第六章 『月光』

『開戦前』一

 吊り橋の殺人鬼を討伐し、赤いドラゴンを退けてから一週間。


「ほぉー……」


 吐く息は白。

 季節は真冬と言っても通じるくらいの外気温。

 現在の私は補修されていく廃教会を、ぼんやりと見学していました。

 廃教会は現在、業者の人たちの手によって綺麗にいく真最中です。

 

「ドラゴンの前足一つで、あんな大金になるとは驚きですね」

「そりゃあそうよぉ~」

「……ああ。最高位精霊が居るにしても、よく全員無事で帰って来られたものだ」


 私と同じくして教会の様子を見ている、リュリュさんとポロロッカさん。

 紅いドラゴンの前足は目玉の飛び出るような値段で買い取って頂く事がでました。

 結果的には、かなりのお金を確保する事に成功したのです。


「龍種の中でもオッサンが退けたのは原初のドラゴンって種よぉ」

「原初のドラゴン?」

「世界に百匹と存在していない、かなりレアな魔物だ」


 まず、ドラゴンの肉。

 量はそんなに多くありませんでした。

 しかし食肉の中では最も高価で珍味な肉とされているそうです。

 シルヴィアさんのお陰で状態が良かったのでしょう。

 黄金と同等の商品として取引されました。

 お金を最優先した私達は、ドラゴンの肉を食べていません。

 確かに味は気になりましたが、お金優先です。


「実物は初めて見たけどぉ、ドラゴンの鱗ってものすごい耐性と耐久力よねぇ」

「……ああ、最高位精霊の打撃と冷気に耐える程とはな」


 通常の素材の売却などはギルド本部にて行われるものです。

 が、今回の場合はリュリュさんに裏の買い取り所を紹介して頂きました。

 細かい品質調査の末に、ギルド売却の倍近くの値段で売れたそうです。


「お二人の伝手の御かげで高く売れました。ありがとうございます」

「気にしないでいいわよぉ」

「……紹介料は貰ってるしな」

「それでも、です」


 品質調査には、シルヴィアさんにも協力して頂きました。

 まずは通常の鉄鎧を殴って頂いて鎧の正面から背中まで穴が開いたのを確認。

 その場にいた全員が目を丸くしていたのを覚えています。

 シルヴィアさんにしてみれば鉄鎧とは、ただ相手の速度を下げるだけの足枷。

 そのあと彼女には、それと同じ力で紅いドラゴンの鱗を殴ってもらいました。

 鉄鎧と同様に穴が開いてしまうと思われていたドラゴンの鱗。

 が、予想外にもそれは、シルヴィアさんの打撃を完全に耐え切ったのです。


「ちなみにアレ、全力で殴ってたら穴は開いていたのかしらぁ?」

「さぁ、どうでしょうね」


 穴が開かなかったのに不満を感じて「次は全力で殴る」と言った彼女。

 ……が、流石にそれは止められました。

 シルヴィアさんの冷気による耐性調査でもそうです。

 紅いドラゴンの鱗は――高い冷気耐性を持っている事が判明しました。

 それで作られた鎧や盾で攻撃を防げば、かなりの冷気を防げるそうです。

 結果――鱗にも目玉が飛び出るような値段が付けられました。

 骨なども軽くて丈夫らしく武器や防具の素材として使われるとのこと。

 ちなみに、ドラゴンの爪なのですが――。

 加工費用を支払い〝猟犬群〟の皆さんの武器を作ることになりました。

 以前に私がプレゼントした武器一式と同種の武器が出来上がるそうです。

 これによって得物が変わらないのは杖を持っているフォス君のみ。

 本人に不満は無いそうで、私のプレゼントした杖を大切にしてくれています。


「でも少しだけ心配だわぁ~」

「心配ですか?」

「駆け出し冒険者が高価な得物を持つとぉ、悪人に目を付けられやすいのよねぇ」

「それは、あるかもしれませんね……」

「……まぁそれでも、この町のスラムにいる連中は手を出さないだろう」


 そんな事を言いながら目を細めて私を見てくるポロロッカさん。

 きっと私の心の綺麗さに、スラムの住民が浄化されているのでしょう。


「しかもパーティーには〝無限の肉屋エターナルプッチャー〟が居るんだぞ? 今の情勢もあるが……」

「下手に手を出したら普通にミンチになるわねぇ。真っ赤なお花が咲くわよぉ~」

「容易に想像できる未来なのが余計に怖いですね」

「……それにしても何だ、あの赤いローブと仮面は……!?」

「可愛いでしょう?」

「いや、目立つってレベルじゃないぞ!!? 俺なら絶対に近づかない……!!」


 力強い口調でそのように言ってのけたポロロッカさん。

 リュリュさんもそれに頷いていました。

 そうこう話している間にも教会の補修作業は、こっつりこっつり進んでいきます。

 教会の補修費用は報酬を人数割りで分配したものを全員で出し合って捻出したもの。

 ですが子供達はコッソリ、私以上にお金を出しているようです。

 外装を整えるのも業者にお願いしているのだとか。

 それに関しては、リュリュさんとポロロッカさんに聞きました。

 職人たちもかなり張り切っているとの事。

 つまり装備を新調する事の無かった私の懐は、まだかなり潤っています。

 が、市場をうろついてもサタンちゃんが出て来ないのが少し気になるところ。

 まぁこれを機に身辺の物や必需品を整えることが出来るので有り難い限りです。


「私はダヌアさんの魔道具店に行ってきますので、これにて」

「あ、私もその店気になってたんだけどぉ、ついていってもいいかしらぁ?」

「勿論いいですよ」

「……その店、魔剣は売ってるのか?」

「確か隅の方に剣も置いてあったような……」

「……そうか。俺も行こう」



 ◆



「あっ、いらっしゃい! ……っと、今日は大人数ね」

「マスター! 大賑わいですね!」

