『おっさんのシチュー』三

「うーむ、女らしい所作が足りなかったのかもな!」


 討伐隊の拠点にまで帰ってくるなり、疑問顔で口を開いた隊長。


「成る程! こうか! それとも……こうか!?」


 副隊長、くねくね。


「いえ、女らしい所作と言えば、こうではないでしょうか?」


 おっさん、うねうね。


「いや、こうだ!!」


 隊長、太腿すり合わせながらのモデル歩き。


「それだ!」

「ええ、きっとそれです!」


 そんなやり取りをしていると、入り口に立っていた兵士二人が近づいてきました。

 もう我慢の限界だ! と言わんばかりの表情で口を開きます。


「全員さぁ、根本的に違うんだよッ!!」

「なんで変態が一人増えてンだ!!?」

「お前ら三人とも死ねッ!」

「「生まれ変わって、性別と体格を入れ替えてこいッ!!」」


 大胸筋をぴくぴくとさせながら、二人の兵士に接近した隊長。

 その威圧感は凄まじく、まるで超ド級の変態に迫られているよう。


「ほぅ、隊長であるこのオレに対して随分な物言いだな。覚悟はできてるのか?」


 二人の兵士に下腹部のアレが当たる程の距離まで近づいた、バニー服隊長。

 ゴゴゴゴ、という効果音が出ていそうな迫力が兵士二人に襲い掛かっています。


「待て、二人にも女らしさを教え込めば私達を理解……ん? この二人、女らしくないか?」


 ムキムキ兵士二人に近づきながら、そのような事を言った副隊長。

 彼らのどの辺りを見て女らしいと思ったのでしょうか。


「そうだな。無知は罪と言うが、知る機会は誰にでも平等に与えられるべきだろう」

「ならば――教えてやろうではないか、女らしさを!」

「「…………ひえっ」」


 その夜用意された食事は本当に美味なお料理でした。

 曰く、料理を作ったのは隊長と副隊長。

 曰く、幸福な料理は変態の特技。

 何故か隊長と副隊長の部下の全員が、私を彼らの同類であるように見てきました。

 ……酷い風評被害です。


「いいぞ、そこでもっと内腿を絞めろ!!」

「はい、セクシーポーズ!!」


 副隊長のセクシービキニと、私の着ていたスクール水着を着た兵士二人のポールダンス。

 そのポールダンスは見事なもので……他の兵士の方々も皆、黙って見ていました。

 ちなみに隊長の名前はフリードと言い、副隊長の名前はルーテルクとのこと。

 行動に似合わぬ、格好いい名前をしている隊長と副隊長でした。



 ◆



 次の日、現在の私は森の中を一人で探索中。

 フード付きローブのフードは下ろした状態で、可能な限り隠密性重視で行動しています。

 隊長と副隊長の二人はというと、本日は完全に別行動中。

 二人は女らしさを習得させた兵士二人を引き連れ、ハニートラップ作戦を続行との事。

 依頼にある女性の救出は、早ければ早いに越したことはありません。

 逆に遅ければ遅いほど、救出は困難になるでしょう。

 囚われている期間が長ければ歩く体力が残っていない可能性も高まるでしょう。

 更にオークとの子供を身に宿しているとなると……救出はほぼ不可能。

 故に、私は宙に浮いている妖精さんにお願いをします。


「妖精さん、オークの集団……いえ、依頼の場所にまで案内してください」


 クスクスと笑い声を響かせた妖精さん。

 ――暗転。


『死にましたー』 


 暗闇が晴れたら服と荷物を回収し、妖精さん案内の元、森の中を慎重に探索。

 そうして歩くことしばらく……踏み均された獣道を発見しました。


「オークの作ったものですか?」


 クスクスと笑いながらコクリと頷いた妖精さん。

 私は獣道をそのまま通らず、獣道が見える森の中を進みます。


「……っ」


 しばらくすると、獣道を巡回しているオークを発見しました。

 オークといえば最もポピュラーなファンタジー生物であり、数多の姿を持つ存在。

 小柄で鬼の様なオークや、豚顔でぶよぶよと太ったオーク。

 あとは筋肉質で引き締まった体を持つオークや、一部イケメンオークなど、姿は様々。


「……この世界のオークは強そうですね」


 視界に映るオークは、豚鼻の付いたダルマのような頭と、威圧感のある大きな体躯。

 縦にも横にもある体は筋肉質で、見た目だけでも強いとわかる見た目をしていました。

 ……巡回等を行い、辺りを警戒している素振りを見せるオーク。

 その瞳からは、それ相応の知性を感じさせられます。

 私は当然、勝てる気がしなかったので隠れながら進みました。

 息を殺しながら進む事しばらく……。

 予想外すぎる建築物を発見してしまいました。

 丸太を突き立てて壁としている、櫓付きの簡易的な砦。

 入り口には討伐隊の拠点同様に、見張りが立っています。

 オークが幾ら怪力とはいえ、一日二日で完成させられるような物には見えません。

 これはオークが上手く立ち回り、討伐隊を翻弄している事の裏付けだと言えるでしょう。

 ――さて、どうしましょうか。

 と心の中で呟いた私には二つの考えがあります。

 一つは討伐隊に拠点の位置を教え、討伐隊と共に乗り込む。

 メリットは気付かれにくいという点と、自分の身が安全であるとうい部分。

 それにもしかしたら、追加の報酬が期待出来るかもしれません。

 デメリットは……。

 討伐に時間が掛かると、オーク達が囚われている女性を盾にする可能性。

 討伐隊の面々が人質を見捨てれば、人質となっていた人たちはそれまででしょう。


「隊長達なら……」


