『おっさんのシチュー』一
エルティーナさんの廃教会に滞在し始めてから早数日。
私は毎日欠かさずシチューを作り続けていました。
二日目の朝にシチューを出した時には、また同じシチュー? という顔をした子供達。
しかし私の白シチューは特別性で、見た目は似ていても、中身と味は全くの別物。
千変万化する白シチューのお味は、文字通り千を超えるレシピからなる一種の魔術。
その千差万別する白シチューのお味には、良い子の子供たちも大満足。
この世界の市場に並んでいる食品等は、元の世界にあった食材に似たものが多く。
それが幸いして元の世界で考えた多くのバリエーションを生かすことが可能です。
――当然、見たことも聞いたことも無い材料もありましたが……。
まぁその辺りは自身の舌で判断をし、新たなシチューの材料としました。
……そんなある日の昼頃。
私は玄関先に腰を下ろし、教会の庭地で遊んでいる子供たちを眺めていました。
便座カバーヘッドの上には妖精さんが乗っています。
「…………」
ぼんやりと子供たちを眺めていると、廃教会の裏地へと歩いて行く人影が。
私は子供たちを見ていた重い視線を外し、ゆっくりとその影を追います。
人影に付いて行き、廃教会の裏地で見つけたものは――畑。
それと、その畑の手入れをしているエルティーナさん。
エルティーナさんは私の気配に気が付いていたのでしょう。
ゆっくりと立ち上がり、こちらを見ながら口を開きました。
「……オッサン? と、コレットですか」
――コレットちゃん?
背後に振り向くと、そこに立って居たのはコレットちゃん。
駆け寄ってきたコレットちゃんは、ひしっと私の手に掴まりました。
コレットちゃん、子供らしい無邪気な笑顔で笑いかけてくださいます。
この教会に来てから約一週間。
最初の頃は人の体温を確かめるように肌の接触を繰り返してきたコレットちゃん。
それでいて人の温もりを求めるような、そんな空気で抱き付いてくるのです。
あまりにも痛々し過ぎて、興奮する余裕などありませんでした。
とはいえ最近は一通り落ち着いたのでしょう。
今は軽く手に触れているだけでも平気なように見えます。
まぁ……少し残念ですが。
「畑ですか」
「はい。ショウガがもう収穫できそうなので、今晩の食事にでも出そうかと思いまして」
――ショウガ?
現在の季節を体感で判断するのなら冬間近の秋、もしくは冬。
どう考えてもショウガの収穫季節とは違います。
そのような事を思っていると、エルティーナさんが土に触れました。
かと思えば、ブツブツと何事かを呟きだしたエルティーナさん。
直後、エルティーナさんの手が淡い青色に光りました。
季節外れのショウガの秘密は、ファンタジー世界特有のものなのでしょう。
「殆どの野菜は農業組合の方が権利を持っていて、自由な栽培が出来ません」
「ありそうな話ですね」
「ええ、ですがショウガに関しては話が別」
土から手を離し、こちらへと向き直ったエルティーナさん。
「かつてこの世界にやってきた〝異世界からの旅人〟が、ある言葉を残しました」
異世界からの旅人。
流石はシスターさんというところでしょうか。
彼女はダイアナさんと同様、異世界人の存在を知っているご様子です。
「『ショウガの収穫量を私利私欲の為に収穫量を減らした者は、死ね!』と宣言したのです」
「やばいですね」
「はい。しかしその呪いはきちんと発動し、とても強力でした」
「死人が出たと?」
「そうです。なので、ショウガや一部の作物は自由に作る事が可能なのです」
「自由に動いたのは異世界人の方ですけどね」
知っている名前の食材が多かったのは、元の世界から来た誰かの仕業だったのでしょう。
それにしても作物の収穫量に呪いとは……やりますね。
「ええ、ですがその御かげで私達は助かっています。……それからオッサン」
「はい?」
「私は貴方も――〝異世界からの旅人〟なのではないのかと思っています」
――っ。
思わずビクリと反応して小さく仰け反り、背筋が良くなってしまいました。
「……それはまた。どうして、そう思ったのですか?」
「この世界の生物がコレットの生まれつき持つ力、魔力吸収体質を防いだ例はありません」
「なるほど……」
「ですが異世界からの旅人の中には、そういった能力を持った者がいたと聞きます」
まぁかなりの高確率で、魔力の無かった異世界人でしょう。
「しかし異世界からの旅人にはお人好しが多く、すぐに死んでしまと聞きました」
お人好しかどうかは置いておいて、一般人であればすぐに死ぬ世界かもしれません。
魔物や悪人、それから誤解による死。
「無理な仕事を押し付けられたり、お金を騙し取られて奴隷に落ちてしまったりと……」
「確かに……それはありがちですね」
「――オッサン、貴方はとてもお人好しです。騙されて死に掛けた事があるのでは?」
「いや、それは……」
「貴方からは、死線を何度も潜り抜けてきた人特有のそれを感じます」
いえ、既に何度も潜り抜けきれず……死んでいます。
とはいえそんな余計な事を言う必要はないでしょう。
エルティーナさんに無用な心配を掛けさせたくはありません。
「あまり無理をなさらないでください。……命は、一つしかないのですから」
「…………」
――命は一つ、なのでしょうか?