「うんうん。有名人の友達は有名人、ってところだね」


 魔道具店に入ると、カウンター裏の椅子に座っていたダヌアさん。

 その使い魔であるヌーアも一緒に出迎えてくれました。

 ヌーアさんの言葉に、ダヌアさんはうんうんと頷いています。


「すごいお店ねぇ。構えてる場所も場所なのだけれど商品の品質がケタ違いだわぁ」

「……隠れた名店、というやつか」

「えうっ!? そ、その通り! 私のお店の商品はどこにも負けないんだから!! それに安い!」


 お二人の言葉に顔を赤くしてワタワタしているダヌアさん。

 使い魔店員のヌーアさんも、どこか落ち着きが無いように見えます。


「確かに普通の魔道具店で売られてる同等ものと比べれば安いわねぇ」

「含みのある言い方ですね?」

「んー。品質は良いんだけどぉ、全体的に高級品ばかりなのよねぇ」

「……そうだな。これでは新人冒険者が店を見つけても入りにくいだろう」

「そんな! ポーション類は比較的安いのもあるのに!!?」

「治癒のポーションがE級までしか無いみたいだけどぉ、FとGはどうしたのかしらぁ?」

「うっ。それ以下の治癒ポーションは、私が作れなくって……」

「……なるほどな」


 私が適当な治癒のポーションを購入しようと棚を物色していたところ。

 その会話を聞いて固まってしまいました。

 魔法の薬品であるポーションには高額な物が多いのです。

 だからこそ、その負傷に必要なポーションを使うべく等級分けがされている。

 と、リュリュさんに聞かされた事がありました。

 つまりこの店のポーションだけを所持していた場合――。

 小さな傷でも深い切り傷を治療するポーションを使う羽目になる、ということ。

 この世界では小さな傷でも放置するのは危険です。

 結果的には高い出費となってしまうでしょう。

 私は魔道具店をここ以外に知りません。

 リュリュさんに他の魔道具店も紹介してもらうとしましょう。


「リュリュさん。あとで低級のポーションが売っている魔道具店を紹介して下さい」

「いいわよぉ~」

「えっ、オッサンも別の魔道具店に行っちゃうんですか!?」


 ダヌアさんの涙目上目遣いが私にクリーンヒット。

 胸を押さえて、その場に蹲ってしまいます。


「まぁ商品に関しては、ただの客でしかないわたし達が口を出すことじゃないわよねぇ~」

「うぅ……」

「わたしは困らないしぃ。さて、スティレットと魔法毒は置いてあるのぉ?」


 涙目になっていたダヌアさんでしたが商品の事を聞かれるとキビキビと答えます。


「あ、はい。スティレットは魔法カートリッジ型のものが一つ。それから仕込み毒型の物が一つ。あそこの棚にあります。魔法毒は自作のがあちらの棚に各種取り揃えてありますよ」


 リュリュさんは壁際の棚にまで移動して得物と毒を見ています。


「本当に凄いわねぇ。魔法毒の品揃えは予想以上だわぁ~。スティレットも……ええ、良い買いね」


 魔法毒を見て、その品揃えの良さに驚いている様子のリュリュさん。

 それと同時に使い魔のヌーアさんがスティレットを手渡していました。

 スティレットは小さくて片手持ちが可能な三又槍のような武器。

 それを手慣れた様子で軽く振り回すリュリュさん。

 その姿と発言を見るに、かなり満足がいったようです。

 ちなみに選んだのは仕込み毒が可能なスティレットの方でした。


「長剣は……っと、向こうか」


 リュリュさんの様子を見てこの店の品質の良さを確信したのでしょう。

 ポロロッカさんは一人で剣が並べられている場所へと歩いて行きました。

 そうして私がポーション類を始めとした必要な物を買い終えた頃。


「買い物は終わったかしらぁ?」

「ええ」


 リュリュさんとポロロッカさんも必要な物は買えていました。

 お二人はかなり満足気な表情をしています。

 ダヌアさんも高い商品が大量に売れたという事で、ホクホク顔でした。

 ダヌアさんの魔道具店を出たところで、リュリュさんが声を掛けてきます。


「消耗品を随分買い込んでいたみたいだけどぉ、知っていたのかしらぁ?」 

「……?」

「……その顔は知らないみたいだな」

「何ですか?」

「今いろんな場所で魔王軍の侵攻が始まっているらしいのよねぇ」

「――なッ!! この町は大丈夫なんですか!!?」


 魔王軍の侵攻。

 確かに表通りでピリピリした空気の人が多いなと思っていました。

 が、まさか魔王軍が侵攻してきていようとは……。

 二人が歩いている方向について行く事しばらく。

 今現在向かっている場所が〝春牝馬の酒場〟であることに気が付きます。


「……あまり大声で騒ぐなよ。今はまだ一部の人間しか知らない情報だ」

「そうなのですか?」

「数日もすれば公式に発表されると思うが。俺達のは情報屋から仕入れた裏の情報だ」

「この町は……そうねぇ。東の前線都市が陥落しない限りは安全よぉ」

「東の前線都市……」


 東の前線都市というのが、どの辺りにあるのかは判りません。

 ですが言い方から考えるに、そう遠い場所ではないのでしょう。


「既に陥落しているのだとすれば秘密にされているこの状況は悠長過ぎるわねぇ」

「空気がピリピリしていたのは魔王軍の侵攻が原因。という訳ではないですか?」

「……いや、一部の情報力のある奴がワザと情報を漏らしてる」

「何故そんなことを?」

「いきなりで混乱が起きないようにという配慮だ」

「なるほど。……ですが、嫌な空気になってきましたね」


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