『東へ』二

 二夜明けて、その日の夕方。

 アレ以降は何一つ問題の起こらない平和な道中。

 先ほどまでは私が御者をしていたのですが、今はナターリアがしています。

 なので今の私は、完全に暇を持て余していました。

 そうなってくると当然、余計な事を考えてしまいます。

 そして気が付く――余計な事。


「シルヴィアさん」

「――なんだ?」


 一声掛けただけですぐに出て来てくれたシルヴィアさん。

 私が荷台に座っていて、シルヴィアさんは宙に浮いています。

 馬車の移動速度に完全に合わして空中を移動しているため、止まっているようでした。

 動いていると認識できる理由は、風に靡いて服の裾がはためいているから。

 そしてチラチラと見える……否、バッチリ見えているシリアルキラー純白おパンツ。

 一度で良いので、あのおパンツと肌の隙間になってみたいところです。


「おいっ、早く要件を言え」


 ――ハッ。


「ふと思ったのですが、シルヴィアさんって……トイレに行った事、無いですよね?」


 ――敵性未確認飛行物体、エンゲージ! ブレイク! ブレイクゥゥウウ!!

 ――違う! それは友軍だ!!

 ――誤爆! 大弾炎!! 炎上が止まらない!!


「ふんっ。なんだ、そんな事か」


 何でもない事であるかのように、呆れたような表情でそう言ったシルヴィアさん。

 ……排泄行為を必要としない。

 私は今まで、シルヴィアさんがトイレに行ったところを見た事がないのです。

 そう言った意味では妖精さんやサタンちゃんも同じなのですが……。

 彼女らにはそもそも、排泄口が存在していません。

 これはTSポーションを飲んだ時に知った事実です。

 昭和アイドル憧れの肉体だと言えるでしょう。


「はい。食事を摂っていないので、そういうモノなのかとも思ったのですが」

「別に排泄機能が備わっていないワケじゃないぞ」


 ――ッ!!?


「必要が無いから使わないだけだ」

「と、というと?」

「私達は空気中の魔素を取り込む事で活動する力を確保している。それは解るな?」


 まるで知っていて当然だとでも言いたげな顔です。

 しかし私は当然、そんな事は知りません。

 ――ぐやじぃ……。

 なので、ここは嘘を吐きます。


「そうですね」

「ふんっ。なんだ知らなかったのか」


 スッと目を細めて一瞬だけ出来の悪い子供を見るような表情をしたシルヴィアさん。

 ――ぐ、ぐやじぃ……。

 悔しいので私は、シルヴィアさんの下着をガン見します。

 今すぐにでもお漏らしをして下さらないでしょうか。


「まぁそれを変換して排泄物を生産する事は可能なのだが、どうしてこの無駄な機能が残されているのかは判らん」


 シルヴィアさんにとって排泄物とは、ワザワザ生産しなくてはならない変なもの。

 思えば廃教会にいる皆も、トイレに行く頻度が極端に低いような気がします。

 今この世界で生活している者達は、私よりも体の効率が良いのでしょう。

 シルヴィアさんに至っては無駄の出ない完璧ボディー……。

 しかしながら、そうなってくると余計に気になります。

 シルヴィアさんは食事を摂りません。

 そんな状態で生成された排泄物は、一体どうなっているのでしょうか……?


「おい、口に出てるぞ」


 おしっこは何となく想像する事ができます。

 恐らく彼女のおしっこは――水。


「いや、液体窒素みたいなものだな」


 雪解け水が如く、完全な無色透明になっている事でしょう。

 魔術、それから魔道具によって水を出せるこの世界。

 そのくらい可能だったとしても不思議ではありません。


「ダメだ、また聞いてない。ご主人様はニンゲンの癖によくバグるな」

「うふふっ! わたしはこういう勇者様も好きなのだけれど?」

「……理解できん。これも愛の一種なのか……?」

「そうっ!」

「…………理解できん」


 問題なのは果実ベリーの方。

 普通に生成される原理は、多少なら理解しています。

 食べているものが影響する事が多いモノだと言えるでしょう。

 では、それなら――シルヴィアさんの場合は?

