『醗酵食人』三

 ドズンッ――! と響く強い衝撃。

 気が付くと私は――振り下ろされた足の下へと入り込んでいました。

 杖を立て、ほんの一瞬でも時間が稼げれば、と体が自然に動いていたのです。

 ドラゴンの体重を完全に支えている、サタンちゃんから頂いた杖。

 その杖は倒れている二人はおろか、私の命すらも支えてくれていました。


「大丈夫、ですか……?」

「ゆ、勇者様っ!」

「お、オッサン!」

「早く逃げてください。貴方たちがいると……私が本気を出せませんからね……」


 お願いの視線を送ると、ナターリアは涙目ながらも強く頷いてくれました。

 ナターリアはトゥルー君の襟首を掴んで素早く離脱していきます。

 再度振り上げられたドラゴンの足は再び私へと振り下ろされ――。

 響く轟音。


「ふんっ」


 ドラゴンの巨体に氷の槍が当たって、それが砕けた時の轟音。

 足を振り上げていたドラゴンはバランスを崩して横転しました。

 その間にシルヴィアさんは下で動けずにいた三人を蹴り飛ばします。

 ナターリアが退避していった方向に吹っ飛ばされる子供達。

 シルヴィアさんは戦闘準備が整ったと言わんばかりに再び高度を上げました。


「……たたかう力、いる?」

「はい、お願いします」

「……わかった……」


 ――響く、妖精さんの笑い声。

 地面から這い出したのは七体ものおっさん花。

 その内の二体は私に操作権が存在しています。


「……今回のは大物だから、いっぱい呼べたよ」


 同時に触手を伸ばす七体ものおっさん花。

 目を見開き慌ててそれを回避しようとした紅いドラゴンでしたが――。


「【氷結牢獄アイシクルプリズン!】」


 体が地面に固定されて身動きが取れなりました。

 おっさん花の触手がドラゴンの固い鱗に命中します。

 ――が、弾かれました。

 氷の拘束を砕いて体を起こした紅いドラゴン。


「カッ! カツッ! カッ!」

「タンギングだ! スキル外の強力なブレスが来るぞ!!」


 おっさん花七体が咄嗟に壁を形成します。

 それは私ではなく後方に退避していったナターリアや子供達のための壁。

 直感的に悟らされる――力不足感。


「ちっ。【氷結壁アイスウォール!】」


 おっさん花の前に形成された分厚い氷の壁。

 その直後に吹き荒れる炎の暴風。

 紅いドラゴンの放ったブレスは氷の壁を溶かし、おっさん花を丸焦げにしました。

 私はブレスの範囲外に逃がしていたおっさん花の触手を伸ばし……。

 ドラゴンの目を狙います。

 が、反射的にブレスを向ける方向を変えられ、そのおっさん花も焼き払われました。


「【範囲拡大】・【氷結槌アイスハンマー!】」


 ドラゴンの上と下から襲い掛かる氷の槌。

 その二つは見事、紅いドラゴンをサンドイッチ。

 しかしその攻撃に拘束以上の効果があるようには見えません。

 ドラゴンがあちこちにブレスを吐いてしまったせいで周囲の木々が燃えていました。

 このままでは退避していった皆が危険です。


「面倒なッ! 【範囲縮小】・【熱世界之失墜フォールンダスト!】」


 一瞬で形成される白銀に染まった氷の世界。

 ――範囲縮小――。

 何故……何故その小さな範囲に……。

 何故――私が含まれているのでしょうか。


『死にましたー』


 そこはサタンちゃんの天幕の中。

 サタンちゃんは私を指差して思いっきり笑っています。

 景色が掠れ、気が付くと氷の世界のギリギリ内側に。

 私の元々立っていた場所には服と荷物が氷漬けで残っていました。

 当然、馬車と馬も駄目になっています。

 が、白く凍て付いている紅いドラゴン。

 ――やったのでしょうか?


