『おっさんと謎の輝き』一、


「ここが私達の寝所になっています」


 エルティーナさんに連れられてやってきたのは、毛布が敷き詰められている部屋の中。

 意外なことに寝所とされていたのは、最初に目が覚めた談話室。

 部屋の中では、子供達が思い思いに過ごしています。

 この廃教会で暮らしている全員がこの部屋に集まっているかもしれません。


「……みんなこの部屋で寝るのですか?」

「はい、暖炉で一番温かい部屋がここなので……申し訳ありません」

「いえいえ! 私は全く気にしません、大丈夫ですよ」

「ありがとうございます」


 ペコリと小さく頭を下げたエルティーナさん。

 部屋の中ではかなり無防備な状態で子供達が寛いでいます。

 申し訳ありません? いえ、むしろここはパラダイス。

 最初こそ警戒するような視線を向けてきた子供達。

 ですがそれも、食事後にはかなり緩和されました。

 まぁそれでも、流石にチラチラと様子を見てくる子は何人か居ます。

 警戒の視線は獣人の子よりも、普通の人の子のものが多いかもしれません。


「個室にも小さな暖炉はあるのですが、薪を多く消費します。それに……毛布もあまり数がなくて……」


 申し訳なさそうにそう言ったエルティーナさん。

 私は全く気にしていないのですが、女性的には気になるのでしょうか。

 可能な限り慎重に微笑みます。


「本当に気にしていませんよ」


 ……にちゃっ。

 私は壁際に腰を下ろし、自身のローブに包まって眠ります。

 子供達の貴重な毛布を占領して眠るだなんて、小心者にはできません。

 しばらく目を閉じていると……いつの間にか眠っていました。



 ◆



 次の日の早朝。

 早起きしたつもりだったのですが、部屋の中には誰も居ません。

 バックパックの中から干し肉の入った袋だけを取り出し、台所へと移動。

 台所には予想通りと言うべきか、料理を作っている最中のエルティーナさん。

 鍋の中で煮込まれていたのは、野草が中心の茶色っぽいスープ。


「おはようございますオッサン、よく眠れましたか?」

「おはようございます、みなさん早起きですね。……少しだけ味をみても?」

「どうぞ」


 そう言ってお日様のように温かい笑顔を浮かべたエルティーナさん。

 エルティーナさんは大きめの匙でスープをよそい、そのまま差し出してきました。

 これは正に〝あーん〟の姿勢。

 夢にまでは見ませんでしたが、夢のようなシチュエーションです。

 一度でいいので裸エプロンをして頂きたいところ。

 ――っと。

 こぼれては悪いので慌てて匙に口を付け……はい。

 スープの味はと言うと、まごう事なき野草のスープ。

 自然の味を直で味わっているような、草っぽいお味。

 とはいえ美人シスターさんからの〝あーん〟の御蔭で、かなり美味しく感じました。

 多少の塩は効いているのでしょうが、ほぼ想像通りのスープの味付け。

 私は干し肉の袋から干し肉をありったけ取り出し、ナイフでカットしながら投入します。


「あっ……」

「元のスープは味見したので、たぶん合いますよ」

「ありがとうございます」


 朝から頂くことに成功したエルティーナさんのお日様笑顔。

 こんなにも美人で優しいシスターさんが、スラムの廃教会で一人子育て。

 今に至っている経緯は気になりますが、詮索屋は嫌われるかもしれません。

 いつかもし、内情を打ち明けてくれるくらいに心を開いてもらえたのなら――。

 その時は必ず、力になってみせましょう。

 今日の朝食も子供達の満天の笑顔で、気持ちのいい朝になりました。



 ◆



 本日の予定は街の散策。

 町の情勢が全く分かっていなくては、生活に支障をきたすかもしれません。

 きたる日の為にバックパックを背負い、町の散策をしておきましょう。


「……ここは?」


 スラムを中心に歩き回っていると、路地の奥まった場所にある店を発見。

 何故か一部の住民が、露骨に私を避けているのは気になります。

 とはいえ、襲われるよりは避けられている方がいいでしょう。


「……あっ……」

「……?」


 前からやってきた小汚い男が、突然目の前で固まりました。

 何か用でしょうか。

 私は一歩、小汚い男子の方へと歩み寄ります。

 響く、妖精さんの笑い声。


「ヒィッ!!? た、助けてくれぇえぇえええええええ――!!」

「…………」


 悲鳴を上げながら駆け出し、何度も転びながら逃げていく小汚い男。

 男は起き上がりかたを忘れたように、四つん這いで遠ざかって行きました。

 私の顔のどこかが、凶悪犯に似ていたのでしょうか。

 頭頂部が少し薄い自覚はありますが、悪人面ではないと自負しています。

 逃げていく男を見送りながら、妖精さんが笑い声を響かせていました。

 ――悲しいみ。

 その後もしばらく町のスラムを探索し、そうして発見したものは……。

 細い路地の影で眠っている酔っ払い。

 赤茶色の絵の具らしきものが散っている行き止まり。

 年老い、痩せこけた物乞いには……数枚の銅貨を渡してやりました。


「あ、ありがとぉごぜぇます」

「いえ、気にしないでください」


 恐らくはその場凌ぎの日銭にしかなないのかもしれません。

 が、渡した側の心は満たされます。

 この偽善が自身に返って来ることはないのかもしれません。

 ですがそれでも……黙って通り過ぎる事が出来ませんでした。

 年老いた物乞いの姿が、廃教会の子供達と重なって見えて仕方が無かったのです。


「……まぁ少なくとも、悪い方に働くことはないでしょう」


 また適当に散策することしばらく。

 赤い服を着た少女が、ゴミ溜まりの傍に立っているのが目に留まりました。

 カゴいっぱいに花を入れている、幸薄そうな少女。

 少女は私が見ていたのに気が付いたのか、そっと近づいてきて……。


「お花……お花いりませんかー?」

「そうですね、では五本ほど頂けましょう」


 近くで見ると遠目であった時よりも線が細く、痩せているような印象を覚えました。

 どんな事情があるのかは判りませんが、これも悪い方向には行かないでしょう。

 私はただ、この綺麗なお花が欲しいだけ。

 稼いだお金の使い方としても、これはそんなに悪い使い方でもないはずです。

 ……教会で眠った影響でしょうか。

 今はただ、偽善の心が満たされる範囲で善行を積みたくて仕方がありません。

 もしこれがエルティーナさん達の信仰している神の力だとすれば……。

 

「ご、五回もですか……!?」


 …………?


