『おっさんと謎の輝き』三

 次の日の早朝。

 全身にのし掛かる重量と謎の蒸し暑さのせいで、早朝に目が覚めました。


「一体何が……」


 目を開けてみると、目の前には謎のモフモフ。

 右手にはコレットちゃんが抱きついているのでしょう。殆ど動かせません。

 そして左手は……右手以上の重量となっていて、全く動かす事が出来ませんでした。

 なんにせよ情報が少なすぎて何も判断できません。

 顔を左右に振って目の前のモフモフを退け、モフモフの正体を確認します。

 モフモフを退けた先にあったものは……お尻と尻尾。

 なんということでしょう。私のお腹に、お尻が乗っています。


「獣人の子……?」


 首を動かして見てみると、ぼさぼさ髪の獣人ショタっ子の頭が見えました。

 私の顔にお尻を向けた姿勢で眠っている獣人ショタっ子。

 少し嬉しいみ。

 右手側を見てみれば、そこにいたのは案の定コレットちゃん。

 コレットちゃんは腕に抱き付いてスヤスヤと熟睡しています。

 そして左手側は……なんだかごちゃごちゃとしていました。

 ローブを引っ張るようにひしめき合っているケモミミショタっ子やロリっ子。


「ん、妖精さんは……?」


 寝ぼけ眼で妖精さんを探してみると、その姿はすぐに見つかりました。

 不快そうな顔をして宙に浮かんでいる妖精さん。

 妖精さんは私のお腹の上に乗っている獣人ショタっ子を見て顔を顰めさせています。

 恐らくは押し潰される形で追い出されてしまったのでしょう。

 ――しかしこれは……動けません。

 仕方が無いので二度寝をしようかと考えていると、誰かが接近してくる気配が。

 そこ立っていたのは、ボロの服姿のエルティーナさん。

 何処からどうみても、怒っているようにしか見えません。

 昨夜した布の擦れる音の正体は、着替える時の物音だったのでしょう。

 睡魔に負けた事を後悔しながら視線を上に向けてみると、目が合いました。


「すみません、ウチの子達が……」


 エルティーナさんが申し訳なさそうな顔で近づいて来ます。

 そして、張り付いている子供達に手を掛けようするエルティーナさん。

 ……が、私は目を閉じながら首を横に振ることで、それを止めました。


「エルティーナさん。せっかく眠っているというのに、起こすのは可愛そうですよ」

「……ですが……」


 一歩下がり、困り顔になってしまったエルティーナさん。

 正直に言ってしまうと、もう少しこの状況を堪能していたいとさえ思っています。

 ……しかしまぁ、エルティーナさんに心労を掛けたいとは思っていません。

 私はフード付きローブを身代わりに、子供たちの拘束からの脱出を試みます。


「あ、お手伝いします」


 そう言って上に乗っていた獣人ショタっ子の襟首を掴んで持ち上げたエルティーナさん

 エルティーナさん、さては意外と力持ちですね?