私は宙に浮いている妖精さんを黙ってチラ見します。
目が合うと口元を押さえ、クスクスと笑いだした妖精さん。
考えを悟らせぬよう、私は話題を逸らすべく口を開きます。
「ああ、ショウガはお米と味噌で食べたいですね。いや、味噌汁も捨てがたい」
とは言ってみたものの、この廃教会には味噌などあるはずもなく。
味噌も米も台所には無いので、買に行くことが必至でしょう。
私とて数日間、無駄に町をぶらついていたわけではありません。
数日に渡る探索の結果、市場に味噌と米があるのを見つけていました。
この町は多少複雑な造りになっているのですが完全に迷うことはありません。
なんせこの町の中央には、町の壁よりも高さのある女神像が設置されているのです。
それを見て大体の方角を把握すれば、適当に散策しても帰って来られるというもの。
……なんにせよ、この世界にお米が存在しているのは間違ありません。
それに米や味噌を全員分用意するとなると、私のお金が完全に尽きてしまいます。
「ええと、お米と味噌はオッサンの分だけでも大丈夫ですよ?」
私が考え込んでいるのを見て、困ったような顔でそう言ったエルティーナさん。
その気遣うような表情を見て、おっさん、決心しました。
今日の献立と、この懐を羽ばたかせる決意を……!!
◆
市場を駆け回り廃教会に戻ってきた頃には、時刻は既に夕暮れ時。
なんだかんだ夕飯の準備をするのに丁度いい時間になっていました。
「わぁ、なにこれー?」
「茶色いスープ?」
「クンクン……匂いが強いね」
「ええ、これは味噌汁と言って、私の地元でよく作られていた料理の一つです」
「へぇー!」
「おいしそう!」
コレットちゃんやエルティーナさんに手伝って頂き用意したお米と味噌汁。
中々良い感じに完成しました。
悄然の祈りを済ませ、食事を開始。
「あれ、食べ慣れた味もするね」
「しょうがー?」
「うひー、このニオイにがてー」
ショウガはそれなりに辛いもので、子供は苦手とする子も多いのですが……。
この場所ではそれなりの頻度で出ていたらしく、辛さについては大丈夫な様子。
とはいえ、獣人の子たちは鼻が敏感なのか少し渋い顔をしています。
「このお米っていうの味噌汁、すっごく合うね!」
「うんうん、パンよりもショウガの味が合ってる!!」
パンのおかずとしてショウガ……?
その組み合わせは果たして本当に合うものなのでしょうか。
そして最終的な結果は――それなりに好評。
シチューの時の反応には遠く及びません。
そもそも半数近くの子が獣人なので、強い香りのものという時点で若干のマイナス点。
妖精さんに至っては匂いの時点で駄目らしく、ショウガに唾を吐かれてしまいました。
当然それを子供たちに出す訳にもいかないので……仕方なく私が食べます。
……美味しい! ぺろぺろ、これは――味噌ショウガの味!!
