『開戦前』三
現在の場所は廃教会の一室で全員が座って話す事の出来る食卓の場。
エルティーナさんを始めとした、コレットちゃん、ナターリア。
それから他の子供達にも戦争の話をしました。
最初は大きく動揺していた皆さんだったのですが……。
避難の話になると落ち着きを取り戻して皆がここに残ると言い張りました。
私達の一行が教会に辿り着くころには魔王軍の話は町全体に広がったのでしょう。
避難の準備をしている人や戦闘の準備をしている方々で騒がしくなっています。
「――ですが! ここにいては万が一負けてしまった場合……!!」
避難はしないと言い張る廃教会組に私は多くの可能性を話しました。
戦争に負ければ確実にやってくる先の無い真っ暗な話。
が、それを聞いても避難しようとしない廃教会のみんな。
一体どうして。何故、避難をしようとしないのでしょうか。
「私達は元々、行き場の無い子供達の帰る場所になりたいと、この場所で過ごしています。この町から逃げ出して他の町に行っても私達全員が生活できる場所を確保できるとは思えません」
穏やかな表情でそう言ったエルティーナさん。
その表情からは既に覚悟の決まっているような、そんな感情を読み取る事が出来ました。
「うんうん。子供たちが避難したいって言うなら話はちがうんだけど、みんなこの教会を捨てたくないって言ってるんだもん!」
口調はいつも通りのコレットちゃん。
ですが話の内容には確かな違和感があります。
「まるで自分は子供じゃない、みたいな言い方ですね。コレットちゃん」
「あっ……」
「えっ?」
口元に手を当てて、しまった、という表情をしているコレットちゃん。
まさか――。
「コレット、あなたはもう十分に甘えたでしょう? そろそろ本当のことを話しなさい」
「ぅぅ。騙すつもりは無かったんだよ?」
「つまり……見た目通りの年齢ではないと」
「ぅん。わたしみたいな角持ちは、ある程度で成長が止まって不老になっちゃうの……」
「……コレットちゃん。いえコレットさんは、いま何歳なんですかね?」
「〝ちゃん〟でいいから!! おじさん! 女の子に年齢を尋ねるのは失礼なんだよ!!?」
ぷりぷりと怒り出したコレットちゃん。
ここだけを見ていれば間違いなく年相応なのですが思い返してみれば……ええ。
子供達を相手に、お姉さんのような立ち振る舞いをしている場面が多くありました。
それこそ自分よりも体の大きな子供が相手でも……。
「コレットは確か今年で……三百十二歳だったかしら?」
「あー! あーー! あーーー!! 言ったな、もうすぐ三十のエルティーナー!」
「なっ!!? 私の年齢は関係ないでしょう!!」
張りのある肌からは想像できない年齢であると判明してしまったエルティーナさん。
ぷりぷりと怒り出してしまいました。
「コレットちゃんェ。あとエルティーナさん、てっきり二十代前半なのだとばかり……」
驚きの百歳越えだったコレットちゃん。
実年齢から三百歳引いたとしてもおつりが出るくらいに幼い見た目をしています。
世の中わからないものです。
流石のおっさんもショックが――余りありません。
シルヴィアさん、サタンちゃん、妖精さんも実年齢詐欺でした。
私にも、かなり耐性がついてしまったようです。
「ちなみにぃ、わたしは二十代前半よぉ?」
「……俺はもうすぐ三十だ。種族的に、あと二百年は生きられるだろうな」
「あらぁ~。それじゃあ老後の世話は任せるわよぉ?」
「…………」
「断られたら、そうねぇ。ワーウルフを十人、催眠術で無理矢理働かせようかしらぁ」
「……いざとなったら世話くらいしてやる。だから止めろ……!」
ここぞとばかりに若さをアピールしてきたリュリュさん。
そして特に知りたくもなかったポロロッカさんの年齢も無駄に判明しました。
熟年夫婦のような会話でイチャイチャとし始めた、リュリュさんとポロロッカさん。
私からは嫉妬の炎が吹き出しそうです。