「……助かりました」


 エルティーナさんの御かげでスムーズな脱出をする事には成功しました。

 が結局、私の服装は賊のアジトで入手した服に逆戻り。


「いえいえ。……それと、この子はちょっとやそっとでは起きないので、次から上に乗っていたらどかしてしまっても大丈夫ですよ」


 そう言いながらショタっ子をゆっくり下に下ろしたエルティーナさん。

 やっぱりエルティーナさんはかなりの力持ちであるに違いありません。

 ……とは思いつつも口には出さず、エルティーナさんに続いて静かに部屋を出ました。


「申し訳ありません。獣人の子達が温もりを求めて集まってしまったようで……」

「壁際で寒いはずなんですけどね」


 エルティーナさんの言葉に、私は苦笑いで応えました。

 暖炉から一番遠い場所だと言うのに、そんなにあのローブが良かったのでしょうか。


「私も聖装のまま寝てしまうと、ああなってしまいます」

「……なるほど。初日にああならなかったのは警戒心からでしたか」

「はい。普段は寝る前に着替えて寝ているのですが……先に言っておくべきでした」


 目を閉じ、軽く頭を下げたエルティーナさん。

 シスター服は胸部をかなり押さえ込んでいたのか、胸の部分の質量がすごいことに。

 エルティーナさんのたわわに実っていらっしゃる双丘が、動きに合わせて揺れています。


「まぁこう見えて、私は子供好きなので平気ですよ」

「ふふっ、見た目通りです」


 口元に手を添え、柔らかく笑ってくれた絵ルティーナさん。

 邪悪な私には眩し過ぎて、思わず目を逸らしてしまいたくなります。


「さて、そろそろ朝食の準備をするとしましょうか」

「え? いえですが、朝までオッサンに作ってもらっては……」

「気にしないでください。……あぁ、私は見た目通り――子供が大好きですからね」


 にちゃっ、と完璧な決め顔。

 元居た世界で『子供が大好きですから』なんて言えば、誤解を受けてしまうのは確実。

 がしかし、私の今居る世界は異世界。

 こんな私でも誤解されずに生きていけるはずなのです。

 ロリータ様ハァハァ、シスターさんハァハァ…………ハッ!!


「そうですか。それでは、私も着替え終えましたら調理を手伝わせて頂きますね」

「はい、よろしくお願いします」


 着替えに向かったエルティーナさんを尻目に、一足先に台所に到着。

 残っている材料を見て、瞬時に今朝の献立が閃きました。

 そう、今朝の献立は――味付けを変えた白シチュー。


「あっ」


 がしかし、いざ料理を開始しようという時に気が付いてしまいました。


「火はどうしましょうか……」


 当然、魔術だなんてファンタジーな技能は持ち合わせていません。

 バックパックを漁っても、見つかったのは魔石切れの魔石コンロが一つ。

 流石の魔石コンロも燃料が無くては使えません

 コレットちゃんは……寝ていいますし。


「うーん……」


 火起こしで悩んでいると、台所の入り口から誰かが入ってきました。

 入口に立って居たのはシスター服の上に白いエプロンを掛けているエルティーナさん。

 エプロンは使い込まれている様子なのですが、質の悪い物には見えません。

 少なくとも、寝巻きとして着ていた服よりは上質な布でしょう。


「お待たせしました」

「いえいえ、エプロンお似合いですよ、エルティーナさん」

「あ、これはここから巣立ち冒険者になった子達からの、初めてのプレゼントなんです」


 大切なものに触れるよう、そっと胸に手を当てたエルティーナさん。

 思い出の品なのでしょう。


「おお、そんな想いの籠もったエプロンなら、似合わないわけがなかったですね」

「ええ……本当に……」

「……?」


 寂しげに笑ったエルティーナさんの表情は、何処か悲しんでいるようにも見えました。

 その表情に疑問を感じましたが、直ぐに理解します。

 恐らく今使っているエプロンは――最初で、最後のプレゼント。

 口に出せば暗い雰囲気になってしまいます。

 ここは気が付いていない振りをして、普段通りに振る舞うべきでしょう。

 私は表情に出ないよう、注意して口を開きます。


「そうでした!」

「……?」

「エルティーナさん、火の魔術は使えます? 私は魔術が使えないのでどうしたものかと」

「えっと……ええ、日常に使える程度のものでしたら」


 ニコッと優しく微笑んだエルティーナさん。

 こちらが無理やり高めたテンションには、気が付かれているような気がします。

 が、それに口に出すような事は無く、黙って料理を手伝ってくれるエルティーナさん。


「あ、そう言えば……」

「どうかしました?」

「コレットちゃんは何故、私に対しての距離感があんなに近いのでしょうか」


 まさか、このカリスマ的な髪型に引かれたのでしょうか。


「角で気付いているかとは思いますが、あの子は世間一般に、忌み子と呼ばれています」

「そう、ですね……」


 コレットちゃんが名前だけは出していたので名前だけは知っています。

 ……が、それだけ。

 それ以上の事は何も知りません。

 おっさん、知ったかをして相槌を打ってしまいました。


「ご存じの通り忌み子とは、生まれると同時に母体を殺してしまう者の総称。そしてその特徴は……魔力吸収体質」


 憂いのある表情のまま、言葉を続けるエルティーナさん。


「なのでコレットは、本人の意思とは関係無く触れた相手の体力吸収してしまうのです」

「魔力吸収体質……」


 コレットちゃん。

 生まれたその瞬間から、体に不幸の刻まれた少女。

 その人生に圧し掛かってきた重りは、どれほどの重さをしているのでしょうか。

 当人でない私には、その重さを計り知ることはできません。


「一般の者は短い期間での接触でも魔力が吸われ過ぎてしまい、気を失ってしまいます」


 人肌の温もりを得られない体質。-

 親の温もりを知らないコレットちゃん。

 気丈に振舞ってはいますが、コレットちゃんは大丈夫なのでしょうか。


「そしてその接触時間が長いと、死に至る事も……」


 本人の意志とは関係なく起こる殺害。

 生まれながらに不幸を背負わされた少女。


「私でも触れていられるのは五分が限度でしょう」

「……っ」

「ですがオッサン。あなたは先日、あの子と接触しても嫌な顔一つしていませんでした」


 ……?