「美味しいけど……」
「ねぇおじさん、次のシチュー、いつ作ってくれるんですか?」
「次台所に立った時はシチューを作りますよ」
「「「やったー!」」」
子供たちの中にはシチューでなくて少しがっかりしていた子もいました。
次にショウガと味噌をおかずに米を食べる際は、私の分だけで良いかもしれません。
◆
次の日の朝。
何にせよ、昨日の晩御飯で懐の中身は空っぽになりました。
ほぼ完全な無一文状態だと言えるでしょう。
屋台に出ている串焼き肉すら買えません。
しかし料理を出すのには当然、材料を買うためのお金が必要。
私は在り合せの材料で朝食のシチューを出した後、外へと出て来ました。
念の為、数日間は料理を作れないかも、という旨はエルティーナさん報告済み。
最悪、数日間は戻れないかもしれませんが、なんとかしてお金を作りましょう。
そして町の中を歩きながら考え抜いた結果……金銭を得る方法を閃きました。
というより、先日のお花売りの少女から着想を得ることに成功したのです。
「そうです、私もお花を売ればいいのです!」
プランA、お花売りのおっさん。
響く、妖精さんの笑い声。
「ではさっそく――」
路地から大通りに出ようとしたその時、遠くから小さな悲鳴が聞こえてきました。
声の発生源は大通りの側では無く、スラムの入り組んだ路地の方角。
私は踵を返し、薄暗い路地を進みます。
悲鳴の元へ向かって無表情で歩き、悲鳴を発したであろう者達を発見。
場所はスラムの袋小路になっている薄暗い行き止まり。
その壁際には三人の小汚い男と、それに囲まれている子供が二人。
「……トゥルーくん……」
「大丈夫だチル。お前はオレがちゃんと守るからな!! ……屑共め、こっちに来るなッ!」
背後にいる女の子を庇うよう、錆びたナイフを構えている男の子。
男の子は獣耳でボサボサな髪の毛の獣人ショタっ子。
お尻から生えている尻尾から見て、犬系の獣人でしょう。
「ハッ! そんなボロナイフで敵うわきゃァねェだろ! 大人しく付いてきたらどうだ?」
「黙れ! 人攫いに捕まった子供がどうなるのかなんて、知らないワケないだろ!!」
三人の小汚い男に囲まれていてなお、女の子を守ろうとする男の子。
しかし当然、その程度で三人組の男たちが怯むわけがありません。
男達はギラつく短剣を構え、その包囲を狭めていっています。
「へへ、生死は問わずだったな」
「そうだ」
「つまり後ろのメスガキは、少し遊んでからでもいいって事なんだよな?」
「そうだが……お前、そんな趣味があったのか……」
「なら俺は手前のクソガキを頂くぜ。殺さないでくれよ?」
「あん? お前……! そんな趣味がッ! あったのかッ……!!」
ジリジリと距離を詰める小汚い男達。
これ以上は見ていられません。
私は隠れていた物陰から勢いよく飛び出します。
薄暗い物陰から、野生のおっさんが飛び出した――!
「腹筋ッ! 背筋ッ! 大 胸 筋 ッ ! 私のハートに、水かーけーろー!」
『『『…………』』』
小汚い男達だけでなく、子供達までポカンとした顔で口が開きっぱなしになっています。
一先ず注意をこちらに向ける作戦は成功したと言えるでしょう。
しかし……シーンと静まり返る、薄暗い袋小路。
多分恐らくきっと、私が滑っているわけではないはずです。
「……なんだこいつ……」
小汚い男の一人が、怪訝そうな顔をしてそう呟きました。
「……ゴホン。お二人を解放してください」
「おっ、オッサン?」
白けた空気を変えるべく真面目に呼びかけてみたところ。
獣人ショタっ子が私の顔を見て名前を呼びました。
獣人ショタっ子の顔を良く見てみると……二日目に私のお腹の上で眠っていた男の子。
よく見てみると、女の子の方も見覚えがありました。
男の子がトゥルー君、女の子の方がチルちゃん。
今度からは遠目でもわかるよう、きちんと目に焼き付けておきましょう。
「チッ、知り合いか」
「へへっ、だが相手は一人だ。やっちまおうぜ」
「待て待て! その男、何処かで……」
一番まともそうな男が他の二人に静止を掛けたその時――。
タイミング良く、クスクスと笑い声を響かせた妖精さん。
「ッ――思い、出した!」
「あぁ、こいつァやべェ!! 報酬とショタ穴一つじゃ割が合わねぇぜ!!」
「最悪だな……」
小汚い男達は慌てて逃げ道を探すも、出口方向には私が立っています。
逃げ出せなくてオロオロとし、変な挙動不審になっている小汚い男達。
私が一歩足を進めると、小汚い男達が全員一歩ずす後ろに下がりました。
「今だ!」
「あっ、待て!」
トゥルー君がチルちゃんの手を引いて私の方へと走り寄ってきます。
小汚い男の一人が手を伸ばしましたが、私が剣を構えるとその手を引きました。
「もう二度と手を出さないというのであれば、今回は見逃して差し上げますよ」
「ほ、ほんとうか?」
「ええ。ただし、もし諦めないと言うのなら……」
剣での戦闘となれば勝ち目は皆無。
ここはハッタリでも何でも使って見逃して頂きましょう。
まぁどうして彼等がこんな私を恐れているのかは判りませんが……。
通りすがりの魔術師にでも似ていたのでしょうか?
