確かめてみる? 途中で折れた時に対応できるの、わたしだけよね」
「本当は大人である私が行って安全かどうかを確かめるべきなのですが……」
「あらっ、私も一人前のレディーよ?」
「そうでした。では、お願いしてもいいですか?」
「うふふ。まぁ二番目にレディーなわたしが行くのは当然ねっ!」
そう言うや否や、ナターリアは木の梯子をするすると上って行ってしまいました。
流石は梯子が無くても登れると言っていたナターリア。
普通に歩いている以上の速度で崖の上にまで到達しました。
念の為に空が飛べるシルヴィアさんに付添をしてもらっています。
が、キャッチされれば死んでしまうので気休め程度でしょう。
しばらく待っていると、シルヴィアさんが戻ってきました。
「ふんっ、次は誰だ?」
「お、おれがいきます」
おっかなびっくりで梯子を上がっていくトゥルー君。
途中で足を踏み外すというピンチもありましたが……。
その時はシルヴィアさんが外れた足に合わせて自身の足を足場にしてくれていました。
その機転のお陰でトゥルー君も無事に登頂成功です。
「……次は誰だ?」
下へと戻ってきたシルヴィアさんですが途轍もなく不機嫌そうな顔をしています。
自身の足を足場にされたのが不快だったのか。
それとも冷気遮断の特製オーバーニーソックスを踏まれてしまったのが嫌だったのか。
はたまた、その両方か。
――両方ですね。
私は心の中でそう結論づけをしました。
「では、つぎは僕が登りましょう」
フォス君は難なく梯子を登りきることに成功しました。
それに続いてレーズンちゃん、タック君。
そうして最後に谷底に残ったのは……私。
「お前一人だけなら、アイスハンマーで打ち上げても問題は無いな?」
「ありまくりなので私も梯子で上がりますよ」
「ふんっ」
腕組みをして不機嫌そうな顔をしているシルヴィアさん。
しかし、子供達が梯子を上がっている時よりも少しだけ近くで見守ってくれています。
なかなかに高レベルなデレを見せてくれました。
そうして私が木で作られた梯子を上り始めてしばらく……。
ふと下を見て――後悔しました。
――怖い。
私は別に高所恐怖症という訳でもなく、むしろ好きな方です。
が、この逆さでの命綱無しは足が竦んでしまっても仕方がないではないでしょうか。
「どうした? 震えているぞ」
「……高いですね」
「そうか?」
そう言って首を傾げて下を見たシルヴィアさん。
飛べるからなのか落下しても無傷で済むからなのか。
全くと言っていい程に恐怖は感じていないようです。
私としては、この場で蛹と化して蝉になるまで張り付いていたいところ。
ミーンミンミン。
とはいえ子供達が登って行って自分だけ無理でした、では格好が付きません。
「――よし」
勇気を振り絞って次の段に足を――――。
バギッ。
『折れましたー』
――黙っていてください女神様。
と思いながらも腕で体を支えようとしたのですが、それは空しい抵抗でした。
気付いた時には梯子から手が離れてしまっています。
そう……立ち止っていた足場は運の悪い事に腐っていたらしく……。
私の体重に耐えられずに折れてしまったのです。
地面へと向かって降下を開始する私の体。
「あぁ……」
が、しばらくこないと思っていた衝撃が一メートルもしないでやってきました。
それと同時にやってきたのは背中を押さえつけられるような感覚。
そう、私の体は――壁にぴったりとくっついたのです。
それはまるで女の子の柔足に跨りながら背中を踏まれているような……。
それでいて冷気によってキュッと下腹部が縮こまるような……ッ。
「た、助かりました。シルヴィアさん」
「ふんっ、気にするな」
そう……。
私の全体重は、シルヴィアさんの左足によって軽々と支えられていたのです。
しかも倒れないように右足で背中を踏んでもらえるというオプション付き。
もし過去に戻れるのなら――。
シルヴィアさんの事を気休めだなんて思っていた自身を殴っていたでしょう。
「明日のハグを二回に増やしてくれれば、それでいいぞ」
……もし過去に戻れるのなら――。
過去の私を殴ろうとしていた私を殴っていた事でしょう。
やはり人肌狂いのシルヴィアさんは、シルヴィアさんです。
こうして無事に? 私も梯子を上がり切る事に成功しました。
登頂に成功するなり鼻をフンと一つ鳴らして魔石形体に戻ったシルヴィアさん。
全員が馬車に乗り込むのを確認した後、私は馬車を出発させます。
「なんだかんだ、みんな無傷で依頼達成だなー」
ガタゴトと揺れる荷台の上で、トゥルー君がそのような事を呟きました。
「えっと、冒険者証には殺した相手の種族と数が記録されるんだよね……?」
「そうだなー」
「今回の場合はどうやって確かめるんだろ。倒したのもオッサンの召喚物だし……」
「それについては僕が答えましょう」
レーズンちゃんの問いに得意げに答えようとするフォス君。
私も気になるので黙って聞くに徹します。
「一番は信用です。こういった虚偽の申告が通ってしまいそうな依頼などは意外と多く、酒場側はそれを達成可能で虚偽の申告をしないと思っている相手に依頼を渡します」
完全に初耳です。
一体何時の間に私は、ジェンベルさんに信用されていたのでしょうか。
春牝馬の酒場のマスターに信用されるような事をした覚えはありません。
「信用できない相手に依頼を出さなくてはならない場合は別のパーティーを同行させるとも聞きますね、今回が初見の僕達に依頼が任されたのはオッサン様……コホン。オッサンの連れであり、オッサンが同行するとなっていたのが大きいでしょう」
――ジェンベルさんはいつも人を邪険に扱っているようで……。
と、ここで私は気が付きました。
確かに、ジェンベルさんは私を危険人物扱いしてくる事はよくありました。
が、今まで仕事に関して何かを言ってきた事はありません。
私が護衛の依頼に実質失敗した時もそうでした。
「まぁ、スラムの酒場はその辺が適当である事も多いと聞きます。虚偽の申告は発覚した時に対象を処分するという場当たり的な対応で依頼を出す事も多いと聞きました。つまり場所ごとに違うのでしょう。僕達は、そうですね。何も深い事を考えず出された依頼を誠実にこなしていくのが一番だという事です」
結局のところ私は信頼されているのでしょうか?
信頼されていないのでしょうか?
その真実は、ジェンベルさんのみが知る。
「へー、勉強になるなぁ」
私も勉強になりました。
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