『おっさんと謎の輝き』二
自身の犯した過ちから逃げるように、私は廃教会へと帰ってきました。
現在の時刻は昼下がり。
私は夕食を作るべく、台所に立っています。
が……困ったことになりました。
携帯型魔石コンロに使う魔石は切らしてしまい、魔石コンロが使えません。
確かに料理には多少の自信があります。
しかし流石に、薪の火で上手にシチューを作る自信はありません。
「どうすれば……」
「ん? なにか足りないものでもあったー?」
何も出来ずに立ち尽くしていると、お手伝いのコレットちゃんが声を掛けてきました。
こうなったら仕方がありません。
どこまで出来るか分かりませんが、薪の火での調理! なんとかやってみましょう!!
「いえ実は、火を起こそうにも携帯型魔石コンロの魔石を切らしてしまい……火が欲しいのでちょっとエルティーナさんを呼んできます」
何にしても火は必要です。
エルティーナさんなら生活に必要な魔術はきっと使えるでしょう。
「おじさんまって、火なら私でも出せるよ」
「えっ?」
「空の魔石貸してくれる?」
「【ファイアー】……これでいい?」
コレットちゃんの手から小さな炎の塊がポトリと落ち、薪に着火。
火が点き、丁度いい具合に燃え始める乾いた薪。
上手いこと火力を調整していけは調理も可能でしょう。
お手伝いの女の子、コレットちゃん。
まさかただの少女ではなく、魔法少女だったとは思いもしませんでした。
もしや子供でさえ使える魔術を私が使えないのは、恥ずかしいのでは?
……となれば、やることは一つ。
妖精さんに一つお願いをしてみるとしましょう。
「妖精さん、私を魔術師にしてください」
「…………」
フルフルと横に振られる、妖精さんの首。
「で、では私は……魔術を使えるように、なるのでしょうか……?」
フルフル。
……。
………。
…………。
私が落ち込んでいる間にも、炊き出しの準備を進めてくれているコレットちゃん。
一度手を止めたコレットちゃんは妖精さんと私を交互に見たあと、口を開きます。
「おじさんは魔術、使えないの?」
「ええ、残念な事にそのようです。……すごいですね、コレットちゃんは」
さりげなくコレットちゃんの頭を撫でました。
コレットちゃんの髪の毛はふわふわとしていて、柔らかな髪質です。
……だというのに、何故か髪の中に固い感触が。
チラリとその硬い何かを見てみると、黒に紫が混じったような角が二つ。
――角?
「んん? コレットちゃんは鬼人族なのですか?」
「あっ! 違う、ょ。エルティーナは言わないけど……町の人達はね、忌み子って呼んでる」
「……忌み子……」
「おじさんも怖い? ……って、あれっ? 吸収してない……?」
――吸収?
疑問を感じていると、慎重に上を見上げたコレットちゃん。
頭を撫でている私の手を、コレットちゃんは驚いたような顔で見ています。
……が、ハッとなったように角を隠し、後ろへと下がったコレットちゃん。
その仕草がまた、非常に可愛らしいです。
「いえ? こんなに可愛らしいのに、何処が怖いのか分かりませんね」
「うそ」
「本当です。それに、角もすごく綺麗で私は好きですよ」
「……ほんとーに?」
コレットちゃんの声音が、若干幼いように変化したような気がします。
いえ、気のせいでしょう。きっと元からこの声音だったに違いありません。
「ええ勿論!」
コレットちゃんの問いにそう言うと、途端に明るい表情になったコレットちゃん。
やはり女の子には笑顔が一番です。
「うれしいっ! ねぇねぇ、おじさんの名前も教えて?」
突然コレットちゃんが腰の辺りに抱きついてきました。
ローブ越しとはいえ、その温もりは確かなもの。
コレットちゃん、私も嬉しいです。
でも名前を覚えてもらえていなかったのは……悲しいみ。
「オッサンですよ」
「ぉっ……? おっさん?」
「まぁ、おじさん呼びのままで大丈夫です」
「ふーん? ……町の人はね、私の角を見るとみんな嫌そうな顔をするの……」
悲しそうな表情になってしまったコレットちゃん。
もしかしたら角には、忌み子と言われるだけの理由があるのかもしれません。
とは言え、それを知らない私にとっては関係のない話です。
私はただ、コレットちゃんの輝くような笑顔を守るだけ。
「料理の具合はどうですか?」
そうこうしていると、エルティーナさんがこっそりと顔を覗かせてきました。
――あわ、あわわわわっ!!