「ニンゲン! 早く次を出せ!!」


 反射的に私はお願いをして妖精さんにおっさん花を出して頂きます。

 それと同時に聞こえてきたのは氷の砕ける音。


「――――――ッ! ――――――ッッッッ!! ――――――ッッ!!」


 紅いドラゴンは――ほぼ無傷。

 ゴォーと炎が吹き出され、それがシルヴィアさんを襲います。


「【氷結壁アイスウォール!】……グッ!」


 先程よりも威力の小さい炎のブレス。

 それでも氷の壁は溶かされきってしまい、シルヴィアさんの体が焼かれています。

 服の殆どが焼け落ちてしまったシルヴィアさん。

 ですが、サタンちゃん特性のオーバーニーソックスには焼け跡一つありません。


「【自己修復!】。舐めるなよ劣化種がッ! 遥か昔に我々を滅ぼした原初のドラゴンは――貴様程度ではなかったぞ!!」


 空中で紅いドラゴンに文句を言っているシルヴィアさん。

 その傷は瞬く間に塞がっていき、シルヴィアさんは綺麗な素肌を取り戻しました。

 まぁそれはそうでしょう。

 あの雪山で何度もボロボロにされながらも全回復し続けたシルヴィアさん。

 そんな彼女の耐久能力は伊達ではありません。


「あっ!」


 その時の事を思い出していた私は――閃いてしまいました。


「妖精さん、アレをやりましょう」

「……やれば?」

「はい、やります!」


 私はおっさん花二体を――ハッチリンが逃げて行った方向へと走らせました。


「ニンゲン! おまえという奴は――!! クズ! ゴミ!! 人でなし!! ハゲ――――ッッ!!」


 仲間である筈のシルヴィアさんから霰のような罵声が飛んできています。

 ――が、おっさん花は止めません。


「グガァ!?」


 紅いドラゴンは、おっさん花の向かう先がハッチリンであると気が付いたのでしょう。

 が、短いブレスは――届きません。


「――――――ッ! ――――――ッッッッ!! ――――――ッッ!!」


 紅いドラゴンの全力の咆哮。

 それでもなお、おっさん花は止まりません。

 注意が完全に我が子であるハッチリンに向いている赤いドラゴン。


「今です!」


 五体のおっさん花が触手を伸ばして両目を突き刺しました。

 寄生種は――発芽しません。

 反射的に吹き付けられた短いブレスによって触手が焼切られた、その直後。


「カッ! カツッ! カッ!」


 タンギング――!?

 おっさん花五体による決死の盾を形成します。

 それにプラスして、シルヴィアさんの氷壁。

 直後に吹き荒れる――火炎の暴風。

 目が見えていないからなのか、やたらめったらに吹き付けられる炎のブレス。

 シルヴィアさんが広げた氷の世界が瞬く間に溶かされていっています。

 ……水蒸気が視界を覆い尽くしたその時――。


「はぁああああああああ――――ッッ!! 【マキシマイズ・グランド――チョッパァアアアァァァァァァ――――ッッ!!】」


 ナターリアの声。

 鉄が無理矢理に切り裂かれるような――轟音。

 耳に入ってきたのは肉が潰れ、骨が砕け千切れる音。

 同時に響く赤いドラゴンの悲鳴。

 今度こそ仕留めた、のでしょうか……? 

