『開戦前』二
お二人とそうこう話している間に〝春牝馬の酒場〟へと辿り着きました。
扉を開けて中へ入ってみると――。
「あらあらぁ。いつの間にココは、こんなに静かな場所になったのかしらぁ?」
「嫌な三人組がきやがった」
「状況を知りたきゃ、ジェンベルに話を聞け」
リュリュさんの言葉に反応した、チビチビとお酒を飲んでいる方々。
不穏な空気が流れる酒場の中を歩き、カウンター席を目指します。
ジェンベルさんの居るカウンターにまで辿り着くと三人でカウンター席に座りました。
「……で、状況は?」
「最悪だ。東の前線都市が突破されてやがった」
「なッ!?」
ポロロッカさんの直球な質問に結論から先に述べたジェンベルさん。
――東の前線都市が突破されていた……?
「冒険者ギルド本部から回ってきた情報によると魔王軍の連中は魔通玉での連絡を阻害する術を持っていたらしい。包囲を突破した騎士がここから三日行った場所にある冒険者ギルドの支部から、ついさっき、連絡を送って来たそうだ」
連絡手段の断絶。
ある意味基本戦略ではあります。
まさか、この世界の魔王軍は統率の取れた、キチンとした軍隊なのでしょうか。
……そう言えば、ポロロッカさんは魔族でした。
魔王軍の主な構成員が魔族だとすれば、おかしな話ではありません。
「……つまり三日後か四日後には、この町が戦場になると」
「いや、そうとは限らねぇ」
「……何故そう言い切れる?」
「アークレリックは周辺の町と比べても頭ひとつ抜けて強固な守りをしてるからな」
「……放置される可能性も高いと言うワケか」
「ああ、それに――」
「旦那、ギルド本部からの続報だ……」
どこからともなく現れた盗賊風の男。
その男がジェンベルさんの耳元で何事かを囁くと――。
ジェンベルさんは途端に渋い顔になって深い溜め息を吐き出しました。
「ジャックからの続報だ! 西の村の連中は現在、魔王軍の追撃隊と交戦しながらこの町を目指してるそうだ! その背後には数万で構成された本体らしき軍勢の存在も確認されてる!! しかも、その本隊は――この町に一直線で向かって来てやがるそうだ!!」
――魔王軍の侵攻。
しかもそれは一直線に、この町を目指している。
「確認されてる頭数の差から考えて今現在撤退戦を強いられてる連中がこの町に辿り着く事は、まず無いだろう!」
声を張り上げ酒場内にいる全員に聞こえるように話をするジェンベルさん。
そのタイミングでまた別の盗賊風の男が現れ、ジェンベルさんに一枚の紙を手渡しました。
その手紙を熟読したジェンベルさんは、ニィ……と笑い――。
「喜べ! この町は三日後か四日後には確実に戦場だ!! 他方に救援要請は送っているようだが魔王軍の侵攻は多方面同時侵攻で増援は来るかのどうかも怪しいらしい! そこで冒険者全員に多額の報酬が支払われる緊急依頼が発行されたってェ話だ!! 何の後ろめたさもねェ便器の蓋よりも綺麗な依頼だぞ!」
静かに湧く酒場内。
元々血の気が多い方が多いようで逃げようだなんて考えの者は一人もいないようです。
「参加してェ奴ァたった今から何時でも俺に冒険者証を差し出せや。それ以降の魔物殺害数だとかで報酬が増えるそうだ。ってぇこたぁ――戦争前に周辺の魔物を狩って、嵩増しをしたっていいってェ事になる。――さぁッ!! たった今からヒヨって出て行った奴ァ二度と俺の店にはいれねェぞ!! さっさと受けろ!!」
まるで祭りのイベント事のようにそう言ったジェンベルさん。
その独特な言い回しもあってか店から出ていく者はだれ一人としていません。
「それじゃぁ、わたしが一番乗りねぇ~」
「……俺が二番目か」
「では、私が三番目の男ですね」
「わたしは女の子なんだけどぉ?」
「そういう意味ではありません」
冒険者証をジェンベルさんに差し出すと、サッと手続きを済ませてくれました。