おっさん、慌てます。
コレットちゃんに抱き着かれているこの体制は、完全に事案。
角を晒したままで腰に抱きついているコレットちゃんを見たエルティーナさん。
怒られるでしょうか? それとも、廃教会から追放……?
「あらあら」
そんな心配をよそに、にっこりと笑みを浮かべ、台所から出て行ったエルティーナさん。
……色々あって少し時間は掛かってしまいましたが、なんとかシチューも完成しました。
◆
場所は皆が集まる食卓の場。
全員が静かに着席していて、食卓は不思議な雰囲気に包まれています。
「今日この日を生きる糧お恵み頂き、感謝致します」
祈るようにエルティーナさんが音頭を取ると、子供達もそれに続いて復唱しました。
恐らく普段の『頂きます』はこれなのでしょう。
私もそれに合わせて復唱しました。
初日には気が付くことができませんでしたが、子供たちは食事の作法ができています。
楽しげに話をしていながらも、食事の様子はかなり丁寧なもの。
もしかすると、私の方がテーブルマナーを知らない可能性すらあるでしょう。
見回してみるとやはり子供の数は多く、ぱっと見でも十五人近く。
エルティーナさん一人で切り盛りするのは大変だったに違いありません。
食事が進み少しすると、エルティーナさんがこっちを向いて口を開きました。
「湯槽の準備はできているので、食事が済み次第お早めに」
「はい、分かりました」
台所での料理に参加しなかったのは、お風呂の準備をしていたからなのでしょう。
「このシチュー、見た目は同じなのに味が昨日とぜんぜん違いますね」
「お口には合いましたか?」
「はい、すごく美味しいです」
「それは良かった。コレットちゃんも美味しいですか?」
エルティーナさんの言葉のあと、コレットちゃんにも問い掛けてみました。
私の反対隣の席に陣取っていたのは、コレットちゃん。
満点の笑みでニッコリと笑いかけてくださいます。
私にも春がやって来たのやもしれません。
「美味しい!」
口元にシチューをベッタリと付け、元気に答えてくださったコレットちゃん。
この笑顔だけでもご飯三杯はいけます。
これこそが、私が異世界にやって来た意味だったのでしょうか。
しかしコレットちゃんを見ていたエルティーナさんは、何故か怪訝そうな顔に。
「コレット? 貴方……」
「しー! エルティーナっ! しーっ! だよっ?」
「……分かりました」
「……?」
コレットちゃんとエルティーナさんがした、そのようなやり取り。
私にはそのやり取りの意味は理解出来ず、首を傾げることしかできません。
チラリと目の前にある食卓上で食事を摂っている妖精さんに視線を向けると……。
口元に手を当て、声を出さないようクスクスと笑うような動作をしました。
本当に良い場所です。
きっと、ここが楽園なのでしょう。
食事を終えた私はエルティーナさん案内の元、お風呂場へと向かいました。
お風呂場の設置場所は、少し意外なことに……建物の外。
湯船はというと、五右衛門風呂の少し大きいバージョン。
壁は……簡単な仕切りで外からの視線を防いでいる、という作りをしています。
敷地内に入ってきた者なら少し工夫すれば、バレる事無く容易に中を覗けるでしょう。
勿論、私に見られて困るもなんて……あんまりありません。
私は堂々と服を脱ぎ、お風呂に浸かります。
「いいお湯加減ですね……」
空を見上げてみると、そこにあったのは満点の星空。
元の世界では見た事も無いような、美しい夜空です。
周囲の暗さも相まって、空に浮かぶ星々は手を伸ばせば届いてしまいそうな程。
……妖精さんが着衣したまま、湯船の中へと入ってきました。
「妖精さん、下は見ないでくださいね?」
おっさんのお願いも虚しく、妖精さんは一度下を向き、クスクスと笑い声を上げました。
――酷い。
「ふぅ……少し、湯がぬるくなってきましたか」
「では薪を足しますね」
「はい、お願いします」
……おや? 私は今、誰と会話をしたのでしょうか。
声のした方を見てみると、そこに居たのは、腕部分を捲り上げたエルティーナさん。
両手いっぱいに薪を持って立っており、ニコッと笑い掛けてくださいました。
「エルティーナさん……堂々としていますね」
「見えてしまっても笑わないので、大丈夫ですよ?」
「――!?」
「ふふっ、冗談です」
口元に手を当てて上品に笑うエルティーナさん。
危うく心臓が二、三個くらい飛び出してしまうところでした。
「……あまりそういう冗談を言うタイプには見えなかったので、驚きました」
「あらこう見えて私、意外と冗談好きだね、って子供達には言われているのですよ?」
そのように言いながら薪を足してくれたエルティーナさん。
――これは冗談がてら、見せてしまっても構わないという事なのでしょうか?