 いえ、アレでも彼等はプロの兵士。

 人質が盾として出てきたら合理的に判断し、人質を見捨てる可能性は高いでしょう。

 ……では二つ目の案。

 それはこのまま潜入し、人質を救出するという方法。

 メリットは単純。

 上手く行けば人質を無事に救出し、討伐隊に場所の報告ができるという点。

 デメリットは……失敗したら私が死ぬという部分。

 一人であれば見つかっても、女性らを盾にされるということは無いでしょう。

 私は少し考えたあと、小声で妖精さんに話しかけます。


「オーク達全員を豚にする事は?」

「…………」


 妖精さんはオーク達の方を指差して、もう豚だよ? という表情をしています。

 無理、という事なのでしょう。

 妖精さんの小さなお指が、愛おしいところ。


「ではオーク達にバレずに進入できるよう、なんとかお願いします」


 コクリと頷き、クスクスと笑い声を響かせた妖精さん。

 そして――暗転。


『死にましたー』


 ……暗闇から戻ると例によって例の如く荷物と服を回収し、行動を開始。

 妖精さんは、続けてクスクスと笑っています。

 少しすると手、服、背負っているハズの荷物が透明になっていきました。

 触ってみると確かに存在はしているのですが、視覚的には完全な透明人間。

 私は気配を殺し、慎重に砦の方へと移動を開始します。

 ……やはり透明化の効果は絶大で、難なく砦の入り口に辿り着くことに成功。

 足音を立てないよう、抜き足差し足で門番の横を通り抜け――。


「ン? ナンカ、ニンゲンクサクネ?」

「オ前が人間とヤり過ぎたダけじゃないのカ?」

「ソウカナァ?」

「理解できン。他種族の雌ならコボルトの方がまだマシだ、一番は同種だけドナ」

「ニンゲンのメス。ヤワラカクテ、スキダ。ソレニ、子種ブクロヲ、サベツスルナ」

「ウッ……」

「オーク族ノホコリト正義ヲ、ワスレルナ」

「……悪カった。今晩は俺も、人間の雌とヤロウ」


 話の方向が逸れたお陰でなんとかバレずに通過することに成功。

 オークには流暢な言葉を話す者とそうでない者が居るご様子。

 話し方が流暢な砲は街オークと同じで、人間の女性に魅力を感じないタイプでしょう。

 正にオーク! という話し方をしているオークは、人間も好きなご様子。

 ……これは女性の救出も急いだ方が良いでしょう。

 それにしても、オークにも誇りや正義があるという事実に驚きました。

 オークと人間の違いは、見た目と価値観だけ。

 人が生きて行く糧として牛や豚を食べるように、オークもそうしているだけのこと。

 人間が人間を攫って売買される、この世界。

 オークが人間を攫って子供を生ませているのと、人が人を攫って売買している現実。

 そこには一体、どれだけの差があるのでしょうか。

 ……私には判断できません。

 オークの生態は知りませんが、少なくともこの世界の人間は同種――。

 それこそ、子供ですら食い物にしている者がいるのです。

 ……とはいえ、相手に傷付けられたら反撃しないワケにはいけません。

 だからこうしてオークと争いになっているのでしょう。

 ――考えるだけ無駄ですね。

 私は思考を切り替え、砦の中を慎重に探索します。

 砦の中には洞窟を中心として設置さされている幾つものテント群が。

 討伐隊の拠点と違う点は布の質くらいでしょうか。

 私は一際大きな天幕に近付き……こっそりと中を覗き見ます。

 天幕の中には通常のオークの二倍はあろうかと思われる体格のオークが一体。

 蛮族風鎧と兜を装備し、完全武装になっていました。

 当然、取り巻きのオークも何体か居ます。


「ガハハハ、愉快愉快!!」


 巨大なオークの特徴はその巨大な牙で、噛まれたら逃げる事はできないでしょう。

 ……そのまま少し観察していると、取り巻き達は雌オークだという事が判りました。

 芯の通った鼻筋、柔らかそうな唇、豊かな胸。

 人間だったら、さぞや美人であったであろう雌オーク達。

 惜しむらくは、その顔。

 雌オークの顔には、雄オークよりも豚的特長が大きく出ているのです。

 なので残念ながら私から見ると、そんなに美人には見えません。


「ククッ、奴ら完全に我らに翻弄されておるわ! もう二ヶ月はいけそうだ!!」

「キャー、スゴイワー!」

「この牙王ガーブ・ピッグズリーブにかかれば、人間なんぞ敵ではないわ!!」

「ステキー!」

「ダイテー!」

「ガーブサマー!」

「まぁ待て、順番だ順番。なんせ我には、ナニが一つしか無いのだからな!」

「カッコイー!」

「うむ。……とはいえ、そろそろ部下にも雌のオークを回さなくてならん」

「ソンナー!」

「ナンデー!」

「ランラン!」

「我も最近オークの雌ばかり抱いているからな。今晩は人間の雌を抱こうではないか!!」

「ニンゲンニハ、モッタイナイデス!!」

「ン? ニンゲンノ、ニオイ?」


 ――まずい。

 私は咄嗟に天幕から離れました。

 天幕の中からは「ガハハハ! 何故か自分から来た人間の雌が多いからな!」という声。

 それを尻目に、洞窟のある場所へと向かって移動を開始。

 ……洞窟の入り口に立った途端、ここが囚われた人の居る場所だと理解。

 圧倒的な異臭と生臭さに、耳を澄ませば聞こえてくる女性の声。

 私は、先の見えない洞窟の中へと足を踏み入れました。

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