『忘れ物』三

 二人に見送ってもらって移動することしばらく。

 何事も無く領主様の屋敷にまで到着することに成功しました。


「ここの近辺だけ温度が下がっているような……?」


 何故か不自然に冷え込んでいる屋敷の周辺。

 真夏であればクーラーのような魔道具が使われている、と思ったかもしれません。

 が、現在の季節は冬間近の秋、もしくは冬。

 私も嫌な予感がしてきました。

 ――響く、妖精さんの笑い声。

 先程からしきりに笑っている妖精さんが何を考えているのかが気になるところ。

 と、屋敷の前に立っている門番さんと目が合ってしまいました。


「あっ!」


 見つかってしまいました。

 これはもう逃げるしかありません。


「オッサン殿! お待ちください!!」

「逃げたぞ! 追え!!」


 どうして私を追いかけてくるのでしょうか。追って来ないで下さい。

 後ろを見てれば、ガチャガチャと金属鎧の音を響かせながら追ってくる私兵の方々。

 しかし今の私の格好はローブ一枚に、魔石を取り換えたばかりのバックパック。

 あと杖も持ってはいますが、驚く程に軽いため走るのには支障ありません。


「捕まえたぞ!!」

「このまま領主様の元に連れて行く!」


 それに対し、私兵の方々は常日頃から訓練されているとはいえ――全身鎧。

 流石の私でも逃げ切れないなどという醜態を晒すハズがありません。


「放してください! 私は帰ります!!」


 だというのに何故……何故私は、簀巻きにされているのでしょうか。

 何故……簀巻きにされ、屋敷の中へと運び込まれているのでしょうか。

 ――何故……何故……何故……。



 ◇



 ――そうあの日も、何故何故の連続でした――。


 ある日の夕方、ショタおっさんは気まぐれに水槽の中を覗いていました。

 理由は昨日まで水槽内を掃除して回っていた三匹のエビちゃん。

 それがこの日、一匹残らず居なくなっていたのです。

 ――何処に行ったのかな?

 と、軽い気持ちに思ったショタおっさん、

 我が家の水槽には隠れる場所となる木や水草が設置されていました。

 その時の私は、エビちゃん達はどこかに隠れているのだろう、と思ったのです。

 不思議と水槽の中で元気に泳ぎ回っている金魚達が目に留まりました。

 ――パクパク……パクパク……。

 またある日の夕方。

 水槽内をチェックしたショタおっさんは、水槽内の現状に驚きました。

 今度は、キラキラしていて綺麗だった熱帯魚が――。

 パッと見で分かる程に数を減らしていたのです。

 当然、失踪したエビも消息不明のまま。

 ――パクパク……パクパク……。

 ――パクパク……パクパク……。

 一か月もすると水槽内の中は金魚の楽園になっていました。

 正確には金魚以外の魚が存在しないワンダーランド。

 ――何故?

 あんなに居た熱帯魚達は、いったい何処に行ってしまったのでしょうか。

 母親に確認を取ってみたショタおっさんは話を聞いて、走り出しまいました。

 ――そう。

 自分が水槽に入れた金魚達が熱帯魚達を食べていたとは、思いもしなかったのです。

 その時の私は悲しみのあまり、家の周りを三周も走ってしまいました。

 その後、そんな恐ろしい所業をしでかした金魚達の内の何匹かは、二年後。

 ……実は鯉だったのではないか、という程の大きさにまで育っていたのです。

 しかしその一匹を学校に寄贈してみたところ、数か月で息絶えてしまいました。

 それでも私の家を元気に泳ぎ回っていた金魚達は、それからも長生きしました。

 ……そう、あの事件が起こるまでは。

 ――パクパク……パクパク……。



 ◇



「オッサン殿、褒美の金貨と勲章はここに置かせてもらうぞ。この勲章は唯一、私個人の裁量で渡すことが許されているものだ、大切にして欲しい。……まあ、生きていられればの話だが……」


 金貨袋の重みで目を覚ましました。

 いつの間にか地面に転がされていて、勲章の授与式も終えていたようです。

 勲章も貰った、お金も貰った。

 なのに何故、私は床に転がされたままなのでしょうか。

 何故、体の上にお金と勲章が置かれているのでしょうか。

 なぜ領主様は……私を憐れんだ目で見ているのでしょうか。

 別に二階級特進した訳でもないというのに――何故??