私の超スーパービックマイサンをお披露目する場面が……いえ、止めておきましょう。
「それにしても、お風呂ですか……」
「オッサンの国では、体を拭くのみでした?」
「いえ、私の国にはですね、ボタン一つで湯沸しをしてくれるお風呂がありました」
「それは……随分と裕福で発展した国からやってきたのですね、オッサン」
遠い目になっていたのに気が付かれたのでしょう。
エルティーナさんは優しい笑みを浮かべて、そう言ってくださいました。
「まぁ、戻りたいとは思いませんがね」
「元居た国が嫌いなのですか?」
「嫌い……かどうかは難しいところです。好きになれるかどうかも別ですが……」
「……少しだけ、説法を説いてもよろしいでしょうか」
「どうぞ。こんな星空の下でなら、説法も気持ちよく聞けるような気がします」
鈴虫の鳴き声が響く廃教会の庭。
エルティーナさんの説法が始まりました。
「オッサン。植物は枯れるのは、いったい何のためですか?」
「……わかりません」
エルティーナさんの言葉に、ぼぅっとした返事をする私。
それとは対照的に、五右衛門風呂の周りを一周歩いたエルティーナさん。
「植物はですね、永遠に実り続けるために枯れているのです。そしてそれは、ヒトである私達も同じ」
説法をしている最中のエルティーナさんは、月明かりのせいか輝いて見えています。
今ならば、聖女だと言われても疑わないでしょう。
「可死なき世界に、永遠の命などない。違いますか?」
僅かに首を傾け、そう問いかけて来たエルティーナさん。
エルティーナさんの言っている事は、私には難し過ぎます……。
「世界も、植物も、ヒトも。やがてその種子は別の場所へと運ばれるでしょう」
月を眺め、手を伸ばしたエルティーナさん。
「枯れた場所にもう意味などありません。それは万物の命に共通する物事です」
こんなにも素敵な説法をする聖女様がいたら、信者になるのも納得です。
なんせ、信者でない者より近くで彼女を見ることができるのですから。
「植物を含めた全ての生き物は、移動するために生きています」
そう言って微笑みかけてくるエルティーナさん。
何故こんなにも、エルティーナさんは輝いて見えるのでしょうか。
「幾万三千の星々と月に誓って。貴方がこの場所に来たのには、きっと意味があります」
「……意味、ですか。誰かを幸せにするものであれば嬉しいですね」
「例えそれがどちらだったとしても――今の私達は、オッサンの御かげで満腹ですよ」
茶目っ気たっぷりに、ワザとらしくお腹をさすって見せたエルティーナさん。
その所作が神々し過ぎて、煩悩が消えてしまいそうになりました。
「……このお風呂を水で満たすのは大変だったのでは?」
「いえ、これは私の魔術で出した水です。なのでそんなに大変ではありませんでしたよ」
「魔術……便利で羨ましいですね」
「私としましては、妖精様に力を貸して頂き共に歩めるオッサンも羨ましいと思います」
「……隣の芝生は青い、という事ですか……」
「……?」
言葉の意味がわからない、という様子で首を傾げたエルティーナさん。
「他人の持っているものは、自分の物よりも良く見える……みたいな意味の言葉です」
「ふふっ。オッサンの国には、面白い言葉遊びがあるのですね」
「ええ、それこそ五万とありますとも!」
エルティーナさんと和やかな空気で会話を楽しんでいたその時、お風呂場に闖入者が。
「おじさーん!」
そんな声と共に仕切りの中へと入ってきたのは……夜色の髪の少女。
月明かりに反射して黒銀にも見える夜色の髪を揺らしながら、その影が近づいてきます。
爛々と紅く輝く瞳は僅かに発光しているようにも見え……そう。
闖入者の正体は――コレットちゃん。
「あ、こらっ! コレット!」
エルティーナさんの制止も虚しく、コレットちゃんは止まりません。
ボロ布一枚で体を隠している破廉恥な状態。
コレットちゃんは何も言えずに居た私が入っている湯船の中に、乱入してきました。
妖精さんは嫌そうな顔をして出て行きましたが、私はとても嬉しいです。
湯船はそれなりに広いとはいえ、二人も入れば自然と肌も接触するというもの。
ぷにぷにの柔肌がおっさんの汚肌と接触し、とても幸せな気持ちです。
消えかけていた煩悩が、ストレッチを終えて帰ってきました。
「もう少し節度と風紀のある行動を心がけて頂けませんか? オッサンも困っています」
「イーっだ、おじさんはこんな事で困っちゃう人じゃないよ! ねっ!」
「……えっ……」
――これは本当に、かなり難しい問いです。
それこそ、先程の説法以上に答えに困ってしまう問いかもしれません。
正直に言えば……本当に嬉しい。
ですがそんな事を言えば、エルティーナさんの中でのオッサン像は崩れるでしょう。
せっかく良い空気になっていたと言うのに、そんな発言をしては全てが台無し。
私が心の内で答えを搾り出さんとしていると、エルティーナさんが溜息を吐きました。
――かと思えば、「コレット、程々に」という言葉を残し、この場を後に。
「え、ちょっ!」
ここはコレットちゃんを引っ張って一緒に出て行く場面ではないのでしょうか?