 何も食べていないのに、そこから生成されるモノ。

 それは本当に、排泄物と言ってもいい物なのでしょうか……?

 ――気になります。

 生成されたモノがどうなっているのか、単純に気になります。

 しかしそれを直接聞くというのは……ヒトとして流石にマズいでしょう。

 何一つ恥ずかしがること無く答えてくれる、シルヴィアさん。

 だからこそ自然と、深いアレコレについて質問する事ができてしまいます。

 通常であればセクハラとされるような事でも、淡々と答えてくれるシルヴィアさん。

 故に私は、暇つぶしでシルヴィアさんに対してエッチな質問をする事が可能です。


「暇つぶしだと言うその考え方には、少しだけ腹が立つけどな」

「わたしはもっと、そういう質問をしてほしいのだけれど……」

「コレがいいのか……?」

「というよりね、わたしにもっと興味を持ってほしいの……」

「ふんっ。安心しろ、コイツはお前に興味津々だ」


 ガタゴトと少しだけ揺れの強くなった荷台の上。

 私は、そんなくだらない事を考えているうちに……いつの間にか眠っていました。



 ◇



 ……ムニャムニャ……。


 私は見覚えのあるプールサイドの飛び込み台に立っていました。

 下を見てみれば、立っている場所は四番レーン。

 一番レーンから三番レーンには、見覚えのある者達が立っていました。

 一番レーン、紺色の旧型スクール水着を着た妖精さん。

 二番レーン、白の旧型スクール水着を着たシルヴィアさん。

 三番レーン……黒のフリフリビキニを着たナターリア。

 私を含めた全員が片手に鶏の卵を持っています。

 ――そう。

 今日は卵を投げての水泳大会の日。

 ――ん? 何かおかしいような……いえ。

 今日この日のために、あれこれ練習してきたじゃあないですか。

 そう……空から五千兆円が降り注いだ札束の日も。

 空を埋め尽くすほどの鶏が羽ばたいていた……鶏の日も。

 ええ、何もおかしなことはありません。


 ――ゆ…………まっ…………!

 ……ムニャムニャ……。


 私は卵を投げました。

 卵を投げての水泳大会では、距離を競うのです。

 何の距離を競うのか……?

 それは当然わかりません。

 一番レーンの妖精さんも卵を投げました。

 しかし何故だか――理解できます。

 妖精さんが投げた卵は、ゆで卵でした。

 レギュレーション違反の反則です。

 当然……私よりも遠くまで飛びました。


 ――ゆう…………まっ…………てっ!

 ……ムニャムニャ……。


 二番レーンのシルヴィアさん、投げたぁああああああ!

 空の彼方に飛んで行った挙句、卵は空中分解して消滅しました。

 シルヴィアさんは――失格です。

 体育座りで反省していて頂きましょう。

 三番レーンのナターリア。

 何故か……私に向かって腕を振りかぶっています。

 ナターリア――投げたぁああああああ!!

 ――ベシャリ。

 私の顔に命中して弾けた、その生卵。


 ――もうっ、勇者様は仕方がないんだから……。


 そんな事を言いながら腕を広げて、ゆっくり近づいてくるナターリア。

 私は後退りをしようとしましたが――体が動きません。

 ナターリアは少しだけ宙に浮いて、私の首に腕を回してきました。

 密着する体。

 何故だか判りませんが……素肌の感触ではありませんでした。

 近づく、ナターリアの唇。


 ――わたしはちゃんと言ったから、おっきしない勇者様が、悪いんだからね……。


 目を細めて小さく口を開き、エロティカルに顔を近づけてくるナターリア。

 私は――おっきしています。

 ……否、完全に起きています。

 フルおっきっきっだと言っても過言では無いでしょう。


 ……ムニャム――!?

 唇に触れる柔らかい感触と共に、私は水の底から引き上げられました。


 ――!!

 ――――!? 

 ――――――!!?

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