「グーギーギーギー、嫉妬心デ人ガコロセレバー。ヨウセイサーン」
「おい馬鹿止めろ! 妖精さんは冗談になってないぞ!!」
「仕方ないわねぇ。オッサンもいれてあげるぅ?」
「「……!?」」
わちゃわちゃと揉み合うエルティーナさんとコレットちゃん。
エルティーナさんは魔力が吸われているのか、コレットちゃんが押し気味です。
そしてリュリュさんの悪戯心溢れる、男二人の心を手玉に取るような言動。
リュリュさんの思いのままに反応してしまう、私とポロロッカさん。
混沌とし始めたこの場で、ただ一人冷静である年齢的には大人のナターリア。
ナターリア以外の大人全員に子供達の冷たい眼差しが突き刺さります。
……。
…………。
………………。
「と、とにかく。私達もここに残ってこの教会と子供達を守ります」
「わたしとエルティーナは多少なら戦えるし、炊き出しくらいならできるかも?」
落ち着きを取り戻したエルティーナさんとコレットちゃん。
ですがエルティーナさんは魔力をかなり吸われてしまったらしく、お疲れ顔でした。
対して魔力を吸ったコレットちゃん。
元から瑞々しいプニプニお肌であったというのに今は更に瑞々しくなっています。
微妙に舌足らずな話し方のコレットちゃんの話し方は演技では無かったのでしょう。
年齢が判明した今も口調はあまり変わりません。
ただその口調からは甘えるような……。
大人の愛らしさのようなものが抜けているように思えました。
「分かりました。リア達はエルティーナさんと子供達の護衛をお願いします。できますね?」
「勿論! でも勇者様はどうするの……?」
「私は、そうですね。シルヴィアさんも居るので最初は城壁の上で戦っているかと」
「危なくなったらちゃんと呼んでよね。勇者様……」
そっぽを向きながらも納得はしてくれたのか、ナターリアはそのように言いました。
「ええ、その時はお願いします」
ナターリアのパーティーメンバーも心配するような視線を向けてきています。
「んー、わたし達はどうしようかしらぁ?」
「……遠距離武器は得意じゃないぞ」
「それじゃあ状況に合わせて臨機応変にいきましょ~」
「……だな。オッサンは城壁の上で戦うなら戦場の下見はしておいた方がいいぞ」
「今はごちゃごちゃしてると思うけどぉ、見ないよりはマシだわぁ」
「なるほど、早めに行って見てきます」
「あっ、オッサン! ちょっとまって」
私が席から立ち上がって部屋を出て行こうとしたところ……。
リュリュさんに呼び止められました。
「……何ですか?」
「言っても無駄かもしれないけど、いざという時は取捨選択も必要よぉ」
「…………肝に銘じておきます」
そう言葉を残し、私はその場を後にしました。
廃教会の外に出てみると、いつもと違うスラムの空気。
普段は不気味な静けさに包まれているスラムが、どこも騒がしくなっています。
この場に似つかわしくない騎士達が出歩き、それを案内しているスラムの住人。
土地勘の無いまま彷徨うよりは住人に協力を仰いだ方が良いという判断なのでしょう。
敵が来る可能性が高いと言われた方角。
東の城壁に向かって歩いていると表通りに差し掛かりました。
表通りはスラム以上に騒がしくなっています。
衛兵さんはそれらを捌くのに手いっぱい、というようなご様子。
私の手足も緊張からなのか……。
痺れにも似た妙な感覚で動きが鈍くなっているような気がします。
最後にこの感覚に襲われたのは、何時の日だったでしょうか。
それは、本当に遠い過去の事。
逆に私は――。
一体何時から、この緊張による痺れを感じなくなっていたのでしょうか。
「きっと……いえ、必ず……」
そして何故、今になってそれが襲い掛かってくるのでしょうか。
私は深く考えることを止め、無心で足を進めることにしました。
妖精さんのクスクスと笑う声が、私の周囲に響きます。
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