「そうですが、何か問題でも?」

「い、いえ、問題は無いですけどぉ……」


 チラチラとこちらの様子を窺い見てくる少女。

 ――まさか!

 便座カバーヘッド頭のおっさんには、お花を売りたくないという話なのでしょうか。

 憎い。便座カバーの家系である私自身が……憎い!!

 ……とは言え、ここまで来ては引っ込みが付きません。

 売ってくれるだけお金を支払って、今日は帰りましょう。


「いくらになります?」

「ぎ、銀貨五枚……くらい?」


 こちらの様子を窺い見て、首を傾げながらの疑問形解答。

 確かに可愛い所作ですが――高い。

 無茶苦茶高いです。

 市場で買い物をした感覚ですと、銅貨五枚もあれば一日を普通に過ごせるでしょう。

 銅貨十枚で銀貨一枚。見た事は無いですが、銀貨十枚で金貨一枚。

 やはり、便座カバーヘッド頭のおっさんには売りたくないのかもしれません。

 イケメン銅貨五枚。便座カバーヘッド銀貨五枚。

 やはり異世界も、便座カバーヘッドには厳しい世の中なのでしょう。


「もう少し安くなりませんか? せめて銀貨二枚くらいに……」

「は、初めてなので! ね……値段がわからなくて……」


 ……なるほど。

 この少女はお花を売りの商売をするのが初めてなのでしょう。

 つまり少女は初めてだから相場が判らなかった。

 ということは、相手が私だから売りたくないというワケでは、無い。

 軽蔑されているのでは無いと知れて、ほっと一安心です。


「うーん、普通の相場は銅貨数枚程度かもしれませんね」

「そ、そんなぁ……」


 青い顔をして、絶望の表情を浮かべる少女。

 涙もポロポロと溢れ出してきてしまっています。

 あわ、あわわわわ。


「ま、まぁ今回は初めてだという事で、銀貨三枚出しましょう。お花も三本でいいですよ」

「……いえ、五回でいいです。お金も……銀貨三枚でいいです」


 何かの覚悟を決めたように、キリッとした表情になった少女。

 何か違和感を覚えますが、これで美味しい物を食べてくれたら嬉しいです。


「こ、こっちに来てください」


 ……?

 お花を売るのに移動??

 何故???


「ここじゃダメなのですか?」

「こ、こんな場所で!!? せ、せめてもう少し暗い場所で…………初めてなので……」


 暗い場所で売りたい。

 イマイチ理解することができない感情です。

 が、初めて物を売るというのは恥ずかしいものなのかもしれません。

 ここまで来たら少女に従う意外の選択肢はありません。

 ここは彼女の意を汲み、付いて行くのが筋でしょう。


「分かりました。あなたがお花を売っても良いと言う場所までついていきます」

「あ、ありがとうございます!!」


 パァっと表情を輝かせた少女。

 ただ移動するだけだと言うのに、何がそんなに嬉しいのでしょうか?

 ……何にせよ、ここは黙って後ろを付いて行くとしましょう。


 ……。

 …………。

 ………………。


「ここでいいです!」

「……ここは……」


 案内されて辿り着いたのは、光のあまり入らない路地の行き止まり。

 こんな場所でないと渡せない……お花?

 ――っ! まさか!!

 少女に気づかれないよう、慎重に背後を確認します……が、人の気配はありません。

 つまり今この場所に居るのは、少女と私だけ。

 ……お前を真っ赤なお花にしてやるぞ! 的な展開ではないことを願います。


「えっと……その……本当に始めてなので…………優しくしてください、ね?」

「……? っ――ッッ!!?」


 お花の籠を地面に置き、服を脱ぎ始めた少女。

 まさか、まさかこれは――!!?

 フラッシュバックする、お花売りの少女とのやり取り。

 キーワードは、『お花売ります』、『高い』、『初めて』、『暗がり』、『五本=五回』。

 決め手は――『優しく』。

 赤いワンピースを脱ぎ去り、下着一枚になった少女。

 現在彼女の胸を隠しているのは、震える手で抑えている掌だけ。

 顔を羞恥で真っ赤にしながら、涙目でプルプルと震えている少女。

 それを尻目に私は……お金を置いて逃げ出します!!


「えっ……? あえっ? うっ? えええええっ!!? ま、まってください!」


 まさかの、マッチ売りの少女原作パターン。

 背後からは少女の呼び止める声が聞こえてきましたが、もう止まれません。

 衣類を脱いでいるせいで暗がりから出られないのか、少女は追ってきませんでした。

 少女の柔肌を見てしまったのですから、銀貨三枚の価値はあったといえるでしょう。

 勿論、手を出す勇気なんて私にはありません。




「そんなぁ……」


 ……暗がりにポツンと残されたのは、半裸の少女だけ。




 この異世界は、硬貨数枚のために人の命が消える世界なのでしょう。

 人の価値なんて、硬貨数枚で片づけられる命なのかもしれません。

 それでも私は……この薄暗い異世界で、生きてゆきます!!


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