 ……何故、この場の空気はこんなにも冷え込んでいて、重苦しいのでしょうか。


「フ、ふんっ。この私を……この、私を――!」


 聞き覚えのある美しいお声が聞こえてきました。

 辺りを見渡してみると、補充された私兵の方々とお偉い感じの方々が――。

 全員揃ってガクガクと震えています。

 私が助けてみせたラフレイリア様も、お顔が難しい感じに歪んでいました。

 ――寒いのでしょうか……?


「よくも……よくもこの私を、お――置いて帰ったなぁぁぁああああああ――――ッッ!!」 


 ズシンッ、と屋敷全体が揺れたような衝撃が走りました。

 いえ、実際に大きく揺れたので気のせいなどではないのでしょう。

 私は逃避していた現実に目を向けます。

 ――ッ! ――シ、シルヴィアさん――――ッッ!!

 領主様よりも偉そうな雰囲気を醸し出しているシルヴィアさん。

 腕組みをしながら私を見降ろしているのは、シリアルキラー美少女のシルヴィアさん。

 心臓すらも凍てついてしまいそうな冷たい視線に、今私は、死の危険を感じています。

 彼女に対する謝罪は効果がないでしょう。

 それなら、全力で言い訳をするしかありません。


「違いますシルヴィアさん! 聞いて下さい!!」

「……なんだ?」


 眼前にしゃがみ込んできたシルヴィアさん。

 冷たく見下ろしてきている視線が背筋を凍り付かせます。

 柔らかげな脹脛と太腿が合わさって初めて生まれる事が許されるぷにっと感。

 それが伝説すらも凍てつかせる攻撃力を持っているのだと、私は理解しました。

 奥に見えまするは本丸、シルヴィアさんの白生地シリアルキラーおパンツ。

 もし今、私の手が自由であったのなら。

 両手でぷにっと感を味いたいとするこの疼きを、抑える事は難しかったでしょう。

 もし足が自由であったのなら、今すぐこの場から逃げ出していました。

 お偉い感じの方々が、ぼそぼそと何事かを囁き合っています。


「あと一日遅ければ、この町が氷に閉ざされるところでしたな」

「本当に、ギリギリのタイミングで差し出すことが出来て良かった」


 まさか私が探されていた本当の理由は――コレ?


「お、落ち着いて聞いて下さい……!」

「あぁ、お前が落ち着いて悔いてくれるのならな」

「勿論です! 今回の件もシルヴィアさんを置いて帰ったのではありません!」

「ほう……?」

「そうです、シルヴィアさんの事を――〝忘れて〟いただけなのです!!」


 ピキィ……と、そんな音を耳が拾ったような気がしました。

 一瞬だけ全ての動作を止めた領主様やお偉い感じの雰囲気の方々。

 次の瞬間、私兵を含めた全員が――慌てて部屋から走り去ろうと行動を開始しました。


「ほ……ほぅ、そうかそうか」

「はい! シルヴィアさんの事を思い出す余裕が無くて、綺麗さっぱり、忘れていました!!」


 ――バキィッ。

 シルヴィアさんのしゃがみ込んでいた地面に大きな亀裂が生じました。

 シルヴィアさんが足の裏に力でも込めてしまったのでしょうか……?


「……おい領主」

「は、はいっ!」

「私は、十分に冷静だったな?」

「その通りです!」


 逃げ出したハズの領主様がまだ部屋の中に居ます。

 気付いたのと同時に聞こえてきたのは、「扉が開かないぞ!」「蹴破れ!!」という声。

 続き、「火で溶かすのが先だ!」「ママァ――!!」等々の雑多な声が聞こえてきました。


「フ、ふんっ。私はそろそろ怒ってもいいと思うのだが、お前たちはどう思う?」

「も、勿論、怒って良いに決まっています!」

「我々一同、氷の精霊様のご意見に同意で御座います! が、もう少しだけお時間を――」

「そのハゲはただのクソ馬鹿野郎! そして女の敵に御座います!!」

「開いたぞ! 逃げろ!!」


 わー、と流れ出る水ように、皆さんが部屋から出て行ってしまいました。

 現在部屋の中には、私とシルヴィアさんと――。

 それから楽しげにクスクスと笑い声を上げている、妖精さんだけ。

 何か滴のようなものが目の前に落ちました。

 それは白い冷気を放つと同時に、落ちた場所を白く染め上げます。

 ――いったい何が?

 と思った直後、シルヴィアさんは立ち上がり――。


「――ふんっ!!」

「えっ?」


 パキャア。

 私は初めて、生足で踏まれて頭蓋骨が砕かれる音を――聞きましたー。


『死にましたー』



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る