そのような疑問を感じている間にも、コレットちゃんが黒紫の角を押し付けてきました。
胸板にコリコリと……優しく押し付けてきたのです。
コレットちゃんの角の形は正直に言っても少し歪。
ですが先が尖っている角では無いため、押し付けられても痛くはありません。
そんな事より、コレットちゃんのぷにぷにのお肌で私の理性が危険な状態に。
「あっ、コレットちゃん、絶対に湯船の中は見ないでくださいね」
「えっ?」
――――あっ――――。
◆
いつもの大部屋に戻ってくると、床には既に敷き詰められている毛布が。
食事の際に見た子供たちの殆どがこの部屋で各々くつろいでいます。
私が入室したのを見るなり女の子が二人立ち上がり、部屋の外へと出て行きました。
風呂から上がるのを待ってくれていのでしょう。
最後でも嬉しいのですが、その気遣いだけで温かくなれたような気がします。
私は暖炉から一番離れた壁際に、ゆっくりと腰を下ろしました。
かなり冷え込む夜なのは間違い無いのですが、やはりこの部屋は暖かいです。
フード付きローブの暖房性能が思っていたよりも高いのか。
それとも……この場所の空気そのものが心を温めてくれているのか。
私は後者であるような気がします。
「ふぅ……」
部屋の隅でも十分過ぎる程に温かみを感じることが出来ました。
座ってしまったせいなのか、慣れない環境で疲労していた体が休息を求めています。
「……思っていたよりも、体は疲れていたみたいですね」
「おじさん、もう眠いの?」
独り言のように呟いた言葉に反応を返してきたのはコレットちゃん。
隣に腰を下ろしたコレットちゃんが、右側に肩をくっ付けて来ました。
さり気なく服を撫でてきた辺り、将来が有望そうです。
「はい。……それにしても、コレットちゃんは温かいですね……」
「そーう?」
私は体から力を抜き、コレットちゃんの好きにさせてあげます。
コレットちゃんが小声で「……わぁ、良い生地」と呟いたのが聞こえました。
古着屋で買ったので高い買い物ではありませんでしたが、買っておいて良かったです。
「……この町に来たのは昨日なので、今日は一日散策をしていました」
「わぁ! おじさんすごい! おじさんって、どこから来たの?」
「日本という、遠い遠い、少し変わった国ですよ。……本当に眠いので、そろそろ……」
「ざんねん。……そだっ! 妖精さんって今、何処に居るの?」
「この前に垂れている、フードの中で寝ていますよ。見えませんか?」
「んーん、わたしには見えてないよー。台所ではおじさんの視線を追ってただけ」
「そう……でしたか…………」
本格的に眠くなってきた私は朧気な意識の中で、妙な事を考えてしまいます。
私は肉体が死んでしまった際、どのように生き返っているのでしょうか。
ある意味私は、生後一日と言っても過言では無いのではないでしょうか?
……おやっ、つまりはおっさんもショタっ――――。
意識の途切れかけた私の耳に、少し離れた位置から布の擦れる音が入ってきました。
私は直感的に、この音の正体を見逃してはいけない、と悟りましたが……。
抵抗虚しく睡魔に負けてしまい、夢の中へと落ちていってしまいました。
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