『分岐点』一

 東の城壁付近には仮設司令部の天幕が設営されていました。

 騎士や衛兵に冒険者らしき格好をした方々が行き交っています。

 私が見ても何かが分かるとは思えませんが……。

 リュリュさんの言葉でもあるので真っ直ぐに城壁の上へと繋がる階段を目指します。

 ……と、階段の手前で見知った顔を見つけました。


「ダイアナさん……?」

「ん? ああ、オッサンか」

「ダイアナルさんも下見ですか」

「なんで名前を言い直した? どうやら今すぐ死にたいらしいな!」


 額に青筋を浮かべながら腰の剣に手を添え、カチャカチャと鳴らすダイアナさん。


「……はぁ、まぁいいか。お前も防衛に参加するのか?」

「ええ、微力ながらこの町のために頑張らせて頂こうかと」

「町のために……? その台詞は、お前に似合ってないぞ」

「では、ょうじょの為に頑張ります」

「そうかそうか、やはり私に捕まりたいらしいな!」

「えっ!? いやそれは流石に理不尽というものなのでは!?」


 私の返答を聞いたダイアナさん。

 呆れたような表情で深い溜め息を吐いてから階段を上り始めました。


「ここは私の担当だ。案内してやるから付いてこい」

「助かります」


 ダイアナさんに付いて歩くことしばらく。

 狭間胸壁を補強している衛兵さんとすれ違います。

 初めて壁の上にやって来た私は、この町の堅牢さを思い知らされました。

 角櫓があるのは当然ながら、その間にあるいくつもの射眼は凶悪そのもの。

 更には石や油などを流し込む出し狭間なども完備。

 一見するだけでその堅牢さが伝わってくるようです。

 そして、なりよりも――。


「この馬鹿でかいボウガンは何ですか?」

「魔力バリスタの事か。魔力弓と同じで魔力を矢にして飛ばす兵器だ」


 ――魔力バリスタ。

 壁の上に一定間隔で配置されているそれらは、レールに固定されています。

 地面に設置されているレールの上を移動させることが出来るのでしょう。

 魔力バリスタの大きさを見ただけで、その威力の高さを窺い知れるというもの。

 銃座はその場で回転が可能らしく、それを整備している人の姿も多くみられました。


「一度は発射する瞬間を見ておきたいですね。本当に頼りになるのか判りませんし」

「ふむ。確か向こうの魔力バリスタが整備終わりに試射をすると言ってたな……」


 ダイアナさんに案内されてその場所へと向かってみると――。

 タイミング良く、その魔力バリスタが発射されるところでした。


「三、二、一……撃て!」


 東の平原に飛んでいく大きな光の矢。

 その大きな光の矢はしばらく飛ぶと先細りして消えてしまいました。

 が、光の矢は粒子になって消えてしまうまでにかなりの距離を飛んでいます。

 射程距離はかなりのものだと思っていいでしょう。


「すごい飛距離ですね」

「だが、それ相応の魔力を消費するのと魔石での代用が利かないという欠点がある」

「それでも、コレは本当に防衛のかなめになりそうですね」

「まぁ一応は、この町で二番目に強力な兵器になるからな」

「二番目……?」


 自慢げに魔力バリスタを撫で、次の場所へと向かって歩き出したダイアナさん。

 しばらく歩いていると、ダイアナさんは独り言のように言葉を発しました。


「さて、あと三日で何ができるのか……」


 ――あと三日。


「まずは城門が突破された時のことを考えて内側にバリケードくらいは設置しないとな。石と油、それから通常の矢の準備を考えると……かなりギリギリだ」


 三日もあると考えれば多い時間です。

 が、戦争の準備をすると考えれば三日はかなり短いものなのでしょう。


「何か手伝えることは?」

「無い。お前はおまえで戦う準備を整えて戦争で暴れてくれれば、それでいい」


 キッパリ無いと言い切ったダイアナさん。

 あとに続いた言葉から考えるに戦いに集中してほしいという事なのでしょう。


「そもそも準備の段階で素人に手を出されても邪魔にしかならん」

「確かに……」


 私が気落ちしているのに気が付いたのか。

 ダイアナさんは人懐っこい笑みを浮かべながら口を開きました。


「緊張してるのか? お前はそういったものには無縁の人間に見えたのだがな」

「私だって緊張の一つや二つや三つ四つ五つくらいしますよ」

「やたらと多いな!? ……くははっ!」


 冗談っぽく大げさに突っ込みを入れてくれた、ダイアナさん。

 やはりダイアナさんは心の底からいい人なのでしょう。

 ダイアナさんが私に対して初めての柔らかい笑みを向けてくれました。


「とはいえ私も大規模な戦争は初めてだ。いくらかは怖いし緊張もしてる。一応銀でコーティングされた鋼の剣を持ってはいるが敵がどんな種族で、どんな技を使ってきて、どんな耐性を持っているのかも判っていない。それだけが不安だ」


 自身の腰に差してある剣を見て端整な顔を不安に歪ませるダイアナさん。


「だが逃げ出したりはしない。私を慕ってくれる部下や戦えない住民のためにもな」


 それは覚悟の決まっている美しい表情と、その心模様。

 私にはそれが妙に眩しく見えて、たまりません……。


「南側に着いたぞ。知っての通りこっち側は大きな湖になっていてだな。責められ難い地形になっている。とはいえ油断しているワケじゃあないぞ? この湖には――電子魔力線が張り巡らされているんだからな」


 ――電子魔力線……?


