『おっさんのシチュー』二
ダイアナさんの指示でやってきたのは薄暗い森の街道。
今回の依頼の内容はオークの集団を討伐、もしくはその手伝い。
同時に可能であれば、苗床にされているだろう女性の救出。
情報提供者はなんと、匿名オーク先生。
今生活している町の歓楽街では、オーク先生が働いているお店があるとのこと。
情報提供の理由は単純。
近くにオークの集団が出没するようになってから客が減ったからとか。
ダイアナさん曰く、オークの人間に対する評価は仕事だからヤっているだけ。
つまり……オークが種族の違う人間に対して、心の底から欲情するという事は無い。
がしかし、そこは自分の意思でイキリ立ち棒にする事が可能らしいオーク先生。
その絶技を持って一部客層の心をがっちり掴んでいるそうです。
「案外遠いですね。それにしても……」
一部の客層は現在、無料でいい野良オークの元へと自ら捕まりに行ったとの事。
しかし野良オークは繁殖の為だけに女性を襲います。
そこにはテクも何も無く、ただただ繁殖の為だけに人間を使うと聞きました。
習性を知らない客が酷い目に遇っているのでは、というのも情報提供の理由だとか。
人間ではないというのに人情に溢れた、素晴らしい商法提供者と言えるでしょう。
討伐隊も出ているのですが、ゲリラ的な攻撃に膠着状態となっていると聞きました。
とはいえ、真正面から戦えば討伐隊はまず勝てるそうです。
「索敵がメインになるお仕事ですかね」
薄暗い森の中を道沿いに歩き続けることしばらく。
討伐隊の拠点らしき建造物に辿り着きました。
「止まれ。お前は冒険者か?」
「……その格好にその頭。ああ、お前がオッサンか」
私は入り口に立っていた二人の兵士に声を掛けられ、足を止めます。
かなり筋骨隆々としているフルフェイスバケツヘルムの兵士二人。
可能であれば頭を見て判断するのを止めて頂きたいところ。
「はい、依頼でやってきました」
どう伝わっているのかが気になるところですが、まぁ突っ込みはしません。
「見たところ盗賊という訳でも無さそうだ。……オークの拠点、見つけられるのか?」
「一応、色々とやってみるつもりです」
――妖精さん頼りですが、と心の中で付け加えておきましょう。
「そうか、かなりの実力があると聞いているからな、期待しているぞ」
「え、ええ」
本当に、一体ダイアナさんは私のことをどう伝えたのでしょうか。
「奴ら森の中に入っていく女ばかりを襲ってな、我らとはまともに戦いもしない」
「ん? 待てよ? ……そうか、俺に良い案があるぞ!!」
体格の良いバケツ兵士が、何かを閃いたようです。
……一体どうやったら、そんなにも立派な筋肉が付くのでしょうか。
「女ばかりを襲う。つまり――――女装だッ!」
一体何時から着ていたのか、バニー服へと一瞬で早着替えをしたバケツ兵士。
どうやって生やしたでしょうか、何故かバケツヘルムの上部から飛び出している兎耳。
まぁ百歩ほど譲ってそれはいいでしょう。問題なのは……。
一ミリでもポジションがずれてしまうと、飛び出してしまいそうな強烈過ぎる下腹部。
「成る程、これは名案だッ!」
派手なセクシービキニへの早着替えを決めた、もう一人のバケツ兵士。
綺麗に割れた腹筋と大胸筋がピクピクと動いており、血管が浮き出ています。
こちらも下腹部のマイサンが息苦しそうに自己主張しているのが、なんとも言えません。
二人とも頭兜を取らないのには、何かこだわりがあるのでしょうか。
……いえ、顔を見られては男だとバレてしまうからでしょう。
「お、おお! 完璧な作戦ですね! 私も女装の為の服を用意しておくべきでした……」
用意が無くて残念です。
いやぁ、本当に、残・念・ですッッ!!