 言われてみれば何も感じませんでした。

 もしや私の体内には、溢れんばかりの莫大な魔力が――!?


「その時は余程魔力が多いのだろう。と思っていたのですが、違いました」


 ……違いましたか。


「一緒に寝て平然としていた貴方を見て、私は確信したのです」

「なにを……」

「オッサン。貴方は……魔力の吸収を防ぐ事ができる存在なのだ、と!」


 できません。できませんよ、エルティーナさん。

 今聞いたことの何もかもが初耳のことばかり。

 ――本当によく死ななかったですね。

 と思う私を尻目に、エルティーナさんは話を続けます。


「コレットは今まで、魔力を吸収せずに肌の接触ができた人が居ませんでした」

「いえ、私は――」

「ですが――貴方は違った」


 私は真実を口にしようとしましたが、失敗。

 エルティーナさんの押せ押せムードに口を挟むことができません。


「オッサンは精霊様にも好かれる誠実な御方。あの子もそれで心を許したのでしょう」

「私は……皆さんが思っているような、誠実な人間ではありませんよ……」

「オッサンは下種な下心も無く、こんな廃教会で料理を作ってくれています」

「いえ、私は……!」

「シスターの私が言っているのですよ? 間違いありません」


 是非とも止めて頂きたい絶賛の嵐。

 私の心は下心の塊なので、これ以上汚い汚っさんを目立たせるのは止めて頂きたい。

 汚っさん、己の心の汚さに、思わず黙り込んでしまいます。


「…………」

「ふふっ、図星ですね? 心が綺麗なので白い料理がお好きなのでしょう?」

「……え、ぇえぇぇ、ええっ! 白い料理は良いですよね!!」


 特別な白シチューをエルティーナさんに、お腹いっぱい食べさせて差し上げたい。

 ……私はモヤモヤとした気持ちを抱えながら、〝白シチュー〟の調理を続けました。



 ◆



 その日の夜、私は一人で廃教会の庭にまで出てきました。


「……妖精さん。私は、魔術が使えないのですよね?」


 その問いに、コクリと頷いた妖精さん。


「……私の魔力は、コレットちゃんが吸いきれない程にあるのですか?」


 間違っていると言わんばかりに、首をフルフルと横に振った妖精さん。

 かなしい。


「……あでも、魔力が一切無いなんて事は!」


 クスクスと笑いながら、頭の上で丸をつくった妖精さん。

 かなしぃみ。


「妖精さん! 私を、魔法おっさんにしてください!!」


 クルリと宙で一回転し、黒い光に包まれた妖精さん。

 そして次に現れたのは、むっちり太腿の褐色幼女形体を取った妖精さん。

 ……そのお美しい太腿に挟まれてみたいところ。


「……無理……」


 それだけ告げると、妖精さんは元の妖精さん形体に戻ってしまいました。

 私はどうやら、魔法おっさんにはなれないようです。

 おっさんは、結局ただのおっさんでしかないのでしょうか……?

 しかしエルティーナさんは、私が此処に来たのには意味があると言っていました。


「妖精さん。私は何故、異世界に呼ばれたのでしょうか……」


 独り言のように呟いた言葉に、帰ってくる言葉はありませんでした。

 むっちり褐色ロリータ様ハァハァ。


「……あ、妖精さん、蜂蜜舐めます?」


 クスクスと笑いながら、差し出した蜂蜜を受け取ってくれた妖精さん。

 妖精さんが蜂蜜を食べている。

 私はただそれを見ているだけで、心が和むような気がしました。

 ふわっとフワフワな記憶が抜け落ちていく感覚。

 おっさん、魔力が存在していなかったショックを忘れる事に――成功しました。

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