 が、次の瞬間には遠ざかって行く紅いドラゴンの声が聞こえてきました。

 私はその声を聞いて仕留め切れてはいなかったのだと理解します。

 音のした位置にまで行ってみると、ドラゴンの前足が落ちていました。

 荒い息をしつつ、それにもたれ掛かって座っているナターリア。


「これは、リアがやったのですか?」

「……ふぅ、ふぅ、んっ……。少しっ、疲れちゃったわ。褒めて、くれるかしら?」

「ええ、リアは凄いです。本当に助かりました」


 頭を軽く撫でると、ナターリアは安心したのか意識を手放しまいました。

 慌てて呼吸等を確認してみるも脈、呼吸、共に政治用。

 単純に疲れて眠っているだけのようです。

 命に別状は無さそうで一安心です。

 恐らくは先程の大技で体力を使い切ってしまったのでしょう。

 ナターリアは見て分かる程に深い眠りへと落ちています。

 しばらくは何をしても起きないかもしれません。

 私は意識の無いナターリアを御姫様抱っこで抱き抱えました。

 確かに体重が重くなっているナターリアに、思わず笑みがこぼれ出てしまいます。

 初めてナターリアを抱きかかえた時に比べて少しだけ重くなっているその体。

 それはきっと今の生活が、ナターリアにとって――。

 それなりに幸せな生活であるという事の証明なのではないでしょうか。


「……帰りましょうか。シルヴィアさん、町までドラゴンの足を運んで下さい」

「食べるのか?」

「馬車と馬が駄目になってしまったので、ドラゴンの足を売って弁償の足しにします」

「まぁ別にいいだろう。ただし道中、面白い話の一つや二つ聞かせてもらうぞ?」

「そうですね、ではとっておきのやつを一つ披露させて頂きましょう」


 シルヴィアさんによって軽々と持ち上げられたドラゴンの片足。

 その表面には軽い霜ができていました。

 完全に凍ってしまっている訳ではないので売るのに支障は無いでしょう。

 むしろ丁度いい具合に鮮度が保たれ最高の保存状態でだと言えるかもしれません。

 持ち上げられているドラゴンの前足を現在の状態は表面に霜が付いているだけ。

 紅いドラゴンの冷気耐性の高さを改めて思い知らされました。

 長期戦になったとしても、シルヴィアさんであれば負けないとは思います。

 ――が、ナターリアの介入が無かった場合。

 それ以外の被害が酷い事になっていたでしょう。


「……すごい戦闘痕ですね」


 戦闘のあった場所は酷い有様でした。

 圧倒的な冷気と圧倒的な熱によって多くの木々が死んでいます。

 が、シルヴィアさんによって蹴り飛ばされた子供達は無傷でした。

 結果的に見れば大きな被害は無かったと言えるでしょう。

 回収する事の出来たモロモロを回収した後、私達の一行は帰路に着きました。

 紅いドラゴンが子持ちで、それでいてその子供が生きていてよかったです。

 でなければ間違いなく、どちらかが死ぬまでの戦いになっていたに違いありません。


 ◆


 その帰路の途中――。


「あの四人組はなんだったんだろうなー」

「可能性の話になるのですが、私を殺しに来た暗殺者の可能性が高いですね」

「えっ?」

「少し危険な依頼に失敗してしまい、たぶんそれ関係で狙われています」


 この予想は恐らく、そう間違ってはいないでしょう。


「みんな危険な目に遭わせてしまい申し訳ありませんでした」

「お、オッサンが謝る事じゃないよ! その失敗した依頼だって頑張ったんだろ!?」

「そ、そうだよ!」

「それなのに暗殺者を差し向けてくるなんて酷い奴等だ!!」


 慌ててフォローをして下さるトゥルー君に、タック君。

 それに続いてフォローをしてくれる〝猟犬群〟の皆様。 


「んー、だとしてもしばらくは大丈夫ね! 今回のドラゴンを退けてしまったのだものっ! 情報を持ち帰った人は居ないし、今回以上の方法はそう無いと思うわっ!」


 意識を取り戻したナターリアが、そのように付け足してくれました。

 襲撃された原因は私なのに明るく振舞ってくれる仲間達。

 この環境は本当に温かいです。


「まぁ精神をすり減らさないで済む範囲で色々注意してみることにします」

「うふふっ、それがいいわね!」

「ところでリア……」

「なぁに?」

「手を回して体重を軽くしてくれているのは有難いのですが、そろそろ歩けますよね?」

「あらっ、てっきり気づかないフリをしてくれているのだと思っていたわ!」


 じんわりと広がるナターリアの温もりが私のマイサンを刺激してきています。

 ――温かいみ。


「けどもう少しだけね、ご褒美ってことにして抱っこしていて欲しいのだけれど……」


 ――ぐっ……。

 ナターリアに、そんなしおらしい態度で言われてしまえば逆らえません。

 お姫様抱っこを続けないという選択肢は完全に消え失せていました。


「もう少しだけですよ」

「うふふ。ありがとっ、勇者様っ!」


 私は痺れつつある腕に再度力を込め、腕の中にある幸せを噛みしめました。




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