「分かった! もう手は出さねェ!」
「俺もだ!」
「ああ、俺も約束するぜ」
背中に二人を庇いながら、私は壁際に移動します。
すると小汚い男達の三人組は、脇目も振らず脱兎の如く逃げ出していきました。
何故恐れられているのかは不明ですが……子供達を助ける事ができてよかったです。
「っ……ッ……」
「うっ……うぇぇっ……!」
身の危険が去ったのに安心したのか、二人の瞳に大粒の涙が浮かんでいます。
これは……来ます――!
「「えぐっ……っ……うっ……うわあぁぁぁあああああああああん――――!!」」
予想通りの全力の泣き声。
男の子とはいえ、やはりトゥルー君もまだ子供。
泣いてしまったとしても仕方の無い事でしょう。
「よしよし、もう大丈夫で――」
「貴様ァ! こんな所で何をやっている!!」
背後から、そんな怒鳴り声が聞こえてきました。
確信に近い嫌な予感が、背筋に深く突き刺さっているような感覚。
恐る恐る声のした方へと振り向いてみると……ッ! そこに居たのは――衛兵さん!!
「貴様か! 最近は子供の誘拐が多いと警戒強化の指示を受けていたが……!」
「いえ違います! これは誤解です!!」
「なにィ!? 五回目だとォ!?」
ああ……――駄目そうです。
とはいえ、そう簡単に諦める訳にもいきません。
なんせ今回〝も〟完全な冤罪なのですから。
「ほぉうらっ、お二人共、私が無実であることの証言をお願いします」
そう優しく声を掛けてみるも……。
「ひっく……うぇぇぇええええ――っっ!!」
「あぁぁああああああああぁぁ――っっ!! おっさぁぁぁああああああああん――!!」」
「貴様ァアアアアアアアアアアアア――――――――!!」
駄目そうな空気。ですが――そう簡単に――ッ!
「本物の人攫いは別に居ます! 私はそこを助けたところです!!」
「……ふむ、本当か……?」
「はい!」
「いや、すまなかった。実はこの辺りで犯罪が起きている気配がしたのでな」
「では――!」
「「おっさぁぁぁああああああああん――――!!」」
……子供達が泣き止みません。
とはいえ、これで私に掛けられた誘拐犯の疑惑は――。
「キミ達、犯人の顔は見たかな?」
衛兵さんが小声で呟きました。
「「おっさぁぁぁああああああああん――――!!」」
んんん? これは――!?
「……誘拐犯は……?」
「「おっさぁぁぁああああああああん――――!!」」
――ゴスッッ!
目にも止まらぬ速度で背後に回り込んできた衛兵さんからの、鋭い一撃。
泣きながら駆け寄ってくる子供達を尻目に、意識は闇の中へと沈んでいきました。
……悲しいみ。
◆
目が覚めるとそこは、そこはかとなく見覚えのある薄暗い空間。
私は奴隷のような服を着て、肌覚えのある固い石床の上に転がされていました。
どうやら私は冤罪で捕まってしまったようです。
立ち上がって鉄格子に近づくと……聞き覚えのある声に声を掛けられました。
「オッサン、宣言通りに帰ってきたってことか……?」
「お久しぶりです…………えっと…………むっちりーナさん」
反対の牢屋に入っていたのは、ダイアナさん。
「おい忘れたな? 私の名前を、完っっ全に忘れたな?」
「思い出しました…………ビックアナ――」
「ルって言ったら絞首刑にするぞ? 今、ここで、私の手でな!」
「ル…………」
「…………」
言葉を止められませんでした。
言いかけで止められたとして、急に言葉を止められる人が何人いるのでしょうか。
赤髪の映えるダイアナさんの、鋭い眼光が気持ち良い。
おっさんの視線は既に、ボロ服姿のダイアナさんのむっちり御足に釘付けです。
「え、冤罪なんです」
「なんて説得力の無い弁解なんだ。でもまぁ、その話の信憑性が高い事は理解している」
「……?」
思えばダイアナさんの態度がかなり軟化しているような気がします。
私に対する恐怖心が抜けているというか……何故?
「最初の依頼、お前は後をつけられ、監視されていたことを知っていたか?」
「いえ、今知りました」
あの違和感の正体。
賊のアジトの位置があそこまで正確に把握されていたのに潰されていなかった理由。
単純に手が回っていなかったという理由の他に、そういった目的があったのでしょう。
その経緯と理由、今ここで聞くことができるのでしょうか。
「お前が異世界人だと判明したあとからずっと、腕のいい盗賊がお前の監視をしていた」
監視されていた?
全く気が付きませんでした。
もしや……廃教会にも監視の手が来ていた?