「なんですか、それ……?」


 初めて聞く単語です。

 もしや魔力バリスタのように高威力の兵器なのでしょうか。


「ん、知らなかったのか。壁の内側……ちょうどあそこの階段を下りたところに魔力線の元があってだな、そこに魔力を注ぎ込む事で泳いで攻めてくる者達を感電死させることができる」


 ある胸を張って自慢げにそう語ったダイアナさん。

 バッチリと鎧で覆われていてなお、かなり大きいです。


「エグイ仕掛けをしてますね」

「まっ、これも馬鹿みたいな魔力、もしくは魔石を使うもの。連発は出来ない代物だ」

「こっちは魔石で代用が利くのですか?」

「ああ。とはいえ一回で私の給料三ヶ月分が消し飛ぶ程の魔石が必要になる」

「給料三ヶ月ぶんを一回で……」

「まぁ使われないに越したことはない」

「ですね」


 と、ここまで案内して下さったところで、ダイアナさんが私へと向き直りました。


「大体こんなところか? こう見えて私も忙しい、あとは好きに見て行ってくれ」

「はい、有難うございました」

「ただし、くれぐれも余計な事はしてくれるなよ?」


 別れ際に念を押して来たダイアナさん。

 私の事がそんなに信用できないのでしょうか。

 私は、ダイアナさんと別れた後も一周だけぐるりと壁の上を歩きました。

 が、新しい何かは見つけられずに人も増えてきたので適当に教会へと戻ります。

 適当に町を見て回っていると荷造りをして逃げる準備をしている方々を見かけました。

 ですが大半は今から逃げるのを手遅れだと思ったのか。

 はたまた、この町であれば敵の侵攻を防ぎきれるという確信でもあるのか。

 逃げ出そうとしている人の数は、そうは多くありませんでした。


 ◆


 教会に到着した頃には完全に陽が落ちていました。

 色々動き回っていると時間が経つのが速くていけません。

 その夕食後の席。

 その席でエルティーナさんが、ぽつり、と呟きました。


「始まるのですね。魔王軍との戦争が……」

「はい」

「多くの者が死に、その勇敢な者たちの子供が孤児になる……」

「死傷者無しで済むような規模じゃあ無いですから」

「戦争、ですか……」

「そもそも勝てるかどうかも怪しい程に頭数に差がにあると聞きました」


 今日の食卓には何時もの騒がしさがありませんでした。

 自分の食事を食べ終えた子供達は、さっさと別の部屋に行ってしまいます。

 エルティーナさんの皿に残されている結構な量の白シチュー。

 匙は全くと言っていいほど進んでいません。


「逃げないという判断は、本当に正しかったのでしょうか」


 子供達の居なくなった食卓。


「私は親として、子供達を守り切れるのでしょうか」


 ぽつり、ぽつりと、エルティーナさんの本心がこぼれ出てきます。


「そんな考えが頭の中をぐるぐるとしていて、止まりません……」

「守り切れます。例えエルティーナさん一人に、それが無理だったとしても――」


 普段はあまり弱い所を見せないエルティーナさん。

 そんなエルティーナさんが、この時は本当に弱っているように見えました。


「エルティーナさんの手から零れ落ちた光は、この私が……この、オッサンが……! 地面に落ちて消える前に拾って、エルティーナさんの元へと送り届けてみせます」


 私には似合わない、クサイ台詞を言っているという自覚はあります。

 それが何の確信も無い今にも崩れてしまいそうな砂の城であったとしても――。

 それでも、エルティーナさんには安心していてもらいたい。


「……オッサン……」

「なので安心して食べてください」


 私の顔を見上げてきたエルティーナさん。

 エルティーナさんの美しい碧眼が僅かに潤んでいます。


「このまま三日間も食事をしなければ、手から零れ落ちる光の粒も多くなってしまいますよ」


 真っすぐに私の目をみつめてくるエルティーナさんの瞳。

 エルティーナさんの泣いている顔は、もう見たくありません。

 だからこそ、それが気休めの言葉であったとしても――。


「まぁそうなったとしても……私が全て拾って見せますがね」

「ふふっ、その時はよろしくお願いしますね? オッサン」

「ええ、任せてください」


 にっこりと笑いかけてくれたエルティーナさんに私も笑顔で応えました。


「さて、折角のシチューも冷めてしまっては味が落ちるというもの。温め直してきます」


 そう言ってシチュ―を温め直しに行った私の背後から……。

 かなり小さな声で「……本当にありがとうございます……」と聞こえてきました。

 私はこの世界に誓います。

 例えそれが――雨の日の野外で紙に書いただけの祈り事だったとしても。

 例え、どんな汚い手を使ったとしても……絶対に、守り通してみせましょう。



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