「ははは、このうっかりさんめ! それならコレを貸してやろう!!」
――ッ。
意気揚々とバケツ兵士が取り出したものは……紺のスクール水着。
しかも旧型仕様。
絶賛しておいて、これは断れません。
着替えてみると不思議な……いや不自然な程に、私の体にぴったりフィット。
……自己主張の控えめな私のマイサン。
お二人にチンマウントと取られたら勝ち目はありません。
ここはお二人に従うしかないでしょう。
「こ、これならばオークも引っかかる事、間違いなしですね!」
「「では行こう!!」」
適当に森の中へと入っていくおっさんと、愉快なムキムキ二人。
立っていた二人の兵士に代わり誰かが入り口に立ったのでしょう。
最後尾に立っていた私の耳に、話し声が聞こえてきました。
「あいつらさぁ、死なないかな」
「無理だろ。冒険者はともかく、隊長と副隊長は変態度に比例した実力があるんだぞ?」
「……それは死なんな」
「隊長のバニー服は犯罪級だな」
「バカ言え、副隊長のハイレグ、アレは戦犯級だぞ」
「……ところで、アレは女装なのか?」
「バカ言え。あれを女装だと言い張るのなら、今装備してるこの鎧だって立派な女装だ」
「それもそうか」
「「あいつら、早く退職しないかな」」
おっさんにギリギリ聞こえるかどうか程度の声量で話されたその会話。
意気揚々と進んでいくガタイの良い兵士――隊長と、もう一人の兵士――副隊長。
お二人の耳にその声は入っていなかったようです。
「……!! ――!!?」
妖精さんがゲーゲーと、キラキラしたものを吐き出しています。
おっさん、隊長、副隊長の三人で森の中を歩くことしばらく。
唐突に隊長が口を開きました。
「中々釣れないものだな……ハッ! もしや少し、女らしさが足りないのか?」
「鼻歌など歌ってみてはどうでしょう? 怪しい酒場の町娘っぽさが出るかもしれませんよ」
「成る程、やってみよう! ~~♪ ~~♪ ~~♪ ボゲ~♪」
薄暗い森の中にバケツ隊長の薄気味悪い、吐き気を催す汚歌声が響きました。
「オッサン、セクシー女子の私はどうすれば良い!?」
「やはりセクシーポーズではないでしょうか。オークも釣られるような」
「成る程、やはり冒険者に来てもらって正解だったらしい!! どれ、やってみよう!!」
ダイナマーイトゥ、オーウイェーイ。
名状し難い、正気度を下げるポージングを連発しているセクシービキニ副隊長。
隊長の歌声と副隊長のセクシーポーズの影響か、枝に留まっている鳥が地面に落下。
なんと、そのまま動かなくなりました。
脇道から飛び出してきた兎が二人を見るとその場でひっくり返り……気絶。
副隊長の異様に目立つビッグマウンテンからは、具がはみ出しそうになっています。
現状はかなり危険な状況だと言えるでしょう。
「さて、私はどうしましょうか……」
「オッサンは……そうだな、女児らしさをアピールしたら良いのではないか?」
「な、成る程、その通りですね!」
女児らしさ、女児らしさ……。
日頃のたゆまぬ努力から鍛え上げられた観察眼と、それによって得た女児経験値。
……おっさんは、完璧に近い女児らしさを披露しました。
「……!! ――!!?」
妖精さんがゲーゲーと、キラキラしたものを吐き出しています。
私の女児らしいパッチリ見開かれた相貌からなる輝く瞳。
それはまるで何かを見つめているようで、何も見つめてはいないビーダマのよう。
その瞳をしたままに胸の前で手を組み、若干お尻を突き出した姿勢を取って――完成。
当然……死角などあるはずもなく。
「おお! なんと完璧なスクミズ女児! ~~♪ ~~♪ ~~♪ ボゲ~♪」
「これは私も負けていられぬな! こうか! これか! こうなのだろう!!?」
そんな中、この騒がしさに釣られたのか姿を現した三体のゴブリン。
私達一行を見たゴブリン三体は揃って口を大きく開け、驚愕、吐き気、絶望、憤怒。
様々な感情が入り混じったような表情で固まりました。
「おお! 見ろ、あの表情!」
「はっ! 私達に今すぐにでもしゃぶり付きたいという表情ですな!」
「……折角出てきてくれたのです、サービスしてあげましょう」
「「そうだな!!」」
おっさん一行が〝サービス〟をした所、ゴブリン三匹は泡を吹いて気絶。
妖精さんがなんとも言えない表情で、わなわなと震えています。
森の妖精とも言われているゴブリンなのですが、ゴブリンは人の害となる存在。
きちんと止めを刺してから、おっさん一行は再び歩き出しました。
「む? ワーグが来るな」
「ワーグですか?」
「そうだ。オレはワーグと呼ぶが、オッサンは魔狼と呼ぶタイプか?」
「有名な魔物だからな、呼び方も地方ごとに違うのだろう」
「え、えぇ、そうですね」
そんなこんな話していると、青黒い犬の魔物……魔狼が姿を現しました。
その数なんと、現在見えているだけで二十を超えています。
これには当然、私も死を覚悟せざるを得ません。
「――ふっ!」
が、姿勢を低くして駆け出した隊長。
隊長は見事な軌跡を描きながら、飛び掛りつつあった魔狼五匹を瞬きの間に両断。
魔狼は着地したと同時に、ドチャリ、と中身をこぼしながら絶命しました。
「どぅぅオアアァァアア!!」
それに続き、全身の筋肉をばねのようにして跳んだ副隊長。
間合いに入った魔狼を回転切りの要領で、四匹同時に切り飛ばしました。
更に止まらず動いていた隊長が、その気迫に怯んだ魔狼を流れるように六匹排除。
流れるように矢が如く跳んだ副隊長。
下半身から具をはみ出しそうですが、更に五匹の魔狼を仕留めています。
そこでブチンと音がして切れ、重力に従って地面に落ちた上半身のビキニ。
がしかし、そんな事は気にもせずに戦い続けている副隊長。
――正に地獄絵図。
今にも弾け飛びそうな副隊長の下半身の布が、持ち堪える事を期待しましょう。
「…………」
妖精さん、真顔。
私が武器を構えた頃には、ほぼ全ての魔狼が仕留められていました。
残っていた仕事は、穴を掘って、死体の処理を手伝うのみ。
そうしてひたすらに森の中を練り歩くおっさん一行。
結果――オークに出会うこと無く、丸一日歩いて終わりました。
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