「察しの通り、廃教会でのお前についても報告で把握済みだ。……お前は少しアレだが、そう悪い奴でもないと私は思っている」
なるほど。
つまり態度が軟化している理由は正にそれなのでしょう。
エルティーナさんには本当に色々な意味で助けられました。
「ああ、ちなみにお前が潰した賊のアジトだが、裏ギルドの裏切り者連中の住処だ」
「賊ではなかったのですか?」
「その通りだが、まぁ実質的には賊だな」
「あの依頼は……お前が自称異世界人だと私の部下に名乗ったから、それで念のためにと裏ギルドに用意させた。そしたら丁度、どクズの裏切り者の処理が決定したからそれを斡旋させて欲しいというので、それに決定した」
つまり、アジトの位置が正確だったのは……そういった理由。
まぁ最悪な事態ではなくて助かりました。
もし私のお願いで妖精さんが豚に変えた者達が〝用意〟された者たちだったら。
急いで元の姿へと戻しに行かなくてはならなくなっていたでしょう。
「何にせよアレですね、今回は冤罪ということで決着が――」
「それがそうでもないんだ」
「へっ?」
「廃教会の子供は私の部下が送り届けたし、お前を気絶させた副官は保安任務に戻った」
チルちゃんとトゥルーくん。
一先ずはその二名の安全が確認できたことを喜んでおきましょう。
「――だが! お前には今……〝冤罪〟が掛けられている」
「…………?」
全くもって意味が解りません。
冤罪が掛けられている?
つまり私は今、冤罪だと理解されている上で投獄されていると??
やはり意味がわかりません。
「どうやらスラムでの誘拐を繰り返している者の首謀者は、相当な権力者みたいなんだ。最低でも貴族。……フン、お前が即刻絞首刑にされそうなのを贖罪依頼に落とし込んだ私の手腕と尽力に、感謝してほしいな」
誘拐犯の首謀者が、最低でも貴族?
――っ。
一瞬、胸の内からドロリとしたものが湧きだしてきそうになりましたが……ええ。
きっと気のせいでしょう。
「調査はしている。だが、あまり進展はしていない。……私が言うべき台詞ではないのだが、次に誘拐に出くわして被害者を助ける時は、目撃者である誘拐犯は〝完全に倒して〟おくべきだ。でないとまた、ここに戻ってくることになる」
実はその情報を私に教えてくれているの、かなり危ないのではないでしょうか?
そんな危険を冒してまで伝えてくれるとは……。
ダイアナさん。思っていた以上に良い人なのかもしれません。
「あぁ、今回の依頼は私が選んだ」
「ダイアナさんが……?」
「なに、そう難しい依頼じゃない。野外警備兵の指揮官二人は英雄級に強いしな」
ダイアナさんが小声で「英雄級に変態度も高いが……」と付け加えました。
「まぁ、お前はあの指揮官二人と気が合うはずだ。詳しくは明日、現地で聞くといい」
「わかりました」
「……で、お前はどうしてあの場所に?」
「お金が尽きたので……」
「ほう?」
「私の愛を売ろうとしていたところを――」
「いや、誰が買うんだ」
詳細の一文字目も語っていないところで、突っ込みを入れてきたダイアナさん。
……ひどぅい。
「ダイアナさん買いませんか? 金貨一枚でお売りしますよ」
「高いなおいっ!」
そのような突っ込みを入れながら鍵の束を弄り始めたダイアナさん。
ダイアナさんは嫌そうな顔で「銅貨一枚でも要らんな」と呟きました。
「さて、死ぬかもしれない依頼と、殺せるものならお前を殺す絞首刑。どちらかを選べ」
「どうして絞首刑の選択肢が入っているのか判りませんね」
まぁ依頼を達成すればお金も貰えるので、そう悪い話ではないのかもしれません。
前向きにやっていきましょう。
「依頼でお願いします」
ガチャリ、と牢屋の扉が開かれました。
こちらが座っているという事もあってダイアナさんの、むっちり太ももが眼前に。
――ペロリ。
憂さ晴らしで、痛恨の一舐め!!
「――ひっ!」
「うーん……テイスティー……!!」
目を見開いて、渾身の力顔。
「――ッ!! こんのっ……! ――――変態異世界人がぁぁぁあああああ――――ッ!!」
わなわなと震えた後に、その御足を大きく振りかぶったダイアナさん。
そのまま……渾身の回し蹴りが放たれます。
――見えました! 今日は黒――ッ!!
ダイアナさんの足は、吸い込まれるように私の首スジに命中。
ゴキリッ! と首から決して聞こえてはいけない音が、聞こえたような気がしました。
その直後。
『死にましたー』
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