冒険者証が返却されると同時に黄色い腕章も渡されます。
腕章には冒険者ギルドのマークが入っていました。
「魔王軍の魔族と味方の魔族を判別する為のものだ」
「なるほど」
邪魔にならないように私達の一行がカウンターから離れると――。
次々に荒くれ者達がカウンターへと殺到して依頼を受け始めました。
その中にはミリィさんやヴェストロさんの姿も見えています。
三人で酒場を出て少し歩くと私は一人、空を見上げました。
ついほんの少し前までと同じ空、同じ空気だというのに……。
私にはそれが、ほんの少しだけ違うものであるように思えました。
例えるのならばソレは――戦場の空気、とでも言うのでしょうか。
濃厚な死の気配が同じ空を濁らせているような気がしてなりません。
「魔王軍ですか……」
「あら~、怖いのぉ?」
「ええ、怖いですよ。私は一般人ですからね」
「一般人……?」
軽くからかってくるリュリュさんと何か言いたげな顔で見てくるポロロッカさん。
「魔王軍の侵攻というのは、よくある事なのですか?」
「……そういえば、オッサンは異世界人だったか」
「はい」
「小競り合いはあるらしいけどぉ、境界山を越えてやってくるのは初めてよぉ~」
「……突然の大規模侵攻だ。向こうは戦争の準備が整っていると見て間違いないだろう」
「そう言えば魔王討伐に勇者が向かっていたそうですが、どうなったんですかね?」
「現状から見るに死んでると思うわよぉ。魔王をその気にさせたオマケ付きでぇ」
――勇者の死亡。
これまで一度も無かったという魔王軍の境界線越え。
それは勇者が負けてしまった事によって起こった侵攻なのでしょうか。
少なくとも侵攻を始めた魔王軍を見て勇者が生きていると信じる者はいないでしょう。
そしてそれは私も同様で……。
勇者は死んでいるのだと不思議な確信を持たせられました。
説明しようの無い不思議な感覚による確信。
第六感とも呼ばれる実在するのかも怪しい何かが、私に囁きかけるのです。
――響く、妖精さんの笑い声。
これは妖精さんの笑い声なので第六感は関係ありません。
『死にますかー』
――死にませんし女神様黙っていてください。
例え死ぬにしても、それは戦場の中で死ぬもの。
決して第六感を探っている最中に死ぬものではありません。
私は再び意識を研ぎ澄ませます。
「……一日三ハグ、一日三ハグ、一日三ハグ」
「…………」
「一日三ハグ、一日三ハグ、一日三ハグ。踏みふみ無料」
「シルヴィアさん……?」
「なんだ」
「どうしてこのタイミングで出てきたのですか?」
「ふんっ。そうしなければならない気がしたからだ」
それだけ言って魔石の形体に戻ったシルヴィアさん。
「はぁ……。戻りますか、教会に」
「そうねぇ、ナターリアのパーティーには参加してほしいものだわぁ」
「……教会のシスターにも説明する必要があるだろうな」
「場合によっては避難のお手伝いが必要になりますかね?」
「……要らん。多分彼女と子供達が、この町を捨てて逃げる事は無い」
「そうだと言い切れる理由が?」
「……経験と、勘だ」
キリッとした顔でそう言ってのけたポロロッカさん。
顔が良いからなのか妙な説得力があります。
例え私が同じように言ったとしても誰一人として信じてくれないでしょう。
これで外れていたら全力で笑って差しあげます。
「感、ですか。なら精一杯、私達は、この町を守らないといけませんね」
「ええ、まぁ程々にねぇ~」
「……死んだら連中の避難にも手を貸せないからな」
「ポロロッカさん、さっき廃教会の皆は逃げないって言ってませんでしたか?」
そんな話をしながら、私達は廃教会への道を歩きました。
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